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日本人の英語が伝わらない根本原因

長部 三郎 : 通訳者

2022年01月04日

 

英語をマスターするためには、日本語との違いを意識しながら学習すると理解が進みます。

では、具体的にはどう違うのか。高度経済成長期に、アメリカ国務省で日本語通訳として働いた経験を持つ長部三郎氏の著書『伝わる英語表現法』から一部抜粋・再構成して、解説します。

 

 

☞ 国際情勢をinternational situationと訳す人の盲点

* 地形は「rivers and mountains」に言い換える

英語が日本語と大きく違う点を3つあげることができます。それは英語が「具体的」「説明的」「構造的」であることです。そして日本語は、そのいずれの点でも対極にあるのです。

①英語は「具体的」

「具体的」の反対が「抽象的」ですが、日本語は抽象的であるばかりでなく、「あいまいさ」が特徴です。

これは『あいまいな日本の私』(岩波新書)という大江健三郎さんの著書があるように、善かれ悪しかれ、私たち日本人の思考・表現形式の何より大きな特徴で、日本固有の言語・文化の根幹といっても過言ではありません。

日本語と英語を使い分けるうえで、嫌でもでも意識せざるをえないことです。

かつて私が駆け出しの通訳だったころ、詳細はおぼえていませんが、「地形」という言葉が出てきたことがありました。

私はtopographyという言葉を知っていたので、しめたと思って得意になって使いました。

すると、それを聞いた相手の人は topographyrivers and mountains と言い換えて話しているではありませんか。

そういえば日本語でも「山川」と言います。なるほど、これが英語の感覚かと、妙に納得した気持ちになったものです。

それと同じことが infrastructure についても言えないでしょうか。

この言葉は今では「インフラ」という日本語になって誰でも知っていますが、本来topographyと同じように抽象的な言葉です。topography が rivers and mountains なら、infrastructure は  roads and bridges ということになります。

roads and bridges は「山川」のようにセットになっています。 

もちろん infrastructure は、実際は道路と橋だけではありませんし、例えば legal infrastructure といったら道路は関係ありません。しかし、法制度における道路や橋のようなもの、という具体的なイメージをもつことはできます。

 * 英語はひたすら具体性、日本語は抽象的な表現を志向

一方、日本語では、インフラ、すなわち社会基盤といわれただけで、特に具体的なイメージがなくてもそれが何をさすのか、それ以上詮索することはしないで、何となく納得してしまいます。

言語に方向性、ベクトルがあるとすれば、英語はひたすら具体性を求め、日本語は逆に抽象的な表現を志向します

infrastructure は「社会基盤」とたまたま一致したかのようですが、言葉としての「向き」がまるで反対に見えます。

英語ではroads and bridges からすべてが始まるのです。

 

②英語は「説明的」

次に、英語が「説明的」であるというのは、「選挙公約」を英語では、「私が選挙ですると言ったこと」と表現するようなことを指します。

これについてまとめると、次のような図になります。 

日本語の大きな特徴として、漢語があります。

上の例でいえば「すると言ったことをした」ではなく「公約を果たした」と言うのが日本語の表現としては自然なわけで、日本語表現で漢語の役割は大きいのです。

 英語を日本語に通訳するときは、できるだけ漢語を使うようにすると、耳障りでない日本語になります。

この場合、漢語といってもむずかしい熟語ではなく、「公約」とか「実施」のような基本的な漢語を使うことです。 

この例にあげた英語は、レーガン元大統領の言葉です。

彼は冷戦のさなか、当時のソ連を an evil empire(悪の帝国)と過激な言葉で呼んだことで知られていますが、同時に説得力のある大統領として a great communicatorと言われた人物です。

 英語圏の政治家は、つねにやさしくわかりやすい言葉で話します。大勢の人に理解してもらいたいと考えるからでしょう。

ですから、私たちが英語を使うときのお手本となるので、大統領に限らず政治家の話す英語はとても興味を引きます。 

例えば、クリントン元大統領が退任を数カ月後に控え、記者団に「退任後の計画は?」と質問されて、こう答えたと報道されました。

 “I'm going to be happy by doing what I want to do.”(したいことをして楽しくやります) 

