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なぜ日本の賃金は低いのか?


実は伝統文化だった安月給、最低時給2000円を阻む勢力の正体

                                                                                 2023.08.28

                                                                                   by  伊東 森

やっと全国平均で時給1000円を超えた日本。

しかし、増税や値上げ、社会保険料の負担増など、日本人の賃金は年々減りつつあります。

なぜ日本人の給料は、他の先進国にくらべて低いままなのでしょうか? 


「安月給で働かされる」なぜ日本の賃金は低い?

厚生労働省の審議会は、今年度の最低賃金について、全国平均の時給で41円引き上げる目安を取りまとめた。

物価上昇を踏まえ引き上げられた額はこれまでで最も大きく、全国平均での時給は1002円となり、初めて1000円を超える。

最低賃金とは、企業が支払う時給の下限であり、パートやアルバイトらすべての労働者が対象となる。また最低賃金以上を払わない企業には罰則が科される。

厚労相の諮問機関である中央最低賃金審議会で労使の代表と有識者らが議論し、引き上げの目安額を示す。

目安に基づき、各都道府県の審議会が議論して、各労働局長は金額を決め、毎年の10月ごろに改定する1

しかしながら、依然として日本の最低賃金は世界と比べても見劣りし、相変わらずのカス国家ぶりを世界に見せつける。

労働政策研究・研修機構によると、71日時点の最低賃金額は、イギリス、フランス、ドイツが1800円前後。オーストラリアは2000円を超えている。

アメリカは連邦政府が定める最低賃金は低めだが、しかし半数以上の州が連邦政府の最低賃金よりも高く設定しており、2500円を超える地域も珍しくない。

また円安の影響により、日本の最低賃金は韓国よりも低い状況だ。

そもそも、

海外の最賃(最低賃金)は働いても生活できないワーキングプアをなくして、所得を底上げする社会政策の意味を持つが、日本はそうなっていない欧州のように平均賃金にどれだけ近づけるかに目標を変える議論もすべきだ」2

と日本総研の山田久客員研究員が東京新聞の取材に答えるように、海外の企業の場合、常に賃金引上げの圧力に侵されているが、日本の場合、そうはなっていない。

日本で賃金引き上げの動きを止める、真の“売国奴”はだれか?

 なぜ日本の賃金は低いのか

なぜ日本の賃金は低いのか。

それは、日本の経営者が労働者を安い賃金で働かせることに固執し、とくに過度な価格競争自らすることに慣れっこになってしまったからだ。本来、経営者の仕事は「付加価値」をどう上げるかだが、日本の経営者は自らの首を絞めるように安売り競争の渦に突っ込んだ。

そう、金融アナリストで小西美術工藝社社長のデービット・アトキンソン氏は語る3

また、よく「最低賃金を引き上げると、中小企業がつぶれる」との言説が垂れ流されているが、そこにも誤解がある。

アトキンソン氏は、そもそも日本の中小企業の経営者のレベルが低すぎると説く。

実際、日本に限らずとも、どの国でも中小企業の経営能力は低いことが分かっている。

同時に、これらの中小企業は労働集約型が多く、最新のテクノロジーを使うこともない

だからこそ、日本の労働生産性は低いままだ。

日本では、従業員20人未満の企業で働く人の割合が約20%もあり、この数字は他の先進国では10%台で推移しており、日本の中小企業の極端な小ささが目立つ。

他方、従業員が250人以上の企業で働く人の割合は約13%しかない。この比率は、他の先進国では20%から30%もある4

設備投資をするにしても、何らかのイノベーションを起こすにしても、小規模な企業よりも一定の規模を持つ企業は有利なことは、学術的にも証明されている。

要は、日本には最低賃金を引き上げると途端につぶれてしまうどうしようもない企業、生産性を高めることもなく、ただのうのうと存在し続ける企業、低い最低賃金で労働者を搾取するだけの企業が多いがために、一向に日本人全体の賃金が低いままなのだ。さらに日本では賃金が上がらないことから生産性も上がらない。

生産性を上げる競争がないから賃金が低いまま、という悪循環が続く。

 

