メタバース(仮想空間)ビジネスを俯瞰


2021/09/03

フリーライター 翁長潤

 

メタバース(仮想空間)ビジネス ~ 参入メリット、法的論点、事例も

巣ごもり需要が急増する中、インターネット上に構築され、参加者同士の交流が可能な3次元の「仮想空間」の利用が浸透している。ときに「メタバース」とも称され、代表的な例では、『あつまれ どうぶつの森』が挙げられる。本稿では、経済産業省が2021年7月に発表した「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」の実施結果を取りまとめた報告書および、調査分析業務を担当したKPMGコンサルティングがメディア向けに説明した内容をもとに、今新たなトレンドとして来ている「仮想空間ビジネス」の可能性と現状の課題などをまとめた。

* 仮想空間とは? 定義と市場規模を解説

 経済産業省の「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」は、2020年12月から2021年3月にかけて実施された。仮想空間ビジネスにおける経済圏の拡大に向けた業界が抱える政治的課題を主対象とし、xRやデジタルコンテンツ領域に造詣が深い弁護士や学識者、仮想空間ビジネスを展開する事業者などの有識者へのヒアリングを行った。

それらを基にビジネス展開における課題の整理やその解消に向けて実施可能な取り組みが検討された。

 同調査では、VR(Virtual Reality)/MR(Mixed Reality)、AR(Augment Reality)などを総称するxR技術の内、VRの範囲に含まれる「多人数が参加可能で、参加者がアバターを操作して自由に行動でき、他の参加者と交流できるインターネット上に構築される仮想の三次元空間」を仮想空間と定義する。

一般の消費者にも有名な仮想空間といえば、『あつまれ どうぶつの森』やバーチャルSNS「cluster」を活用したバーチャルイベントなどが挙げられる。

 KPMGコンサルティング Technology Media Telecom セクター担当Managerである岩田 理史氏によると「仮想空間の活用ビジネスは今後の成長が見込まれている。そこに存在する課題を整理することは、産業推進の観点でも非常に重要になる」と述べている。

 仮想空間の市場規模について、具体的な数値は示されていない。

しかし、IDC Japanが2019年に発表した「AR/VR関連の世界市場予測」では、ハードウェアとソフトウエア、関連サービスを合計した支出額は2018年の89億ドルから2019年は168.5億ドルに急伸し、2023年に1,606.5億ドル(約17兆3,000億円)に達すると予測。「仮想空間はVRに包含されるので、その市場規模は今後も拡大すると見込まれる」と岩田氏。




* 仮想空間の活用ビジネスに参入するメリット

 事業者が仮想空間の活用ビジネスに参入するメリットとは何か?まず、岩田氏は仮想空間を利用するメリットとして「場所・空間、人数等の物理的な制約がない」「非現実的・非日常的な体験」「他者と気軽に交流できるコミュニティ」の3点を挙げた。その上で、仮想空間を活用する目的として「新規事業」「マーケティング」「生産性向上」があると説明する。 

 また、現状における仮想空間内のビジネス活用は「仮想空間内で自社サービスを提供する」「仮想空間をプラットフォームとして提供する」の2種類に分類できるという。特に仮想空間を提供するプラットフォームの登場によって、ゲーム以外の事業者も仮想空間の活用が容易になってきたと説明。 そこから発展したビジネス形態に位置づけられるのが「メタバース」だ。

KPMGコンサルティングでは「プラットフォームとして提供された仮想空間で、医療や教育などのさまざまなサービス・コンテンツを提供できる」形態をメタバースの定義としている。


* 仮想空間ビジネスに存在する多様なステークホルダーたち

 仮想空間のビジネス利用では、さまざまなステークホルダーが登場する。

たとえば、消費者に直接サービスやコンテンツを提供する「サービス提供者」、サービス提供者に仮想空間を提供する「アプリケーションプラットフォーマー」(Unity)、さらにアプリケーションの開発環境を提供する「インフラプラットフォーマー」(Amazon、Google)などの仮想空間を利用する直接的なステークホルダーがいる。

 その他にも仮想空間の構築を支援する間接的なステークホルダーとしては「デバイスメーカー」、提供コンテンツの「企画者」「IPホルダー」などが存在する構造となっている。

 

* 仮想空間ビジネスの実施時に留意すべき法的論点

 調査分析事業の報告書では、仮想空間ビジネスにおいて、各ステークホルダー間で発生する問題と法的リスクを明らかにし、その対応方針を整理。また、事業者が仮想空間ビジネスに参入する際の留意点がまとめられている。

 ここからは、仮想空間を活用したビジネス実施時に留意すべき法的論点について触れていこう。

まず、仮想空間を活用したビジネスにおいては「仮想空間内に適用されるルールは、ステークホルダー間で締結した契約に原則基づく」ことが基本的な考えとなる。ただ、岩田氏は「契約に記載がなくても発生する債務、契約に記載されていても法律の情報が優先される強行法規が存在する」と説明。その具体例として「独占禁止法」「消費者保護法」などを挙げ、事業者が仮想空間のルールを設計する際は、これらの点を留意すべきと述べた。

 また、今回の調査事業の有識者のヒアリングを通じて、契約に基づかない又は制限が発生する債務の主要な法的論点は5つに集約した。たとえば、個人間取引プラットフォームにおける債務や仮想空間プラットフォームビジネスに適用される各業法は、既存のITビジネスでも議論されているような論点だという。

 

* 現行法では難しい「仮想オブジェクトの権利や経済的な価値の保護」

 さらに、仮想オブジェクトに対する権利の保護については「仮想空間内に作ったオブジェクトには著作物性は認められているが、所有権や占有権といった物権性は認められていないことがポイントだ」と述べた。

