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生産過程のグローバル化と日本製造業の衰退

―衰退の要因と再生を考える―         

高岡法科大学 法学部 准教授  石川啓雅

 日本の製造業は「ものづくり」と呼ばれている。明確な定義はないが、高い技術や技能、技術者から末端に至る労働者の高いモラルに支えられた日本の製造業を単なるIndustryとしての工業と区別する言葉のようだ。日本の製造業の優秀さを念頭に置いたものだが、このようにイメージされる日本の製造業の衰退が指摘されている。資源の乏しい日本の経済は、工業製品を輸出して外貨を獲得し、エネルギーや資源を輸入する加工貿易によって成り立っていると言われてきた。

外貨を獲得するための中核を担っている産業は自動車産業に代表される機械工業であるが、その機械工業を含む製造業全体がバブル崩壊後の平成30年間に衰退してきたというのである。

一体、何が起きているのか?

1990年代に入ってから経済のグローバル化が進み、大企業を中心に生産 拠点をアジアに移転する動きが拡大した。そして、ヒト、モノ、カネが国境を越え、貿易・投資の自由化を背景に、先進国企業の海外直接投資や生産委託を取り込む形で急速に経済発展をなしとげたアジア諸国との競争に晒されるようになった。海外に工場をつくって生産資材や部品を移輸出し国外でモノを生産する、あるいは海外企業に生産自体を委託するような仕組みが拡がるにつれて、素材・部品から完成品の生産までを国内で行うフルセット型の産業構造や経営は解体を余儀なくされ、貿易構造も完成品の輸出から、在外生産や国際的な生産委託を前提として生産資材や部品を輸出する構造へと変化している。

こうした状況のなかで、新しいモノを生み出せなくなったとか、中小企業を中心に働き手が(労働力)が減っている等々理由はいろいろあるが、いずれも衰退局面の断片を指摘したものであり、構造的な要因(仕組み)を指摘したものは少ない。 



👉 製造業再生のために

 本稿では、日本の製造業衰退の要因として、生産過程が国境を越えて再編統合されるという「生産過程のグローバル化」に着眼し、その内容について検討した。

そして、地方の製造業がどのような影響を受けているのか、あるいはどのような動きになっているのかについて、統計分析を行った。

明らかになった点を踏まえながら、製造業の復権について指摘したいのは以下の三点である。

  第一に、生産財や資本財の生産の担い手であり、サポーティング・インダストリーとしての役割を果たしてきた中小企業が海外との直接競争に呑み込まれるようになったことをどう考えるのか。従前は完成品の輸出を通じて競争が行われていたが、その完成品の生産自体が国内ではなく、海外で行われるようになってきている。海外直接投資や国際的なアウトソーシングにより、工程の一部あるいは丸ごと国境の外に出ていくという動きが1990年代以降、とりわけ2000年以降加速し定着した。

こうしたなかで、中小企業の淘汰が進行し、「産業の厚み」が失われつつあることが衰退の要因になっている可能性がある。

 行論でも指摘したが、プラスチック製品、金属製品製造業のように量産を要求される業種を担っている中小企業は、製品の特性からプロダクト・イノベーショ ンの担い手とはなりにくい

しかし、納入先の要求する品質や工期に応える形でプロセス・イノベーションの担い手として大きな役割を果たしてきた

「下町ロケット」のような話にしても、仕事の受発注といった関係を越えた企業間の横のつながりであったり、同業者どうしのインフォーマルな技術交流に支えられている ところが大きい。研究開発につきものの一品モノの試作を担えるのも、業種を問わず様々な企業が混淆状態にあるからこそ可能なのではないか?

経済性の観点からいえば、研究開発や企画部門を残して、アウトソーシングを極限にまで推進することが「合理的」なのかもしれないが、技術の観点から言えば「合理的」と言えるのかどうか?このことを考え直す必要がある。

  第二に、非正規雇用の活用である。

一人当たりの県民所得が高く、非正規労働者の比率が低いと言われる富山県でさえ、リーディング・インダストリーである製造業における非正規雇用の比率が上昇している。2012-2017の付加価値の増は生産性上昇というよりも、労働力に投入によってもたらされている。

 その労働力投入の内訳をみると、非正規雇用の増だ。

設備投資は行われているものの、資産効率は改善されているとはいえず、むしろその低下を見込んで非正規雇用で対応している様子が数字から隠見される。人手不足の状態とその中身のギャップをどのように理解すべきなのか理解に苦しむところである。

