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運に恵まれ成功する人と気づかずに逃す人の大差


点をつなぐ力 「セレンディピティ」を知ってますか

印南 敦史 : 作家、書評家

2022年06月26日

個人的な話なので大幅に端折るが、私は少年時代、“普通の人が体験しなくていいこと(むしろ、しないほうがいいこと)”をいくつか体験してきた。交通事故で死にかけたり、そのゴタゴタが一段落したと思ったら家が火事で全焼したり。

数年周期でなんらかの事件が起こるような感じだったので、かなりあとになるまで、「人生というのは何年かに一度、大きな事件が起きるものだ。したがって、安定は望めない」と“本気で”思っていた。だから楽ではなかったし、多感な時期には「なんで自分ばかりが」というような気持ちになったりもした。

けれども近年は、「いろいろあったからこそ、いまの自分があるのだ」と思えるようにもなった。

どちらかといえば失敗のほうが多かったが、だからこそ数少ない(小さな)成功があったのだと考える余裕がようやく出てきたのだ。

ずいぶん時間がかかったなぁと呆れもするけれど、おそらくはこの“遠回りな感じ”が自分の人生のあり方なのだろう。

『セレンディピティ 点をつなぐ力』(クリスチャン・ブッシュ 著、土方奈美 訳、東洋経済新報社)に強く共感できたのは、常日頃からそんなことを考えていたからだ。

 

思いがけない幸運な結果

<本書のテーマは、偶然と人間の志や想像力の相互作用、すなわち「セレンディピティ」だ。セレンディピティを定義すると「予想外の事態での積極的な判断がもたらした、思いがけない幸運な結果」となる。セレンディピティは世界を動かす隠れた力であり、日々のささやかな出来事から人生を変えるような事件、さらには世界を変えるような画期的発明の背後に常に潜んでいる。(「序章 セレンディピティ:世界を動かす隠れた力」より)>

もちろん私の体験など世界を変えられるようなものではなく、まさに“日々のささやかな出来事”にすぎない。

しかし大切なのは、規模よりも当人のマインドセット(心構え)だ。なにかあったときに「どうせ~だから……」と愚痴ったり、「自分はこれだけやったのに……」と誰かのせいにするような人は少なくないし簡単なことでもあるが、端的にいえばセレンディピティとは、その対極に位置するものなのではないだろうか?

著者のクリスチャン・ブッシュ氏も、本書に登場する多くの成功者たちのように、“予想外”を成功やプラスの力に転換できる人はごくわずかだと指摘する。しかし、それを踏まえたうえで重要なのは以下の記述だ。

<セレンディピティが単に私たちの身にふりかかる偶然ではなく、実は点と点を見つけ、つないでいくプロセスだと理解すると、他の人には越えがたい断絶しか見えないところに橋が見えてくる。するとセレンディピティが身のまわりで次々と起こるようになる。(「序章 セレンディピティ:世界を動かす隠れた力」より)>

 その結果、予想外は脅威ではなくなり、生きる意味の源泉、成功し続ける原動力となるということだ。

なお念のために書き添えておくと、これはスピリチュアルな戯言ではない。事実、人生においてはそういうことが起きるのだ。もちろん、持つべきマインドセットを大切にできていればの話だが。

<セレンディピティ・マインドセットは圧倒的な成功と幸福を手にした人々が、有意義に生きるための支えとしてきた人生哲学であると同時に、私たち1人ひとりが身につけることのできる実践的能力でもある。(「序章 セレンディピティ:世界を動かす隠れた力」より)>

 

成功は本当に「運」次第なのか

 私たちは多くの場合、ランダムな人生の選択や偶然の出来事を、人に伝えやすい論理的なストーリーとしてまとめがちだ。

たしかに、「あれがあったから、こうなったんだ」と事後にまとめてみれば、あたかも一貫性のある合理的な計画に沿って生きてきたように見えるかもしれない。

 だが、考えてみよう。実際のところ、キャリアに対する明確なプランを組み立て、その通りに進んで“予定どおりに”成功した人などは決して多くないのではないか? 少なくとも、そこに現実感は乏しい。

