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電池の父が直言!「電池戦争」勝負の分かれ目

今日、明日の動きを見て焦らなくてよい

印南 志帆:東洋経済 記者

2021.11.19

世界で過熱する電池投資合戦。何が日本の電池産業の未来を左右するのか。「リチウムイオン電池の父」に今後の展望を聞いた。

EV化という観点で、日本はガラパゴス状態」「ハイブリッド車は十分に役目を果たした。ここにしがみついていてもしかたがない

中国、ヨーロッパ、そしてアメリカ。EV化の流れが加速し、今、世界中で巨額の電池投資合戦が繰り広げられている。1985年にリチウムイオン電池を発明し、車の電動化の礎を築いた吉野彰・旭化成名誉フェローに今の流れについて尋ねると、冒頭のような“大胆発言”が飛び出した。 ただ、「今日、明日の動きを見て焦る必要はない」とも言う。昨今の電池投資合戦をどう見ているのか、何が日本の電池産業の未来を左右するのか。「リチウムイオン電池の父」に今後の展望を聞いた。


よしの・あきら/1948年生まれ。京都大学大学院工学研究科修了。1972年旭化成工業(現旭化成)入社。1985年にリチウムイオン電池を開発。2005年に大阪大学大学院博士(工学)。

同年に吉野研究室室長。2017年より旭化成名誉フェロー。

2019年にノーベル化学賞。九州大学栄誉教授(撮影:梅谷秀司)



 * 日本の電池産業は崖っぷち

――車載電池に巨大な需要が生まれています。

EV(電気自動車)化の大きな流れは間違いなく来ている。

EV大国は中国だというイメージがあったかと思いますが、これからはEU(欧州連合)が追い抜き、世界をリードしていく。

アメリカも、バイデン政権に代わったことで同じ方向に動いています。

一方、EV化という観点で日本の自動車業界を見ると、完全にガラパゴス状態です。

かつては、エコカーといえばプリウスに象徴される日本のハイブリッド車(HV)でしたが、役目は十分に果たしたわけです。

ここにしがみついていても仕方がない。このままいくと、日本の車は海外に輸出できなくなってしまいます。

国内にEV用電池のマーケットがほとんどないものだから、日本の電池産業は崖っぷちですよ。

安全性などの品質の高さで差別化できる電池材料メーカーは海外(の電池や自動車メーカー)頼みでまだ戦えるけれど、パナソニックをはじめとした電池メーカーはかろうじて健闘している。

 

――日本の電池産業は「崖っぷち」からはい上がれるのでしょうか。

EVが主流になるまでのロードマップを考えると、競馬でいえば今はスタートを切ってまだ第1コーナーの一歩手前です。

先頭を走っている必要はない。自動車メーカーが中国や韓国の電池メーカーから調達する動きがあります。

それはあくまで2025年までのEV化の中で何とか(必要な量の)電池の手当てをせなあかん、ということ。

中韓勢が何千億円の投資をした、という話が出るとついそこに目が行ってしまいますが、今日、明日の動きを見て焦る必要はない。本当の勝負どころは、2025年以降をにらんだ手をちゃんと打てるかどうか。

今は崖っぷちだけれど、そこに向けて自動車や電池メーカーがどのように動いていくかがポイントだと思います。

何もしないと、最下位のままゴールをすることになりますよ。

 

――普及が本格化するといわれる2025年以降は、EV化の潮流が変わると。

EV化が進むのは確実ですが、走り回っているのは今世の中に出ているEVじゃないんです。自動運転やシェアリング、こういった技術や概念と融合した新しいEVに変わっていくはず。そうなると、搭載される電池に要求される特性も当然変わってきます。

 

――では、どんな電池が必要になるのでしょう。

最も変化するのは、(車の航続距離を左右する)電池のエネルギー密度への要求でしょうね。これまでは、マイカーを前提としてガソリン車と同じくらい走れるEVが期待されてきた。自動運転やシェアリングが普及し、タクシーのようなサービスの世界に入っていけば、1台の車が一度の充電1000㎞も走れる必要はない。

一方、車の稼働率が上がることで1台あたりの総走行距離は10倍くらいになる。

こうした動きが予測される中で、求められる電池すでに二極化してきています。

 

* テスラの動きで流れが変わった

――二極化というのは? 

