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「時代遅れ」な日本企業型雇用のワナ

 人的経営への道筋は

2024.02.27

日本はいつの間にか「人材で勝てない国」となった。経路依存症のわなにはまり、長らく停滞状態にあるためだ。その脱却に向けて、人材を資本として捉え、人材の価値を最大限に引き出す「人的資本経営」の徹底実践が今必要だ。 

では、どのような変革の方向性を定めれば良いのだろうか。

一橋大学 CFO教育研究センター長を務める伊藤 邦雄氏が解説する。



世界から孤立する日本企業に必要な「人的資本経営」への変革

 近年、人的資本経営が注目を集めている。世界的な潮流としても、人的資本開示が求められるようになっており、日本国内でも人的資本経営への変革が急務となってきた。

日本国内の企業の現状について、伊藤氏はこう語る。

「かつて『日本の人材は強い』と言われていた時代がありましたが、いつの間にか『人材で勝てない国』になってしまいました。経路依存症のわなにはまってしまったのです。国内の企業の大命題は、人的資本経営へ変革することです。現実を直視し、バイアスを捨て、KPIを策定し、進捗(しんちょく)を確認しながらマネジメントすることが求められています」(伊藤氏)

 経済産業省の産業構造審議会・新機軸部会の中間整理(20226月)によると、「現在の勤務先で勤続を希望する人の割合」は52.4で、アジアパシフィック地区の中で最下位になっている。その一方、「転職意向のある人の割合」も25.1%で最下位である。 

勤続を希望する人の割合も転職意向の割合も最低で、アンビバレントな状態です。つまり、今の会社に長くいたいと思わないが、転職しようとも思わない現状があります。『日本の人事慣行は素晴らしい』と言われていましたが、現在は世界から孤立してしまっているのが現状です」(伊藤氏)この現状をどう打破していくべきか、伊藤氏が解説する。

日本型雇用システムのメンバーシップ型が機能しなくなった理由

 経済産業省の産業構造審議会・新機軸部会の中間整理(20226月)では、「社外学習・自己啓発を行っていない人の割合」の調査結果が発表されている。 アジアパシフィック地区の中のトップは46.3%の日本である。つまり、アジアパシフィック地区のうち日本人が最も勉強していないのだ。

日本型雇用システムはすでに時代にそぐわない、と伊藤氏は指摘する。

「日本企業の多くは、メンバーシップ型雇用を取っています。新卒で採用したら、長く務めてくれるだろうという楽観主義がはびこっているのです。さらにOJT発想で、『仕事が人を育てる』という企業文化が今でもあります。しかし、VUCAの時代となり、環境が非連続的に変わっていく状況下では、仕事が人を育てることには限界があります」(伊藤氏)

 つまり、「人的資源」から「人的資本」へ発想を変える必要があるのだ。人材を「資源」であると考えると、使えば使うほど価値が減少してしまう。

しかし「資本」として捉えると、投資により価値は増加する。

 


日本企業は本当に人に優しかったのか、かなり疑問です。これまではキャリア形成が受動的でした。

その結果、社員の自立性を削いできてしまったのではないかと考えています。

人材を人的資源と捉えると管理したくなり、効率志向になります。『パラダイムチェンジし、人材は適切な環境に置くことで、限りなく価値が伸びる』ことを認識する必要があります」(伊藤氏)

 人的資本経営へと変革することによって、人的資本価値を創造することが、企業価値の創造につながるのだ。 

 「日本を救う道は人的資本経営の実践である」と伊藤氏は強調する。

人的資本経営の人材戦略に求められる「3P5Fモデル」とは?

  人的資本経営へのパラダイムチェンジを実現するためには、明確な指標を持つことが必要となるだろう。 

下の表は、伊藤氏が座長を務めた経済産業省プロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~」で伊藤氏が作成した最終報告書「伊藤レポート」のうち「変革の方向性」を示したものである。

「左側がこれまでのパラダイムで、右側がこれから施行すべきパラダイムです。『人的資源・管理』から『人的資本・価値創造』へシフトすることが重要です。

個と組織の関係性においては、『相互依存』を脱却し、『個の自律・活性化』を促し、ともに成長する必要があります。また、雇用に関しては、『囲い込み型』ではなく、企業と従業員とが『選び・選ばれる関係』へと変革することが求められます」(伊藤氏)

 


3つのパースペクティブとは、「経営戦略と人材戦略の連動」、「目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、現時点での人材や人材戦略とのギャップの把握」、「企業文化への定着」である。

「実は、経営戦略と人材戦略の間にミスマッチが起こっている例は、数多くあります。たとえば、3年後を目指して中期経営計画を作ったとしましょう。そこで新たな経営戦略をうたっても、その新たな経営戦略を実践する人材がいなければ、ギャップが生じます。そうしたギャップを見える化できるかどうかが重要です」(伊藤氏)

