日本の「ジョブ型雇用」はここが間違っている


2021.12.15

 日本で注目されているジョブ型雇用は、欧米で採用されている本来のジョブ型雇用とは大きくかけ離れている。

ジョブ型雇用の専門家の話をもとに、その功罪を整理した。

フジテレビと博報堂、三菱ケミカル、それに味の素――。

大手企業の間でここ2年の間、共通した動きがあった。それは50歳以上を対象とする希望退職を募ったことだ。日本では今、こうした人員整理が目立っている。

欧米で採用されている「ジョブ型」と呼ばれる雇用形態のもとでは、このような形での退職募集は通常考えられない。

 大した仕事ができないまま歳を重ねても、日本のように年齢をもとに退職を請われることはない。


* 日本型雇用は「甘くない」

 雇用体系を整理し、欧米型の雇用を「ジョブ型」、日本型雇用を「メンバーシップ型」などと名付けたのは、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏だ。濱口氏は「日本のメンバーシップ型雇用がジョブ型雇用と比べて甘いと思うのはとんでもない。働かない50代が許されないという厳しさがある」と話す。

「年功序列」「終身雇用」といった特徴を持つメンバーシップ型雇用は、ともすればぬるま湯のようにも思われてきた。

「職能等級制度」とも呼ばれ、年齢や勤続年数に応じて段階的に処遇(給与やポスト)も向上する。

しかし、裏を返せば、本来はそれだけの結果を求められるということだ。

一方、欧米のジョブ型雇用は、「職務等級制度」と呼ばれるものだ。

企業を人の集まりではなく、ジョブの集まりと見立て、ジョブの価値に値段をつける。

ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)をつくり、職務内容や責任範囲、勤務地、必要なスキルをあらかじめ明確に示す。そして、その職務の椅子に座るのにふさわしい人を採用する。

ジョブ型雇用では年齢や勤続年数を重ねても、昇進や昇給をすることはない(ただし若年期のみ、最初の数年は一括で昇給することがある)。そればかりか、成果や能力、意欲も一切考慮しない。なぜならばジョブ型雇用ではごく一部の幹部層を除き、社員1人ひとりの仕事内容や能力の評価を行わないからだ。

働きぶりには関係なく、あらかじめ職務につけられた価値(値段)の賃金のみが支払われる

そのため、20代であるジョブに就き、そのまま同じ職務で働き続ければ、50代になっても昇進することはない。

ベースアップといった全社的な賃金水準の引き上げを除けば、給与が上がることもない。その代わり、日本のように「働きぶりが高い賃金に見合わない」などと中高年社員が冷たい目で見られることはない。

 かつての日本では「働きぶりは微妙だが、中高年なので高給取り」の社員を抱えている余裕があった。

年功序列のもとでは、中高年社員の給与は高い一方で、若手社員の給与を低く抑えられる。40~50代の社員数と20~30代の社員数のバランスがとれている間は、仕事ぶりに見合っていない中高年社員の給与を抱えることができていた。

だが、「人口構成が変わり、多くの有名企業では40代や50代が一番大きなブロック(人数)になった。メンバーシップ型雇用が想定していた企業内人的資源のありかたからすれば矛盾をはらんだ構成になり、大した仕事はしないが給与は高いという人をたくさん抱えることは企業にとって非常に大きなマイナスになってきている」(濱口氏)。

この深刻な問題は、昨日今日の話ではない。

1990年代後半以降、この日本型雇用の矛盾を是正しようと、「成果主義」を導入する企業が相次いだ。

だが、成果主義の多くは失敗に終わっている。それはなぜか。

 

* 日本企業は成果を「働きぶり」で評価

欧米と違い、日本では長年、「働きぶり」という主観的、抽象的なものさしで社員を評価してきた。

例えば「あいつは夜中まで頑張っている」「いつも周りに気配りをしている」「意欲が高い」といった情意考課の要素を入れた、客観性の低い評価だ。メンバーシップ型雇用は社員が「なんでもやる」前提のため、本人が希望しなくても社命で異動や転勤を命じることができる。野球でいうと、野手を希望しているのにチーム都合で投手をやれと言われるようなものだ。

