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女王シロアリの最期はあまりにあっけなくむごい

卵を産めなくなった女王シロアリが迎える最期とは?

君臨しても「卵を産めなくなったらサヨウナラ」

稲垣 栄洋 : 静岡大学農学部教授

2022年01月20日

 生き物たちはみな、最期のその時まで命を燃やして生きている──。

 数カ月も絶食して卵を守り続け孵化(ふか)を見届け死んでゆくタコの母、成虫としては数時間しか生きられないカゲロウなど生き物たちの奮闘と哀切を描いた『文庫 生き物の死にざま』からシロアリの章を抜粋してお届けする。



 * シロアリの女王の仕事は卵を産むことのみ

シロアリという名前であるが、実際にはアリの仲間ではない。

アリは昆虫の中では進化したタイプであるのに対して、シロアリは、3億年前の古生代から今と変わらない姿をした「生きた化石」と呼ばれるほどの古いタイプの昆虫である。

シロアリはゴキブリ目に分類されていて、アリよりもゴキブリに近い昆虫なのである。

シロアリは、1匹の王である雄アリと女王アリのつがいと、オスとメスからなる働きアリや兵隊アリでコロニーを作る。

そのコロニーは、種類にもよるが数十万匹から100万匹を超えるような巨大な集団となる。

女王アリの仕事は卵を産むことである。女王アリ以外のメスのアリは卵を産むことができない。

女王アリは、日々たくさんの卵を産んでいく。その卵からかえった働きアリたちは、かいがいしく働き、王国のために尽くすのだ。もちろん、女王アリが、自ら餌を集めたり、部屋の掃除をする必要はない。

働きアリたちが餌を食べさせてくれるし、部屋の掃除や排泄(はいせつ)物の世話さえしてくれる。

女王が産んだ卵からかえった幼虫の世話も働きアリの仕事だ。

女王アリは何もする必要はない。ただ、卵さえ産んでいればいいのだ。

働きアリが、数年の寿命であるのに対して、女王アリは10年以上も生きることが知られている。

長いものでは数十年生きる女王アリも発見されているというからすごい。

昆虫の寿命は長くても1年以内のものが多いから、シロアリの女王アリは、もっとも長寿な昆虫と言われているほどだ。

もっとも、女王アリは、多くの卵を産むために腹部を発達させているので、体が重く、活発には動けない。

しかし、それでもまったく問題はない。身のまわりのことはすべて働きアリがしてくれるのだから。

まさに女王にふさわしい高貴で優雅な生活だ。

1匹の女王アリは、1日に数百個もの卵を、1年中休むことなく毎日産むのである。

単純計算でも、年間何万匹もの働きアリを産むことになる。

こうして、女王から生まれた働きアリたちによって、巨大な王国が作られているのである。

シロアリのように役割分担を決めた社会を作り出す生物は、「真社会性生物」と呼ばれている。

働きアリは、巣のために働くという役割のみが、兵隊アリは巣を守るという役割のみが、そして、女王アリは卵を産むという役割のみが与えられているのである。

1匹の生物が、巣を守り、餌を獲り、子孫も残すというすべてをこなすのは大変である。

巣を守れなくても死んでしまうし、餌を獲れなくても死んでしまう。もちろん、子孫を残せなければ、自らの血を絶やしてしまうことになる。

そこで、シロアリなど社会性を持つ生き物は、大きな集団を作り、役割分担をして集団を守るという戦略を発達させたのである。個人事業主ではなく、組織化された大企業を目指したのである。

 

* なぜ子孫を残さない働きアリは巣のために尽くせるのか

しかし、不思議なことがある。

すべての生き物にとって、子孫を残し、自らの遺伝子を次の世代につなぐことは重要である。

それなのに、どうして働きアリたちは、自らは子孫を残さずに、巣のために尽くすという使命に従っているのだろうか。

女王アリから生まれた働きアリたちは、すべて血を分けた、自らと同じ遺伝子を持つ兄弟姉妹である。

そして、その兄弟姉妹たちによって巨大な王国が築かれている。

つまり、兄弟姉妹で構成された巣を守ることは、自らの遺伝子を共有するものを守ることになる。

やがて、自分たちの兄弟姉妹から新しい王や女王が誕生すれば、生まれた子どもたちは、甥(おい)っ子や姪(めい)っ子にあたる。つまり、自らの遺伝子を引き継ぐ甥や姪が次々に生まれていくことになるのだ。

何も自分で子孫を残さなければ遺伝子を残せないわけではない。

兄弟姉妹を守ることが、結果的には自らの遺伝子を残すことになるのである。そのため、働きアリたちは、黙々と働き続けるのだ。

シロアリは、一般に、家屋の基礎部分などの腐った木の中に巣を作り、その木材を餌にする。

そのためシロアリの働きアリたちは、腐った木の中に築かれた王国の中で安心して仕事ができる。

しかし、この生活には1つだけ、問題がある。

木の中に棲(す)みながらその木を食べているのだから、部屋の壁や天井を食べ尽くせば、棲む部屋がなくなってしまうのだ。そのため、シロアリは、今の住まいとは別の箇所の木材を食べて新しい部屋を作りながら、古い部屋は食べて片づけ、新居に移動しなければならない。

働きアリは自分の足で簡単に移動できる。しかし、女王アリはそうはいかない。巨大な腹部を持つ女王アリは、自力では移動できないのだ。

女王アリは、働きアリたちに運んでもらわなければならないのである。

しかし、このとき女王アリに恐怖が訪れる。

働きアリが、女王アリを連れて移動するとは限らないのだ。「女王」とは言っても、彼女に働きアリへの命令権はない。

働きアリは、自らのために女王アリの世話をしている。女王アリを連れていくかどうかは、働きアリたちが判断するのだ。

女王にとって働きアリが働くマシンであるならば、働きアリたちにとって女王アリは、いわば卵を産むマシンでしかない。

卵を産むことだけが、女王の価値なのだ。シロアリの巣の中には、女王が死んだときのために副女王アリが控えている

 

* 産む能力の低くなった女王アリは容赦なく捨てられる

卵を産む能力の高い女王は、当たり前のように働きアリたちに連れられて新しい部屋へと運ばれてゆく。

しかし、もし、卵を産む能力が低いと判断を下されれば、働きアリは、女王を運ぼうとはしない。

運ぶ価値がないという烙印(らくいん)を押されてしまうのだ。

そして、副女王アリが、新しい女王の座につく。こうして何事もなかったかのように王国は維持されていくのだ。

働きアリは休むことなく、女王の世話をし続けてきた。女王アリは休みなく卵を産まされ続けてきた。

働き続ける働きアリと卵を産み続ける女王アリ。働かされているのは、本当はどちらなのだろうか。

歳をとり、卵を産む能力の低くなった女王アリは、働きアリたちに見向きもされず、容赦なく捨てられていく。

もしかすると、女王の地位に君臨した女王アリは、働きアリを憐れんでみたことがあったかもしれない。

しかし今や、働きアリは年老いた女王アリを憐れむことさえなく、置き去りにしていく。

卵を産むために生まれ、卵を産み続けてきた女王アリ……

彼女は歩くことはできない。誰かが運んでくれなければ移動できないのだ。

しかし、もう誰も戻ってはこないだろう。もう誰も餌を運んでくることはないだろう。

たくさんの子どもたちを産んだ思い出の詰まった古い部屋に、彼女だけが置き去りにされていく。

それが女王である彼女の最期なのである。

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