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ダイソンEV撤退をケーススタディーとして考える

2019年12月11日
[和田憲一郎(日本電動化研究所 代表取締役),MONOist]

 EVを開発すると宣言し、撤退した案件としては、投資額や雇用人員ともダイソンがこれまで最大規模であり、この撤退の真因に迫ることは、今後のEV開発に極めて重要ではないかと考えた。

あくまで筆者の見立てであるが、元EV開発の経験(三菱自動車「i-MiEV」の開発に着手。開発プロジェクトが正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任)からダイソンEV撤退をケーススタディーとして、EV開発の困難さおよび事業の難しさについて考えてみたい。


 2019年の一番のエポックメイキングな出来事といえば、筆者の中ではdyson(ダイソン)のEV(電気自動車)事業撤退である。報道では、従業員向けのメールで、「採算が取れる見通しが立たなかった。また事業の譲渡先を探したが買い手が見つからなかった」と述べている。

しかし、筆者からみれば、世の中に試作車を一度も発表しておらず、撤退の原因としては、あまりに腑に落ちないのである。

 EVを開発すると宣言し、撤退した案件としては、投資額や雇用人員ともダイソンがこれまで最大規模であり、この撤退の真因に迫ることは、今後のEV開発に極めて重要ではないかと考えた。あくまで筆者の見立てであるが、元EV開発の経験からダイソンEV撤退をケーススタディーとして、EV開発の困難さおよび事業の難しさについて考えてみたい。

 

あまりにも突然で、かつ不自然!

 最初にダイソンがこれまでの内容を覆し、2019年10月10日にEV事業撤退を発表した時の印象である。

それも撤退の理由として、「採算が取れる見通しが立たなかった。また事業の譲渡先を探したが買い手が見つからなかった」と述べている。

本当であろうか。何かもっと別の理由があるのではないだろうか。
 ダイソンEV開発の件は、開発段階としてはTesla(テスラ)以上に多額の資金投入と人員を確保し、元EV開発者からみれば、うらやましいような大量の人、モノ、金の投入であった。だからこそ、創業者であるジェームズ・ダイソン氏(以下ダイソン氏と記載)の考え方をじっくり調べ、筆者なりに、今回の事業撤退の原因を考えることは、EV開発および事業として極めて有効に思えた。

そのため、もし筆者がこのプロジェクトマネジャーに任命された場合、どのような事態が生じたら、プロジェクト撤退を決断するのか、ケーススタディーとして考察したものである。
 なお、最初にお断りしておかなければならないのは、これはダイソンや、創業者であるダイソン氏を非難するものではない。

ダイソン氏については、彼が出願した国際特許を見るたびに、よくこれだけ大量かつ多彩な特許を出願できたと驚くとともに、エンジニアとして尊敬の念を持つものである。
 さて、いきなり筆者の結論を申し上げると、ダイソンによるEV撤退の原因は、技術的な問題ではなく、開発の進め方に関する相違が生じてしまったのではないかと推測する。つまり、開発陣とダイソン氏との間で、どうしても埋められない溝が生じてしまい、次第にますます乖離(かいり)することで、抜き差しならぬ関係となり、プロジェクト破綻に至ったと思われる。

 筆者は、今回の要因として3つを挙げたい。このことは必ずしもダイソンだけではなく、その他の企業においても同様なことが起こるのではないかと考えている。順を追って筆者の考えを説明したい。

図表1:サイクロン掃除機 DC07

出典:ダイソン

(1)エジソン流開発への確執

 一体何のことか分からないかもしれないが、自叙伝ともいえる「逆風野郎!:ダイソン成功物語」(原題Against the odds : an autobiogrqphy)をじっくり読むと、ダイソン氏はサイクロン式掃除機を開発するために、自ら5127回試験を行い、最終的にこれまで世の中になかったサイクロン式掃除機を完成させている。

そして、ダイソン氏の根底に流れるものは、エジソン流開発手法である。

どういうことかといえば、エジソンはテストで実証する時、1度に1つの要素しか変更してはならないという哲学であった。

ダイソン氏もこれをかたくなに守り、1つ1つの要素の優劣を判定して、5000回以上の試験を経て、サイクロン式掃除機などの商品を作り上げてきた。

 しかし、掃除機とEVでは桁違いに部品点数が異なる。

例えば、走行距離を伸ばそうと思っても、その要素を1つ1つ変更して実験していては、何億通り、いや何十億通りとなり、現物で確認することは不可能である。そのため、自動車メーカーでは、できる限りモノを作らず、あらかじめCAEもしくは各種解析により予測している。