自動車メーカーから「エネルギー密度についてはうるさくいいません。その代わり、長い距離を走ってもへたらない電池の耐久性を重視します」というニーズが出てきている。これは2025年以降をにらんだ動きといえるでしょうね。

私は以前からこうした二極化が進むと思っていましたが、その発端はテスラ

販売価格が400万円台からのテスラ「モデルS」で顧客層が広がっている(写真:Tesla, Inc.)

テスラが(EV用で主流の三元系リチウムイオン電池とは種類が異なるリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)を採用してから。これで業界の流れが一気に変わった。 リン酸鉄の電池は、エネルギー密度が低いので「こんなものはEVに使えない」というのが常識でした。そうした見方が変わってきたため東芝が開発している「SCiB」(負極にチタン酸リチウムを使う)も、二極化の流れで注目される電池の1つです。


――次世代電池として期待される全固体電池は、2025年以降の世界で使えるものなのでしょうか。

本来はね。でも、現時点の全固体電池は(理論上は高いとされてきた)耐久性を悪くしている要因がある

本来はくっついていないといけない粒子同士が振動などで離れてしまい、(電極に使われる材料との間に)隙間ができて電池の劣化につながってしまう。

これが、先日トヨタが全固体電池をEVに搭載するには課題がある、と発表した理由の1つ(詳しくは、トヨタが全固体電池で衝撃の発表「EV投入には課題がある」)。

この問題を解決できる技術が出てきて、なおかつ量産技術が確立されたら、間違いなくブレイクスルーが起こって圧倒的にいい電池になるね。まだもう少し、やってみないとわからない。明日かもしれないし、10年後かもしれない。 


開発中の全固体リチウムイオン電池
(左から順に、圧粉型セル、2cm角塗工型セル、7cm角塗工型セル)
(写真:NEDO)

開発中のトヨタの全固体電池
(写真:トヨタ自動車)

研究機関などの実験では、全固体電池は液系の電池と比べて複数のメリットがあることが分かっている。

電解質が固体であることにより重量や体積あたりのエネルギー量(エネルギー密度)を高められるため航続距離を長くでき、燃えにくい。

EVの充電時間が短くなり、寿命も長い。さらに、電池が高温になっても耐えられるため、車載電池の劣化を防ぐために必要な冷却機構も不要になる。

これが実用化されればEVの抱える課題の解決につながるとあって、開発競争はここ数年激しさを増してきた。電池メーカーや自動車メーカーに加え、素材メーカーやスタートアップも相次ぎ参入している。関連特許の出願数などで先頭集団を走っているのは、日本のトヨタ自動車だ。

 

トヨタ「EVへの投入には課題」

が、そのトヨタから衝撃的な発表があった。

「現時点では、全固体電池をハイブリッド車(HV)に活用することが性能的には一番近道だ」

今年9月にトヨタ自動車が開催した電池戦略の説明会。

登壇した開発トップの前田昌彦CTOは、トヨタが2020年代前半の実用化を目指す全固体電池を、EVではなくまずHV向けに投入する方針であることを明らかにした。

全固体電池はイオンの動きが速く充電と放電を早くできることから、HV向けの電池として適している、というのがその理由だ。

一方で、全固体電池のEVへの投入については「技術課題がかなりある」(前田CTO)とし、早期の実用化には慎重な姿勢を示した。

課題は大きく2つ。

EVに搭載するにはエネルギー密度がまだ十分でないこと。

そしてもう1つが、電池の寿命に問題があることだ。

だがそもそも、全固体電池は長寿命なのがメリットとされていたはずだ。

それにもかかわらず、寿命に問題があるとはどういうことなのか。

原因は、電池の充放電を繰り返すことで固体の電解質が収縮し、電極に用いられる材料との間にすき間が生じてしまう点にある。すると、イオンが正極と負極の間を通りにくくなってしまい、電池の劣化が進む。

この課題解決に向けて、トヨタはすき間の発生を抑える材料を開発中だ。

前田CTOは「新材料を見つけられれば(実用化が)すごく早まる可能性があるし、見つからなければ時間がかかる。正直、楽観できる状況ではない」と話す。



――全固体電池への期待はトーンダウンしているという見方もあります。

いろんなアナウンスの仕方があるから……。私はトーンダウンしていないと思います。

 

――日本の電池メーカーは今後のEV化の潮流を捉えていますか。

潮流を読み取れるかは、電池よりもむしろ自動車メーカーのほうで大事になってきます。

きっと、皆さん今すごく悩んでいるんじゃないの?日本の自動車メーカーは数年のうちに将来の方針を劇的に変えてきますよ。

とくにEV化の動きに注目しているのはホンダだろうね。(2040年までに世界で売る新車をすべてEV・燃料電池車にする方針を表明しており)きっと、とんでもないことをやろうとしているんじゃないの?

