おがわの音♪ 第871版の配信★


東京が「世界一危ない都市」と断定されたワケ

治安は「3年連続最高」でも別のリスクがある

かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト
2019年10月26日

 

東京は、治安の点から言えば「3年連続世界チャンピオン」。

だが別の面から見ると「世界一リスクの高い都市」でもある(写真:リュウタ/PIXTA)

 

東京と大阪をしょっちゅう行き来していると、ときどき別世界のようなギャップを感じることがある。

関東と関西は、お互いに向こう側で何が起きているかを意外なくらいに知らないのだ。

というよりも、単に関心が乏しいと言った方がいいのかもしれない。


☞ 関東と関西、今年は全く逆のことが起きている

例えば関東の人たちは、昨年の関西が①大阪北部地震(6月)~帰宅難民も発生した、②西日本豪雨(7月)~西日本全体で死者が200人を超えた、③台風21号(9月)~関西国際空港が水没してしまった、というトリプルパンチの自然災害を受けたことを、どれだけ記憶しているだろうか。
まじめな話、昨年は6月から9月にかけて鉱工業生産指数が103.0台でペタッと横に寝てしまったのだが、これは災害に伴って西日本のサプライチェーンが麻痺してしまい、立て直しに手間取ったことが主因であったと筆者はみている。が、そういう認識は東日本においては希薄だったのではないかと思う。
今年はたぶん、それと全く逆のことが起きている。9月の台風15号と10月の台風19号が東日本に与えた被害について、たぶん関西の人たちはよく知らないだろう。
房総半島の停電や、千曲川や阿武隈川の氾濫、利根川や荒川は何とかセーフだった、なんてことは所詮他人事である。ちょうど昨年の関東が、西日本の災害に対して無関心であったように。
いや、それは責められるべきことではないのである。東西に細長い日本列島は、自然災害の受け止め方も様々になる。2011年3月11日に巨大地震と津波が東日本を襲ったときでさえ、西日本は東日本ほどには揺れなかったのだ。
これは、国土の多様性が意図せずして、巨大災害に対するリスクヘッジになっていると考えればいい。
例えば企業であれば、本社機能を東西に二分しておくことで、いざというときのバックアップ機能を維持することができる。さすがに首都直下型と南海トラフという2つの地震が同時に起きる、なんてことは、可能性は低いはずである。日本列島は国土も気候も東と西ではかなり違っているから、幸いにも一度に全部が悪くはなりにくいのである。
ところが、東西を併せてオールジャパンで見た場合、洒落にならないような事態が進行中である。

もう「数十年に1度」と考えることはできない
〇風水災等による保険金の支払い
1. 2018年台風21号 大阪・京都・兵庫など 1兆0678億円
2. 1991年台風19号 全国 5680億円
3. 2004年台風18号 全国 3874億円
4. 2014年2月雪害 関東中心 3224億円
5. 1999年台風18号 熊本、山口、福岡など 3147億円
6. 2018年台風24号 東京・神奈川・静岡など 3061億円
7. 2018年7月豪雨 岡山・広島・愛媛など 1956億円
8. 2015年台風15号 全国 1642億円
9. 1998年台風7号 近畿中心 1599億円
10. 2004年台風23号 西日本 1380億円
実に歴代トップ10のうち3件が昨年に起きている。そして今回の台風19号は、新たに記録を塗り替えてしまいそうだ。武蔵小杉駅のタワマンから郡山市の工業団地の被害まで、保険金は広範に支払われることだろう。私情を申せば、富山市内に実家がある者としては、30編成のうち10編成が水没してしまった北陸新幹線の車両は特に胸が痛む。
こうしてみると、日本は台風多発時代を迎えてしまったようである。
「数十年に1度」の規模の台風が、毎年のようにやってくる。その原因が気候変動問題にあるのかどうか、専門外の筆者には何とも言いようがない。しかし、これだけ巨大台風が連続しているということは、「来年以降もまたあるかもしれない」と考えておくべきだろう。
まことに恐ろしいことに、地震による保険金支払額でも似たような現象が起きている。
〇地震保険による保険金支払い
1. 2011年東日本大震災 1兆2833億円
2. 2016年熊本地震 3859億円
3. 2018年大阪北部地震 1072億円
4. 1995年阪神淡路大震災 783億円
5. 2018年北海道胆振東部地震 387億円
東日本大震災は別格としても、トップ5のうち2件が昨年発生し、もう1件(熊本地震)も直近5年以内である。日本列島は、自然災害の多発時代を迎えつつあるようなのだ。

