· 

BM会見に見る「SNS時代の企業謝罪」の難しさ


メディアだけでなくネット民も追及する時代に

城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー

2023年07月28日

保険金不正に揺れる中古車販売大手「ビッグモーター」が、社長交代を発表した。平日昼に行われた会見は、YouTubeなどでもライブ中継されたが、多くの視聴者は「社員のせいにしている」といった印象を覚えたようだ。あまり納得のいかないネットユーザーも多く、会見に否定的な声が相次いでいる。また、数々の迷言にはネットユーザーから数多くのツッコミの声も寄せられており、企業が謝罪会見を開く際に、より個々の発言が「どう受け取られるか」を以前より慎重に考える必要が出てきている……そんなことを再確認させられる機会にもなっている。


「ゴルフを愛する人への冒涜」発言が話題に

ビッグモーターは2023725日、兼重宏行社長らによる記者会見を開いた。会見冒頭には、社長が兼重氏から和泉伸二氏(専務取締役)、副社長が兼重宏一氏から石橋光国氏(取締役)に、翌日26日付で交代するとも発表された。和泉氏と石橋氏のいずれも代表取締役となる。

保険金の水増し請求については、兼重氏は626日に出された特別調査委員会の報告書で知ったといい、「耳を疑った」「がくぜんとした」との反応を示す。また報告書が出てから約1カ月、ほとんど公式発表や報道対応も行わなかったことについては、役員処分(718日時点で、兼重氏が1年間の報酬返上などと発表)や再発防止策を示せばよいとの「認識の甘さ」があったとした。

なお報告書では、不正の温床となった「経営陣の意向に盲従することを余儀なくさせる企業風土」が育まれた背景には、兼重氏の子である宏一氏のもとでの「降格人事」もあると指摘されているが、会見に宏一氏の姿はなかった。

これまでメディア露出が少なかった兼重氏が、なにを発言するか。注目されるなか出てきたのが、「ゴルフを愛する人への冒涜(ぼうとく)」発言だった。ゴルフボールで車体を傷つけた事例は「一線を越えている」として、刑事告訴も含めた対応を示唆。しかし会見終盤になって、責任は自分にもあるとして、告訴は「考え直しました」と撤回している。

会見で兼重氏は、現場の不正は知らなかったとの立場で一貫していた。しかし会見を見たネットユーザーからは、「知らないわけがない」「社員のせいにしている」といった投稿が続出している。たとえ知らなかったとしても、それはそれで経営責任を問われる事案だ。

また視聴者でさえ「社員を守ろうとしていない」という印象を抱いてしまったのなら、現場で働くビッグモーター社員の心情はいかばかりか。なお和泉新社長は726日、会見から翌日までに6人が退職したと、報道陣に語ったという。

「自動車を愛する人」ではなく、「ゴルフを愛する人」を慮った発言にも、「違う、そうじゃない」「ピントがずれている」との指摘が相次いだ。

この発言をはじめ、会見準備が整っていなかったのでは、と感じる場面は多々見られた。

このところネット上では「ビッグモーター店舗前の街路樹が、そこだけ不自然に枯れていた」といった報告が相次ぎ、除草剤をまいた影響なのではないか、との疑惑がでている。これについて問われた兼重氏が「環境整備で……」と話し始めると、管理本部長の陣内司氏がそれを遮り、調査のうえで対応すると「代弁」した。

過去の名物会見から見る、謝罪会見がコンテンツ化していった経緯

こうした様子を受けて、SNSでは過去の「名物会見」が振り返られている。食品偽装などで謝罪会見を行った高級料亭「船場吉兆」の「ささやき女将」や、ユッケ食中毒で死者を出した「焼肉酒家えびす」社長の「逆ギレ」から一転しての土下座、食中毒会見での雪印乳業社長による「私は寝てない」発言……といった事例が引き合いに出されるほか、ビッグモーター会見の印象とは対照的に、徹底的に従業員を守った「社員は悪くありませんから!」発言の山一證券(廃業)よる社長会見を再評価する動きも見られる。

いま挙げた山一證券(1997年)、雪印乳業(2000年)、船場吉兆(2007年)、焼肉酒家えびす(フーズ・フォーラス、2011年)の例は、いずれも10年以上も前に行われた会見だ。テレビのワイドショーなどで、幾度となく放映されたため、記憶に残っている人も多いだろう。これらを第1世代として、筆者は「謝罪会見のコンテンツ化」が進んでいったと考えている。