だからこそ、未来を見通す視点が求められるのだ。

<過去を振り返るだけでなく、未来を見通して点と点を結びつけられるようになったらどうだろう。偶然を存分に活かせるように、偶然が芽吹き、育つように土壌を整えられたらどうか。偶然に栄養を与え、育てる方法を知っていたら?  そして何より重要なこととして、偶然をより良い結果に結びつける方法がわかっていたらどうだろう。(7ページより)>

 自然災害や、大物スターとの偶然の出会いをなど自身の力でコントロールできる人はいない。

しかし、好機に敏感になることなら可能だ。そうすることでセレンディピティを誘発し、活用できるような状況を生み出せるわけだ。それは不可能なことでも、絵空事でもない。

 そしてさらに重要なことがある。成功者の多くは、偶然の出来事に大きく助けられているように見えても、実際には単に「運がいい」だけではないということだ。たいていは意識的あるいは無意識のうちに、そうした「幸運」を引き寄せるために必要な下準備をしているのである。

そういう意味では「運も実力のうち」なのではなく、下準備という名の実力が運を引き寄せると考えることもできるかもしれない。

<運に恵まれ、他の人にも同じように幸運な環境を生み出してあげることができるのは、リチャード・ブランソン、ビル・ゲイツ、オプラ・ウィンフリー、アリアナ・ハフィントンのような特殊なタイプだけではない。自分と周囲のためにセレンディピティを育むことは誰にだってできる。(8ページより)>

 

世界はセレンディピティに満ちている

 忘れるべきでないのは、セレンディピティが偉大な科学的発見やビジネスの成功、外交上の画期的な成果などにだけ影響するものではないということだ。

それは日常のささやかな場面から人生を変えるような大事件まで、日常生活のなかにもあふれているのである。

たとえばその一例として、クリスチャン・ブッシュ氏は次のような状況を紹介している。

少し長いが、非常にわかりやすいので引用してみよう。

<隣人が庭の大きな木の枝を伐採するため、高所作業台をレンタルした。隣人が働く姿を見ているうちに、あなたは屋根瓦が一部緩んでいたことを思い出した。すぐに修理が必要なほどではなかったので放置していたが、せっかくなら……。

そこで外に出て、隣人とおしゃべりをしながら伐採した枝の処分を手伝う。それから自宅に招いてビールをふるまう。自然な流れで足場を借りて屋根に上り、屋根を修理した(もちろんビールを飲む前にだ!)。しかも屋根に上っている間に、雨どいが緩んで落下しかけていることに気づいた。自分の手には負えないので、専門業者を呼んで修理してもらわなければならない。運が悪ければ雨どいが落下して、家族の誰かがケガをしていたかもしれないーー。(8〜9ページより)>

 いつ、誰の身に起きても不思議はないような、よくありそうな話だ。そのぶん、こうしたことをセレンディピティだと認識することはあまりないかもしれない。

だが、ここにはセレンディピティの主要な特徴がすべて含まれているとクリスチャン・ブッシュ氏は指摘する。

 日常のなかで偶然なにかが起き、それに気づき、(おそらくは無意識のうちに)注意を払い、もともと知っていた、一見すると関係なさそうななんらかの事実と結びつける。つまり2つを結びつけ、主体的に対応することによって、それまで存在していることにすら気づいていなかった問題についての解決策が見つかるということだ。それはリスク回避につながることもあるだろうし、なんらかの新たな可能性につながっていくことも充分に考えられるわけだ。

 

セレンディピティの3つの特徴

 セレンディピティは、単に私たちの身に起こることではない。いくつかはっきりとした特徴があり、それらは意識的に育むことのできるものだということだ。

 そしてクリスチャン・ブッシュ氏によれば、セレンディピティが外的要因ではなく、自らの力で使いこなせるツールだということを理解するためには、もう少し詳しく見ていく必要があるようだ。そのため、ここでは過去の研究によって明らかになったセレンディピティの中核的な3つの特徴が紹介されている。