確かに日本は「治安は最高」だが・・・
それではどうしたらいいのか。さあ国土強靭化だ、30年物国債を発行して、公共事業をどんどん増やそう、という声が自民党内から湧き上がってくるのかと思ったら、意外とそうでもないようだ。
災害対策も予備費から、などと言っている。10月は消費増税が行われたし、海外経済の減速も目立っている。ここは少し大騒ぎして、大型補正予算を組むくらいの方が良いのではないだろうか。
英エコノミスト誌の関係会社、EIU社が発表しているSafe Cities Index(安全都市指数)という調査がある。
この調査の2019年版では、3年連続で東京が「世界で最も安全な都市」に輝いている 。
「サイバーセキュリティ」で1位、「医療・健康環境」で2位、「インフラの安全性」で4位、「個人の安全性」で4位、総合スコアでは堂々の1位である。
この調査、大阪も第3位に入っており、なるほど「日本は安全な国」との印象である。
ところが英保険組織のロイズが、ケンブリッジ大学と共同で行っている都市リスクの指標もある。
こちらは紛争や災害の脅威を試算しているのだが、この都市ランキングでは東京が第1位、大阪が第6位となっている 。損害保険という「危険を買う仕事」の人たちの眼には、「東京や大阪は危なっかしい」と見えているらしい。

〇「2つの都市」ランキング
安全な都市ランキング(英EIU) 
1位 東京
2位 シンガポール
3位 大阪
4位 アムステルダム
5位 シドニー
6位 トロント
7位 ワシントンDC
8位 コペンハーゲン
9位 ソウル
10位 メルボルン 
 脅威リスク都市ランキング(英ロイズ)
1位 東京
2位 ニューヨーク
3位 マニラ
4位 台北
5位 イスタンブール
6位 大阪
7位 ロサンゼルス
8位 上海
9位 ロンドン
10位バグダッド
言われてみれば、日本は確かに安全であり、同時に危ない国なのであろう。
9月の台風15号では、成田空港が交通アクセス遮断で陸の孤島となり、約1万4000人が空港で足止めを食らった。
鉄道もダメ、タクシーもダメ、空港内では水と食料が足りず、しかも携帯の電波もつながらない。
もちろん外国人観光客は大混乱だったそうで、まことに気の毒なことながら、そういうリスクは確かにこの国にはある。
そうかと思えば、台風19号の翌日には横浜の日産スタジアムで、ラグビー・ワールドカップのプールA最終戦、日本対スコットランドが行われている。
どうやら関係者の必死の努力によって決行となったらしいが、その結果、ブレイブ・ブロッサムズは値千金の勝利を得て、目標だったベストエイト入りした。仮に試合が中止となって、勝ち点2ずつを分け合っての決勝トーナメント進出となっていた場合、何とも気まずい思いをしただろう。
というより、「それならむしろ、戦って負けた方がましだ」と大会関係者は考えていたのではないだろうか。
つまり、自然災害に振り回されることもあるし、雄々しく打ち勝つこともある。
災害多発列島において、長年生きてきた民族のDNAみたいなものがあるのだろう。
まじめな話、この先の日本が自然災害の多発時代を迎えるとなると、河川や海岸、ダムに堤防といった既存の国土インフラは老朽化が目立つし、少子・高齢化時代においては更新やメンテナンスも容易なことではあるまい。
おそらくは気象情報の精度向上や、避難訓練の実施といったソフト面の充実を図っていく必要があるのだろう。
台風一過、株式市場は「災害に売りなし」とばかりに好調さが続いている。
しかしわれわれは、リスクの高い国土でこれからどうやって生きていくのかを問われているのではないだろうか。
何しろ昨今は、「災害は忘れた頃に」ではなく、「忘れる間もなくやってくる」時代であるようなのだ。


メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。