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G7最下位の日本の労働生産性

 停滞の根因は「少なすぎるIT投資」

2022.01.04

経済評論家 加谷珪一

各国の労働生産性を比較する国際調査において、日本の順位がさらに低下した。

労働生産性は賃金と直結しており、生産性を引き上げないことには日本社会は貧しくなる一方である。 

 日本の労働生産性が低い原因の1つがIT化の遅れであることはほぼ間違いないが、IT化に対する日本社会の反応は依然として鈍い。

 

* 90年代以降、日本だけが生産性を引き上げられなかった

 日本生産性本部によると、2020年における日本の労働生産性(時間あたり)は49.5ドルと、主要先進国(G7)中最下位だった。統計を遡れる1970年代以降、日本の労働生産性はずっと最下位が続いており、特に2020年についてはOECD(経済協力開発機構)加盟国中の順位においても過去最低(38カ国中23位)となった。

 日本は昔から労働生産性が低い状況が続いてきたわけだが、とりわけ90年代以降、その悪化が著しい。

80年代までは順位こそ主要国では最下位だったが、諸外国と同じ生産性の伸び率を示していた。

ところが90年代に入ると、ほぼすべての先進諸外国で生産性の伸び率が上昇したにもかかわらず、日本だけが従来の伸び率から脱却できなかった。

その結果、各国と日本の生産性の差は拡大する一方となっている。

 90年代以降、諸外国の企業が生産性をさらに高め、日本だけが伸び悩んでいるという現実を考えると、90年代に大きな変化があったと判断せざるを得ない。

90年代に発生し、企業の生産性にこれだけの違いをもたらした大きな変化といえば、IT革命をおいて他には考えられない。

 コロナ危機に対処するため日本政府が構築したITシステムがことごとくトラブルに見舞われたり、メガバンクが何度も大規模システム障害を起こすなど、今でこそ日本は IT後進国であるとの認識が一般的となりつつある。

しかし、日本企業のITに対する消極的なスタンスは90年代から始まっており、それはすべて数字に表われている。 

 図は日米仏におけるIT投資水準(ソフトウェアとハードウェアの総額)の推移を比較したものである(自国通貨ベース)。

日本は80年代までは米仏と同じペースでIT投資を拡大してきたが、90年代以降、横ばいとなり、ほとんど投資額を増やしていない。

一方、米国やフランスは同じペースで投資を拡大しており、1995年との比較では約3.5倍になった。

 97年に行われたOECDの調査によると、日本におけるホワイトカラー100人あたりのパソコン保有台数は24台と、米国の5分の1、ドイツの3分の1以下と、すでに圧倒的な差を付けられている。

 諸外国がITへの投資額を何倍にも増やす中、横ばい(厳密にはマイナス)の状況を続けていては、IT後進国になるのは当然といえば当然の結果であり、これが日本の生産性低下に大きな悪影響を及ぼした可能性が高い。 

 

* 業務のスピードがまるで違う

 上図の生産性のデータを用いると、日本の生産性は米国やフランスの3分の2程度しかない。

同じ金額を稼ぐために日本では15人の社員が必要だとすると、米国やフランスは10人で済む。

逆に言えば、社員数が変わらない場合、日本企業が1万ドル稼ぐ時には、米仏企業はすでに1万5,000ドル稼いでいる。

 日本人社員の稼ぎが1万ドルである時に、米仏企業の社員が1万5,000ドルを稼いでしまう理由の1つは、製品やサービスの付加価値である。

米仏企業は日本と比較して、そもそも付加価値の高い製品やサービスを販売しており、1回の取引で得られる利益も大きい。

このため同じ時間や社員数で1.5倍の金額を稼ぐことが可能であり、結果として賃金も高い。

 だが日本と両国でこれほど大きな差がついている理由はそれだけではない。業務のスピードによる違いも大きく影響している。

日米仏が同じ製品やサービスを販売していると仮定した場合、生産性が1.5倍もあるということは、米仏企業の仕事のスピードは日本の1.5倍速いという計算になる。

 日本企業は商談に臨んでも、その場では意思決定ができず、一旦、持ち帰って検討するケースが多い

これに対して諸外国の企業では、事業責任者に相応の裁量が与えられており、迅速に決断できる。

より大きな意思決定についても、日本では稟議などで多くの管理職の承認が必要となるが、諸外国では担当部長や担当役員が単独で決済できることが多いのだ。

 筆者がサラリーマンだった時代、担当役員どうしが出席する外国企業との商談があった。

内容はほぼまとまりかけていたが、上司だった担当役員は「自分1人では決められないので、一旦持ち帰って検討します」と発言し、一方的に商談を終わらせてしまった。

先方の役員はわざわざ飛行機で日本に来ており、役員同士の商談であることから、契約の成立を前提にしていた。

 商談後、先方の担当者はかなり苛ついた様子で、筆者に対して「ミスター〇〇(上司の名前)はなぜあの場で決めないのか」「嫌がらせをしているのか?」「実は私たちの提案に不満があるのか?」「他社とも同じ交渉をして駆け引きしているのか?」など矢継ぎ早に質問をくらった。

 やむを得ないので「ウチの会社では役員が全員賛成しないと案件を承認できないルールになっている(本当はそうではないのだが)」とウソをついて相手を何とか納得させたが、こうしたケースは日本企業では枚挙に暇がない。

 

* なぜ日本の生産性は低いのか?

 このような結果になってしまう最大の理由は、日本企業の意思決定ルールが曖昧で、責任の所在がハッキリせず、いわゆる根回しが必要とされているからである。

だが、日本企業のIT化が進んでいないことも、こうした状況をさらに悪化させる要因となっている。

 諸外国の企業もIT化が進む以前は、日本のようにのんびりと構えていることが多かった。だがこうした社風を一気に変えるきっかけになったのがITシステムの導入である。

 ERP(統合基幹業務システム)が代表例だが、90年代以降、経営コンサルティングの成果が次々とITシステムに反映されるようになってきた。

各業務におけるベストプラクティス(もっとも効率的・効果的な方法)があらかじめパッケージ・ソフトに実装されているので、企業はシステムに業務を合わせることで、あっという間に効率のよい業務プロセスを実現できる。この手法が全世界的に普及したことから、組織の合理化が進み、意思決定のスピードも格段に速くなった。

 ところが多くの日本企業はこうしたシステムの導入を拒み、受け入れた企業でも、従来の業務プロセスを変えずに済むようコストをかけてシステムを改変してしまい(カスタマイズ)、IT導入後もムダな業務プロセスを温存してしまった。

その結果、上記のような意思決定スピードの違いがより顕著となり、最終的には企業の生産性にも大きな影響を及ぼしている。

 意思決定が遅い、誰が責任者かはっきりせず、いろいろな人が文句を付けるので業務が進まない、形だけの管理職が多く、マウンティングに終始して担当者の業務を邪魔する、といった問題は、最終的は組織文化やリーダーシップに依存している。

だが、本格的にITを導入すれば、相応の改善が見込めるのも事実であり、まずは強制的にIT化を進めるというのは有益な処方箋と言って良い。

 諸外国と比較してIT投資水準が著しく低いという課題が存在するのであれば、まずはそれを強化するというのがロジカルな対応策だ。出来るところから始められない組織が、もっと大きな課題を解決できるわけがない。

日本企業が溜め込んだ膨大な内部留保は、本来はIT投資に充当すべきものであり、これが実現すればビジネスのIT化と設備投資の強化が同時に実現し、マクロ経済にもよい影響を与えるだろう。

(出典:ビジネス+IT)




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