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「研究職600人雇い止め」理化学研究所に走る衝撃

労働組合は日本の研究力の低下を招くと訴える

奥田 貫 : 東洋経済 記者

2022年04月13日

 雇用継続を求める組合と理研が真っ向から対立。なぜ理研は雇い止めに踏み切ろうとしているのか。



ノーベル賞に輝いた湯川秀樹氏や朝永振一郎氏が在籍した、栄光の歴史を誇る、自然科学の総合研究所の理化学研究所(以下、理研)が今、大きく揺れている。

理研の労働組合(以下、組合)によると、理研は研究系職員2938人(2021年4月1日時点)の2割の約600人の有期雇用者を23年3月末で雇い止めにする方針だという。

雇用継続を求める組合と理研は真っ向から対立している。

3月25日に組合が開いた会見で金井保之執行委員長は「(大量の雇い止めが)日本の研究力の一層の低下を招く事態に陥るだろう」と訴えた。

これに対し理研は「国家的・社会的ニーズの高い研究分野で成果を創出するのが国民への責任だ」としたうえで、「時宜に合ったプロジェクトを手がけるために、雇用上限による人材の入れ替えが必要だ」と主張する。

 

* 論文数は右肩上がり

直近の理研の実績を見ると、学術論文数は右肩上がりだ。

トップ10%論文(ほかの論文に引用された回数が各分野、各年で上位10%に入る影響力の大きな論文)の比率は、日本全体の平均(近年は8%台半ば)の2倍以上で推移する。 

もし約2割の研究者が雇い止めになれば、新たな雇用による入れ替えを進めても、学術論文数などが一時的には低下しかねない。

だが、単純に雇い止めをやめたほうがよいのかといえば、そうは言い切れない難しさもある。今回の騒動の引き金となったのは、13年4月1日の改正労働契約法施行だ。これ以降は、有期雇用の労働者は雇用期間が通算5年を超えれば、無期雇用への転換を使用者に申請できるようになった。使用者は合理的な理由がない限り拒めない。ただし、国は研究者など一部の職種は特例扱いとし、無期雇用への転換に必要な雇用期間を通算10年と定めた。

(注)10%論文率は、理研の論文のうち、各分野、各年で上位10%に入る影響力の大きな論文に引用された割合

(出所)各年とも発表年。理研の公表資料を基に東洋経済作成。

 その一方で、理研は16年に就業規則を改定し、「10年を超える有期契約を行わない」旨の上限を独自に定めた。起算日は改正労働契約法の施行と同じ13年4月1日以降とし、それ以前から在籍する有期雇用の研究者は23年3月末で契約更新の上限を迎える。

組合は、理研が就業規則を盾に23年3月末で研究者を雇い止めにするやり方を「無期転換逃れ目的で違法だ」と批判する。

法的な是非については司法判断に委ねられることになる。

組合によると、23年4月1日で有期雇用の期間が通算10年になるため、雇い止めになるのは297人という。この中には研究の遂行について責任を持つ、約60人の研究主宰者が含まれており、雇い止めで多数の研究室チームが解散するという。

その波及でさらに約300人が雇い止めになり、合わせて約600人がリストラされる見通しだ。


(出所)各年とも発表年。理研の公表資料を基に東洋経済作成。

他方で理研側には、雇い止めをしてでも、人材の流動性を確保したい理由がある。

もとより理研は有期雇用の割合が非常に高い組織だ。

一般的に研究プロジェクトは、5年程度が一区切りと有限で、そのうえ、何らかの理由で研究主宰者が所属組織を去って研究室がなくなれば、そこで働く研究者が従事する研究もなくなる。

そのため研究者は誰でも彼でも無期雇用に適すわけではない側面がある。

理研は国立大学に比べると授業など研究以外に取られる時間が少なく、最先端の研究設備もそろう。

有期雇用の形態で旬な研究をやる研究者が入れ替われるようにしておきたい、という考え方は合理的ともいえる。


* 無期雇用の研究職を4割に引き上げる

理研は今後、無期雇用の研究職の割合を現在の2割から約4割に引き上げる方針も示す。

長期的視点で実施する研究と人材を見極め、無期雇用にする研究者を選ぶという。

理研の雇い止めの事情には一理あるとはいえ、有期雇用の研究者を一律に10年の雇用上限で追い出すことには大きな問題点もある。

23年3月末で雇い止めされる見込みの研究主宰者の一人は、理研での過去10年にわたる基礎研究の積み上げを経て、22年度以降の3年間について、国からの科学研究費補助金の採択を受けたばかりだ。

この研究者は会見で、「(移籍先が見つからなければ)科研費に基づく研究プロジェクトは中断か、完全に中止せざるをえなくなる」と訴えた。

こうしたことが頻発すれば、科研費の無駄遣いになるおそれがある。

この懸念について文科省の学術研究推進課の担当者は「研究が例え1年で終わったとしても、科研費を使った1年分の研究の記録は残り、誰かがそれを引き継ぐこともできる。機材や設備は所属機関に寄付してもらい、適切に使うように努力していただきたい」と話す。だが、道半ばの研究結果や、残された研究機材を引き継いで活用する研究者が出てくるとは限らない。

雇用上限の期限を優先し、研究の進捗を無視した雇い止めをすることは、研究が中途半端な状態のまま投げ出されたり、使われなくなった機材や設備が野ざらしになったりといった事態を誘発しかねない。

 

* 科学技術立国への道のりは厳しい

「科学技術指標」によると、研究者の卵である博士課程への進学者(社会人を除く一般学生)は20年度に8324人で、ピークの03年度の14280人から4割減少している。激減の背景には、研究者の雇用環境の厳しさがあるとされる。

 今回の理研の大量リストラは研究職を目指す学生を不安にさせ、アカデミア離れを加速させる懸念もある。

そうした連鎖反応が起きれば、岸田文雄首相が成長戦略の第1の柱とする「科学技術立国の実現」への道のりもさらに険しくなる。

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世界に遅れる科学技術「退国」ニッポンの深刻度

 

   岸田政権が掲げる「成長戦略の第一の柱」の課題



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