おがわの音♪ 第1278版の配信★


ボケているようで油断ならないバイデン大統領

問題があるときには正面から立ち向かわない?
吉崎 達彦 : 双日総合研究所チーフエコノミスト
2022年05月28日

 東京都心の外堀通りから溜池交差点を左に折れて、六本木方面に向かおうとしたところで、タクシーは大渋滞に巻き込まれてしまった。アメリカ合衆国大統領閣下が訪日中で、同国大使館周辺は全国各地から動員された警官たちで溢れている。要人の訪日中にありがちな光景であった。



* バイデン大統領&岸田首相は「癒し系のペア」
ちょうど3年前に、ドナルド・トランプ大統領(当時)が「令和初の国賓」として訪れたときに比べると、今回の訪日はいかにも地味目である。
あのときの日程は5月25日から28日で、日本外交はよくこの時期に「絶対に失敗できないお客さん」をお招きする。
大相撲春場所の千秋楽から日本ダービーにかけてのこの時期は、この国のもっともよい季節と言えるだろう。
3年前は、「安倍晋三&ドナルド・トランプ」という派手好きコンビが、茂原カントリー倶楽部でゴルフをプレイし、両国国技館で大相撲を見物し、夜は六本木で炉端焼きと心ゆくまで「外遊」をエンジョイしていた。
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今回の「岸田文雄&ジョー・バイデン」は、それに比べると癒し系のペアである。
まして世間はコロナ禍が終わったわけではなく、ウクライナでは戦争も起きている。
ということで日米首脳会談は迎賓館で、晩餐会は八芳園で、翌日のクアッドこと日米豪印首脳会合は首相官邸でと色気がない、いや、実務的なお膳立てとなった。
バイデン大統領は、しみじみ「省エネモード」に見えた。
日米首脳会談の間はともかく、新たに立ち上げた IPEF(インド太平洋経済枠組み)のキックオフ会合で、各国代表がリモートで抱負を述べている間など、いかにもお疲れ気味の様子であった。
「いやー、13カ国も参加してくれるなんて、こんなにうまくいくとは思わなかったよ。キシダくん、後は任せるからよろしくね」と言っているように見えたのは気のせいだろうか。
 今回の訪日では、バイデン大統領は
「来年のG7首脳会談の広島市開催を支持」「(安保理改革が実現した場合の)日本の常任理事国入りを支持」「日本の防衛力強化決意を評価」など、
日本国内向けのリップサービスは盛りだくさんであった。
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とはいえ、外国メディアのヘッドラインを飾ったのは、日米首脳による共同記者会見で飛び出した「台湾へのコミットメント発言」であった。
ここはひとつ、ホワイトハウスの「ブリーフィングルーム」に掲載されている記者とのやり取りを確認してみよう 。
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* 当初は原則論を語ったバイデン大統領だったが……
最後に質問に立ったアメリカ人記者が、「中国が台湾に侵攻した場合、日本はどうするのか?」と問いかける。
岸田首相は、「中台海峡問題の平和的解決が重要、という基本的立場は変わっていない」と答える。その上で「ウクライナのような武力による現状変更は、アジアにおいては認められない」「そのためにも日米同盟は重要であり、アメリカによる拡大抑止を信頼している」と述べている。
すこし敷衍させていただくと、日本は確かに「ひとつの中国」原則を認めている。
ただしそれは、「同じ国の中では好き勝手にやっていい」ことまで認めたわけではない。
「中台関係の解決は平和的」であるべきで、台湾に武力侵攻するなんてわれわれは認めませんぞ。
1972年9月の日中国交正常化から半世紀、これが変わらぬ日本外交の立場なのである。
当時の田中角栄首相と大平正芳外相は、まさにギリギリの交渉をやっていたのだ。
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同じ質問に対し、バイデン大統領も「台湾に対する方針は変わっていない」と答える。
そこから「ウクライナにおけるプーチンの蛮行」に対する非難の言葉がしばし続く。
そこから当初の質問に戻り、”But the United States is committed.”(しかしアメリカはコミットしています)。
ひとつの中国原則を支持するけれども、それは中国が武力を使って台湾を乗っ取る正当性を持つことを意味しない。
そして、「そんなことは起きないし、試されないというのが私の期待だ」と強い言い方をしている。
記者会見はこれで制限時間いっぱいであったところ、この記者は短く「さら問い」を行った。これが問題の発言を引き出すことになる。
「では手短に。あなたはウクライナの軍事紛争に巻き込まれることを望みませんでした。台湾を守るために、もし必要になった場合は軍事的に関与するのですか?」
「イエス」(”Yes,”)
「本当に?」(”You are?”)
