おがわの音♪ 第1271版の配信★


デジタル化「進まぬ日本」と「成功する台湾」決定的な差

唐鳳(Audrey Tang)/1981年生まれ。

  幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、起業などを経て、35歳のときに史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員(閣僚)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担う

著書に『デジタル・ファシズム』がある国際ジャーナリストの堤未果氏が台湾のデジタル相 オードリー・タン氏とオンラインで対談し、その実態を全3回で解き明かした。 

 

・・・ 第1回は「デジタル民主主義」

   第2回は「SNSとジャーナリズム」 

   第3回は「教育」



 日本で長年課題とされながら、なかなか進まないデジタル化。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界デジタル競争力ランキング2021」で、日本の総合順位は64カ国・地域中28位と過去最低だった。

一方で、急速に順位を挙げているのは台湾だ。2018年は16位(日本は22位)だったが、2020年は8位に浮上した。

新型コロナウイルス感染拡大阻止の成功例として国際的に注目されたことも記憶に新しい。

なぜ台湾はデジタル化の推進に成功しているのか。


 上から強制するのではなく「選択肢」を与える

堤 未果 : 国際ジャーナリスト / オードリー・タン : 台湾デジタル担当政務委員 

2022年05月17日

 * 非常時にも既存の技術を使って対応した台湾

堤:私は昨年、『デジタル・ファシズム』という新書を出したのですが、これを書いたきっかけは、社会のデジタル化が一部

の人たちのビジネス論理だけで進められ、いつの間にか民主主義が侵食されてしまうことへの危機感があったからです。

警鐘を鳴らすのと同時に、私たち市民が、何が起きているかを知り、デジタル化の先にある社会の設計に当事者として参加する意識を持てれば、今よりもっと幸せな社会を作るチャンスにできるはず、という希望のメッセージもこめました。

そんな中、「デジタル民主主義」というオードリー(・タン氏)のすばらしい発想や台湾の成功例に出会い、深く感動し、創造力を大いに刺激されました。そこには、今デジタル化で社会をよい方向に前進させる道を探すすべての人々にとって、大切なヒントがたくさんあるからです。 


 はじめに、世界規模でテクノロジーの光と闇をはっきりと見せた、パンデミック対応の話から聞かせてください。台湾は感染拡大阻止の成功例として国際的に注目されましたが、非常事態下での移動追跡や、国民の個人データ収集の際、セキュリティーやプライバシーの問題はどうクリアしたのですか。 

 

タン:こちらこそ、ありがとうございます。

最初にお伝えしたいことは、台湾はここ数年「非常事態宣言」を出していないということです。

ですからどんな対策をとるにしても、規制や予算の議会承認など、事前承認を取らなければなりません。

そのため急を要する非常時には既存のもので対応せざるをえず、コロナ禍の前からある技術を使ったのです。

でも逆にこのほうが市民に説明もしやすいし、10年、20年と続いてきたシステムなら、サイバーセキュリティーやプライバシーの議論もスムーズなんですよ。技術的にも、コロナ禍で初めて発明されたものより、元からあるもののほうが、分析もずっと簡単ですし。これが1つ目です。

2つ目は、台湾では「プライバシー強化技術」を使っていることです。

例えば私たちは、ショートメッセージサービス(SMS)を利用した接触追跡方法を使っています。

使い方は、個人が訪問先でQRコードを読み取り、画面に出てきたその場所に連動する15桁のランダムな番号を、フリーダイヤルにSMS送信するだけです。カメラ付きの携帯電話ならアプリのダウンロードも必要ありません。

訪問先の店などに個人情報が知られる心配も不要です。

15桁の番号が送られるのは携帯の持ち主が契約している通信事業者だけですから、そのデータが訪問先の人間と共有されることも決してありません。もちろん通信事業者は、携帯電話を売った時点でSIMカードを発行していますから顧客の電話番号を知っています。でも訪問先で画面に表示される15桁の番号を知らされるのはそれを入力する顧客だけで、通信事業者が訪問先の情報を知ることはありません

携帯の持ち主、訪問先の人、通信事業者、この3者の中で、いわばパズルのピースをすべて持っている人はいないのです。

 

