グーグル責任者が明かす「脱クッキー」広告の正体


個々人を特定せずともターゲティングを実現

中川 雅博 : 東洋経済 記者

2021年03月26日

アメリカのIT大手グーグルは2020年1月、同社が展開するウェブブラウザー「Chrome(クローム)」において、プライバシーの懸念を払拭すべく、広告のターゲティングに使われる「サードパーティークッキー」の利用を段階的に禁止することを発表した。

クッキーによるターゲティングに頼ってきた広告業界は対応に追われている。

ただ、広告市場がしぼんでしまえば、広告収入が売上高の大半を占めるグーグルにも影響が出る。

そこで同社はクッキーを使わない新たなターゲティング手法をネット広告に携わる各社とともに開発中だ。次第にその詳細も明らかになってきた。

新たな手法がどのような仕組みなのか、その狙いは何なのか。 

グーグルでアジア太平洋地域のプライバシー責任者を務めるジェシカ・マーティン氏に話を聞いた。


クッキーは「やりすぎている」側面もあった

――新たなターゲティング手法はどのように開発が進んでいるのですか。

グーグルだけでなく、広くウェブの開発者を巻き込んだプライバシーサンドボックスと呼ばれるオープンな開発の枠組みを設けている。その中で技術のアイデアが提案され、支持が集まればプロトタイプを作り、試験運用が行われる。

クロームだけでなく、ほかのブラウザーもここに参加してほしいと考えている。

サンドボックスの中では、興味・関心を基にしたターゲティング、過去に広告主のサイトに訪問した人を対象にしたリターゲティングなど、広告の目的別にそれぞれプライバシーを考慮した手法が開発されている。

クッキーでは何がどこまで追跡されているかわからない状態だったが、今後は目的ごとに本当に必要なデータだけを使えるようにするのが狙いだ。

クッキー自体はよい技術だと思うが、(個人を追跡するという意味では)やりすぎている側面もあった。

だからグーグルでは2020年、2年間かけてサードパーティークッキーの利用を禁止すると発表した。

今のところサンドボックス の進捗にはとても満足している。 

 

――新たな手法の中でも、「FLoC(Federated Learning of Cohorts、コホートの協調機械学習)」と呼ばれる仕組みが広告業界でも注目を集めています。 

この技術はまだ開発途上ではあるが、提案段階の内容を説明したい。

FLoCはユーザーの興味・関心を基にしたターゲティングの仕組みだ。

ブラウザークローム内の機械学習アルゴリズムが、似たような閲覧履歴のあるユーザーを大きなコホート(集団)にまとめる。そして広告主は特定の集団に最適な広告を選んで配信する。

ターゲティングの対象として個々人は認識せず、あくまで大きなくくりで見ている。

閲覧履歴のデータ自体はブラウザーの中にとどまり、外部に送られるのはどのコホートに分類されているかという情報だけだ。

例えばあなたが(韓国の)現代や起亜、日本の三菱といった自動車ブランドのウェブサイトを見ていたとする。この閲覧履歴によれば、車が好きな人、あるいは車の購入を検討している人と分類され、そうした人が集まるコホートに入る。コホート内の人数が1000人以上に達すると、実際にターゲティングに使われるものになる。

ただ、そのコホートに車好きの人が集まっていることは、広告主にはわからない

各コホートには例えば「513」のような番号が振られる。車の広告を配信したい広告主がさまざまなコホートに広告配信を試し、クリック率が高いことがわかれば、初めてそのコホートがターゲティングすべき対象だとわかる。これも個人を特定しないことを担保する仕組みだ。 

アルゴリズムは4月に予定されているクロームのアップデート時に一部のユーザー向けに配信される予定だ。

サードパーティークッキーの廃止はあくまで2022年なので、そこから段階的に対象ユーザーや地域を広げながらテストしていく。

* 閲覧履歴は誰の手にも渡らない

――例えばあるユーザーが何十個ものコホートに分類されれば、たとえ1つひとつのコホートの人数が膨大でも、個人像が浮かび上がってくることはありませんか。

 それはない。なぜならユーザーは一度に1つのコホートにしか入らないからだ。

コホートが更新されるのは1週間ごと。ある1週間は車が欲しいと思っていても、やはりいい投資ではないし、駐車場も持っておらず、単に車で一度旅行したかっただけだと自覚する。車が欲しいのではなく旅行に行きたいと考え、それについて調べ始める。すると(次の1週間で閲覧履歴が変わり)あなたは、旅行好きが集まる別の「123」番のコホートに移る。 

プライバシーを考えるうえで重要なのが、このコホートの仕組みブラウザーの設定でオフにできるということだ。

広告のパーソナライズは便利だと思うときもあれば、そうでないときもある。

最近娘の誕生日があったが、誕生日プレゼントに関する広告が多く表示されていた。ただ誕生日が終わればその広告は関連性が薄れてしまう。

 

――リターゲティングについてもサードパーティークッキーが使えなくなることの影響は大きいですが、どんな手法が検討されているのですか。

これについてもクッキーがどこまでも追いかけてくるのではなく、すべてブラウザー内で処理されるようになる。

例えば私が自転車店を経営しており。店のウェブサイトにアクセスしたことがある人に、リターゲティングで再度広告を配信できるようにしたいとする。

 (これまではサードパーティークッキーによって訪問者リストを作っていたが、)新たな手法ではユーザーのブラウザー内に記録が残る。ユーザーが広告枠のあるサイトを訪問した際、その記録を基にリターゲティング広告を配信できる。広告単価や表示する内容を決めるオークションもすべてブラウザの中で行われる。閲覧履歴などのユーザーの情報は誰の手にも渡らない。

 

――クッキーが使えなくなると、膨大なユーザーデータを持つグーグルこそが広告業界において有利になるという声もあります。 

われわれも広告にはクッキーを使ってきたので、今回の決定による影響は避けられない。

だからこそ、業界全体が今後2年の間によいソリューションを見いだせるように準備し協力するために、練りに練ったアプローチを発表した。実際、各社と協力しフィードバックを得ながら、サンドボックス のさまざまな取り組みが進んでいる。

1年後にどのような状況になっているかはまだわからないが、プライバシーと広告効果が両立し始めている現状には満足している。

 広告主にしても、広告配信面を持つパブリッシャー(メディア)にしても、サードパーティークッキーを通して得たデータではなく、今後はファーストパーティーデータ(IDや登録情報など直接保有するユーザーのデータ)がより大きな価値を持つようになる。

それは(どこで取られているかわからないデータではなく、)広告主とユーザー、メディアとユーザーの信頼関係の上に成り立つものだ。ユーザーとよい関係を築く企業がポストクッキー時代の恩恵を受けることになる。

 

――広告でプライバシーを守ろうとする動きは、ヨーロッパのGDPR(一般データ保護規則)などのデータ規制に対応したものと考えることもできます。 

そのようには考えていない。グーグルはプライバシーの重要度が高まる以前から、アカウントの設定やプライバシーポリシーをわかりやすくするなどの取り組みをしてきた。

ユーザーの期待値が上がり、テクノロジーが進歩するにつれて、ごく自然に、データがどのように集められて使われるのかについて、もっと意識を高めないといけないと考えるようになってきた。

大手の広告主や広告代理店とも話してきたが、とてもよいフィードバックを受けている。彼らも消費者との信頼関係の重要性をわかってくれている。

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