と。日本語ではさしずめ「悠々自適」というところでしょうか。

 また、ブッシュ元大統領は、議会に教育改革の提案を行った後で、

 “We must focus the spending of Federal tax dollars on things that work.”(連邦政府の税金の使い方は、効果のあることに集中しなければならない)

 と言いました。

 それと相前後して日本のテレビニュースでは、内閣官房長官が記者会見で補正予算について「予算は効率的に使用する」と言っていました。 

* 日本の政治家の言葉は通訳が難しい

これは、内容はまったく同じことを言っていますが、日本語の「予算」が英語では「税金、しかも taxtax money ではなく、もっと生々しく tax dollars です。

そして「効率的」に当たる部分が things that work です。ここでも、具体性を求める英語のベクトルを感じます。 

それと反対に日本の官房長官の言葉は、非常に抽象的です。そのため日本の政治家の言葉は通訳がむずかしいのです。

政治家どうしの話し合いや、ジャーナリストのインタビューでも、日本人政治家の話が抽象的だと、相手から矢継ぎ早に質問が飛んできます。

 英語では、質問することは相手を理解したいからで礼儀と考えますが、日本では質問自体をぶしつけなことと遠慮する傾向があるので、質問に答えることにも慣れていません。そのため質問が続くと、話し手が責められているような気持ちになり、感情的になって誤解が生じることがあるのです。

 政治家が不用意な発言で言質をとられないよう、言葉に慎重になるのはよくわかりますが、それはどこの国の政治家も同じことですから、やはり文化の違いというべきでしょう。  

さて、前出の例ではレーガン元大統領の英語から考えましたが、それを今度は日本語から考えたらどうなるでしょう。

 日本語の特徴の1つが漢語です。例えば「国際情勢」。

これを英語でといわれたら、ほとんどの人が international situation というはずです。

あたかも決まった訳語のように。

 しかし、同じ意味で  ‘what's going on in the world’ ということもできます。

名詞ではありませんが、これもよく使われる表現です。 

直訳すると「世界で今起こっていること」ですが、まさにそれが「国際情勢」です。ここでも「選挙公約」の例と同じ図式ができます。

* 逐語的な単語英語の発送と決別する

ここで強調したいのは、確かに「国際情勢」は international situation に違いありませんが、それをあえて ‘what's going on in the world’ と言いたいということです。

それは、国際情勢=international situationという逐語的な単語英語、単語文化の発想と決別したいからです。

使ううえで、何一つ共通点のない日本語と英語の単語を名詞でそろえてみても、それにどれほどの意味があるでしょうか。

むしろ、そのために英語がむずかしくなっていることに気がついてほしいのです。

 international situationとwhat's going on in the worldの違いは、後者は完全なセンテンスではありませんが 動詞があり、したがって時制があることです。

英語は動詞があってはじめて言葉が活性化するのです。

動詞は全身に血液を送る心臓のようなものです。動詞が入ることによって語句に血が通って生きてきますから、いろいろな形に変化します。

 例えば、what was going on at that timeとすれば「当時の状況」ということになるし、“What's going on here?”と言えば「みんな、何やってるの」と、目の前の様子に目を丸くして発する言葉になります。

 時制や状況 in the world、at that time、here などを自分で使いわけることによって、表現の範囲が大きく拡がります。

それに比べて international situation という、私たちには一番わかりやすいと思っていた言葉は、じつは、使う上で、硬くて、冷たくて一番扱いにくいのです。

それは、campaign pledges(選挙公約)と同じことです。

 そこで私たちとしてすべきことは、上の2つの図式で示したように、対角線で考える発想に慣れることです。それにはどうしたらよいのでしょうか。


英語が下手な人は「主語の大切さ」がわかってない

 