トヨタの実験都市も、1つのトライアルでしょう。

そして間違いなく(EV化の未来を)明確にイメージしているのは、アメリカのグーグル、アップルやね。

 

日本勢はむしろ自由に動ける

そして電池メーカーの勝負どころは、要求される電池の特性が変わってきたときにちゃんとミートできるものを提供できるか。

電池メーカーは、足元では2025年までの電動化のために投資をして電池を供給しつつ、それ以降のことを考える、両にらみでやっていかんと。

同時にこれをやるのは難しいから、(投資で後れをとる)日本の電池メーカーはかえって自由に動きやすいともいえる。

 

――EUやアメリカは国を挙げて電池産業を創出しようと支援しています。

        対して、日本は支援が希薄だ、という声があります。

EUは間違いなく電池産業を興すつもりですよ。自動車メーカーが域内で車を作る限り、電池も現地で作らざるをえない。

いつまでも、今のような中韓の電池メーカー頼みというのは絶対にありえない。

ただ車載電池のマーケットは巨大だから、工場を作るにしても100~200億円のモバイル用電池向けより投資額が一桁、二桁多くなるのは当然です。そのとき、政府からの何がしかの支援があったほうがいいんでしょう。

日本でも、グリーンイノベーション基金や、別口で大規模工場への(政府)支援が検討されています。

ただ、それも良しあしだから。民間でやるのが理想的です。

 

――日本の産業史を振り返ると、ディスプレーや半導体など、官民一体の取り組みでうまくいった例はありません。

市場原理に基づかない方向に行ってしまうと、ぬるま湯になってしまいますよね。

(官の支援から)独り立ちすべき時期に実力勝負で戦えなくなってしまう。

中国の電池メーカーは官の支援が完全に裏目に出た例です。

北京にはたくさんの電池メーカーができたけれど、実力勝負をすべきときに通用せず、ことごとく潰れている。

かといって、電池メーカー単独で何千億円もの投資をするのはしんどい。

電池の開発段階から自動車メーカーと一体になってやっていかないと。

自動車メーカーが電池を内製化するというのも1つの方法でしょうね。

 

* 日本には交渉のプロが必要だ

――EUは、資金的な支援だけでなく国際的なルール作りにも積極的です。

        2027年からは、域外からの電池の輸出がしにくくなるような規制が導入される予定です。

EVに限らずカーボンニュートラルCO2排出量の実質ゼロ)政策全体の話になりますが、これについては心配しています。

いろいろな国際規格を決めるにあたって、日本は たいてい損をしている。

 

――損、ですか?

国際規格を定める委員会では、各国同士で “バトル”をするわけです。

そこに出席していた人の話によると、日本ほど交渉が下手な国はないと。

海外では、雇われた職業交渉人が出てきて、依頼主に有利な方向に議論を持っていく。

日本は参加するのが担当官庁の人などで「交渉のプロ」ではない。

そのうえ、日本語でも難しい議論を英語でやれというのはハードルが高い。

カーボンニュートラルでは、国際的なルールがものをいいます。

そのとき、日本に有利とまではいかなくても、不利にならないようにしないといけない。

もし日本の技術が生かされないようなルールを決められてしまったら、日本は滅亡ですよ。

日本でも、交渉のプロを作らないといけない。今一番、強調したいことです。

 

――吉野さんは大学で教鞭を執っていますが、日本に次の電池産業を担う人材は育っているのでしょうか。

大学では、電池を専攻する学生さんの数は多い。大学の研究予算が比較的潤沢だし、目標が明確だからでしょう。

何しろ、今やらんといかんことは世界規模で決まっているわけです。

カーボンニュートラルに向けて、新しい技術なり製品を生み出すこと。

研究者として一番悩むのはマーケットがあるかどうか。

私がリチウムイオン電池を開発していたときも課題はそこでした。

その後(リチウムイオン電池が搭載されるパソコンやスマートフォンが普及する)IT革命が来るなんて1%ほどしか見えておらず、蓄電池がこれから必要になるだろうという「におい」をもとに開発を続けました。

対して車載用電池は、お客さんがもう待っている。あとはどんな知恵を出すかです。

こんなに“たやすい開発タスク”はないと思う。   

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