「それが私たちのコミットメントだから」(”That’s the commitment we made.”)
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これは大事件である。
アメリカも「ひとつの中国」原則を認めつつ、中台海峡に対して「平和的解決」を求めている。
日本との違いは、アメリカは「台湾関係法」を定めていて、台湾防衛のために武器を売却することを決めている。
ただし、アメリカが台湾防衛に直接関与するかと尋ねられれば、それにはハッキリと答えない。いわゆる「曖昧戦略」というやつだ。
大統領が「イエス」と答えたことは、「すわ、政策変更か?」ということになる。
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*「ボケたふり」をして巧みにメッセージを発信
ただしバイデンさん、昨年も2回、これと同じ「言い間違い」をやらかしている。
そのたび事務方が、「アメリカ政府の政策は変わっておりません」後から打ち消している。
もちろん中国政府は激怒するのだが、「単にボケているのかもしれない」ということでトーンは低下する。
しかるに今回は3度目だ。どうも「確信犯」というか「未必の故意」というか、敢えて地雷を踏みに行っているように見えてしまう。
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考えてみれば「曖昧戦略」が有効だったのは、米中の軍事力が大差であった頃の話である。
自分よりはるかに強い相手が態度を表明しないのは怖いけど、最近では中国の軍事力は増強されている。
むしろ旗幟鮮明な態度をとる方が、北京に対する抑止になるのではないか。あるいは台湾の人々の期待に応えられるのではないか。
ちなみに台湾関係法が成立した1979年には、バイデン氏はすでに上院議員となっている。
中台関係は確かに古くて複雑なのだが、若い頃に学習したはずのこの理屈を忘れているとは考えにくい。
むしろ「ボケたふり」をしながら、巧みにメッセージを発信していると見るのが自然ではないだろうか。
バイデン外交に対しては、すでにいろんな批判が飛び交っている。
ロシアに対して甘い態度を見せたから(ウラジーミル・)プーチン(大統領)になめられた」
アフガニスタン撤退の不手際で米軍への信頼を失墜させた」
「ウクライナへの軍事介入には、もっと『含み』を持たせるべきではなかったか。いや、そもそもトランプ大統領であれば、こんな事態には至らなかったのではないか」、などなど。
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* 流れに任せて勝利をたぐり寄せるバイデン大統領
ただし見方を変えれば、バイデン氏はできる範囲内で最善を尽くしている。
まずアメリカのインテリジェンスは、ロシアの動きをほぼ完全に読み切っていた。
開戦前のバイデン氏は、ロシアの手の内を惜しみなく明かしまくった
ロシアのプーチン大統領は、「まずい、こちらの機密が漏れている」と焦って、内部に対する説明を極力省いて軍事行動に打って出た。
初期のロシア軍の混乱ぶりは、それが原因だったと解釈するのが自然だろう。
しかも、5月21日には、バイデン政権はウクライナに対する400億ドルの追加支援策を成立させている。
400億ドル(約5.1兆円)と言えば、日本の年間の防衛予算に匹敵する。しかもこれは、3月に成立した136億ドルの支援予算を使い切った後の措置だ。
さらにアメリカの財政年度は9月末に終わるから、秋には新年度予算も追加されるのではないか。
考えてみればアメリカは、ウクライナに武器や資金を援助するだけで、ロシアの軍事力を弱めることができる。
この間にウクライナ軍はもちろん犠牲が出るだろうが、アメリカン・ボーイズ&ガールズをリスクにさらすわけではない。
しかも使われる武器・弾薬はアメリカ製である。
