おがわの音♪ 第1235 版の配信★


2022年度診療報酬改定で今後の医療はどうなる?

2022年度からは、症状が安定していれば、一定期間内で同じ処方箋を何度も利用できるようになる

従来と一味違う改定、医療制度改革案も提示

土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授

2022年02月21日

2022年度は、2年に1度、公的医療保険の価格(診療報酬)が改定される年だ。

その全体像が明らかになった。今回は、例年の診療報酬改定と比べて、大きな変更が多い。

まず、2022年度から不妊治療が保険適用されることとなった。

これまで、一般不妊治療(タイミング療法、卵巣刺激法、人工授精など)の多くは公的保険が適用されているが、特定不妊治療(体外受精や顕微授精)は公的保険が適用されず、自由診療とされてきた。

そして、わが国では、原則として、保険診療と自由診療を合わせる混合診療が認められていない。だから、自由診療となる不妊治療を受けるならば、その費用は基本的に全額自己負担しなければならなかった。


この費用負担の重さに配慮し、少子化対策の一環として不妊治療への保険適用を早急に実現することとしたのが、菅義偉前内閣だ。2020年12月に全世代型社会保障検討会議がこの施策を盛り込んだ「全世代型社会保障改革の方針」をとりまとめ、閣議決定された。今回の診療報酬改定で、これが実現した。 

結果、不妊治療の多くに公的保険が適用されることとなり、医療費の自己負担は3割なので、相当の負担が軽減されることとなる。


* リフィル処方箋導入の効果は大きい

もう1つの大きな変更点は、リフィル処方箋の導入である。

リフィル処方箋とは、症状が安定している患者について、医療機関に行かずとも、一定期間内に反復利用できる処方箋である。これは、財務省が10年来導入を主張してきたが、実現していなかった。

リフィル処方箋によって、患者の通院負担が軽減されて、利便性は高まる

治療に必要な医薬品は、一般の市販薬を除き、医師の処方なしには服用できない。そのため、医薬品を処方してもらうには、その都度医療機関を受診しなければならない。さらに、受診の手間だけでなく、その際の医療費には患者の自己負担がつきまとう。そして、処方箋をもらうためだけの受診によって生じる医療費においても、その大半(3割自己負担ならば、残りの7割)には税金と保険料で賄われた財源が費やされており、それだけ、財政負担が多くなる。

処方箋をもらうためだけの受診で生じる、患者の通院負担と自己負担、そして財政負担。

もらう処方箋が前回の処方箋とまったく同じものであるなら、その処方箋を一定期間繰り返し使えるようにすることで、これらの負担がなくなる。それが、リフィル処方箋の狙いである。

 

* 医療界は強く牽制したが…

リフィル処方箋に対し、医療界は強く牽制した。

医療機関を受診せずに処方箋が繰り返し使えるとなると、医療機関への受診が減って、医療機関の収入が減るのではないか。

医療機関を受診しないで医薬品が処方できることから、薬局で服薬指導をする薬剤師が主導権を握るのではないか――というのが医療界の懸念だった。

ではなぜ、今回、リフィル処方箋を導入することができたのか。

今般の診療報酬改定でリフィル処方箋の導入が決まった背景には、診療報酬の改定率をめぐる駆け引きがあったとされる。

第2次安倍晋三内閣以降、首相の後押しもあり、診療報酬改定率は、高めに推移していた。そして、岸田文雄内閣に代わって最初の診療報酬改定を迎えた。

 新型コロナウイルス対応をめぐり、診療報酬とは別に補助金が交付された医療機関の一部で、新型コロナ患者を受け入れていない実態が明らかになった。診療報酬とは別に投じられた補助金は、言うまでもなく追加的な財政負担である。

追加的な財政負担を強いられながら、それがタイムリーな新型コロナウイルス対応に十分には結び付かず、それでいて診療報酬の高めの改定率でさらなる財政負担の増加が生じる、となると、さすがに財政当局の堪忍袋の緒が切れそうである。

 結局、第2次安倍内閣以降の過去3回の診療報酬改定率(消費税引き上げに伴う改定分を除く)の平均0.4225%よりもわずかに上回る0.43%の引き上げで、今回の診療報酬改定率は決着した。過去3回平均の改定率を下回る改定率だと、これまでよりも引き上げられなかったことを医療界に印象づけることになる。それを避けた形だ。