その結果、各要素の最適と思われるものを選び出して、目標に到達するのか否か、ある程度めどがついてからモノを作るようにしている。


 モノを作って実験を行うのは、自分たちが想定していたものと同等か、異なるかを確認するためである。

衝突安全などでは、CAEで導き出した結果と実際の衝突結果が異なる場合があるが、実車結果が予想と異なる場合、ひょっとしたら実車はある箇所の溶接が外れていたのではと、不一致な点まで比較して見つけることができるようになっている。
 ベンチャー企業が最も苦労する点、かつ多大な費用を要する点がここにある。

既存の自動車メーカーは過去のガソリン車、EVなどの実車衝突データと、整合性を高めたCAE結果があるため、それほど費用や時間をかけなくても比較することは容易である。しかし、ベンチャー企業は、過去のデータがなく、自ら設計した構造について確信が持てない。

CAE解析を行おうにも信頼に足るデータをそろえることができない。もちろん高価な試作車で衝突試験を数限りなく行うこともできず、多くはここでつまずくことになる。
 ダイソンの場合も、試作車はできたようである。

公開された特許情報からは、極秘裏に開発が進められていたダイソンEVもおぼろげながら見えてくる。

Aston Martin(アストン・マーチン)の元チーフエンジニアであったIan Minards(イアン・ミナーズ)氏を迎え、それ以外にもRolls-Royce(ロールスロイス)、Land Rover(ランドローバー)、テスラなど大手の優秀なエンジニアを集めたと聞く。英国ウィルトシャーには16kmのテストコースも設立したようだ。
 試作車はできたものの、もし評価しようとしたとき、ダイソン氏が言うエジソン流を当てはめようとすると、多くのエンジニアから反発が出たのではないだろうか。サイクロン式掃除機で5200回であり、EVであればどれだけ試験しなければならないか見当がつかない。

モノを作って試験から考えていくのか、モノを作る前にどこまで詰めていくのか、そこに考え方の相違が出てはこないだろうか。
 ダイソン氏は日本からサイクロン式掃除機が売れ始めたこともあり、大の日本ビイキである。

モノづくり精神が大切と考える日本の文化も良く理解していたようだ。だからこそ、自分の考え方、やり方は間違っていないと考えたのではないだろうか。
 チーフエンジニアを選任したかもしれないが、社長であり、実質のプロジェクトマネジャーであるダイソン氏に逆らうことは難しく、これが一因と推察する。


(2)日程に対する考え方の相違

 サイクロン式掃除機の開発に約5200回も試験をして、完成させたことは上述した。

しかし、これはある意味、良いものを作るのであれば、多少時間かかることは仕方がないと考えているふしもある。

一方、自動車エンジニアは時間軸に対して、極めて厳しい感覚を持つ。

それはクルマの開発、生産、販売工程において、掃除機とは桁違いの人々が携わっており、ほんの少しの日程遅れでも、後工程に多大な影響を及ぼしてしまうからである。このため、できる限り、前でモノゴトを詰め、後工程で日程遅れや影響が生じないように神経を使う。
 また自動車メーカー各社は、呼び名は異なるが、ゲート方式を採用しており、どの段階でどこまで達成したかを判断している。

例えば、クリティカルな問題(つまりレッド)があれば次に進めないが、イエロー案件については、対策もしくは暫定案などを提示しながら前に進む。

図表2:ジェームズ・ダイソン氏    出典:ダイソン

 ダイソン氏はメディアとのインタビューで、5200回もの試作品を作り試験したことは、とても面白い発見の旅のようであり、まるで「天路歴程」(Pilgrim’s Progress)を現実に味わっているようだと述べている。
 「天路歴程」は英国で聖書の次に大切な本といわれており、厳粛な本である。

筆者も読んでみたが、著者John Bunyan(ジョン・バニヤン)氏が書いた寓意物語であり、主人公であるクリスチャンとその妻クリスティアーナがそれぞれ天の都を目指して、数々の困難を克服しながら進んでいく、わくわくする冒険物語である。映画でいえば、「インディ・ジョーンズシリーズ」を思い浮かべると分かりやすいであろうか。

