中小製造業が進むべき方向性とは


2022年01月17日  更新

[小川真由/小川製作所,MONOist]

日本は1990年代の経済が強く物価水準の高い国から、長い停滞を経て凡庸な経済水準で中程度の物価水準の国へと立ち位置を変化させてきたという点です。その中で、日本企業は、付加価値よりも利益を、労働者よりも株主を、事業投資よりも金融・海外投資を優先する変質を遂げてきました。さらに、企業の中でもグローバル化を強く進める大企業に対して、国内経済の主役ともいえる中小企業の生産性や給与の水準が低いという実態も見えてきました。

それではこの先、中小製造業はどのような方向性を目指していくべきなのでしょうか。

「多様性の経済」という価値の軸に、統計的事実から中小製造業の進むべき方向性について考えていきたいと思います。


* 特異な日本製造業の変化

 われわれ中小製造業の今後の方向性を考えていくに当たって、まずは現在の日本経済の状況を産業別に可視化するところから始めてみましょう。

図1 (日本の活動別GDPの変化量相関図。実質値は2015年基準  出所:「内閣府 国民経済計算」を基に筆者が作成 はGDP(国内総生産)活動別の変化量を相関図としてまとめたものです。横軸は名目GDPの変化量、縦軸は実質GDPの変化量です。

1997年から2019年の変化量を、産業ごとにプロットしています。バブルの大きさは、各産業の2019年における名目GDPの大きさを表しています。 

各産業の名目GDPと実質GDPが成長(+)か縮小(-)かという(縦軸、横軸)と、物価が上がったか下がったかという(緑色)で区分される6つの領域があり、それぞれの産業がどのような変化をしたのかが一目で分かります。

名目GDPが成長するということ(右側の領域)は、その産業の活動をお金の尺度で測った時に経済規模が拡大していることを意味します。一方で、実質GDPが成長するということ(上側の領域)は、その産業の産出物の数量的な規模が拡大していることを意味します。通常の経済成長とは【①】の領域であることは理解できると思います。

つまり、名目GDP成長していて、実質GDP物価上昇分だけ目減りしながらも成長している状態ということですね。

日本の場合は【①】の領域に存在する産業は「運輸・郵便事業」くらいで、さらにほとんど成長していません。

一方で、成長している産業は「専門・科学技術・業務支援サービス業」「保健衛生・社会事業」「不動産業」などですが、物価は下がっていて【②】の領域で止まっています。

その他の産業を見てみると、名目GDPの縮小している【④】、【⑤】、【⑥】の領域に位置しています

特に最大産業である「製造業」が、【④】の特異な位置に存在するのが何よりも特徴的ではないでしょうか。 

製造業が位置する【④】の領域は、名目GDPがマイナスで、実質GDPがプラス、物価がマイナスの領域です。つまり、販売価格を下げて(物価マイナス)、数はたくさん作る(実質GDPプラス)けど、元の経済規模から縮小(名目GDPマイナス)しているということを意味しています。大量に安く作るけれども、経済活動が縮小しているという状況ですね。

* 「多様性の経済」とは

日本は今後も人口が減少していくことがほぼ確実です。

そのため、人口が増えていくことを前提にした経済成長の在り方は通用しなくなっていきます。

一方で、人口が減っていっても、1人当たりの生産性や所得水準を上げていき、一人一人がより豊かになっていく経済の在り方は実現可能なはずです。この方向性に向けて、私たち企業ができることは、今までの「規模の経済」一辺倒の経済観を改め、「多様性の経済」を少しずつ育んでいくことではないかと考えています。

ここであらためて規模の経済と多様性の経済の説明を試みたいと思います。

「規模の経済」は、資本や労働者を集約し、生産の効率化を図り、安価に大量にモノやサービスを生み出し成長していく経済観です。大量に生産し販売するほど、原価に占める固定費や開発費の割合が下がり効率化されていきます。

