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ロシアへの経済制裁が期待したほど効かない理由

急落したルーブル相場は「ほぼ元通り」に回復

吉崎 達彦 : 双日総合研究所チーフエコノミスト 

2022/04/16

 ロシアのウクライナ侵攻は、どうやら長期化が避けられそうにない。

ロシア軍は4月上旬、首都キーウ(キエフ)周辺からは撤退したが、ブチャなどの近郊都市における残虐行為が発覚した。その後もロシア軍が戦力を集中している東部戦線では、大規模な民間人の死傷者が出ている模様である。4月7日にブリュッセルで行われたG7外相会合は、戦争犯罪行為を厳しく非難するとともに、ウクライナ向けの人道支援と対ロシア経済制裁の強化方針を打ち出した。



* ルーブル相場は「ほぼ元通り」に

ところが経済制裁は、かならずしも効果を上げていないようなのである。

通貨ルーブルは2月24日の開戦と同時に、いったんは1ドル=70ルーブル台から120ルーブルくらいまで下落したのだが、4月に入った頃からほぼ元通りの水準に戻している。ロシア中央銀行は、通貨防衛のために9.5%から一気に20%まで引き上げた政策金利を、4月11日からは17%に戻している

まるで余裕を見せられているようだが、「国内の民間業者が輸出によって得た外貨の80%を強制的にルーブルに転換させる」などの防衛策が一定の効果を上げているようだ。

その代わりと言っては何だが、ロシア国債は案の定 デフォルト(債務不履行)になりそうだ。

4月4日に償還と利払いの期限が来たドル建てロシア国債21億ドルを、ロシア中銀は「国内向けはルーブルで支払う」措置を取った。これは契約違反となるので、30日間の猶予期間を経て「一部デフォルト」と認定される公算が高い。

ボクシングなどに例えれば「KO負けではないけれども、TKO認定」といったところだろうか。

ウラジーミル・プーチン大統領が、対ウクライナ勝利宣言を狙っていると言われている5月9日の対独戦勝記念日の直前に、ロシア国債がデフォルトになれば一定の心理的ショックを与えることはできよう。とはいえこのご時勢に、ロシア国債を買いたいという海外投資家はもとより多くはない。

ロシアが新規に外貨建て国債を発行しても、買い手がつくとは思えないので、どの道、ほとんど影響はないということになる。

戦争勃発後の当欄「ロシアへの『究極の制裁』で西側が浴びる『返り血』」(3月5日配信)で、筆者はこんなことを書いている。

 今回の「金融制裁」は、金融が戦争という「悪」を止められるか、という問題である。武力を使わずに戦争を終わらせることができれば、こんなにすばらしいことはない。株安くらいは「御の字」であろう。……(中略)……金融には何ができて何ができないのか。これから先、壮大な実験の行方を祈る思いで見ていくほかはない。

 

それから1カ月半が経過した。

確かに株安は進んだけれども恐れていたほどではなく、逆に制裁のほうもたいしたことはなかった。

とりあえず、「ロシアの戦争継続をすぐさま止めるほどの経済的手段はない」というのが現時点の結論となる。

 

*「脱ロシア」は口で言うほど簡単ではない

金融制裁が思ったほど効果を上げていないのであれば、次なる焦点はロシアからのエネルギー輸入の制限ということになる。

ロシア経済の輸出依存度はなんと3割近くもある。なおかつ、輸出の半分以上を占めるのは鉱物資源である。

原油・天然ガス収入はロシア政府の歳入の約4割を占め、「1日11億ドル」とも言われる。

ロシアにとって最大の輸出相手国は中国だが、地域別ではEU最大となる。

西側諸国がこぞって「もうロシアから石油やガスを買わない」という決断ができるなら、これは確実に効くだろう。

ただし「今すぐに」というわけにはいかない。そうでなくても、EU経済は「脱炭素」に向けてエネルギー政策の舵を切りつつある。

ロシア産のガスが入ってこなくなったら、その分は石炭を使うか、原子力発電の稼働期間を延長しなければならない。

なおかつ各国のエネルギー依存度もバラつきがある。

EUは「脱炭素」の前に「脱ロシア」を目指さねばならず、なおかつその前に目の前の化石燃料の手配を急がなければならない。

アメリカのジョー・バイデン大統領は、「アメリカは欧州にLNGを供給しまっせ」と調子のいいことを言っている。

しかるにアメリカの液化能力はすでに100%が使用されていて、追加のLNGを生産するインフラの余裕がない。

しかも冷凍して船で運んでくるLNGは、パイプラインで送られてくるロシア産のガスとは段違いにコストが高い

さらに東欧には、ハンガリーのようなロシア寄りの国もある。「脱ロシア」は口で言うほど簡単なことではないのである。

認めたくないことだが、実はG7のほうがエネルギー禁輸には弱いのではないだろうか。

何しろ欧米経済40年ぶりのインフレの真っ最中。

そして民主主義国には選挙がある。4月末のフランス大統領選挙決選投票、5月には豪州総選挙、さらに11月にはアメリカ中間選挙も控えている。

その都度、ヒヤヒヤしなければならない。

逆にロシア側は、食糧とエネルギーを完全に自給できるうえに、国民は「我慢」に慣れている。

情報統制も行き届いているから、国民は「自分たちは西側の不当な圧力を受けている」と信じている。

プーチン大統領の支持率も相変わらず高い。長期戦になった場合、本当に不利なのはどっちのほうなのか。

 