サイクロン式掃除機の開発の際に、ダイソン氏もこの本の話が大きな影響を及ぼしたように思われる。
 それはそれで良いのであるが、一般的な自動車エンジニアが日程最優先で進めていることに対し、ダイソン氏が良いものを作るためなら多少の日程遅れはやむを得ないともし考えていたのであれば、自動車エンジニアとダイソン氏との間で溝ができたのではないだろうか。なお、今回は試作車の段階で撤退を宣言しており、量産用の本型を手配するのであれば、被害は大きく拡大することから、賢明であったともいえる。


(3)モビリティの将来性に関する場違い感

 2016年にEV開発に動き出した時、ダイソン氏は、革新的な要素技術を搭載して、素晴らしいデザインで構成すれば事業として勝算はあると考えていたと思われる。そのために、どの自動車メーカーも実用化したことのない全固体電池に関して、米国ミシガン州のベンチャー企業「Sakti3」を9000万ドルで買収するとともに、2016年には14億ドルを投資して、全固体電池の工場建設計画を発表している。
 しかし、開発を進めている内に、自動車メーカーは自動運転開発に注力し始め、またテスラは無線ネットワークによるソフトウェアアップデート(OTA:Over-The-Air)が常装されるなど、コネクテッド要素が強くなってきた

この傾向はますます強まり、EVはまるでタイヤが4つ装着されたスマートフォンもしくはコンピュータと呼ばれるようになってきている。この動きはダイソン氏にとっては、予想以上に早かったのではないだろうか。

ダイソンはこれまでサイクロン掃除機など家電製品をスタンドアロンなものとして開発し、販売してきた。

モノづくり精神が宿り、1つ1つ作り上げていく商品と、コネクテッド機能やそれに連動する部品がクルマの良しあしを決める将来の方向性に対し、どうしても違和感、いや場違い感があったのではないだろうか。

テスラのイーロン・マスク氏はもともとIT出身であり、逆に彼らのフィールドであると考えていたであろう。

そのため、オートパイロット機能も搭載して、各自動車メーカーと比較して大胆な戦略で進めている。
 今後、IT技術者を数多く採用してキャッチアップすることは不可能ではないが、社長で実質のプロジェクトマネジャーであるダイソン氏は、自分が得意とするフィールドから離れていくことに、限界を感じたように思えてしまう。

 

将来のモビリティ開発の在り方は

 このように考えてくると、モビリティ、特にEV開発は筆者が携わっていた頃に比べて第2世代に入ってきていると思われる。

幾つか例に挙げる。まず、モビリティはパワートレイン価値より、コネクテッド価値に比重が傾いている。

よくEVは電池が重要であるといわれるが、コモディティ化しつつあり、むしろAI(人工知能)やビッグデータを使った自動運転機能や、IoT(モノのインターネット)などに投資のリソースが移りつつある。また、電池は自社生産もしくは自陣営にこだわらず、価格が安くて信頼できるところから調達する動きが進む。

図表3:リヴィアンのスケートボード方式       出典:リヴィアン

 基幹部品はさらなるモジュール化が進む。パワートレインを統合したe-Axle、さらにフロア下のプラットホームを全て統合した「スケートボード方式」と呼ぶ大型モジュール化が増加するとみている。

スケートボード方式について、米国の新興自動車メーカーのRivian Automotive(リヴィアン)はそのプラットホーム上にSUV、ピックアップ、配送用バンなどの装着を想定している。

 自動車メーカーは運転席、助手席を重要視してきたが、ライドシェアの普及に伴って用途によっては後席重視のモビリティが出現する。

中国の滴滴出行は31社とともに洪流連盟(Dアライアンス)を形成しており、ライドシェア専用の新エネ車を2030年までに1000万台開発することを表明している。購入から利活用への動きが広がると、耐久性向上が求められる。不特定多数の人が利用するモビリティには、これまでの数倍の耐久性が求められる。

また故障が生じる前にIoTやブロックチェーンなどを活用した事前の故障診断機能必須となる。
 上記方向性から考えるに、IT企業やライドシェアを提供する企業が自動車メーカーと連携し、場合によってはIT企業が力関係の上位にくる形態も増加する。
 最後に、まだ利害関係者が多いためダイソン氏は説明できないのかもしれないが、いつか、自動車業界以外からEVビジネスに挑戦した先達者として、撤退を決めた背景を明らかにしていただく日を期待している。





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