* 接触追跡が行われない限り、政府にデータは届かない

タン:そして、感染者が出て接触追跡が行われない限り、政府にそのデータが届くこともありません。

すべてのデータが開示されるのは、接触追跡が開始されたときで、見るのは政府認証を受けた「接触追跡者」だけです。

接触追跡の実施内容はデータとして記録され、誰でもスマートフォンからそのサイトにアクセスし、過去28日間に、どの自治体のどの接触追跡者が自分の記録を閲覧したかを確認できますよ。もちろんこれらの記録は、28日間を過ぎたらすべて消去されます。つまり台湾の接触追跡は、相互に説明責任を持たせデータの保存場所を分散させ、QRコードとSMSを組み合わせることでプライバシーを強化したシステムなのです。これらの技術はすべて、パンデミックが起こるずっと前から存在していたので、すぐに導入できました。

スマートフォンにカメラが付いていなければ、15桁の番号を手入力してSMSで送ればOKです。

大事なことは、技術の仕組みが非常に透明であることなのです。

 

堤:素晴らしいですね。とくに双方向に説明責任を持たせていることが、非常に画期的です。

政府による行動追跡は不信感を生むので、日本でもこの手の法律が出てくるたびに論争になりますが、最大の理由は、まさにこの一方通行の仕組みなのです。政府から市民の行動は見えるけれど、市民のほうからは見ることができない、自分のデータにいつ誰が何の目的でアクセスしたか、そしてどのデータがどう使われたのかも知ることができません。

これはそういうものなのかとあきらめていたけれど、今の話を聞いたら、まったくそんな必要はなくて、発想を変えさえすれば技術で解決できるのですね。

双方に説明責任を持たせるというこの手法は、コロナ禍以前からあったのでしょうか。

 

タン:ええ、ありました。

台湾には「全民健康保険制度」というものがあり、日本のマイナンバーカードと同じように、ICカードでデジタル化されています。

2004年にすべてのデータがデジタル化され、それ以降、薬剤師や医師、看護師などが患者のICカードにアクセスするときには、彼ら自身のICカードと所属機関のICカードの両方が必要になりました。

そして、患者の医療情報が閲覧されたときには、この3種のカードの情報とともに、そこで書き込まれた医療情報がすべてデジタルデータとして記録されるのです。ですから、誰でも自分のカードの記録を見れば、いつ、どこで、何の情報が書き込まれたかということに加えて、自分以外の2枚のカード(医療従事者と所属機関のカード)の詳細も見ることができます

このシステムのおかげで、スマートフォンの「全民健康保険エクスプレスアプリ」を通して、すべての診断や処方箋も画面上で確認できるようになりました。何か間違いがあればわかりますし、アプリを操作してその場で訂正もできるんですよ。

携帯電話で自分のデータをチェックすることは、今では市民の日常の一部になりました。

 

堤:毎日チェックすることで、市民の側も自分の個人情報に責任を持つようになって、「全民健康保険」について

の説明責任を果たせる……、実によくできた双方向のシステムですね。デジタル民主主義がうまく機能する、とても優れたインフラだと思います。

当局による個人情報の扱いは、日本でも繰り返し議論になっていたんですが、これがデジタルデータになると、例えばGAFAが提供する利便性と引き換えに、ほとんどの人が全面的にコントロールを渡してしまっているのが現状です。

でも台湾のこのシステムなら、自分のデータがどこへ行き、誰がいつアクセスしたのかをいつでも追跡できますね。

途中経過を透明化することで、政府が市民の信頼を得ることにつながっているのでしょうか。

 

* 誰を信じるかを政府が強制することはできない

タン:政府のほうが市民に説明責任を委ねていたとしても、市民のほうが政府を信頼しているとは限りません。

先ほどのSMS送信についても、通信事業者より訪問先のオーナーを信じる人もいるでしょう。

それは市民が決めることで、誰を信じるかを政府が強制することはできないからです。

そうそう、市民の中には、SMSより信頼できる手段をすでに持っている人もいますよ。

何だと思います? 日本の人々が使っているような印鑑です。台湾では多くの人が自分の名前の印鑑を持っています

中でも便利なのは本体にインクが内蔵されている進化したタイプの印鑑で、これなら朱肉を持ち歩く必要もありません。

このインク浸透印に自分の名字と連絡先の電話番号を載せたものを作って、訪問先でスタンプを押すほうがいいという人もいるのです。QRコードを読むよりずっと速いと。たぶんそのとおりでしょう。印鑑は0.5秒で押せますが、QRコードの読み取りには2秒ぐらいかりますから。

