2023.09.12.
かつてのように転職がネガティブなことではなくなり、また実際に転職する人も一般的になってきたことで、日本の職場が大きく変わりつつあります。
社員にとっては、自分にとって今よりもよい職場に巡り合える機会が増えていることは幸運ですが、貴重な人材に辞められてしまう元の職場側にとってはダメージも小さくありません。
☞「心理的安全性の確保」が重要となった理由
優秀な社員の離職防止を図ろうとする職場が増える中、従来にも増して、ますます「心理的安全性の確保」が重要と言われるようになってきました。 企業として社員に対して約束をしないと、人が離れていく。
Google Japanで人材開発を行うなどしてきたピョートル・フェリクス・グジバチ氏の著作『心理的安全性 最強の教科書』がマネジメント層に人気となっています。心理的安全性の確保が、職場で喫緊のテーマになっているからでしょう。
「心理的安全性」とは、心理学用語「サイコロジカルセーフティ(psychological safety)」を和訳したもの。
職場で仕事をしているときに誰に何を言ったとしても、人間関係が壊れることがない。
相手の視線や思惑などを気にせず、自分の意見が率直に言える状態のことを指します。
これだけ注目されるということ、多くの人がそれだけ周囲に気をつかっている、そうしないと、人間関係が壊れてしまうという環境にいるということかもしれません。
職場ですから家族のように気兼ねなく接するのはさすがに困難として、適度な距離感を維持できることが働きやすさにつながり、いわゆる職場へのエンゲージメントを高め、離職防止につながるということなのでしょう。
ただ、適切な距離感を保って各人と接するのは簡単ではありません。なぜなら、人によって心理的な安全を感じる距離感が違うからです。
例えば、成長意欲が高く、上司や先輩たちから厳しい指導を受けたい人と、反対に自分のペースで仕事したいから、構わないでほしいという人がいます。
あるいは仕事が終わったら、すぐに職場を離れたい、会社の同僚との飲み会なんて参加したくない人。それとは対極に、頻繁な飲み会がないとモチベーションが維持できない人もいます。
昭和の時代なら、会社側が社員を慮って心理的な安全性を確保するというよりは、社員の側が会社の空気に合わせるのが当たり前だったかもしれません。
しかし、今はそれでは社員たちに愛想を尽かされかねません。
それでは、心理的安全性の高い職場の姿とはどんなものでしょうか。
職場のコミュニケーションが活発で、社員の仕事に対する意欲も高い職場。もしくは、メンバー同士の仲が良いだけの「ぬるま湯」組織でも、お互いを干渉しない孤立した「厳しい職場」でもない、ほどよい職場。このどちらかが多いかもしれません。
一般的には「触らぬ神に祟りなし」の発想で、ぬるま湯的にもっていこうと考えがちです。
ただ、それでは生産性が上がりませんし、業績が厳しくなって報酬があがらない。結果として処遇に対する不満から離職者が出てしまったりもするでしょう。
あくまで、職場で上司やメンバーとの関わりは密にあり、さらに、成長機会がしっかりとあること。それこそが、心理的安全性の高い職場といえます。
距離感を間違えて痛い目をみることも
あるマーケティング会社に勤務するSさんは7人の部下をもつ管理職。
心理的安全性の確保を会社から要望されて、その類の研修も何度か受講しました。
ただ、研修でいくら学んでも部下は個別に価値観や要望を備えています。その距離感を間違えて痛い目をみる毎日に苦労しているようです。
Sさんの部下の一人であるGさんは、入社5年目の若手社員。
真面目に仕事に取り組んでいるものの、成果が十分に出てきません。
そこで、上司のSさんがGさんに「今週中にクライアント向けのプランをまとめてほしい」と要望したところ、それを負担に感じたようで、体調を壊し、長期休暇となってしまいました。
Sさんとしては、Gさんの結果につなげるために早めにプランを確認して、指導をしたいと思ってのことでした。
ただ、Gさんからすれば、別の提案との兼ね合いで難しい状況。でも、無理とは言えないと感じてしまったようです。
心理的安全性の確保の点では、不十分であったということになってしまいました。
一方、Sさんの部下で入社8年目のKさん。仕事に対する意欲も高く、主任になる可能性も出てきており、Sさんに積極的に厳しい指導を求めてきます。
ちょうど、Gさんの長期休暇でマネジメントに自信を無くしていたSさんは、Kさんから「夕方に提案書の確認とアドバイスをお願いしたい」と言われたにもかかわらず「今日はやめておこう。無理しないほうがいい」と退社をすすめてしまいました。
ほかにも、Gさんのクライアントが提案期日について無理な条件を出してきたとき、上司のSさんに相談してきたときのこと。
「応える必要はない」とアドバイスしたところ、そんな甘い指導しかできないのかと思われたようで、「不満です」と言われてしまいました。 さらに人事部に対しても「うちの上司はやる気がない」と連絡されることに。
1on1をやれば、すべてうまくいくわけではない
もはや、管理職としてメンバーにどのような距離で接したらいいのかがわからなくなり、Sさんは頭を抱えてしまいました。
これは大変難しい問題です。
「心理的安全性」の確保において、安全と感じる会社(上司)と自分の距離感は人によって違います。
さらに言えば、タイミングでも変わってきます。この距離感を適切に捉えるにはどうしたらいいのか?