雇用の調整弁であることは間違いないとして、生産現場で非正規雇用労働者がどのような作業や工程に従事しているか、そこでの労働組織がどのようなものであるかが明らかではないので何とも言い難いが、非正規雇用が基幹作業にまで及んでいるのだとしたら、正規雇用が増えるとしても、人的投資のあり様として展望があるとは言えない。

  第三は、行論では言及しなかったが、いわゆる「現場主義」の限界を指摘しなければならない。

「不良品0、工期厳守、コスト縮減(ムダ・ロス排除)」を労働者の「運動」として追求するのがこれまでの「現場」であった。

 しかしながら、情報通信技術の発達と海外生産や国際的なアウトソーシングが進んだ2000年代には、製品のモジュール化生産の完全自動化システムが普及し、「現場の様々な工夫」や「技能の向上」によって品質を改善できる余地が少なくなっている

「技能と技術の補完性」が低減したことで、現場作業者と技術者の一体性が失われてきているとも言われている。

非正規労働者の増加はものづくりの現場のそうした変質を反映している。

しかし、このような状態が拡がっていくと、製造業の現場は「モノづくりの場」ではなく、文字通りの「工場」になってしまうであろう。

肉体労働であるか精神労働であるかを問わず、「単純にやれば終わる」ような作業はすべてがアウトソーシングの対象であり、その意味で日本型現場主義、それに連なる人材育成、雇用の中身が問われている。

 「失われた30年」と言われるような「長期衰退」は産業衰退、とりわけ製造業によるところが大きいとされる。

したがって、製造業の衰退を如何に食い止め、再生を図るかが求められている。

その方向性についてはAIIOTの活用、縮小する国内市場に代わる海外市場の取り込みだの様々指摘されているが、いずれにしても産業集積をどう維持するか、あるいは取り戻すか、非正規雇用、現場主義の限界をどうするかという問題と切り離すことはできない。

  製造業を、産業を支えるのは人間の労働である。これを問わずして、産業の復権などありえないことを最後に指摘し結語とする。

 

ü  補遺.「オンリー・ワン企業」戦略について

  サプライ・チェーンの川中・川下に位置し、最終製品をつくりあげるための 素材や部品を県外に移輸出して成り立っているのが富山県の製造業である。もちろん、企業単位でみると、そうした構造のなかで存立を余儀なくされつつも、技術を蓄積し、以上の構造からスピン・オフすることができたと思われる企業も少なくない。

『新・富山県ものづくり産業未来戦略』(富山県、2019.3)でも「本県は生活関連型、基礎素材型、ニッチトップ型の幅広い産業分野で 高い技術力を背景に、世界のトップ企業やニッチトップ企業が集積している」としている。そのため、「本県の中小ものづくり企業にとって最も重要な鍵は、世界でニッチトップ企業となるためのオンリー・ワンのイノベーションである」、「独自の技術をもつ中小企業にとっては、自前主義から脱却し、他社の技術等を活用しながら、製品開発、販路開拓を進め、グローバルニッチ企業を目指していくことが必要である」という方向性を打ち出している。

そのためには、県内の生産拠点を維持しながらグローバル展開を進めつつ、産官学、関係企業が業種の垣根を越えて「連携」する仕組みをつくること、デザイン・イン的なビジネスモデルの構築が重要だとしている以上のような認識と方向性については、一般論としては異論のないところであるが、突出した技術力のない普通の企業はどのように位置づけられるのであろうか?研究開発は進めてみないと最終成果物の見当がつかなかったり、ムダがないように進捗を精密に管理したとしても成果が約束されているものではない。

そして、成果が出なかった場合、それに要したコストの回収というリスクがつきまとう

こうした研究開発を企業の垣根を越えて取り組んでいくという際に、「普通の企業に期待される役割」とは、どういうものなのかが見えてこない。戦略では産業集積、産業としての厚みを強調しているが、今、危機に直面しているのは、その厚みを底辺で支える層であるように思う。どのような企業が結びついて、製品の供給力あるいは供給責任を果たせるような体制を形作っているのかについての現実認識が求められる。

残念ながら、管見の限りでは、この点について実態にアプローチしたレポートなり論文は見当たらなかった。

実態把握については、聞き取り調査(フィールドワーク)によるモノグラフ的認識を必要とする。これについては関係者の今後の取組みに期待したい。

(出典: 高岡法科大学紀要 第31号(Mar., 2020)




 

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