· 

日銀「マイナス金利解除」で日本は長い苦難の道へ


政府・企業・私たちの生活はどう変わるか?

岩崎博充

2024年3月31日

日本銀行が、これまで堅持してきた「マイナス金利政策」を解除して、17年ぶりに利上げに踏み切った。

同時に「イールド・カーブ・コントロール(YCC=長短金利操作)」の撤廃、ETF(上場投資信託)の購入停止といった、これまでの金融緩和政策も修正すると発表した。

植田和男日銀総裁が「これでやっと普通の中央銀行に戻る」と語った言葉が象徴するように、異常な異次元の金融緩和政策が、やっと幕を下ろすことになった。

17年間の利下げのなかでも、とりわけ大きな転機となったのは黒田東彦前日銀総裁が安倍政権とともに始めた「アベノミクス」と呼ばれる異次元の金融政策だ。結果的に10年以上にも渡って、歴史的にも極めて稀な異常な金融政策を続けることになった。

「異次元緩和の意味は全くなかった」「やる必要はあったのか」と指摘するエコノミストも少なくない。

この10年間の異次元緩和の成否はいずれ歴史が判断を下すだろうが、この10年で大きな副作用をもたらし、様々な後遺症を残すことになったことだけは間違いない。

とは言え、日本の将来がこの金融政策転換によって明るい将来が見えてきた。といった楽観的な見方をしている人も多い。果たして、日本経済は本当に大丈夫なのか…… 

 

34年ぶりにバブル崩壊前の日経平均株価を更新できたように、前向きに捉えていいのか……

日本銀行の大規模金融緩和の転換がもたらす様々な影響について考えてみたい。

世界中の投資家が期待する金利上昇の世界?

日銀が金融正常化に向けて政策を修正した影響は、様々な分野に及ぶ。

具体的には、日銀、政府、企業、そして国民全体が少なからず影響を受けると考えるのが自然だ。

例えば、日銀そのものも、悪化したバランスシートをどう正常化させるのか、大きな宿題を抱えたままの状態が続いている。

それぞれの影響について、簡単に紹介してみよう。

日銀:574兆円の国債保有、今後も購入継続避けられない?

日銀は、この10年に及ぶ大規模緩和でバランスシートを大きく膨らませてしまった。

YCCを維持していくうえで買い入れた日本国債は、「574兆円」(日銀資金循環統計、20239月末現在)、市場全体に占める国債の保有比率も「53.9%」(国庫短期債券を除く時価ベース)に達している。政府が発行している国債の半分以上を、中央銀行が保有している状態だ。

言うまでもないが、日本銀行は日本政府の子会社でもなければ、一蓮托生でもない独立した機関だ。政府が日銀依存から脱却できない限りは、この構図は解消できない。

実際に、日銀は現在でも「月額6兆円」もの国債を購入し続けており、この国債買い入れは今後も継続する方針を打ち出している。

金利上昇の際には購入金額を増額して、金利の高騰を防ぐ意味でも、今後も日銀は日本国債を購入し続けていくとしている。

植田総裁は、いずれは国債買入れの量を減額していく、と述べているが、政府の国債発行の量が変わらない以上、難しいかもしれない。

問題はいつまで購入し続けることができるかだが、それも限界が見えてきている

いずれ金利上昇によって保有国債の利息収入を上回る利払いが発生して「逆ザヤ」に陥る可能性が高い

政策金利が0.28%で逆ザヤ、同2.75%で債務超過になるという野村総合研究所のシミュレーションもある。

<70兆円のETFは売却できない?>

国債以外にも、ETFの問題がある。日銀はアベノミクス以前からETFを購入し続けているが、今回の金融財政決定会合では新規の買い入れを終了すると宣言している。

とは言え、日銀は現在時価にしてざっと「70兆円」、日本政府の年間の税収に匹敵するETFを保有しており、しかもその含み益は「32兆円」(簿価37.2兆円)に達している(ブルームバーグ「日本株好調で膨らむ日銀のETF保有総額、年間の税収に匹敵する規模2024216日配信)。

規模が大きすぎてとても、日銀が単独では売れない規模になっており、今後はこの処理の問題が出てくる。

言い換えれば、34年ぶりの日経平均株価の史上最高値更新も、日銀の緩和政策とETF購入がなければ実現しなかったと言える。

 

日本政府:金利上昇で膨れ上がる国債利払い、円安との戦いも?