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バイデン氏はこれまでずっと、「戦わないことでトクをしてきた人」である。
2020年の大統領選挙を思い出してみてほしい。
民主党予備選も、トランプ大統領との決戦投票も、みずからは動かずにデラウェア州の自宅に引きこもっている間に、バーニー・サンダースは出馬を辞退したし、ドナルド・トランプは勝手に転んでくれたのだ。何か問題があったときは、正面から立ち向かうことをせず、流れに任せて勝利を手繰り寄せるタイプなのだ。
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そのバイデン氏は、核大国であるロシアが本気で隣国への侵攻を始めた場合に、止める手段がないことを良く知っていた。
普通の合衆国大統領なら、正面から警告を発するところであろう。
ところがバイデン流儀は、相手に先に局面を作らせて、自分は「後の先を取る」ことを好む。
今となっては、プーチン氏はその罠に嵌ったのではないだろうか。
経済制裁は世界的な規模になっているから、ロシアは向こう1年くらい頑張り通すかもしれないが、いずれ確実に弱体化するだろう。
プーチン氏の失態は、もう一人の敵である習近平国家主席の中国共産党内の立場も弱めることになる。
この間に「ガス欠」になる欧州経済は、アメリカに対してLNG(液化天然ガス)輸出を求めてくる。いやもう、「結構毛だらけ」の展開ではないか。
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* バイデン大統領の「たったひとつの誤算」とは?
そのバイデン氏が、おそらくひとつだけ読みを間違えていたことがある。
それは、あのウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が大化けして、「ウィンストン・チャーチル(第2次世界大戦時の英国首相)になったこと」だ。
※)  ウィンストン・チャーチル :  第二次世界大戦期の首相としてナチス=ドイツとの戦いを指導し、F=ローズヴェルト、スターリンらと戦後構想を構築した。 大戦でのドイツ降伏直後の選挙で労働党に敗れ退陣。 大戦後の東西冷戦が始まると「鉄のカーテン」演説でソ連を非難。 再び首相に選出され、戦後のイギリスの再建にあたる。
The Economist誌4月2日のインタビューの中で、2月24日の開戦直後、ゼレンスキー氏は「米軍が逃げ道を提示してくれた」ことを明かしている。
たぶん国外に脱出して、安全なところへ逃がしてやるというアメリカからの申し出があったのだろう。
だが、ゼレンスキー氏は断った。そして国内で指揮を執り続けた。後は皆さんがご存じの通りである。
アメリカのインテリジェンス機関がどう判断していたかは知らないが、元コメディアンが国外に逃亡し、キーウ(キエフ)がすぐに陥落していた場合にアメリカはどう対応したのだろう。
たぶんそちらのほうが、メインシナリオであったはずだ。
ウクライナに傀儡政権が誕生するとか、東部や南部がロシア領に編入されるといった事態は、想定の範囲内であったように思われる。
バイデン氏は、「それならそれで構わない」と冷たく割り切っていたのではないだろうか。
ウクライナ戦争のおかげで、西側の指導者軒並み支持率が上昇している。
フランスのエマニュエル・マクロン氏は大統領として再選されたし、一時は「死に体」だった英国のボリス・ジョンソン首相も持ち直している。
われらが岸田文雄首相も内閣支持率は堅調だ。
ところが ただ一人、バイデン氏本人の支持率は上がらない
国のためにうまく働いているとは思うのだが、こういう老獪な手口は少なくとも当世風ではあるまい。
まあ、仕方のないところだろうか・・・。
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