前述した不妊治療の保険適用は、診療報酬を0.2%押し上げる見込みであった。加えて、岸田内閣が力を入れている看護・介護・保育における処遇改善の一環で、看護職員の処遇改善を行うために、診療報酬を0.2%引き上げなければならなかった。

診療報酬改定率を0.43%の引き上げに収めるには、残る改定項目で0.03%の引き上げに収めなければならない状況であった。

0.03%というと、診療報酬はほとんど上がらないも同然の引き上げ幅である。

0.03%以上の引き上げ幅を確保して、医療界が実感を持って引き上げられたと受け止めることができるためには、別のところで診療報酬を制度的に引き下げられる効果のある仕組みを何か導入しなければならない。

 そうした状況下、リフィル処方箋の導入で診療報酬が0.1%引き下げられる効果が期待できることから、今回の導入に至った。こうして、2022年度の診療報酬改定率は、2021年12月に0.43%の引き上げで決着をみたのである。

 

* 画期的だった「中長期的な改革項目の明示」

 今回の診療報酬改定で画期的だったのは、単に改定率を決めるだけではなく、新型コロナウイルス感染拡大により明らかになった課題などに対応するため、今後の医療制度の改革事項についても、厚生労働大臣と財務大臣が合意して明文化させたことだった。例年の診療報酬改定は、改定率を決めて終えることが多かった。その制度改革事項として、次の7点が明記された(以下はその要約)。

  ① 看護配置7対1の入院基本料を含む入院医療の評価の適正化

  ② 在院日数を含めた標準化に資するDPC(診断群分類別包括評価)制度の算定方法の見直しなどのさらなる包括払いの推進

  ③ 医師の働き方改革に関する加算の実効性を向上させる見直し

  ④ 外来の機能分化につながるよう、かかりつけ医機能に係る措置の実態に即した適切な見直し

  ⑤ 費用対効果を踏まえた後発医薬品の調剤体制加算の見直し

  ⑥ 多店舗を有する薬局などの評価の適正化

  ⑦ 薬剤給付の適正化の観点からの湿布薬に対する処方の適正化

良質な医療を効率的に提供する観点から、診療報酬などにおいてこれらの改革を着実に進めることを、両大臣合意事項として掲げたのである。

財務省は、今回の診療報酬改定に臨むにあたり「医療制度改革なくして診療報酬改定なし」と公言しており、それを貫いた形だ。この中でも、今後の医療制度に大きな影響を与えそうな改革項目は、②と④である。 

は、入院医療に関する改革事項である。

わが国の入院医療には、同じ病気であれば、実際に費用がいくらかかっても同額の診療報酬を医療機関に支払うという包括払いという仕組みがある。それが、DPC制度である。

包括払いの対となるのが、出来高払いといわれ、実際に行った診療行為に連動して診療報酬を支払う仕組みである。 出来高払いだと、検査をたくさんすればそれだけ医療機関に収入が多く入るなどの欠点があり、それを改めるために包括払い(あらかじめ定めた額の診療報酬を支払う)としている。


*「入院院1日当たり」から「入院1回当たり」へ変更か

ただ、現在のわが国の包括払いにも問題点がある。

それは、包括払いといえども入院1日当たりの包括払いとなっている。

そのため、患者の在院日数を長く延ばせば、それだけ医療機関の収入も増えるという性質が内包されている。

不必要に在院日数を長引かせれば、患者が寝たきりになる確率も高まり、望ましくない。

そこで、改革提案としては、入院1日当たりの包括払いではなく、1人の患者の入院1回当たりの包括払いに変える、という案が出ている。これが実行されるか否かは、今後の医療改革論議次第である。

他方、外来医療では、わが国でかかりつけ医機能の未整備が、新型コロナで露呈した。

日ごろから自分の健康状態についてよく知り、身近で気軽に相談できる医師がいない人が、わが国で多い。

 今後は、かかりつけ医機能をもっと定着させるよう、診療報酬面からも検討してゆくことが、今回の制度改革事項に盛り込まれた。2022年度の診療報酬改定での大臣合意事項は、2022年度からの医療だけでなく、2020年代を見据えたわが国の医療のあり方にも目配せした内容となったといえよう。

Copyright©Toyo Keizai Inc.All Rights Reserved.




メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。