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全国で勢力拡大する「シカ」増えると困る理由


天敵不在で無双状態、生態系破壊の原因にも

馬場 龍一 : エコツアーガイド

2021年12月14日

冬の山といえばスキーですが、「狩猟」の場としての顔もあります。日本の場合、鳥獣の狩猟期間は安全確保の観点から木の葉が落ち見通しの良い、かつ鳥類の繁殖や渡りに影響のない冬期に限定されています(都道府県によって期間は若干異なる)。 

私の住んでいる静岡県では、11月1日より銃によるニホンジカ(以下シカ)・イノシシ猟が解禁となり、他の都府県よりやや早いスタートとなりました。

静岡県で一足先にこれらの種の猟が解禁になるのは、頭数を減らす目的があるからです。 

今回は、その中でもシカに焦点をあて、シカ増加の原因と、シカがもたらす問題について解説していきます。 


* シカは「20世紀後半」に急増

シカの個体数は、時代によって増減を繰り返してきました。

環境省によると、全国のシカ(北海道を除く)の推定個体数は 189 万頭( 2019 年度)で、2014 年度をピークに減少傾向にありますが、生息数を国が目指す適正水準とするためには、引き続き捕獲強化が必要とされています。

また、1978年度から2018年度のまでの40年間で、生息分布が約2.7倍に拡大していることが明らかになっており、拡大の一途をたどっています。

ではなぜ全国でシカが「勢力拡大」しているのでしょうか?

その原因はひとつの単純なものではなく、様々な要因が絡み合っています。

①天敵の不在

かつての日本には、シカを捕食するニホンオオカミが1900年代初頭まで生息していましたが、感染症の流行や、家畜被害対策の観点による駆除などによって、絶滅しています。

自然界に天敵がおらず捕食圧がないことが、シカの生息数増加の一助となっています。

 

②降雪量の減少

近年、スキー場の開業時期が例年に比べ遅れたり、雪が降らずに営業を見合わせるスキー場がでるなど、冬の積雪異常がニュースになることが多くなりました。昨今の地球温暖化によって冬季の積雪量が減ったことは、自然界にも影響を与えています。シカにとっては、豪雪がなくなったことで冬季も充分なエサを食べられるようになり、自然減の原因となっていた冬季の豪雪によるエサ不足が軽減され、結果として生存率が上がっています。

 

③日本の森林政策「拡大造林」

太平洋戦争後の復興に伴う木材需要が増加すると、国内での木材生産が推進されました。

政府は、1950年代から60年代にかけて、木材の安定供給を図るために山林を開拓し、木材として有用なスギ・ヒノキを主とした大規模な人工林を造成しました。これが戦後日本の「拡大造林政策」です。

人工林を造るために、それまであった天然の広葉樹の森を皆伐し、一面はげ山となった山には、スギやヒノキの稚樹が大量に植樹されました。高い木が切り倒され、日当たりがよくなった山林が草原化したことや、植樹されたスギ・ヒノキの稚樹は、シカにとっては大量のエサとなりました。このことがシカの爆発的増加の引き金になりました。

スギ・ヒノキの人工林の造成は、私を含め多くの方が苦しんでいる花粉症の原因ともなっていることを考えると、現代を生きる私たちにも影響を及ぼしているといえますね…。

 

④シカの捕獲禁止措置

現在では増加傾向のシカも、かつては絶滅の危機に瀕したことがあります。

1900年代初頭までの、食料や毛皮利用を目的とした乱獲によって、全国的に個体数が激減し、地域によっては絶滅したところもあります。その後1950年代までは禁猟、1955年からオスジカのみ解禁され、全国でメスジカが狩猟解禁されたのは2007年と、つい最近のことです。この規制緩和の遅れも、シカの増加に大きな影響を与えています。

 

⑤人のくらしの変化

現在の日本では、耕作放棄地の増加が全国的な問題となっています。

人間がそれまで管理していた土地に人手が入らなくなることにより、放棄地が生息場所として利用されるようになっています。

また、狩猟人口が減少していることにより、シカに対する捕獲圧が低下していることも、シカの増加を促進する一因となっています。大日本猟友会によると、1980年の狩猟免許交付数は約46万件だったのに対し、2016年には約20万件と半数以下になっています。

このように、シカが増加している原因は様々ですが、すべて人間の営みが関係しているといえます。

時代に応じた様々な人間活動が自然に対し与えた影響は、結果としてシカが繁殖しやすい環境を作り出し、それに適応したシカがその個体数を徐々に増やして今日に至っているというのが現状です。

 

これまで見てきたように、シカは様々な要因から増加の一途をたどっています。

かつては自然のサイクルの中で保たれていたシカの生息数が過剰に増加していることで、自然界や人間社会に様々な影響をもたらしています。シカの増加がもたらす問題には、どのようなものがあるでしょうか? 

