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「CES」で見えた「ソニー電気自動車参入」の本気度

 ソニーグループ会長兼社長CEOの吉田憲一郎氏は1月4日、アメリカ・ラスベガスで開催された「CES 2022」でSUV型コンセプトEV「VISION-S 02」を発表した(写真:ソニーグループ)

 吉田社長が重視してきた「人に近づく」の真意

本田 雅一 : ITジャーナリスト

2022年01月12日

アメリカ・ラスベガスで開催されたテクノロジー見本市のCESで1月4日、ソニーグループ会長兼社長CEOの吉田憲一郎氏は電気自動車(EV)産業への参入を本格的に検討開始すると話した。

ソニーグループは2年前にセダン型のコンセプトEV「VISION-S 01」を発表していたが、今回のCESではSUV型コンセプトEV「VISION-S 02」を展示、今春にソニーモビリティ株式会社を設立すると発表した。

この発表を受け、ソニーグループ株は一時およそ5%も上昇した。現在は発表前のレベルに戻っているが、EVへのソニー参入は大きなインパクトを残した。

 実際にソニーのバッジをつけた自動車が販売されるまでには、まだしばらくの時間がかかるだろう。しかし、それ以外の展示にも目を向けると、「電機メーカーが本業だったソニーグループが自動車メーカーとして競争力を持てる時代」という産業イノベーションとして視点以外にも、さまざまな形で“ソニーグループの進化“が顕れている。

吉田氏は社長に就任以来、「ソニーの存在意義は何か」について深慮していると話してきた。

積み上げてきた技術やノウハウが、どのような形で活かせるのかを、これからの社会に適合する形へと変えていく。

うした本質的な領域でのソニーの再構築を進めていた。 

2018年の社長就任からすでに5年近く。取り組んできたソニー再構築の成果が、現れ始めている。



 * 見つめ直した「顧客との距離感」

2021年4月にソニーからソニーグループへと社名変更し、ソニーの名称はエレクトロニクス専業の子会社に引き継がれた。

この発表を昔からのソニーファンは寂しく感じたかもしれないが、エレクトロニクス事業を軽視しているという訳ではない。

組織変更の意図は、グループ内にさまざまな形で存在する事業価値を同列に並べ、事業間のシナジーを促す目的だった。

ゲームや音楽、アニメといったコンテンツ事業の利益貢献が大きくなっているソニーグループだが、そうした表層に現れる部分ではなく、社会あるいは産業の中における「パーパス(存在価値)」を模索してきた。

中でも吉田社長が重視してきたのが、「人に近づく」ということだ。筆者自身、吉田社長に取材し始めた頃は、その解釈に戸惑った記憶がある。

吉田社長の言う「人に近づく」は、ケースバイケースで異なるニュアンスが含まれるが、コンシューマーやクリエーターなど、ソニーの顧客たちにソニーの側から近づいていくことだ。 

一方で現在のソニーグループの事業は多様化し、映画やドラマ、音楽、金融商品、ネットワークサービス、ゲームコンテンツなどソフトウェアの領域が大きくなっている。ハードウェアに関しても、サービスとの連動やソフトウェアやサービスによってパーソナライズ(個人の嗜好に合わせた調整、カスタマイズ機能)されるのが当たり前の時代だ。

ソニーグループが内包する技術やノウハウを見つめ直し、これからの社会に適合するように再構築し、顧客にとってより身近で心地よい体験価値とする。

そんな顧客との距離を縮めるための組織改革だったとも言えるだろう。

その効果がわかりやすい形で顕在化したのが、CESでの発表に現れているといえそうだ。

 

* エンタメ分野ではすでに成果も

エンターテインメントのジャンルでは、すでに成果は出始めている。

吉田社長は2年前、ソニ―の存在意義として「クリエ―ティビティ―とテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というテーマを掲げていた。

「Crystal LED」は、RGB各色のLEDを整列させ、個別に発光を制御する。パネルを多数並べることで巨大ディスプレーを構成できる。

みなとみらいの資生堂グローバルイノベーションセンター(S/PARK)に設置されたCrystal LEDは等身大の登場人物や動物などが登場する巨大なものだが、CES 2022にはS/PARK設置ディスプレーに迫る縦5メートル、横12メートルの巨大ディスプレーが設置された。 

CESで展示された、Crystal LEDを用いた映像制作環境「バーチャルプロダクション」(写真:ソニーグループ)

製品の販売や設置サービス、コンテンツ制作などだけならば、従来の事業と変わらない。

しかしソニー・ピクチャーズのイノベーションスタジオが開発したバーチャルプロダクション技術を組み合わせると、撮影場所や天候への依存などさまざまな制約から解放される。

バーチャルプロダクション技術の中には、スタジオセットを3次元データとしてスキャン、データとして保存する技術も含まれており、撮影セットを解体した後にも再撮影が可能になるなど、映像クリエーションの常識を変える要素が多数ある。

昨年、アップルがドルビーと3Dオーディオによる音楽配信を始めたが、それより以前からソニーは360 Reality Audioとして、新しい音楽を創造する環境を提供していた。 

イギリスの歌手アデルが最新アルバム「30」を制作する際にソニーが協力したことに言及していたが、よりわかりやすいのはPlayStation向けの定番ゲームシリーズであるアンチャーテッドの事例だろう。


 アンチャーテッドはトレジャーハンターの主人公が秘境を旅しながら、幻の宝物を探すアクションゲームだが、このゲームを元にした大作映画が2月から公開される。

通常ならば映画としての表現を追求したのちに、ゲーム会社にライセンスされ、まったく別の作品として映画原作のゲームが制作される。しかしアンチャーテッドの場合は制作プロセスが大きく異なる。

