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地政学と歴史から理解する「プーチンの思想」

欧州200年史の必然ともいえるウクライナ侵攻

福田 恵介 : 東洋経済 解説部コラムニスト 

2022/05/09 

ウクライナとロシアは同じではない」。2月24日のロシアによるウクライナ侵攻後、在日ウクライナ人たちがそう訴える姿が見られた。同じスラブ民族、そしてソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)の構成国だったロシアとウクライナ。

日本では「兄弟国ではなかったのか。なぜ戦うのか」と不思議に思う人が多い。

しかし「戦争はすでに2014年から続いていた」と、ウクライナ人は口をそろえる。

ウクライナでは同年に親ロ政権が倒れ、親西欧の政権が発足

危機感を抱いたロシアのプーチン大統領は、ロシア系住民が多いクリミア占領し、さらにウクライナ東部ドンバス地域実質的に支配した。ここでは、親ロ派の武装組織とウクライナ側との戦闘が続いてきたのだ。

日本では、今回の侵攻を旧ソ連からの歴史認識で見ていた。

それゆえ、ロシアとウクライナの関係を「兄弟国」として捉えがちだった。

だが、ウクライナでは「2014年」を起点にしてロシアを捉えていたのだ。 

なぜウクライナ戦争は終わらないのかを、地政学と欧州近代史とを絡めて考察した。


 敵対側との国境が目前に迫る脅威

プーチン氏にも、1つの起点があった。それは、ソ連邦が崩壊した1991年だ。旧構成国の中には西側に付いた国がある。

ポーランドやチェコ、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)など反ソ意識が強かった国は、相次いでNATO(北大西洋条約機構)、EUに加盟。ロシアからすると、敵対していた側との国境が目前に迫るという脅威を感じてきた。

ウクライナは独立後、政権は親ロか親西欧かで違いはあったが、安全保障ではNATOと距離を置いてきた 

NATO(北大西洋条約機構)は1949年に創設された軍事同盟。これに対抗してソ連を中心とする「ワルシャワ条約機構」があった。89年からの東欧圏の崩壊でポーランドなどが相次いでNATOに加盟し加盟国は現在30カ国。NATOの拡大がロシアにとっては脅威となっている。

ところが19年に大統領に就任したゼレンスキー氏NATO、EU加盟の立場を急速に強めていたところだった。ここで注目されるのが、地政学だ。 

地政学とは、英国の地理学者・政治家だったマッキンダー(1861〜1947年)が事実上の開祖とされる学問だ。彼の説く地政学の原点は下図の通り。海洋国家・英国にとって、欧州の運命はユーラシア大陸内部の勢力が変動することで左右される、という考えだ。

このユーラシア大陸の内部を「ハートランド」とし、ここを制覇しようとする大陸勢力と、これを封じ込めようとする欧州の沿岸地帯がせめぎ合っているとマッキンダーは考えた。

こうした地政学からは、ロシアは伝統的に敵対的勢力と直接対峙することを嫌い、緩衝地帯を置いてきた。それが東欧諸国だ。カザフスタンなどの中央アジア諸国も、衛星国となり緩衝地帯の役割を果たしてきた。

マッキンダーはユーラシアを起点とする国際関係を地理的に分析。 

ユーラシア大陸の心臓部を「ハートランド」と名付け、ここの制覇をめぐって、大陸勢力と、これを制止しようとする欧州の沿岸地帯の勢力とがせめぎ合いを続けていると考えた。


ところが欧州側では、旧ソ連構成国や衛星国は、急速に親西欧の姿勢に転換していった。

緩衝地帯を相次いで失ったロシアにとって、欧州とロシアの狭間にあり相対的に面積も広く人口も多いウクライナが西欧側についてしまうことは国家的な危機だ──。プーチン氏はそう考えたのだろう。

しかもプーチン氏は、侵攻の前から「ウクライナの非軍事化非ナチス化を目指す」と表明した。ゼレンスキー氏やウクライナ内の軍事組織「アゾフ大隊」に対しては、ネオナチと非難することをプーチン氏はためらわない。   

ナチスドイツと血で血を洗う死闘を繰り返した当時のソ連は、独ソ戦を中心とした第2次世界大戦で約2600万人という最大の犠牲者を出した。

ウクライナは、独ソ両軍による凄惨な死闘が何回も繰り広げられた場所でもある。


現在進行形の事態から欧州の歴史が見えてくる

では、そのナチスドイツはどう生まれたか。ソ連という国家が生まれ、欧州と敵対することになった経緯は。

現在進行形の事態からその理由をたどっていくと、そこに至った欧州の歴史が見えてくる。

1815年からのウィーン体制では、それまでの王制国家と各民族のナショナリズムを反映した欧州秩序がつくられた。これは、1789年のフランス革命という市民革命が既存体制に挑戦し、王政と民主政治が対立する中で生み出された妥協案だった。

その後、統一されたドイツの誕生帝国主義の拡大民主主義の広がりと共産主義の出現ナショナリズムの勃興などで欧州は揺れた。総力戦となった第1次世界大戦では二度と悲惨な戦争は起こさないとして欧州秩序は再編されたがヒトラーのナチスドイツの台頭を生み、再度の世界大戦を招いた。

終戦後は米ソ両陣営による冷戦が始まる。軍拡競争の中で、硬直的な経済体制と官僚制のきしみが広がったソ連が崩壊。東欧圏の独立とEUの発足により現在の体制となってから30年経った今、ウクライナ侵攻で今後の欧州秩序が変わろうとしている。 

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