①山林の生態系破壊

増えすぎたシカは、自然界の植物を餌として大量に消費しています。

シカが草を食べ尽くし地表がむきだしになると、雨が降った時に地中に水がしみこみにくくなり、地表を流れ去る水量が増え、土壌流出を引き起こします。

私たちが使う水は、森林が起こす水のサイクルの恩恵を受けているので、この問題は我々の暮らしと無関係ではありません。また、山には水を貯えることで、河川の流量を調整し、洪水や渇水を緩和している保水機能が備わっているので、森林の荒廃が進むことで、災害の頻度や規模も大きくなることが予想されます。

また、シカは数ある植物の中でも、好きな植物を選り好みして食べています。

シカの多い地域では特定の植物がなくなり、シカが好まない植物種のみが残る森になることがあります。

また、シカが届く高さの葉を食べ尽くし、葉がなくなった木の下部と、葉の残った上部の境界 “ディアライン” が出現します。

これらの食害の影響は、昆虫や鳥などの生息環境に影響を与えており、森の生物多様性が損なわれる原因ともなっています。 

森で見られるディアライン

シカが好まない植物・バイケイソウ


②農作物や林業への被害

シカの増加原因に、耕作放棄地の増加を挙げました。それまで農作業で人間が頻繁に出入りしていた場所に、農業を辞めることで人間の圧がかからなくなります。すると、自然界と人間の境界があいまいになり、野生動物は人里近くまで進出してくるようになります。

農林水産省によると、2018年度の野生鳥獣による農作物被害額は約158億円で、そのうちシカによる被害額は約54億円で、種別でみると最も被害額が大きい結果となっています。 

シカの食害は、林業にも及んでいます。植樹した木の枝葉や、樹皮を剥いで食べることが原因で、林野庁の調査によると2019年度の調査で野生鳥獣による森林被害面積は全国で約5000ha、そのうち約3,500haがシカによるもので、実に約7割を占めます。

このように、シカの増加は一次産業にも多大な影響を及ぼしています。

樹皮がはがれた木

シカの出没を警告する標識


③交通事故

一般生活の中で、最も直接的な被害を受ける可能性があるのが、シカの交通事故。シカが多数生息している山沿いの道や林道などの道路では、警告看板が出ているのを目にされたことがあるかと思います。

道路のわきの茂みから突然飛び出して来て、衝突事故を起こすというもの。ひどい場合は自走不可能や、とっさのハンドル操作を誤り重大事故に発展する恐れもあります。  

シカの飛び出しの可能性があるところでは、スピードを出し過ぎず安全運転を心掛けましょう。

1匹が道を横切ると、同じ群れの仲間があとから飛び出すことがあるので、注意が必要ですよ。

ここまで見てきた通り、シカは様々な原因によって個体数を増やし、生息地を拡大しています。この問題を解決するにあたり忘れてはならないのは、シカは古来日本の自然環境の中に居場所を持つ野生動物であり、外来種問題のように、駆除することのみによって問題を解決することができないという点です。

現在の行われている取り組みとして、猟期のスポーツとしての狩猟以外に、生息数を抑えるための許可捕獲の実施(環境大臣・都道府県の許可があれば年中狩猟可能)、シカ柵を設置することでの農林業被害防止、生息地拡大の抑制などの措置が取られています。

しかしながら、シカと共存する社会を実現するには、捕獲数が繁殖力を抑制するに至っていないなど、まだまだ課題が多いのが現状です。シカの生息数を、自然環境を損なわない適切な数に抑え、森林環境や一次産業への害を抑えつつ、適切な生息環境と規模にシカを位置づけていくことが重要です。 

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