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性別は「いつどのように」決まるか知っていますか

立花 誠(たちばな・まこと)

  1967年生まれ。1990年東京大学農学部卒。

1995年、東京大学大学院農学生命科学研究科修了。博士(農学)。三菱化学生命科学研究所ポスドク、日本ロシュ株式会社研究所研究員、京都大学ウイルス研究所助手、同准教授、徳島大学疾患酵素学研究センター教授、同大学先端酵素学研究所教授を経て、2018年10月より大阪大学大学院生命機能研究科教授。

生まれた後「環境に合わせ性」を変える魚の一生

チーム・パスカル

2022年06月18日

 

「病は気から」は本当か? 老化現象は不可避か? 

脳のない生物にも知性はあるか? 生命現象の源であるタンパク質とは何モノか? そもそも、いのちとは、いったいどこにあるのか――?

”生命“はいまだ不思議なことばかりです。

科学者10人による最新科学知の挑戦『いのちの科学の最前線』を一部抜粋し再構成のうえ性別はどのように決まるのか、酵素の研究が解く「性」のグラデーションについて解説します。



* 哺乳類のオスをつくるために必要な酵素を発見

生まれた後に、周りの環境に合わせて性を変える魚が存在する。成長した後に、誕生時とは異なる性に転換するのである。

オレンジ色の体に白い縞模様が入ったカクレクマノミは、性が未成熟な仲間と群れをつくってイソギンチャクの中で過ごすが、のちに一番大きく成長した個体がメスになり、二番目の個体がオスになる。その後、メスが死んでしまうと、今度は二番手の大きさだったオスがメスに性転換する。そして、次の大きさの個体がオスになる。

高級魚として有名なハタやクエの仲間も性転換する。

彼らの場合は、生まれたときすべてメスだ。生き延びて大きくなった個体だけが、オスになる

このように性転換する魚は、かなりの種類が知られている。

これらの魚の性は、成長の過程で臨機応変に変更可能なものなのだ。

では、われわれ哺乳類の性は、いつ決まるのだろうか。

生物学を学んでいない人でも、X染色体とY染色体という言葉は聞いたことがあるだろう。

染色体というのは、いわばDNAの収納セットだ。

DNAは生物が生きていくのに必要な情報がすべて書かれた設計書で、ひものように長く連なっている。

ヒトのDNAをすべて一列につなぐと2メートルの長さになると言われているが、これが細胞の中の、わずか6マイクロメートルの直径の核の中に収められている。

1マイクロメートルは、100万分の1メートルだ。もう少し、実感できそうなスケールで説明すると、2キロメートルのひもを直径6ミリの球に収納する。これが、DNA核の関係である。

しかも力任せに押し込めるわけにはいかない。DNAにはたくさんの遺伝情報が書かれている。

必要な遺伝情報を必要なときに読み取らなくてはならない。絡まってほどけなかったり、切れたりしては困るので、DNAを「ヒストン」というビーズのようなタンパク質に巻きつけて、コンパクトに折りたたんでおく。これが染色体だ。

1セットでは収まりきらないので、生物はDNAの収納セットである染色体を複数持っている。

 

* 大きな図書館でイメージすると…

大きな図書館をイメージしてほしい。これがだ。そこには本棚がいくつかある。これが染色体だ。

本棚にはがぎっしり収まっている。個々の本遺伝子で、そこに書かれている文字がDNAだ。

ヒトの場合、染色体は46本なので、46個の本棚に遺伝子本がぎっしり収められている様子を思い浮かべてほしい。

ほとんどの本棚には1000冊ほどの遺伝子本が収められている。

本棚のうち、2個が性決定に関わる「性染色体」だ。

性染色体にはX染色体とY染色体の2種類があり、ヒトを含むほとんどの哺乳類は、性染色体の組み合わせXYだとオスになり、XXだとメスになる。

このことから、Y染色体という本棚には、オス化を促すための遺伝子本が収納されていると考えられてきた。

1990年になり、オス化を促す遺伝子本の強力な候補として「SRY(エスアールワイ)」と命名された遺伝子が発見された。

SRY遺伝子はヒトを含むさまざまな哺乳類のオスだけに存在していた(ただし、マウスのSRY遺伝子はSry遺伝子と表記される)。翌年の1991年には、本来メスになるはずのXXマウスにSry遺伝子を導入すると、そのマウスがオスになることが報告された。この研究により、Sry遺伝子がオス化遺伝子の実体であることが証明された 