また、大規模に安価なものを生み出すために、効率的な仕組みを構築します。

このような経済観の中で、労働者は「より安価な労働力」であることを求められがちです。そして、常に大量に消費するより大きな「市場」を求めていきますので、必然的にグローバル化が進んでいき、世界規模での競争にさらされていきます。

製造業では特に、このような規模の経済が重視され、流出一方のグローバル化が進んできたことは 第7回で取り上げた通りです。規模の経済の下では、一定品質のモノやサービスが安価に入手できますので、消費者としては恩恵を受けます。

一方で、日本においては、その消費者でもある労働者は貧困化していきますので、購買力は下がっていきます。

現在の日本では「消費者の購買力=需要」と「モノやサービスの供給量」が釣り合っていません。

大規模化して大量に作るほど自働化が進み、労働力が不要になるジレンマも抱えています。

このように需要が増えないところで規模の経済を追っても、行き詰まるだけです。

これまで見てきた日本の停滞を表す統計データや、図1の製造業の立ち位置を見ても明らかではないでしょうか。

付加価値の高い仕事でも、規模の経済の価値観に引っ張られて、必要以上に安くしてしまっているビジネスも多いと感じています。

これに対して「多様性の経済」は、ニッチな分野で多品種少量の多様性のあるモノやサービスを、適正価格で生み出していく経済観です。目先の利益を追うよりも、労働者の生み出す仕事の価値=付加価値を重視します。

規模の経済では安定した品質レベルの代わりに、画一化が進みますので、その事業領域の隙間は広がっていきます。

際にビジネスをしていれば、ニッチな分野で、高付加価値な領域が非常に多いことに気付いている方も多いのではないでしょうか。このような領域でこそ「ある特定分野で強みを持つ中小企業」が存在感を発揮し、適正付加価値でビジネスが成立しやすいのではないかと考えます。

実際に日本でも生産財などの特定領域で強みを持つ企業は多く存在しています。

ただし、この多様性の経済が適用できるのは、その分野で突出した強みのある製品や技術を持つ企業だけです。

当然、誰でもできる仕事というわけではありませんので、労働者への訓練や技術投資が必要となります。

つまり、「人材や技術への投資」が必要となり、労働者はコストというよりも、付加価値を稼ぐための「投資対象」だといえます。人材投資により労働者の稼ぐ付加価値を増やせば、その成果に応じて対価(=給与)も増やしていくことができます。

の労働者は消費者でもありますので、給与所得の増えた消費者は当然消費を増やしていくことになり、望ましい経済成長の在り方へとつながっていきます。

規模の経済と多様性の経済は、このように役割や領域が異なる経済観となります。

どちらがよいというわけでもなく、役割分担しつつ、バランスを取っていくことが重要です。 

表1(「規模の経済」と「多様性の経済」の比較) に両者の特徴をまとめてみます。

日本国内では中小零細企業が労働者の7割を雇用し、まさに経済活動の主役だといえます。ただ、中小企業経営者の思考が「規模の経済」一辺倒になっているような状況に危惧を覚えます。

本当は「多様性の経済」に属するビジネスのはずなのに、「規模の経済」の価値観に引きずられて自ら価格競争をしているケースはさまざまなところで目にするのではないでしょうか。

消費者の購買力が下がっていて「安くないと売れない」という企業側の事情も分かりますが、消費者でもある労働者を安く雇用しているのも企業です。

この「自己実現的な経済停滞」を打破していくには、企業自身が変化していく必要があるのだと考えます。

現在は、国内のビジネスで「規模の経済」と「多様性の経済」がうまく切り分けられおらず、ごちゃまぜの状態になっているように感じます。もちろん個々の企業で中小製造業として置かれている立場も異なってきますが、うまく「多様性の経済」の考え方を取り込めるところから進めていってはどうでしょうか。