しかも、成果を出せなければ、評価が下がってしまう。

 

(注)取材をもとに作成。いずれもオーソドックスなモデルの場合。ジョブ型(職務等級制度)は一部の幹部職には成果評価がある。昇給や降給はベースアップなど一律のものは除く。表中の「異動」は会社都合によるものを指す

結果的にメンバーシップ型雇用のままでの成果主義の拡大は、多くの社員が評価やそれに伴う処遇に不満を持って退社したり、意欲を失ったりするという結果に終わった。 その代わりに注目されているのがジョブ型雇用というわけだ。だが、濱口氏は「成果主義のリベンジとしてジョブ型雇用を導入しようとしているのだろうが、どうも根本的な勘違いがあるようだ」と懸念する。というのも、欧米のジョブ型雇用では原則的に幹部を除く社員の成果や能力を評価せず、成果主義とは対極にあるからだ。

 日本企業「ジョブ型」と呼ぶ雇用形態はたいていの場合、職務等級制度ではなく、役割等級制度だ。

役割等級制度では社員が担当する職務を固定化し、責任範囲もある程度示したうえで、責任や役割をどれだけ果たしたかで評価する。社員の能力や成果も見る点が、ジョブ型雇用とは大きく異なる。  


日本で欧米型のジョブ型雇用の導入が進まないのは、職務の価値を評価して値付けしてこなかったためだ。

すでにそれぞれの職務に社員がついている中、この仕事はいくら、と後から値付けをすることは難しい。

また、このスキルや資格があるからこのジョブに就けるといった考え方やノウハウも持ち合わせていない。

加えて、日本の高等教育実学よりも教養教育を志向しており、多くの場合では学生が学ぶ中身が仕事と直結しない。

そのため、企業の新卒採用では職務を限定しない総合職採用が多い。大半の学生は仕事で使える専門性を持っていないため、採否は成長可能性(ポテンシャル)を重視して決めるのが一般的だ。

入り口の段階からして、職務に適性のある人材を採用する欧米のジョブ型雇用とずれている。

 

* 雇用制度に正解はない

メンバーシップ型雇用に比べると、役割等級制度は求める役割と成果が明確かつ具体的なため、評価される社員の納得度は高いと言えそうだ。上述の通り、年功序列のメンバーシップ型雇用制度を維持することには限界があるが、単に成果主義を拡大するだけでは失敗する。そうした反省のうえに、日本流ジョブ型雇用として役割等級制度が広がっているとみられる。

そもそも、欧米のジョブ型雇用も完璧なわけではない。

欧米のジョブ型雇用では働きぶりや能力評価といった曖昧なものではなく、公的な資格がモノをいう

会社で上の職務に就くには、自分の実力を客観的に証明する資格を取り、それを武器に上の職務の公募に手を挙げる方法が一般的だ。だが、資格があるからといって必ずしも実務で「使えるヤツ」なのかと言えば、そうとも限らない。逆もまたしかりだ。

濱口氏によると、そのためか、欧米では旧来の日本型雇用のような要素を少し採り入れる動きも出てきているという。

「パフォーマンスペイ」と称し、仕事の成果も評価して報酬を決める傾向が以前と比べれば強まってきたという。

濱口氏は「欧米のジョブ型雇用はかなり合理的で公平性を第一にしているが、そこで測れない指標が抜け落ちてしまっている。向こうではそこへの問題意識が出てきている」と指摘したうえで、「どの雇用制度が正解と言うつもりはない。日本企業がこれまでの賃金処遇制度に問題意識を持ち、何とかしようとして新たな人事制度を採り入れようとしていること自体は理解できる。ただ、制度の違いや中身を本質的によく理解したうえで考えるべきだ」と話す。 

ジョブ型雇用は職務が固定化され、専門性が高まる一方、「つぶし」が利かなくなる一面を持つ。

その職務が AI(人工知能)に取って代わられたりして、消えてなくなる可能性も否定できない。

雇用の大転換期にある今、働く側が身の振り方を主体的に考えることが重要になる。

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