* 日本も「石炭輸入停止」で建設価格などが上昇へ

4月8日には岸田文雄首相も記者会見を行い、G7共同声明を踏まえて追加制裁のリストを発表した。

目玉となったのは「ロシア産石炭の段階的輸入禁止」。昨年の日本の対ロ石炭輸入額は約2800億円で、全体で約1.5兆円の対ロ輸入額の中でもそこそこ大きい。それでもG7の一員としては、そのくらいやらないとカッコがつかない。

ロシア産石炭は、わが国輸入量の11%程度を占めている。

電力や高炉といった大口の需要家は、豪州(66%)やインドネシア(12%)から大型船で石炭を買ってくる。

ところがセメント会社などの小口需要家は、船が小さいからなるべく近隣国から買っている。そこでロシア炭の輸入を止めると、セメント会社はより遠くの国から石炭を調達することになり、船賃のコストが原価に上乗せされる。結果としてセメント価格が上昇して、建設や工事価格などに跳ね返ることになる。

こんな風に玉突き式に影響が広がるのが、経済制裁における「返り血」の典型的なパターンと言えよう。

それでは、民間企業のロシア市場からの退出状況はどうだろう。

最近、話題になっているのは、イェール大学経営大学院が公表している企業リストである。企業の社会的責任を研究テーマとしているジェフリー・ゾンネンフェルド教授が、グローバル企業のロシアからの撤退状況を採点しているものだ。

4月14日時点では、「600社以上がロシアから撤退。しかし残る企業も」と題して、以下の通りに分類されている。

  A評価:Withdraw(撤退済み)280社

  B評価:Suspension(一時停止)330社

  C評価:Scaling Back(規模縮小)93社

  D評価:Buying Time(時間稼ぎ)128社

  F評価=落第点:Digging in(そのまんま)214社

つまりこのリストは、「オタクはいつまでロシアビジネスをやっているんですか?」と企業に対して圧力をかけているわけだ。

といっても、各社にはいろいろな事情がある。大勢の雇用を抱えているところもあれば、医薬品や航空機のように、顧客の命にかかわる産業もある。

表向きは「撤退する」と言いながら、実は操業は継続しているケースもある。あるいは「バーガーキング」や「丸亀製麺」のように、本社は撤退を決めたのにフランチャイズが屋号を変えるなどして独自に営業している、なんていうケースもある。

ゾンネンフェルド教授のところへは、「やめてくれ」「脅すのか?」といった批判が殺到しているらしい。

ところがご本人は、「企業がロシアをボイコットしないのなら、そんな企業をボイコットしたらいい」と平然としている。

企業としては「レピュテーションリスク」が怖いし、ESG投資家にそっぽを向かれるのも困る。ましてや、「アノニマス」によるサイバー攻撃のターゲットになったりしては目も当てられない。

 

* 中国企業は継続、ロシアには「かえって好都合」?

ただしこのリストを子細に見ていくと、F 評価(落第点)の214社中、中国企業43社と約2割を占めていることに気がつく。

しかもアリババやチャイナモバイル、中国石油天然気集団、ファーウェイ、テンセント、シャオミ、ヴィーボ、ZTEなどとそうそうたる企業が名を連ねている。彼らは「カエルの面に何とやら」で、こんなリストは意に介さないだろう。

西側企業が相次いでロシアから撤退しても、中国企業がビジネスを続けるのであれば制裁の影響は限定的、いやかえってロシアに「好都合」になってしまうのではないか。

気を付けなければならないのは、いわゆる「BRICS」5カ国の結束は固いということだ。

西側のマスコミはほとんど伝えないけれども、BRICS首脳会議は毎年ちゃんと行われていて、今年は9月に中国議長国となって実施される予定である。

国連などにおける投票行動においても、ブラジル、中国、インド、南アの 4カ国はウクライナ問題でのロシア非難決議には慎重姿勢である。

さらに言えば、BRICSの5カ国は G20メンバーであり、これでは G20からロシアを追放することも困難である。

そしてアルゼンチン、トルコ、メキシコ、サウジアラビアあたりのG20メンバーも、心情的にはG7よりはBRICS寄りなのである。

かろうじて豪州と韓国はG7側についてくれるとして、議長国のインドネシアは、先進国と新興国の板挟みでさぞかし困っていることだろう。

「アジアで唯一のG7メンバー」ということで、日本はこのステータスを大事にしてきた。

ところがG7が「脱・ロシア」の笛を吹いても、意外とアジアや中東、アフリカの国々はついてきてくれない。

ウクライナ情勢が長期化するにつれて、ロシアは思ったほど嫌われておらず、逆にG7には「徳」がなかった、てなことに気づかされる昨今である。


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