 しかし、現実にはブロックチェーン技術を用いたゲーム内の土地が約1億6,000万円、シューティングゲーム『カウンターストライク』の武器が1,400万円で売買が成立したケースや、多くのユーザー数を獲得している人気VTuberが登場するなど「仮想オブジェクトの価値は非常に高まっている」と現状を分析した上で、「仮想オブジェクトの権利保護について今後発生し得る課題に対応するためには、現行法だけでは課題がある」と述べる。

 既存の著作権構成による仮想オブジェクトの保護では、仮想空間利用者が所持する仮想オブジェクトの保護が不十分となる可能性がある。また、仮想空間内で作成された人気キャラクターなどのオブジェクト所有者の経済的な価値の保護が難しい点があると指摘する。

  現在は、所有権を証明する「NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)」技術も登場しているが、岩田氏は「技術的な保護対策だけでは、消費者が仮想空間ビジネスにとどまり続けることは難しい。一定の法律的な保障があった方が経済の活性化につながるのでは」との見解を示す。

 また、事業者側も契約などで禁止事項を明記するとともに侵害行為の発生時に適切な対策を講じなければ、サービスの差止めや損害賠償を請求される可能性があると強調した。


* 仮想空間ビジネスで事業者が直面し得る「12の問題点」

 岩田氏は「仮想空間を活用したビジネスは黎明期であるため、ビジネス事例は少ない。既存のビジネスを参考に発生し得る問題を整理することは、仮想空間ビジネスを展開する上で重要だ」と述べる。

 調査事業報告書には、ゲーム、バーチャルSNSプラットフォームに加えて、コンテンツ配信型プラットフォーム、SNS、アプリケーションマーケットなどの5種類のプラットフォームビジネスの事例を調査し、既存のプラットフォームビジネスの仮想空間への適用可能性を検討した結果も掲載されている。

  さらに、仮想空間ビジネスにおいて事業者が直面し得る問題を12種類に分類。事業者がこれらの問題を認識して適切に対応しなければ、法行為責任に基づく損害賠償の請求の可能性や、プロバイダー責任制限法出会い系サイト規制法などの各種法令に抵触する可能性があると指摘する。


仮想空間ビジネスで発生し得る問題への対応策を4つの視点で整理

 仮想空間ビジネスを展開するためには、適切に法的な対策を講じなければ多くのリスクを伴う。

それらにはどのような対応策が考えられるのだろうか。

岩田氏は米国の憲法学者であるローレンス・レッシグ氏が説く、人々の行動を制約する4つの規制手段で整理できるという。

 4つの観点とは「法」「規範」「市場」「アーキテクチャー」のことだ。

岩田氏によると「最終的には法規制でコントロールできるが、それだけではイノベーションを阻害してしまう恐れがある」という。事業者は自主ルールガイドラインを策定して規範的な対応を実施することや、アーキテクチャーという技術的な対応で防ぐ必要性があると説明する。 

また、「仮想空間市場はまだ黎明期であり、市場原理に基づいたコントロールも難しいと考えるが、優れた規格や仕組みができれば強力にコントロール可能だ」との見解を示す。その一例として、YouTubeにおける著作権管理ツールContent IDを挙げた。

 仮想空間ビジネスで発生し得る問題や事例・対応策の例については、経済産業省のHPでその詳細 が公開されている。

より詳しく知りたい事業者はぜひ一読することをおすすめする。


* 仮想空間ビジネスの「キャズム超え」の実現に必要なこと

 調査事業報告書では、有識者ヒアリングから得た仮想空間ビジネス市場拡大に向けた課題を「政治的要因」「経済的要因」「社会的要因」「技術的要因」に分類している。

具体的には「法/ガイドラインの整備」「VRヘッドマウントディスプレイの低価格化・マネタイズ」「xR領域の技術者・キラーコンテンツの不足」「xRの仕様の標準化・VRデバイスのユーザビリティの向上」などが挙げられている。

 岩田氏は「現在の仮想空間市場は、主にリテラシーの高いユーザーが利用する初期段階であり、ユーザー数も多くないため、ビジネス活用も限定的」と指摘する。

今後の市場拡大においては「キャズム(広く普及するまでに存在する大きな溝)を超えて一般消費者まで利用が拡大させていくことが重要だ」と述べた。

  また、メインストリームに乗せるためには、市場拡大を阻害する課題を「需要面」「供給面」の2つに分解して解決していくことを強調した。

  需要面では「ニワトリが先か、卵が先かの関係ではあるが、寡占的なVRデバイスの改善やキラーコンテンツなどで一般消費者の利用増加を促すことが大事だ」と説明する。

一方供給面では「xR領域に必要な各種要素の設計などを担う技術者や業界知見を持ちビジネス企画ができる人材不足を解消することが解決につながる」と説く。

  さらに「デバイスの普及、キラーコンテンツの登場などを解決するための課題もあり、デバイス、コンテンツともにブレイクスルーが必要。ブレイクスルーが発生しない場合は、AR/MRのスマートグラスなどの一般消費者のライフスタイルに訴求しやすいサービスを普及させて徐々にVR領域へ浸透することで市場が拡大できる」との展望を示した。 

 事業者ヒアリングを基に、行政に期待する点として「市場拡大に関する支援」「事業者への直接的な支援」「ルールメイク」に整理できると紹介。

「黎明期の市場であるため、市場拡大に関する支援を優先的に検討すべきだ」と見解を述べた。 

 岩田氏は、事業者への直接的な支援として「2025年日本国際博覧会」(大阪・関西万博)を挙げ、「新技術を活用できるような絶好の場。資金面や企業連携などの仕組みを整備してスタートアップが活躍できるような支援も必要だ」と語った。



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