ですから、印鑑の技術を信頼している人に、デジタル技術への切り替えを強いるつもりはありません。

 

堤:面白いですね、

日本では今、その「印鑑」が、時代遅れで非効率、リモートワークの邪魔になる、として「印鑑文化脱却」の声が大きくなっているんですよ。でもあなたがおっしゃったように、「利便性」より「信頼性」という視点で捉えると、第3の道が見えてきますね。本人に選ぶ余地を与えるという、民主主義になくてはならない大切な要素が。

どんなに便利でも、すべての人が同じスピードでデジタル化を望んでいるわけではないのに、私たちはつい「便利=正義」の前提で話を進めてしまいます。

デジタルは便利だけど、これについてはやっぱりアナログのほうが好き、という人もいますからね。

 

タン:いますね、それもたくさん。

 

堤:テクノロジーの進化はいつも、少し先の未来をまぶしく見せるから、私たちはつい、人間のメンタリティーと

の時差を忘れてしまう。

でも、少し立ち止まって、例えば「民主主義」という軸でもう一度考えてみると、ここで「選択肢を与える」かどうかが、その後やってくる社会の明暗を分けるのではないか、と思うのです。

 

タン:私もそう思います。

強くそう思う理由は、デジタルはほかに選択肢がなければ、権威主義的なものになってしまうからです。

デジタル化によって国民がリスクを減らしたり、時間を節約したりできるよう支援するはずだったのが、デジタル技術への適応を強制してしまっては、権威主義になってしまい本末転倒です。台湾でわれわれ政府側はつねに、強制ではなく支援するほうにフォーカスしたいと考えています。

 

* NY同時多発テロで国民の監視が進められた

堤:政府としてその視点を持ち続けることは、本当に大切ですね。

私は2001年にニューヨークで同時多発テロが起きた時、隣のビルで働いていたので、あの直後のアメリカ社会の空気を今もよく覚えています。まるでテロという非常事態によって、政府が「伝家の宝刀」を手にしたかのように、憲法や現行法を超えたさまざまな行動規制や情報統制、当局による国民の監視が進められていきました。

コロナ禍でも緊急事態の下、多くの国であのときのアメリカと同じ光景が繰り広げられていますが、民主主義にとって極めて危険な兆候です。

そこで今、お話を聞いていて大変興味深かったのが、今回コロナ禍にもかかわらず、台湾がその権力を行使しなかったという部分です。政府の感染症対策は、あくまでも憲法の枠内で行われていたということですか。

 

タン:そうなんです。今、ミカ(堤)が言ったような、「総統令を出して、議会が後日それを承認する」というよ

うなことを、今回台湾はいっさいしていません。なぜならわれわれ政府は、さまざまな問題を伴うこのパンデミックとの闘いを、国民を置き去りにして進めることはできないと、確信しているからです。国民が科学的理由を理解できないまま、ただ上からの命令に従わせていたら、たちまち彼らは疲弊して、政府への不信感が生まれてしまいます。

命令は短期的には効果があるかもしれませんが、今のようにパンデミックが長期化している状況では、逆に大きなマイナスになるのです。

 

堤:まさにそのマイナスの事態が、日本やアメリカ、世界のあちこちで起きているのを私たちは見せられていますね。

民主主義が進んでいるはずの欧州でさえ、プライバシーや自由の概念が上書きされ、ワクチン非接種者への罰金や逮捕、警察による都市閉鎖に反対する市民への発砲など、さまざまな権利の剥奪が横行しています。オードリーが言うように、たとえ国民のためという大義名分があってもやり方を間違えば不信感を生むし、上からの強制は専制政治の序章になってしまう。そこで、それを回避するための、もう1つ重要な要素である「情報の透明性」について伺います。台湾では市民が自ら、リアルタイムでファクトチェック(事実確認)をしているそうですね?