「単語の置き換え」を始めると必ず行き詰まる 

* 英語をかんがえるときはいつも「主語」を意識する

③英語は「構造的」

英語は「構造的な言語」(a structured language)だといわれます。

英語の構造性は日本語と比べてみると、それがひときわ鮮明になります。

まず、誰でも知っている「主語+動詞」の構造、これが徹底していること。そしてその主語の役割が、日本語と英語では大きく違うことです。

 日本語では主語は省略されることが多く、どんな言葉でも主語にできるわけではない、という事実があります。

一方 英語は、必ず主語があり、しかも何でも主語にすることができます。

ですから私たちとしては、英語を考えるときはいつも、特に主語を意識することが必要です。 

「源氏物語」の有名な冒頭の部分に、こんな文があります。

 「朝夕の宮仕につけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけん、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり。」(桐壺) 

これは1センテンスですが、主語が一切ありません。

しかしよく読むと、細かい言葉の意味はさておいても、「いよいよあかずあはれなるものに思ほして」から主語が変わることがわかります。「谷崎源氏」として知られている谷崎潤一郎の現代語訳はこうなっています。

 「そんなことから、朝夕の宮仕えにつけても、朋輩方の感情を一途に害したり、恨みを買ったりしましたのが積り積ったせいでしょうか、ひどく病身になって行って、何となく心細そうに、ともすると里へ退って暮すようになりましたが、帝はいよいよたまらなくいとしいものに思し召して、人の非難をもお構いにならず、世の語り草にもなりそうな扱いをなさいます。」(『新々訳源氏物語』巻1、中央公論社、1965、15版、3ページ) 

これは原文の区切り方に忠実に訳されています。前半の主語は依然ありませんが、後半に入るところで「帝(みかど)は」と、主語が説明として加えられています。

前半の主語は、もちろん別人で帝が寵愛する女御というわけです。

 さらに、「源氏物語」の古典的英訳 Arthur Waley のThe Tale of Genji を見ると、この部分の訳は次のようになっています。

前半の主語 she と後半の主語 the Emperor がしっかり現れています。そればかりでなく、出だしの部分、「宮仕え」を主語として独立させています。

 Thus her position at Court, preponderant though it was, exposed her to constant jealousy and ill will; and soon, worn out with petty vexations, she fell into a decline, growing very melancholy and retiring frequently to her home. But the Emperor, so far from wearying of her now that she was no longer well or gay, grew every day more tender, and paid not the smallest heed to those who reproved him, till his conduct became the talk of all the land……(The Tale of Genji, vol.1, The Charles E, Tuttle Company, Inc., 1973, 4th printing, p.7.)

英語は必ず主語があり、しかも何でも主語になると言いましたが、英語から日本語にする場合、この主語の扱いがなかなかむずかしいものです。

いちいち日本語に訳すと、いかにも直訳、という感じになります。そういう訳し方をされると辟易してしまいます。

 人称代名詞を「彼が」「彼女が」「彼らが」とするのはまだいいとして、二人称のyouを「あなたが」「あなたたちが」と連発すると、相手によっては大変失礼になります。少なくとも目上の人には、そうは言わないのではないでしょうか。 

そういうときは「源氏物語」のように、原則として主語は言わないことです。

言う必要がある場合は、大勢の人に対しては「皆様が」というでしょうし、地位のある人であれば、さらに丁寧に敬語を使って話しかける心得が必要です。

それが日本語の文化というものでしょう。

 

* 英語では人称代名詞を中心に考えるとうまくいく

逆に英語では、この  we、you、they などの人称代名詞を中心に考えているとうまくいきます。

例えば「わが社の昨年の売上は100億を超えた」と言いたいとき、そのまま訳すと、

 Sales of our company exceeded……

 あるいは、

 Our sales came to (amounted to) more than……

 となりますが、これは、

 We did more than ten billion in sales last year

 と言えば(did …… in salesはsoldでもいいわけですが)、もっといきいきと聞こえます。

our companyよりも we、salesという名詞よりも 動詞did あるいは sold の方がいきいきした表現になるということです。

 

