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財政膨張の原因の一部は財務省の「管理政策」

財政再建派の筆者が指摘したい補正予算の問題

末廣 徹 : 大和証券 シニアエコノミスト

2021年12月17日

 経済財政諮問会議の民間議員を務める中空麻奈氏は「財政再建派」と「リフレ派」の二項対立について「そろそろ卒業すべきではなかろうか」とし、「無駄を省いた財政規律の確立」が望ましいとした(日経新聞11月19日付)

一定の財政健全化が必要であると考える筆者も、「財政再建派と積極財政派」の対立は生産的ではないと考えている。

「自国通貨建ての国債はいくら発行してもデフォルトしない」というMMT(現代貨幣理論)の主張は「やってみないとわからない」という面があり、議論したところで答えは出ない。 

 一方、先日の自民党総裁選で積極財政派の高市政調会長が善戦したこともあり、MMT派・リフレ派への注目度が、特にネット社会で増している。しかし、このような主張が盛り上がれば盛り上がるほど、筆者は「国民全員がMMT派・リフレ派になったら、さすがに財政が発散(野放図に膨張)する」と思う。いずれにせよ、どちらかの主張に意見が収れんすることはないだろう。

 

☞ リフレ派・・・ 緩慢なインフレを継続させることにより、経済の安定成長を図ることができるとするマクロ経済学の理論を喧伝、

もしくは政策に取り入れようとする人々のこと。


* 財政政策の是非と財務省の管理政策を別個に評価

 今回のコラムのポイントは2つある。

1つ目は「財政再建派=財務省」という見方を改める必要があるということ。

2つ目は、財政再建派の中心である財務省の「管理政策」が、むしろ財政規律を弛緩させている可能性があるという点を指摘することである。

1つ目の論点は、前述した「二項対立」の話と通じるところがある。

「財務省は財政再建派である」がゆえに、非財務省の人間が財政再建の必要性を訴えると、「財務省派」とレッテルを貼られることが少なくない。だが、「逆」は必ずしも真ではない。

筆者は、どちらかといえば、財政健全化派だが、財務省の「管理政策」に疑問を呈するつもりである。

財政政策の是非とその実行のための財務省による対応策の是非とは分けて考えるべきで、筆者が問題にするのは後者である。

2つ目のポイントは、財務省において、政策の方向性である財政再建とは矛盾する面がある不透明な管理政策は是正されるべきであるという点だ。中空氏の「無駄を省く」という指摘とも重なるところがあるだろう。以下で具体的に指摘したい。

 

* 財務事務次官による批判論文逆効果

政府は11月26日、2021年度補正予算案を閣議決定した。

経済対策の関係経費31.6兆円を盛り込み、歳出総額は36.0兆円となった。

財政赤字は22.1兆円増える。12月6日召集の臨時国会に提出され、年内成立が見込まれる。

今回の予算編成においては、矢野事務次官が「バラマキ合戦のようだ」と批判したことが注目されたが、「矢野論文は自民党内の積極財政派を刺激し、かえって財政拡大圧力を生む結果となった」(与党幹部)との指摘があると、毎日新聞(11月27日付)が報じている。

安倍元首相が他の月刊誌で矢野氏の論文の内容を否定していたこともあり、安倍氏による矢野氏への反発が積極財政派を勢いづかせたようだ。その結果、与党内では「10月中には真水で30兆円超という規模感が共通認識になっていた」(自民党幹部)という。また、与党内では「参院選まで財政再建という言葉は封印だ」(自民党政調幹部)という声まで上がっている模様だ(前出・毎日)。

 一方、霞が関にはこうした政治の空気を変えようという動きはなく、「官僚の仕事は、政治が決めたことを実現すること。バラマキは問題だが、国民が選挙で選んだ以上、我々に政治の決定に対抗する手段はない」(ある省庁の官僚)との声や「昔と違い、いまは『財源がない』と言っても言い訳にならない。『だったら国債を出せばいい』となってしまう」(財務省幹部)との声があるという(前出・毎日)。

以上を整理すると、矢野財務次官が鳴らした警鐘は積極財政派にはまったく響かなかったどころか、逆効果になっていた面もあるということのようだ。とはいえ、これは「結果論」であり、筆者が指摘したい財務省の問題とは別の論点である。

本当の問題は、財務省が財政健全化の必要性を主張しながらも、このような「巨額の補正予算」を事前に予想し、財源調達の準備をしていた可能性があるように見えることだ。

 