 商工会議所という伏魔殿

もう一つ、日本において賃金引上げに反対する”抵抗勢力”が商工会議所だ。

最低賃金を引き上げると倒産が増える・・・、失業率が上がる・・・。

日本において中小企業が中心メンバーを占める日本商工会議所は、このように「雇用か、賃上げか」と二者択一を迫り、ことごとく賃上げを回避してきた。

しかし、本当に賃金引上げによる企業の倒産は増えるのか。

先のアトキンソン氏は、「そんなことはない」と断言する5。さらに海外では、最低賃金の引き上げと失業率との相関関係は弱いという研究もある。

中小企業経営者の業界団体である日本商工会議所、全国商工連合会は自民党の有力な集票組織のひとつだ。

その日本商工会議所は、昨年来、「最低賃金に関する要望」を政府に届け、「最低賃金の引上げを賃上げ政策実現の手段として用いることは適切でない」と自民党に対し、強くくぎを刺している。この構造は、同じ自民党の有力な支持組織である日本医師会と自民党との関係と似ている。

コロナ禍においても、新型コロナウイルスの感染拡大で公立病院などの患者は集中しても、”町医者”がスルーしたり、「2類相当」の扱いがいつまで経っても見直されず、結局ウヤムヤにされたのは、日本医師会が自民党の有力支持団体だから。

また、驚くべきことに、日本は”昔から”賃金が低かった。

例えば、今から88年前の経済書である「平価切下とソシアルダンピングの話」(昭和9年 和甲書房)の中で、「日本の労働者の賃金は何故安いか」との問いに、

「第三には我が国の企業組織だ。紡績業や鉄工業・船舶製造業等の如きは欧米各国に劣らぬ大規模な進んだ設備を持つているが、尚一般には小規模の手工業・家内工業が甚だ多く取り入れられている。(中略)家内工業の性質として、少ない資本で長い時間を働き、家族全体がこれを手伝って、一人前の仕事をするといふやうな事から、賃金はグッと低下される」(同P.87) との記述がある6

 

さらなる賃上げを。求められる「生活資金」の導入

ただ、たとえ最低賃金が上がったとしても、現在の世の中で最低賃金の水準で”暮らせない”のは常識中の常識

だからこそ、ワーキングプアだの貧困だとの問題が生じてしまう。そのため、今、世界では「生活賃金」という言葉が生まれている。使用者が法律に基づき労働者に対して最低限支払わなければならないものが最低賃金。

他方、労働者は最低限の生活を維持するために必要な生計費から算定した賃金が生活賃金だ7

21世紀に入り、グローバル化とデジタル化による産業構造の変化に伴い、イギリスでも賃金が生計費の下限を超えて押し下げられために、ロンドンでは1日に別の職場で二度も働かなければならない、「ダブルワーク」を強いられる低賃金労働者が続出。

そのため、イギリスでは2001年以降、使用者に生活賃金の導入を求める運動が高まっていく8

イギリス政府は20164月、最低賃金制度の一環として、民間の生活賃金とが別に法定で定められた「全国生活賃金」を導入。

従来の法定最低賃金に50ペンスを上乗せする形で、25歳(現在は23歳)以上の層に新たな最低賃金(=生活賃金)の額を設定し、賃金水準と生産性の向上を目指した9

生活賃金導入の結果、イギリスでは最低賃金層における賃金格差や、地域間の賃金格差が改善されたことが報告されている。

さらに、離職率が間接的に抑制された可能性もあると指摘10

他方、試算の結果、日本において求められる標準世帯(夫婦と子ども 2 人の 4 人世帯)における生活賃金は、片働きの場合が 2380 円(2015 法定最低賃金の 298% 相当)で、共働きの場合が 1360 円(2015 法定最低賃金の 170% 相当)となっており11、まだまだ日本において最低賃金の引上げが求められる状況だ。 

 