ネットの進化、SNSの発達で受け手との距離感も変化

そしてその後、SNSの普及によって、釈明や謝罪会見は「どこかにツッコミどころがあるはずだ」と考えつつ見るものに変化した。ネットメディア編集者としての経験から、筆者は以下の3つが要因だと見ている。

1)会見がフル尺で流れるようになった<中継形態の多様化>

2)反応が「実況」として共有・消費されるようになった<視聴者投稿でのツッコミ>

3)視聴者が「見る準備」できるようになった<開催告知の拡散>

まずは(1)中継形態の多様化だが、会見がノーカット配信されるようになったのは大きい。

とくに人命や倫理観が問われるような重大事案では、会見時間も長め、もしくは無制限に設定される。

しかしテレビでは、放送時間の限りもあるため、「インパクトのあるところ」のみが切り出され、生中継であっても、CMや番組編成の都合などで、そのすべてを伝えることは難しかった。しかしニコニコ生放送YouTubeなどの配信プラットフォームが登場し、ABEMAなどの配信サービスが生まれたことで、テレビ局でも通常番組に影響を出さず、同時生配信が可能になった。それにより、会見を開く企業は、想定問答外の対応力が問われるようになっている。

そこへ来ての(2)視聴者投稿でのツッコミだ。

ビッグモーター会見は平日日中の開催ながら、ライブ配信などで幅広く視聴された結果、ツイッターでは多くの関連キーワードが「トレンド入り」した。

リアルタイムに見ながらの「実況ツイート」だけでなく、会見を速報したメディア各社の記事も拡散され、とくに「ゴルフ冒涜」発言にはツッコミが相次いだ。

実況ツイートが増えた背景には、(3)開催告知の拡散もある。ビッグモーターについても「午前11時から会見」との報道が、開始の23時間前から行われていた。「時間空いてるから、見よっかな」と、配信ページを探した読者もいるだろう。

いまやメディア各社は、自社媒体のみならず、SNSやスマホアプリでも速報できる。

 わざわざ「ニュース速報」とテロップを打つほどでもない(と判断される)内容だとしても、ネット上であれば比較的ハードル低めに投稿できるのが特徴だ。

大きなリスクを持つ場だからこそ、念入りな準備が必要に

こうした背景もあり、謝罪会見がある種のコンテンツとして、良くも悪くも消費される流れが加速していったのだが、中でも最大の転換点は2014年だったと、筆者は考えている。

ゴーストライター疑惑の渦中にあった佐村河内守氏、論文不正を問われて「STAP細胞はあります!」と返した小保方晴子氏、カラ出張を指摘され「号泣」した野々村竜太郎氏(当時兵庫県議)による記者会見が相次いだことで、会見登壇者の一挙手一投足が注目されるようになったのだ。

また、事案によっては、「たとえネット上であっても、1人ひとりが声をあげることが、問題の解決につながる」という思いを人々に抱かせる場合もある。

最初は「コンテンツ」的な感覚で乗っかっていたとしても、騒動を知るうちに義憤に駆られ、次第に「当事者」の感覚を得るのだ。謝罪会見を行う企業には、なかなか理解しがたいポイントかもしれない。

だからこそ、会見を開く際には、個々の発言が「どう受け取られるか」を、以前より慎重に考えたうえで、準備を進める必要がある。

世論から「一刻も早い会見を」と求められていたビッグモーターだったが、「ゴルフ冒涜」発言が飛び出すような状況では、まだ体制が整っていなかったと言わざるをえない。とくに現代では、ネット世論は時に、政府すら動かすこともある。「ビジネス存亡の危機」である以上、事前に予行演習をするのは当然として、「想定問答集をしっかり準備したうえで、用意された回答をそらんじられるようにする」くらいの練習は必要だっただろう(もちろん、騒動になるようなことをしなければ、それが一番なのだが)。

筆者は数日前、本サイト(東洋経済オンライン)で「ビッグモーター、『社長のLINE流出』必然だった訳」と題したコラムを執筆した。ここで私は「世論から『公式発表』が渇望されている現状で、もし閉ざされた空間でのみ語るはずだった『本音』が拡散されれば、どんな未来が想定されるか」と問いかけた。

しかしトップが、意図せず流出したLINEのみならず、「公の場」で本音をぶちまけてしまった今、新体制が消費者や従業員の信頼を取り戻すためには、かなりの茨の道を歩まねばならないだろう。そして、今や「当事者」となり、義憤に駆られているネットユーザーたちに向き合っていくことも、SNS時代である今は、求められるはずだ。 

Copyright©Toyo Keizai Inc.All Rights Reserved.


メール・BLOG の転送厳禁です!!   よろしくお願いします。