これら3つは、互いに結びついているものだ。

<  1 ある人に何か予想外、あるいはふつうではないことが起こる。それは物理現象のこともあれば、会話のなかでたまたま出てきた話題のこともある。これがセレンディピティ・トリガーだ。

2 その人がトリガーをそれまでかかわりのなかったことと結びつける。点と点を結びつけ、一見偶然のような出来事や出会いに価値があるかもしれないと気づく。このそれまで無関係と思われていた事実や出来事を結びつけることを「バイソシエーション」という。

3   重要なポイントとして、実現した価値(洞察、イノベーション、新しい手法、問題への新たな解決策)はもともと期待されていたものでも、誰かが探していたものでもなく(少なくとも探していた形ではない)、完全に予期せぬものだということだ。(19ページより)>

 サプライズや偶然という要素に大きな意味があるわけだが、とはいえそれはあくまでも最初のステップに過ぎない。

もうひとつ必要なのが、偶然の発見を理解し、使いこなすことである。

なぜならそれが、複数の出来事、観察したこと、断片的な情報の間に(意外な)価値のあるつながりを見出し、クリエイティブに融合させていく能力となっていくからだ。

<セレンディピティで重要なのは、予想外の出会いや情報の価値を認識し、活用する能力だ。1つひとつのステップは学習できるし、後押しすることもできる。セレンディピティ・マインドセット、すなわちこの強力な影響要因に気づき、つかみ、活用する能力は伸ばすことができる。(20ページより)>

 偶然の出会いが「単発的な出来事」であるのに対し、セレンディピティは「プロセス」なのである。

もちろんサプライズや偶然は重要な要素だが、あくまでそれは最初のステップ。

それに続く次のステップが起きるか否かは、予想外の出来事を理解し、活用する能力にかかっているということだ。

 別の表現を用いるなら、他の人の目には断絶としか映らないところに、つながりや橋を見出せるかどうか。

そこが重要であり、だからこそ洞察力(雑多なものを選別し、そのなかから価値あるものを見つける能力)と粘り強さ(最後までやり遂げる力)が必要とされるのである。

 だが、セレンディピティ・トリガーに気づかず、「それがなにと結びつくか」がわからなければ、セレンディピティの機会は失われてしまうことになるかもしれない。事実、起こり得たはずなのに、結果的にはそうならなかったというような偶然はいくらでもあるものだ。

 スポーツジムで有名人に出会うとか、好みの相手を見つけるとか、なんらかのプロンプトが出ていたとしても、点と点を結びつけることができなければセレンディピティは未遂に終わってしまうわけである。

<人生を振り返って、セレンディピティが起こり得たのに、あなたが気づかなかった(あるいは気づいていたが行動しなかった)ために未遂に終わったケースを思い出してみよう。最近、何か小さなきっかけがあれば行動できた場面で結局何もせず、後になって後悔したという経験はなかっただろうか。セレンディピティ・マインドセットを身につけるのが重要なのは、このためだ。(21ページより)>

 

セレンディピティ・フィールドを豊かにする

 セレンディピティが生まれやすい状況は、組織、人脈、物理的空間を見なおすことによって生み出せるものだとクリスチャン・ブッシュ氏はいう。

セレンディピティ・マインドセットと適切な状況を組み合わせれば、セレンディピティが育つ「セレンディピティ・フィールド」は豊かになるということだ。

 繰り返すが、セレンディピティについての重要なポイントは、それが「大それたこと」だけに機能するものではないということだ。誰も気づかなかったような大きな発見や、大きなビジネスチャンスもそうだろうが、同じように日常生活のいたるところにある“ちょっとした気づき”もセレンディピティにつながっていくのだ。

 極論をいえば、その点――いかなる小さな発見でさえ無駄ではないということ――を理解しておくことこそが、セレンディピティと向き合ううえでもっとも重要なのではないか? 少なくとも私は、ことあるごとに共感しながら本書を読み進め、強くそう感じた。

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