1)畑間香織「最低賃金」東京新聞、2023725日、https://www.tokyo-np.co.jp/article/265141
2)畑間香織「欧米や韓国よりも低い最低賃金 1000円に引き上げでも18時間、月20日間働いて年収200万円に届かず」東京新聞、2023725日、https://www.tokyo-np.co.jp/article/265141
3)長谷川 隆・黒崎 亜弓「 日本経済に「最低賃金の引き上げ」が不可欠な理由」東洋経済 ONLINE202339日、https://toyokeizai.net/articles/-/656270
4)長谷川 隆・黒崎 亜弓、202339
5)長谷川 隆・黒崎 亜弓、202339
6)窪田順生「年収200万円暮らし」炎上の裏で、最低賃金1000円の公約もみ消す自民党の二枚舌」DIAMOND online2022623日、https://diamond.jp/articles/-/305211
7)木村正人「日本にも生活賃金を ロンドンは時給1555円に ボトムアップの賃上げで資本主義の信頼を取り戻せ」Yahoo!ニュース、2018115日、https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c1f409e935114d20cf299067a96f90667a362201
8)木村正人、2018115
9)岩本宣明 「「全国生活賃金」を導入した英国、5年後の変化」東洋経済ONLINE2022103日、https://toyokeizai.net/articles/-/622537
10)岩本宣明 、2022103
11)周燕飛「調 査・研 究「日本人の生活賃金」」季刊『個人金融』2017 秋、2017


 こんな危機的状況ならば、「最低賃金を全国一律1500円に」という呼びかけには、さぞ多くの人が同調しているのかと思いきや、ネットやSNSを眺めるとそれほどではない。

 むしろ、盛り上がっているのは一部の野党色の強い人たちばかりで、ほとんどの人は「静観」という感じで、「最低賃金引き上げも大事だが、それよりも税金が高すぎる」「最低賃金を引き上げる前に消費税をゼロに」と別案を主張している人も少なくない。

 要するに「最低賃金を全国一律1500円に」というのは、特定のイデオロギーを持つ労組や野党が触れ回っている「現実離れした理想論」に過ぎないと考えている人がかなりいるようだ。

 確かに、この手の主張をしているデモを見ると、「反原発」とか「軍拡反対」などと書かれたのぼりが立っているのも事実だ。

 だが、常軌を逸した低賃金と物価高騰というダブルパンチで貧困へ転落する人が増えているなかで、「最低賃金の引き上げ」は効果が期待できる施策のはずだ。にもかかわらず、シラけている。なぜこうなってしまっているのか。

 

そろそろ目を覚ますべき

   これの何が最悪かというと、経済に必要不可欠な「産業の新陳代謝」が起こらないので、日本経済がさらに低迷してしまうことだ。他の国ならばとっくに倒産・廃業しているはずの中小零細企業が税金によって強引に「延命」されてしまう。

 経営者とその家族はハッピーなので、自民党候補者に票を入れるだろうが、中小企業で働く人々は低賃金が固定化される

 そこで「最低賃金を全国一律で1500円に」と叫んだところで、中小企業経営者が支える自民党政権は動けないので、賃上げを促すという名目で税金をバラまくしかできない。

 こうなると、子どもや孫の世代の未来は真っ暗だ。

 たたでさえ、少子化で社会保障の負担が上がっているところに加えて、ゾンビ中小企業の事業資金まで払わされる。

 頭のいい子どもたちは、この国で子どもを産み育てるのは「無理ゲー」だと気付いて続々と海外へと逃げ出すはずだ。

 こんな地獄をつくらないためにも、日本でもいい加減そろそろ一般の人も目を覚ますべきだ。

 消費税をゼロにしても、大企業の法人税を上げても焼石に水で、疲弊した日本経済は甦らない。

 日本は伝統的に、「労働者は経営者の付属品」という考え方が強い。

 だから、どんなに無能な経営者でも税金や法人税の免除などの優遇措置で倒産しないようにすれば、「おまけ」である労働者も最低限の暮らしができるという「経営者の延命政策」を続けてきた。 

 その結果、日本は世界的にも異常なほど倒産が少ない国になったが、それと引き換えに、常軌を逸して低賃金労働が定着した「安いニッポン」にもなった。これを続けていてもハッピーなのは、中小零細企業の経営者とその家族だけだ。                 

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