SRY遺伝子の発見で、性決定の仕組みの謎はすべて解決したかのように思えた。

だが、そうではなかった。

大阪大学大学院生命機能研究科の立花誠教授の研究グループは2013年に、マウスのSry遺伝子の働きを調節する酵素「Jmjd1A(ジェーエムジェーディーワンエー)」を発見し、科学分野のトップジャーナルの1つである英科学誌『サイエンス』に発表したのである。

SRY遺伝子が存在するだけではオスにはなれないという発見は、研究者たちに衝撃を与えた。

哺乳類の性も受精した瞬間ではなく、受精後に決定されるのである。立花氏のこの研究成果は日本の新聞やテレビなどでも大きく取り上げられ、「オスをつくるために必要な酵素の発見」と報じられた。

 立花氏が、Jmjd1Aを発見したのは、まったくの偶然だった。

以前よりJmjd1Aは、マウスの精子がつくられるときに多くつくられる酵素として知られていた。

立花氏がJmjd1Aに注目したのは、Jmjd1Aが精子形成にどのように関与するかを調べるためだった。

「Jmjd1Aの働きを調べるために、Jmjd1Aをつくる遺伝子を壊した『ノックアウトマウス』の作製に挑戦しました。

しかし、作製完了まであと一歩というところで、海外の研究グループに先を越されてしまいました。

ノックアウトマウスを作製してJmjd1Aと精子形成の関係を調べた研究成果が発表されてしまったのです。私たちのアプローチとまったく同じ方法でした。論文を見つけたときは途方に暮れましたね、これから先は何をやったらいいのかと」

ところが、作製したノックアウトマウスをよく観察すると、奇妙な現象が起きていた。

「通常、マウスはほぼ1対1の割合でオスとメスが生まれてきます。ですが、ノックアウトマウスから生まれた111匹のマウスのうち、87匹がメスの姿をしていました。8割近くがメスだったのです。これはおかしいと思い、マウスを解剖してみると、オスの姿をしているマウスの中に、オスとメスの両方の生殖器を持つマウスを発見しました」

何か妙なことが起きている。そう感じた立花氏は、ノックアウトマウスの染色体を調べた。

染色体の組み合わせは、メスになるはずのXXが53匹、オスになるはずのXYが58匹。これだけ見るとほぼ1対1だ。

だが、Y染色体を持っているマウスの中には、卵巣を持って完全にメス化した個体が34匹、卵巣と精巣を両方持つ個体が7匹いた。立花氏は、慎重に実験を重ね、精子形成に重要だと考えられていたJmjd1A遺伝子が、性決定にも大きく関わっていることを証明した。

* 新発見とは、案外偶然から生まれているもの

 ところで、精子形成の研究で先行した海外の研究グループも、同じノックアウトマウスを作製したはずだ。

どうしてメスが多く生まれる現象に気づかなかったのだろうか。

精子形成のメカニズムについての発見を発表できたことに安心して、見落としてしまったのだろうか。

素朴な疑問をぶつけると、立花氏は「私たちはたまたまというか、偶然に助けられました」とほほ笑んだ。

実は、両グループの結果の違いを生んだのは、実験のために選んだマウスの種類だった。

「彼らが実験に使ったマウスは、私たちが使ったマウスの系統と比べて、Jmjd1Aをノックアウトした影響が現れにくい系統だったのです。

私たちが用いた系統では、Y染色体を持ちながらメスの姿になる割合は8割近くになりましたが、彼らが用いた系統では5%以下でした。8割もメスが多ければ、異変に気づきますが、5%ではわかりません。オスとメスの比に特に変化がなければ、わざわざ性染色体を調べたりはしないでしょうからね」

新発見とは、案外偶然から生まれているものなのだ。

もちろん、偶然のシグナルをキャッチするためには、日々の努力と観察眼が必要だろう。

さらに、論理的に考えることが大切だ。実験を正しく積み重ねた結果が、これまで考えられてきたことと矛盾する。

そんなときこそが、思い込みや常識の殻を破るチャンスなのだ。  

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