国内経済を基盤として、企業と家計が連動して成長していく「通常の経済」を取り戻していく方向性として、私たち中小企業(特に製造業)が「多様性の経済」という軸を重視し、国内で循環して成長できる経済へと生まれ変わっていくことが必要だと考えます。

短期的な利益を追うと「合成の誤謬(ごびゅう)」によって国内経済が収縮してしまいますが、長期的に付加価値を増やしていくことを考えればゆっくりと国内経済も成長していけると見ています。

自社のビジネスの付加価値を上げ、従業員への対価を上げていくことは、長期的に見れば継続的な利益を生み続ける最も「合理的な企業活動」だといえるのではないでしょうか。多くの企業経営者がこの考えを共有できれば、「合成の誤謬」も回避できるように思います。 それを実現する力を持っているのが、経営者が長期的視野で意思決定し、利益よりも付加価値を、株主よりも労働者を重視できる「中小企業」であると信じています。

* 中小企業こそ日本経済転換の要

本連載の冒頭でも申し上げましたが、筆者は経済学者でも経済評論家でもありません。

単なる中小製造業(町工場)の経営者です。「中小企業が『多様性の経済』に向かうことが日本経済復活に貢献する 」という結論に対して、何ら経済学的な裏付けはありません。

また、マクロ経済の停滞には、個々の企業の努力は無力で、マクロ経済政策によってのみ改善できる、といった意見もあると思います。ただ、われわれ企業経営者は、政治が変わってくれるまで待つことはできません。

その間に、経営環境は悪化し、ますます困窮していくからです。

企業経営者が目先のビジネスを回すのに精いっぱいであることは、筆者自身も当事者としてよく分かっているつもりです。

相対的デフレ期による事業環境の悪化が続く中で、多くの中小企業経営者が自信を無くし、値段を下げることで仕事量を確保し、自身の給料を削ってまで会社を存続させている姿を、筆者も多く見てきました。

「ジリ貧」という言葉がしっくりくるような経営をしている企業が多いのが実態だと思います。

企業の内部留保が問題視されがちですが、リーマンショックやコロナ禍を経験する中で、企業として生き残っていくために一定以上の資金を留保しておくことはもはや「処世術」となっています。

企業も生き残るために、なりふり構っていられない状況ともいえるでしょう。

それでは、このままジリ貧で日本が衰退していくのを、流されるまま待っていればよいのでしょうか?

われわれ中小企業経営者は、日本で500万人以上いるとされています。

その経営者の意思決定が労働者の7割を左右するという非常に大きな力を持っているわけです。

中小企業は事業承継が課題とされていますが、既に事業承継を済ませて大きく伸びている中小企業が多いことも事実です。

これらのうまくいっている企業を観察すると、まさに「多様性の経済」を重視した経営をしているところが多いことに気付きます。

それらの企業は、従来の値付け感を適正化し、取引する顧客や商材を見直し、顧客との関係性をより対等に変化させています。

むしろ、供給側が発注側を選んでいるような領域も増えてきました

「多様性の経済」を軸としたビジネスに切り替えている企業も増えていると感じています。

日本が停滞している間、世界は大きく変化しています。

日本国内でも、若い経営者を中心に高付加価値な事業への転換が進みつつあります。

いつまでも数十年前のやり方を引きずり、国内で安値競争をしている場合ではありません

われわれ企業経営者が、足並みをそろえて行動変容したならば、日本経済を転換し得る大きな力となるのではないでしょうか。

今まで共有させていいただいた多くの経済統計のデータと、現在の日本の特殊な状況を鑑みれば、この「多様性の経済」を実践する企業経営への変化は、1つの大きな転換の軸になると考えます。

 

本稿を読まれた皆さんはどのように考えますか。

筆者も一当事者として、この「多様性の経済」の考えで、自分たちにしかできないニッチな仕事を実践しているつもりです。

ぜひ多くの経営者の皆さんにご賛同いただき、仲間が増えていけばと願っているところです。


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