 企業文化への定着も、重要な視点である。


伊藤氏はこう説明する。

「人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促すような企業文化が定着しているかどうかがポイントです。つまり、組織や個人の行動変異を促すような、心理的安全性が確保された企業文化になっているかどうかが問われます」(伊藤氏)

そのほかにも「伊藤レポート」では、「人材戦略に求められる3P5Fモデル」が示されている。  

3Pとは3つのパースペクティブ、5F5つのファクターである。5つのファクターとは、「動的な人材ポートフォリオ」、「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」、「リスキル・学び直し」、「従業員エンゲージメント」、「柔軟な働き方」である。 

「動的な人材ポートフォリオのことを『人材戦略』と呼んでいます。目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、最適かつ多様な人材が活躍するポートフォリオを柔軟に構築できているかどうかが重要なポイントです。個々の多様性が活用される環境にあるか、将来のビジネスモデルと現在の人材のスキルとのギャップを埋めているかなども、注視する必要があります」(伊藤氏)

 3つの視点、5つの要素を取り込み、人的資本経営へとかじを切る企業も増えつつある。

今後人的資本変革に着手する企業と何もやっていない企業との間で2極化される、と伊藤氏は予測する。

「人的資本経営をおざなりにしている会社には、いい人材が入らなくなるでしょう。『人的資源』を『人的資本』と名前を置き換えただけでは人的資本経営になりません。重要なのは、社員のスキルの見える化とデータ化です。また、日本的なメンバーシップ型雇用では受動的なキャリア形成になりがちでしたが、これからは自律的・自主的に自分自身のキャリアをデザインすることが求められます」(伊藤氏)

変革のポイント「人的資本開示」のお手本となる2つの企業例

  人的資本経営への変革を進める際にポイントになるのが、人的資本開示である。 

 日本でも大企業を中心として、20222023年から本格的に実施されている。 

 人的資本開示によって、人的資本経営を積極的に行っていることを社外にアピールできることが、企業にとってのメリットである。 また、人的資本開示が人的資本経営への変革を促す効果もあると言えるだろう。 

「人的資本に対して、『こういう投資を行っています』と羅列するだけでは不十分でしょう。

開示した情報にいかにストーリー性を持たせるかが重要です。開示する人的資本情報は、2種類あります。1つは定量的な他社と比較できるデータで、たとえば、男女の賃金格差や女性管理職の比率、男性の育休取得率などです。もう1つは、独自性のある取り組みです」(伊藤氏) 

 人的資本開示は、統合報告書によって示される。下の図は「建築・産業」、「エネルギー」、「インフラ」、「環境」、「精密・電子」という5つのカンパニーで構成させた、荏原グループの「統合報告書2022」のものだ。

荏原グループ技術元素表 (荏原グループ統合報告書2022より)

「元素記号のように見えるかもしれませんが、これは個々の技術者の持っているスキルを英語化し、英語2文字で元素記号のように表したものです。荏原グループには3つの事業セグメントがあり、それぞれをブルー・オレンジ・グリーンで表しています。下の2列は、全社横断の技術スキルです」(伊藤氏)

 またこの統合報告書の中には、顔写真付きで個々の社員のスキルを文章と記号で紹介しているページがある。

「荏原グループの人事担当者によると、2023年には元素記号のようなスキルが1.8倍に増えたとのことです。技術のスキルを可視化をすると、社員の『新しい技術を取得したい』というモチベーションが働きます。顔写真付きでスキルを見せる以上、他社からスカウトされる可能性もありますが、開示する意義は大きいと言えるでしょう」(伊藤氏)


人的資本経営を進めていくためには、KPIの策定が必要となる。

人的資本開示に関しても、人事部だけが担当するのではなく、全社的課題として部門横断のタスクフォースを組むことが不可欠だ。社員のスキルを可視化し社員の自律的なキャリア形成ができるよう、会社による支援の仕組みを作ることが重要だろう。
さらに、IT業界で注目を集めた人的資本開示の実例がある。ソフトウェアの品質保証とテストを専門とする企業であるSHIFT(シフト)が20235月に発行した「統合報告書2022」だ。

 シフトは10年あまりで売上高約20倍、従業員数もそれ以上に伸ばしている。 

「シフトの統合報告書に、『楽しくなければ人生ではない。会社は人生を楽しむための手段』という文面があります。シフトでは、下の図の『LTV=エンジニア人数×在籍期間×個の価値創出力』という方程式のように、エンジニアのライフタイムバリュー(LTV)の最大化を重要視します」(伊藤氏)

さらにシフトでは、「ヒトログ」という独自の人材マネジメントシステムによって、1人ひとりの活躍・状況など、450項目にわたる情報を収集・分析し、従業員の属性を見える化している。

「今求められているのは、人材の価値を高める人的資本経営です。人的資本開示を通して人的資本経営のレベルを上げていってください」(伊藤氏)

 





 

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