その方法は1つしかありません。定期的に相手の状況を把握することです。
そう考えると1on1と呼ばれる面談は管理者にとって有効な手段かもしれません。
実際、現場を仕切るマネジメント層が心理的安全性をすべての部下に対して確保するため、各自のコンディションを把握するために1on1を行う。 こうした動きは各社で始まりつつあるようにみえます。
1on1とは、週1回から月1回ほどのペースで定期的に1対1で対話すること。
日本では、ヤフー株式会社が取り入れたことから広まったと言われています。
心理的安全性に関する1on1の最も大きな効果ともいえるのは「自分を受け入れてもらえている」という実感が高まることかもしれません。
取材した広告代理店では1on1の実施から1年が経過したところで、エンゲージメント調査をしたところ、心理的安全性の確保に関するカテゴリーの設問で点数が大きく上昇。効果が出てきているようだと、嬉しそうに人事部が話をしてくれました。
ただ、どの会社でも1on1をやれば、すべてうまくいくわけではありません。
それなりに手間をかけて取り組む必要があります。
ポイントは「傾聴」です。部下や後輩の考え・意見に耳・目・心を傾けて、真摯な姿勢で話を聞くこと。
これができなければ逆効果、心理的安全性は確保されていないと認識させてしまうことにもなりかねません。
いわゆる昭和な上司のスタンスで持論をぶつだけ、あるいは「君は意欲が前面に出ない。そこを変えれば大きく成長できる」といった決め打ちのような指導だけするなら、やめたほうがいいでしょう。
ただ、聞こうと思っても、そもそも相手が話してくれない部下や後輩もいるでしょう。
そんな局面になったら、積極的に質問も取り入れましょう。
「最近、取り組んでいる仕事で、成長実感のあったトピックスを教えてください」
と相手が自分で気付きを得られたり、自分の考えを整理できるような質問のしかたをするのもコツです。
一般の社員が、職場で心理的安全性を確保するには
一方、マネジメント層や管理職ではない一般の社員が、職場で心理的安全性を確保するにはどうしたらいいでしょうか。
重要なことは、「対人リスク」を下げる取り組みを行うことでしょう。
なぜなら、それこそが心理的安全性を下げる大きな要因だからです。
いわゆる
IGNORANT - 無知だと思われる不安
INCOMPETENT - 無能だと思われる不安
INTRUSIVE - 差し出がましいと思われる不安
NEGATIVE
- ネガティブだと思われる不安
これらを感じないようにするため、誰かの承認を得られていると感じる状態を作ることが重要です。
自分のことを承認してくれる人が職場に何人かいれば、対人リスクはかなりの部分で排除できると言われています。
そんな自分に対する“承認者”は誰でしょうか。
直属の上司や同じ職場の同僚とは限りません。社内で気軽に話せる、自分の仕事ぶりをみてくれていると感じる人とのコミュニケーションを心がけることで、突破口が開けることがあります。
一例を紹介しましょう。中堅社員で対人リスクを感じていたAさんは、心理的安全性の確保ができず、仕事に集中できないという悩みを抱えていました。
例えば、会議中に理解できない専門用語らしき言葉が話題に出たとき、わからなくても「それってどういう意味ですか」と聞くことができない。「無知だと思われる不安」がある状態なのでしょう。
また、「この内容で決定としましょう」と同じ組織のメンバーたちが盛り上がっているときに、「リスクについて検証しましたか」と言い出せない。 ネガティブだと思われる不安があるからです。
これらの不安は、社会的に自分の安全を守るために生まれています。
周りから否定されないよう、非難されないように自分の安全を守ろうとするばかりで、かえって心理的安全性が低い場を作ってしまっているのです。
不安解消の方法は人それぞれ
Aさんは「このままではまずい、だんだん会社に行きたくなくなってきた」と感じ、退職まで考え始めてしまいました。ただ、何とか状況を改善して、いまの会社で仕事を続けたい……そう考えた結果、Aさんは自分なりに対策を考えました。
そこで出た答えは、いまの同じ部署に限らず、過去に関わった上司・先輩・同僚のおかげで、不安が解消されていたように思えた状況を振り返ること。
そして、その状況の再現ができれば、改善に向かうかもしれないと考えたのでした。
そこで、入社した5年前から、現在までの記憶を辿りました。
すると、3年前に上司であったKさんと話していたときは、安心感があったことが思い返されました。
Kさんは巧みに話を聞いてくれたり、笑顔で「心配しなくていいよ」と不安を払拭する言葉を投げかけてくれたり。「よく頑張っているね」と仕事ぶりを観察した状況とともにほめてくれる人でした。
Aさんは人事部に相談のうえで、元上司であるKさんと久々に話す機会をもらいました。すると不安がだいぶ解消されたと感じられたのです。そのことをKさんに話したところ「定期的に話をしましょう」ということになりました。
いわゆる、メンターのような存在になってくれたのです。Aさんはその後、随分と苦悩が和らぎ、働きやすくなったようです。
職場における「心理的安全性の確保」というと壮大なことに思えたりもしますが、このように誰か一人でも自分の不安解消の支えになってくれる人が見つかると大きく違ってくるということなのでしょう。
あくまで、一例ですが参考にしてみてください。
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