 英語ではとにかく主語を何にするか、何でスタートするか、カギです。

何でも主語になりますから、主語の選び方ひとつで文が決まります。

うまく言えなかったら、まず主語を変えてみることです。その点で we、you、they などの人称代名詞は主語の原点と言っていいでしょう。

 

主語ひとつにしても日本語と英語はこんなに違うわけで、何もかもが異なる言語なのです。

 私たちは英語で表現しようとすると、どうしても「訳そう」という意識がはたらいて、単語の置き換えに走ります。

しかし、何もかもが違う言葉なのですから、それを始めると必ず行き詰まってしまいます。

 もともと存在しない共通点をあえて探すようなことはしないで、ここはきっぱりと日・英を切り換える(switchする)こと、今ふうに言えば英語のモードに変換する(mode change)ことです。この切り換えをするためには、言葉を「訳そう」としないで、「意味を伝える」ことに意識、発想を変える必要があります。

 

*「訳す」ことを考えながら聞くと必ず失敗する

通訳はこの言葉の切り換えをするのが仕事ですから、通訳をする場合で考えてみましょう。

話し手の言葉を「訳す」ことを考えながら聞いていたら、必ず失敗します。

まず、聞くときは話の内容の把握と整理に100%集中すること。それが通訳の訓練の第一歩なのです。

 日本語と英語の両方に堪能な人でも、いきなり日本語の話を「通訳して」といわれたら、そう簡単にはできないものです。

訳すことを考えたら躊躇してしまいます。

 しかし、「だったら、何と言ったの?」 What's he saying? と重ねて迫ると、「つまり、こういうこと」“He is saying……”と、答えが返ってきます

 これが「意味を伝える」プロセスなのです。 

「何と言ったの?」“What's he saying?”が「意味の把握」で、“He is saying……”が「意味の伝達」です。

通訳をする人は、口に出さなくても、いつもHe is saying……、She is saying……と考えていますが、通訳でなくて、自分の意見であれば  I'm saying……、What I'm trying to say is……(私が言いたいことは)と言うつもりでいると、言いたいことが整理できてきます。

 単語を置き換えるのはa word processorですが、私たちは意味を伝える a communicator でなくてはなりません。この「切り換え」のプロセスを、通訳する場合を参考に図にしてみると次のようになります。

 この図は、まず聴き取ったこと(listening comprehension)はいったん「情報」として整理し、それを改めて英語で伝える(communicate)ということを示しています。ここには「訳す」というステップがありません。 

実はこのプロセス全体が「訳す」ことであり、「訳す」ことの本来あるべき姿であるはずです。 

 * 訳すとは「単語の置き換え」ではなく「伝える」こと

ここまでの話では「訳す」という言葉を「単語の置き換え」という意味で使ってきましたが、「訳す」ことは、本来「伝える」ことでなければならないのです。

 

まず聴き取りで、意味の把握と整理を行いますが、そのためには「視覚化」が必要です。

「視覚化」というのは、日本語は抽象的・あいまいなので、いつも意識して、具体的に理解しようと努めることです。つまり、先ほど述べたように “What's he saying?”“What's she saying?”と、たえず心の中で問いつづけることです。

時間の関係、場所や位置の関係の把握などもこれに含まれます。文脈、状況が見えている必要があります。 

こうして「情報」(言うべき、伝えるべきこと)に整理できたところで、日本語から英語への切り換えを行います。

発信する段階では、メッセージの内容を英語で表現しますが、そこでのポイントは「伝える」努力です。 

そのためには、まず伝える相手のことを考えなければなりません。

当然、相手は日本人ではありません。

英語ですから具体的で説明的な表現を求めています。

したがって、むずかしい単語をふりまわさないで、やさしい言葉、シンプルな表現に徹します。 

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