ソニーグループは原作ゲームであるアンチャーテッドのパブリッシャー親会社であり、また映画会社、撮影に付随する3D映像制作などの技術サポート、ゲーム機、ゲーム制作スタジオ、音楽制作などをグループ内に持つ。

アンチャーテッドの場合、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの子会社でアンチャーテッドシリーズの開発元のノーティードッグが映画制作に関わり、原作ゲームの世界観を作り上げるために協力している(映画公開同時期にPlayStation 5向けにリマスターされたゲーム版アンチャーテッドもリリースされる)。

そのトレーラー映像(https://youtu.be/lG-svqXKIhw)を観ると、ゲーム中にある、ギリギリのタイミングと距離感でピンチをすり抜けていく主人公のアクションは、極めて高画質なゲームのライブ配信のようにも見える。 

全編が公開されるのはまだ先だが、単なるゲームから派生した新しい物語ではなく、完全に原作ゲームの世界観を映画として表現しているように見える。 

* クリエーターに近づくことで生まれるプロダクト

バーチャルプロダクションだけではない。

高画質シネマカメラのVENICE 2は、大型の超高感度センサーと使いやすさで映画制作の常識を変えるほど撮影領域を広げている。αシリーズを用いて高画質かつ安定した撮影ができるドローンのAirpeak S1も、飛ばせる場所や安定性、周辺デバイスの充実度などがプロフェッショナルのクリエーターに評価されている。

2021年末にリリースした高性能ドローン「Airpeak S1」(写真:ソニーグループ)

カジュアルな領域では、1インチセンサーを搭載するスマートフォン、Xperia PRO-Iは、部分的に作品作りに使えるまでのレベルに達してきた。画質とコンパクトさのバランスという面で、映像制作の幅を広げる存在になるだろう。

「創造力の制約」からクリエーターを解放することで、ソニーの技術を使いたいと感じてもらうことを念頭に作られたからこそ、これらのプロダクトが生まれた。

そうした意味では、PlayStation 5の成功もゲームクリエーター、ゲームプレーヤーの両方に近づき、ニーズの本質を理解した事例とも言えるだろう。 

今回のCESではコントローラー、画質などを一新し、視線入力などの新しいアプローチも備えたPSVR2が発表された。PSVR2の詳細と、最新のコントローラ、視線追跡技術とその応用例などについては今後、取材をしたいところだが、クリエーターの表現力の幅を広げるという意味で、近年のソニーの路線を踏襲していると言えるだろう。


スポーツの領域でも、より高い娯楽性を提供する技術を巧みに組みわせて提供している。

日本では東京ヤクルトスワローズが選手をサポートするために導入したことで知られる「ホークアイ」の応用についても吉田社長は言及した。

ホークアイはウィンブルドンで広く知られるようになった、ボールの軌跡を正確に追いかける技術だ。

当初はボールの軌跡を追跡するだけだったが、現在ではプレーヤーの骨格までを認識するため、ピッチの中での選手の動き、体の使い方などをリアルタイムで追跡できるようになっている。

東京ヤクルトスワローズの例では、これを選手のフォームチェックなどに使い、怪我からの復帰時、以前とどのような部分が異なるのかといった部分までを分析できるようになっているようだ。

しかしホークアイの技術をエンターテインメントに応用することもできる。というよりも、ホークアイは元々、判定に使うのではなく、さまざまな情報をリアルタイムに計測、分析して観戦者にビジュアルとして見せることでエンターテインメント性を高めるという意図で開発されたものだった。

そこで今年からソニーは、英プレミアリーグのマンチェスターシティと提携、ホークアイを用いることでスポーツビジネスの新しい可能性に挑戦する。 

新型コロナウイルスの影響で必ずしもスタジアムに集まれない状況の中、ホークアイを用いてプレーの様子をデータ化し、そこから再現するバーチャルなプレイシーンと実映像を組み合わせたファンコミュニティーを作る実証実験を行うという。

* 自動運転EV時代のソニーの価値

さて、このようにCESでの発表内容をひもといていくと、発表されたソニーモビリティの意図も見え始めてくる。

EV参入を目指す新子会社のソニーモビリティには、既存製品のaiboやAirpeakも移管される。

aiboは周囲の環境を把握し、近くにいる人が誰なのかを識別しながら動作し、また個人ごとの接し方、話し方などによって振る舞いが変化するAIが搭載されている。こうした技術はドライバーとパッセンジャーが自動運転中のEVの中でどのように心地よく過ごせるようにするか、という方向へと転換できる部分だ。

ドライバーが直接運転する場面が減ってくる今後を考えるなら、ドライブフィールなどの価値よりも、いかに自動運転での移動体験の質を高めるかに商品としての価値の中心が移り変わっていくだろう。

「VISION-S 02」の車内

(写真:ソニーグループ)

  VISION-Sではドライバーやパッセンジャーごとに、ディスプレーコンソールのデザイン、表示内容、レイアウトなどが変化し、その振る舞いを車自身が注視しながらドライバーにアクションを促したり、適切なコンテンツを提案するという。さらにハンドリングやアクセル操作への応答性といった、ドライバーの好みに依存する要素も自動的に切り替わるなど、徹底して‟パーソナライズ”された体験になる。

これもドライバー、パッセンジャーに近づくということだろう。

高性能なCMOSイメージセンサー、300メートル以内の物体への距離を立体的な深度映像として検知できるToFセンサーなど、センサー類、オーディオ&ビジュアル分野での知見と経験の深さも活かし、EVの付加価値を高めようとしている。そこに「ソニーの存在意義」を見つけたからこそ、本格的な参入に向けての準備を決断したのだろう。

ソニーグループは新しい事業環境に適応すべく進化を果たすことに成功したのかもしれない。  

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