日銀以上に大きな影響を受けるのが政府だ。

おそらく政府ほど、日銀の大規模緩和政策の恩恵を受けてきたところはないはずだ。

ここ10年ほどの間は、好き勝手に国債を発行してもそのほとんどを日銀が購入してくれ、しかもほとんどただ同然の格安金利で発行が可能となり、ピーク時は年間で170兆円もの国債を発行できてきた。さらに2024年度の国債発行総額の計画案では「1814,956億円」(財務省)となっている。そのうち、新規国債発行額は349,490億円になるという。

2024年度予算では、歳出費の総額は「112717億円」、そのうち国債費は「2790億円」となり歳出の4分の1程度は使っていることになる。

しかし、今後は違ってくる

内閣府の試算によると、今後長期金利の上昇は2033年度には「3.4%」まで上がり、政府の国債の歳出のうち利払い費だけで「22.6兆円」にも膨らむ見通しになっている。

23年度が「7.6兆円」であることを考えると、この10年で3倍に膨れ上がることになる。

10年後には、政府の歳入の半分程度を国債の償還や利払い、要するに「借金の返済」に充てなければならないかもしれない。

日本経済が順調に成長を遂げて税収が増えない限り、日銀に依存したままの状況は今後も続くことになりそうだ。

さらに、日銀が金利のある世界に復帰したことで、今後は海外の投資家などが金利の引き上げを催促する金融相場になる可能性も高い。

為替市場では、米国のFRBが利下げに踏み切れば、日米の金利差が縮小してくることになる。

一時的には円高に振れるものの、その状態がしばらく続けば、市場はまた日銀の利上げを要求して、円安に振れてくる。

しばらくは、こうした状態が続くことになり、政府(財務省)と日銀は、行き過ぎた円安に振り回される可能性が高い。

企業:6社に1社?「ゾンビ企業」の大清算が実施される?

10年以上に渡って続いてきた日銀の金融緩和政策によって、大きな影響を受けるもののひとつに「ゾンビ企業」がある。

超低金利のおかげで、本来であれば倒産していた企業が、日本には大量に残っている。

日本の労働生産性がG7の中で最も低いレベルになっているのも、こうした生産性の低いゾンビ企業が数多く残っているからだ。

ゾンビ企業というのは、国際決済銀行(BIS)の定義では「3年連続でインタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)が1未満、かつ設立10年以上の企業」とされている。

簡単に言えば、利益や利息よりも借金の利息などのほうが多い「稼ぎの低い企業」のことで、こうしたゾンビ企業が日本には251,000社(202311月末現在、帝国データバンク調べ)もあり、全企業の6分の1を占めているそうだ。

日本の大手銀行は、これまでこうしたゾンビ企業への融資を控えていたのだが、コロナ禍に実施された政府系金融機関による実質無利子・無担保による「ゼロゼロ融資」を受けて生き残ってきた。

日本の労働人口の6割を雇用していると言われる中小企業が、金利引き上げによってバタバタと倒産していく時代がやってくるかもしれないわけだ。

さらに、大手企業でも有利子負債などが多い企業や業種は、今後難しい経営を強いられる可能性がある。

企業倒産が増えると、これまではその原因の如何に関わらず、大型補正予算を組んで企業倒産を助けてきたのだが、今後はそう簡単には予算も組めなくなる。

現在も行われている物価高対策としての様々な補助金行政も、今後はどんどん減らされていくことになるはずだ。

日銀の金融政策正常化に伴って、政府に依存して企業は今後、容赦なく経営破綻させられていくことになる。

また、そうならなければ金融正常化の出口戦略は失敗に終わることになる。

 

国民(個人):金利は上昇してもせいぜい1%前後、心配なのは金利高による円安?

国民に対する影響は、よく指摘されるのが「住宅ローン金利」の高騰によるものだが、結論から言うと金利の高騰といった心配はあまりいらないのではないか。

というのも、日銀が金利のある世界にシフトさせたからと言って、将来の金利水準が欧米のように45%に上昇するわけではないからだ。

仮にそこまで金利を上昇させたら、日銀も、政府も、企業も大変なことになってしまう。日本経済が成り立たなくなってしまう可能性が高い。

住宅ローンは固定金利と変動金利では大きな差が出るとはいえ、植田日銀総裁も住宅ローン金利については「大幅に上昇するとはみていない」と参院財政金融委員会で述べており、短期金利は上昇したとしても「0.1%程度にとどまる」と述べている。

これまで指摘してきたことでもわかるが、マイナス金利が解除できても、日銀・政府・企業への影響が大きすぎて、とても金利をどんどん上げていくような環境ではない、ということだ。

実際に、変動型住宅ローンの金利は現在0.3%程度だが、融資期間1年以内の「短期プライムレート(現在は1.475%)」が上昇しなければ、影響はないと言われている。

個人が唯一、金融正常化によって恩恵を得られる可能性のあるものは、預金金利の上昇だが、こちらも短期プライムレートなどが上昇してこないと当面はわずかな恩恵しかないはずだ。

ちなみに、NISAの投資対象となる株式市場や海外の資産に投資する投資信託などは、海外の金融マーケットに影響を受けやすく、日銀の金融正常化の影響はあまり大きくない。

ドル円相場も、変動幅は大きくなるものの、大きく円高に振れる可能性は低く、むしろ円安に対して警戒心を持ったほうがいいのかもしれない。

結局、国民が心配しなければならないのは、万一政府がデフォルト(債務不履行)に陥ったり、日銀が債務超過となって日銀券(円)の価値が低下すること

簡単に言えば、円安によるインフレの心配をしたほうがいい

 

このところ株式市場や金価格、ビットコインなどが史上最高値を更新しているが、世界中の投資家が際限なく発行できる法定通貨よりも、株・金・暗号通貨といった限りある資産を選択している証だろう。


メール・BLOG の転送厳禁です!!   よろしくお願いします。