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日本が水素輸入国となった場合の「安全調達」戦略

 

2023年09月11日 更新

株式会社クニエ

 「水素社会」の普及・実現に向けた動きが加速する中、企業は今後どのような戦略を取るべきなのか。

水素ビジネスを進める上では、エネルギー安全保障の確保が大原則であることから、今回は、調達候補国/地域やグローバルで抱える地政学リスクを整理し、水素の輸入国になると想定される日本での水素「安定調達」戦略を考察する。



日本の水素輸入戦略における検討

 日本では、2030年に最大300万トン/年、2040年に最大1,200万トン/年、年2050年に最大2,000万トン/年の水素(アンモニア含む)導入目標を立てている。これらの導入量を達成するためには、国内での製造のみならず海外からの輸入が必要だ。

水素は、非産油国であっても再生可能エネルギーが豊富な国であればグリーン水素を製造できるように、従来の化石年燃料に比べると地理的偏在性が小さい。それゆえに、より多くの国/地域からの調達が検討の俎上に載ることになるだろう。

 検討にあたっては、低コストであることが優先順位の高い項目として挙げられるが、水素がエネルギー安全保障に関わるという特性上、安定調達可否の観点も極めて重要である。よって、ここでは水素輸入候補国/地域からの調達ルートに潜む地政学リスクを整理する。 

 なお、個別企業が水素調達戦略を検討する際にはミクロ的観点、つまり、国/地域における企業レベルでの水素戦略の方向性、製造方法によるコスト・水素分類や、輸送の際に志向する水素キャリアなどを個別に評価する必要があるが、本稿では、グローバルでの水素調達に対する全体像をつかむことを目的として、マクロ的観点で国/地域における水素需給および調達ルートに潜む地政学リスクを解説する。

1 想定されるグローバルでの水素の動き

 (出典:各種公表資料を基にクニエ作成)

1)水素需給から考える日本の輸入候補国/地域

 1に輸入候補国/地域を示す。再生可能エネルギーが豊富な国であればグリーン水素を製造できるため、アメリカ、オーストラリア、中東諸国、チリ、南アフリカなどが水素を輸出産業として育成することを国家単位で計画している。

 一方欧州は、域内製造計画だけでは需給ギャップが生じるため、日本同様に域外から輸入する方針を立てている。また、東南アジアにおいては、水素需給に関するレポートや国家としての方針が現時点で未公表の国が多く未知数の部分が大きいものの、既にマレーシアから日本への水素輸入プロジェクトが公表されているものもあり、今後同様の検討が増える可能性がある地域である。これらのことから、今後グローバルにおける水素貿易トレンドは、日本と欧州が輸入マーケットの中心になると筆者は考えている。 

したがって、ここでは欧州を除く国/地域を日本の輸入候補国/地域としてリスクを考察する。


2)日本の水素輸入ルートにおける要衝とそのリスク

 北アフリカからの水素輸入をパイプラインで検討する欧州と異なり、日本は基本的に全量を海上輸送により調達する計画である。 

     調達エリアによって、日本までのシーレーン(海上交通ルート)は概ね決まっていることから、そのルート上における要衝と

     そのリスクを図2に纏めた。

2 シーレーンにおける要衝とそのリスク

A)ホルムズ海峡

中東から輸入を行う場合、原油輸送の要衝でもあるホルムズ海峡を通ることになるが、長年イランと米国および同盟湾岸諸国との間で緊張が続いている。1980年代のイラン・イラク戦争では、ホルムズ海峡で戦闘が起きたことに加えて、1988年には、米国とイランの艦艇が直接交戦したこともある。

直近においても、2021年からの約2年間でイランが計15隻の商船を拿捕(だほ)したとして、米軍がホルムズ海峡周辺で艦船や航空機によるパトロールを増やしたことが報じられている。

このように、ホルムズ海峡の緊張は、大きな事態に発展する危険を常にはらんでおり、封鎖が行われる場合には中東からの輸入が全量停止になると考えられるため、その動向には注視するべきである。


3 マラッカ海峡封鎖時の代替ルート

B)マラッカ海峡

 中東やアフリカから輸入を行う場合、太平洋とインド洋を最短距離の航路で通過できるマラッカ海峡を通ることになる。地政学リスクとしてあるのは、海賊行為である。

 1999年には積み荷と船を海賊に奪われたアロンドラ・レインボー号ハイジャック事件が起きている。現在では、大掛かりなハイジャック事件は少なくなっているため、海賊行為による海峡一帯の封鎖が行われる発生確率は低いと考えられる。

 しかし、リスクコントロールの一環として、封鎖が行われた場合の迂回ルートを確認しておく必要があるだろう。有力なのは、インドネシア・バリ島の東に位置するロンボク海峡を通過するルートだ(図3)。何故なら、水深1,000m以上と深いうえに、可航幅も最狭部で約3km以上と広いため、マラッカ海峡を通過できる船舶であれば基本的にロンボク海峡も通過できるためだ。

 問題点としては、「1.航海日数がマラッカ海峡経由と比べて日本到着までに+3日程度要すること」「2.航海日数増加に伴う運賃上昇」がある。ホルムズ海峡の封鎖と異なり、輸入量の全量がストップすることはないため比較的影響度は低いものの、無視できないのは間違いないだろう。


 C)パナマ運河

 北米から輸入する場合に通過する運河であるが、地政学リスクは現状特に無いだろう。

 水深の制約が厳しい運河ではあるものの、少なくとも地政学的の観点からは安定的に輸入が可能と言える。

D)バシー海峡

 中東、アフリカ、東南アジアから輸入する場合に通過する海峡であり、近年緊張が高まっている中国と台湾による統一問題の影響を受ける恐れがある。台湾有事と言えば、中国と台湾の間にある台湾海峡での衝突をイメージされるが、台湾は四隅を海で囲まれた島であり、西側(台湾海峡側)だけではなく、東側や南側(バシー海峡側)での衝突も十分考えられる。

安全運航を第一とする海運業界において、戦闘に巻き込まれる恐れがある状況下ではバシー海峡ではなく、代替ルート(マラッカ海峡ではなく、ロンボク海峡を通過してより東側を運行するルート)を選択するのが常識的だろう。この代替ルートにおける問題点については、(B)のマラッカ海峡で述べた通りである。

これまで台湾有事が実際に起こるかは懐疑的な見方が大半だったが、近年の状況からはその本気度が垣間見えるため、各企業におかれては、そのリスク対策を十分に検討するべき段階に入ったと言えるだろう。

3)水素需給および地政学リスクの評価結果

 ここまで、水素需給から日本の輸入候補国/地域を検討し、調達する際のシーレーンにおける要衝の地政学リスクを確認してきた。その評価結果が図4である。

4 輸入候補国/地域における水素需給と地政学リスク評価結果

北米、南米、オーストラリアは水素需給、地政学リスクどちらの観点でも高評価となり、次点でアフリカと中東、最後に東南アジアという結果になった。東南アジアについては、台湾有事の際のリスクに加えて、今後の水素需給が不明瞭なことが今回の評価につながった。

 近年、ウクライナ問題、ミャンマーでのクーデターや中東の軍事リスクなど、地政学リスクが顕在化した例が増えていることから、水素ビジネスを展開する上でも、地政学リスクや有事に対し、速やかに対応できるグローバルサプライチェーンの構築は今後より一層重要となるだろう。  

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