 

タン:はい、中学生も参加するこのファクトチェックは、台湾ではメディア・コンピテンスカリキュラムに組み込

まれています。

台湾では情報を読解する能力をメディアリテラシー、情報を作り出し発信する力をメディアコンピテンシーと、使い分けています。

生徒たちには、単に情報の消費者になるだけでなく、メディアが社会のためにできることも、学んでほしいですから。

そのためには、小学校や中学校など早い段階で、子どもたちにニュースの編集室を見学させる必要があります。

台湾には、政府でなくソーシャルセクターが作った、市民によるファクトチェックの仕組みがたくさんあるんですよ。

われわれ政府の仕事は、そうした場をできるだけ広げて、国民に参加を促すことです。

わかりやすく言えば、いくつもの「ウィキペディア」が、リアルタイムで更新されてゆくようなものですね。

 

* 市民とプロの2段構えでファクトチェック

タン:例えば「Cofacts」という市民のファクトチェック団体は、ネットのトレンドに上がっている真偽不明な情報

について、市民がLINEで報告できる仕組みを提供しています。

これによって、とくに拡散スピードが速い、不確かで噂レベルの情報が、拡がる前に特定される。

市民が特定した情報を、次にプロのファクトチェッカーが見て、プロの視点で検証したレポートを作成するという流れ作業です。この一連の作業中に、ネット上で何かが削除されることはありません。

でもそのうわさが事実関係を確認済みであることや、もし偽情報だとわかった場合は安易にシェアをしないよう、目立つ形でラベルが表示されるのです。私たちはこの表示を「公示」と呼んでいます。

そしてこの公示に貢献しているのはもちろん、すべての人々、台湾の市民たちです。

 

堤:企業やマスコミによるファクトチェックはよくありますが、市民とプロの2段構えというのは、情報に対する

主体性を育てる意味でもとてもよいですね。私は、デジタル時代において「正確な情報へのアクセス」は公共サービスの1つにすべきだと思っています。

Cofactsの「公示」は、まさに公共サービスですね。

一方、ネットの世界には荒らしや編集合戦などの問題がつねについて回りますが、例えば政治目的や、人々を特定の方向に誘導するなどして悪用されないよう、Cofactsは何か対策をしているのですか?

 

タン:まず共通ルールとして「コミュニティーの規範」があり、情報源の資料はすべて、審査を経て投稿されます。

個人の政治的意見や感情的な書き込みは、初めからCofactsのチェック対象にならないので、「荒らし」が入り込む余地はありません。ここで市民ができることは、より多くのピースで、パズルを埋めていくことだけなのです。

そういったリスク対策はすべて、場をどう作るかという話だと思いますね。

例えば個人攻撃が簡単にできる設定にしてしまえば、当然その空間は二極化して有害になるでしょう。

でも、もし設計した空間が、情報を提供するだけの場だったら、誰かをフォローしたり、スレッド型の会話に返信したりする手段がないので、荒らしに乗っ取られることはほとんどなくなります。

 

* Cofactsの成功のカギは「民主的に改良」

堤:どんな場になるかは、そこに参加する人の質ではなく、最初に設定する人の意図によって、いくらでも調整が

可能だということですね。それはとても勇気づけられるお話です。

今日本では、「政府やWHOの方針と違うことを書くとすぐ陰謀論と決めつけられて叩かれるから、意見を書けなくなった」という声をあちこちで聞くのですが、これもユーザー側が発想を変えれば解決の道が開けますね。

デジタル技術を使って、誹謗中傷を心配せずに自由に意見交換できる場を設計し、どんどん仮想空間に作り出せばいい。

アメリカでも去年ビッグテックが共和党員の掲示板を凍結して以来、どんどん新しい言論空間が作られて、たくさんの人々がそっちに移動しています。

そして今のお話を聞いていて、仮想空間で言論の自由を守るために不可欠な要素が、使う側である市民の「主体性」であることに、改めて気づかされました。Cofactsの成功のカギは、ウィキペディアの良い部分をうまく使って、民主的に改良したことなのですね?

 

タン:そのとおりです。

大枠はウィキペディアをモデルにし、メインはファクトチェックにフォーカスさせるよう設計したからこそ、うまくいったのです。 


  第2回は「SNSとジャーナリズム」

  台湾に好例「GAFAに独占されぬネット空間」作る術




メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。