* 30兆円もの不要な財投債を発行していた

今回の補正予算案では、財政赤字が拡大することで新規国債(建設国債と赤字国債)の発行額22.1兆円も追加された。

一方、国債発行総額は11.6兆円減額された。

つまり、「財政赤字は増えても国債は減額される」という、理解が難しい補正予算となったのだ。

国債増発に構えていた債券市場にとっては「拍子抜け」となり、「巨額補正予算」にも関わらず、金利が低下した。

債券市場に詳しくない一般の人からすれば、何が何だかわからないだろう。

 このカラクリは財投債30兆円も減額(45兆円⇒15兆円されたことである。

財投債とは、財政投融資特別会計国債の略で、建設国債や赤字国債と同様に国債の一種である。

調達された資金は、政策金融機関独立行政法人等に対する財政投融資に充てられる。

財投債の償還は財政融資資金の貸付回収金によって賄われており、同じ国債でありながらも、資金繰りは国の一般会計から独立しているのである(詳しくは文末の参考文献)。

いずれにせよ、国債の一種である財投債の当初発行予定額は45兆円とされていたのだが、今回の補正予算の段階で15兆円に減額されたのである。要するに、一般会計では財政赤字が膨らんだのだが、財政投融資特別会計では不要分が生じた。かつ、一般会計の赤字増より財政投融資の不要分のほうが大きかったのである。

財投債の45兆円は主に2021年度当初予算で計上された財政投融資(40.9兆円)の財源だったのだが、このうちの大半が不要となったようである。おそらく、財政投融資のうち約25.2兆円を占めた資金繰り支援や資本性劣後ローンの供給等(日本政策金融公庫、沖縄振興開発金融公庫)」などの 中小企業向けのセーフティーネット強化策に対し、実際にはそこまで需要がなかったのであろう。

結果的に、財務省は国債(財投債)を必要以上に発行する計画を立て、その多くを実際に発行してきたという構図になった。

必要のない国債発行計画を作成したことは、財政再建にはまったく反する行動といってよい。

 

* 巨額補正予算の繰り返しで財政規律は弛緩

むろん、セーフティーネットの強化策には大きめの予算を確保しておく必要があり、多少の不要分が生じることは避けられない。また、コロナ禍が深刻化して資金繰り支援が実際に必要となっていた可能性はゼロではない。

しかし、その場合にはその時点で補正予算を編成して予算を拡充すれば済む話でもある。

やはり、これだけ巨額な不要分が生じたことに対し、事前に予想することはできなかったのか、という疑問が残る(予想できなかったという回答が返ってきそうだが)。

そして、結果的に多めに発行してしまった(含む発行予定分)財投債の不要分が、「巨額補正予算」の財源になったことに鑑みれば、財務省は「バラマキを含む巨額補正予算を予想して事前に財源を確保しておいたのではないか」という疑いも出てくる。これが、指摘したい問題の本質である。

 財務省は、当初予算が拡大することには神経質に対応する一方、「短期間で編成する補正予算は、当初予算と比べて厳格な査定が難しく、効果に疑問符が付く事業が紛れ込む『抜け道』になりやすい」(時事通信)という指摘もある。

今回は財投債の不要分が、政府が求める「抜け道」に対応するための「バッファー」(隠し財源)として勘案されていた面があるのではないか。

仮に、財務省が「巨額補正予算」に備えていたのであれば、そのこと自体が財政規律の弛緩につながる。

なぜなら、もし財投債に削減余地がなければ補正予算の拡大によって市中での国債発行がダイレクトに増加していたと予想されるからである。そうすると、国債の需給悪化が懸念されて金利が上昇してしまうことも考えられ、政治サイドが補正予算を小さくする努力を多少はしたかもしれない。

つまり、すでに発行しておいたことで巨額予算であっても市場から警告が発せられなかったのである。

財務省は、不要になるかもしれない財投債を事前に発行しておくことにより、「安定的な国債発行」という目的は達成したのかもしれないが、結果的に財政への危機感を低下させ、財政規律を弛緩させているといえる。

財務次官の論文に対して、「日本銀行の国債買い入れが財政規律の弛緩を招いているという指摘が足りない」という批判がある。日銀の国債買い入れによって低金利環境が定着していることが、財政の弛緩につながっているという指摘である。

この点に関しては、中央銀行の政策の独立性から論文内で指摘することが難しかった面があるだろう。

 

* 補正予算の大型化を容認し、準備している

しかし、財務省自体が、①補正予算の大型化を容認している可能性や、②それを前提に国債発行をコントロールしている可能性については、言及があってもよかったのではないだろうか。

このままでは、財務次官の論文の最大のインプリケーションは、「政治家と官僚の信頼関係が構築されていない」ことを示したこと、になってしまう。

財務次官の論文からは、バラマキ政治がコントロール不能になっているというメッセージが感じられた。

バラマキ政治を忖度して対応することに組織が疲弊し、財務省が政治家の要求に対する「備え」を重視する体質になってしまっているのではないか。これは、財政再建を主張する以前の問題である。

 

<参考文献>

① 財務省(2021)「債務管理リポート2021 -国の債務管理と公的債務の現状」

② 服部孝洋・稲田俊介(2021)「国債整理基金特別会計および借換債(前倒債)入門」、財務総合研究所 財務総研スタッフ・レポート

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