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「最近疲れやすくなった人」に多い呼吸の仕方


「呼吸力」が一気に高まるエクササイズを伝授!

山田 知生 : スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター 

2021年10月05日

日々ストレスに追われる現代人は、「息を吸ってばかりで吐くことを忘れている」人が多いと語るのは、「スポーツでも世界最強」といわれるスタンフォード大学でアスレチックトレーナーとして20年間、選手たちの健康管理を担ってきた山田知生氏だ。

パフォーマンス低下をもたらす「慢性的な疲れ」と密接に関係するのが「呼吸」であると、同氏は指摘する。本稿では、『スタンフォード式 脳と体の強化書』の著者でもある同氏が、疲れにくい体に変わる「腹圧呼吸」エクササイズについて解説。

 

* 世界最強スポーツ集団が「呼吸」を学ぶワケ

スタンフォード大学での私の役割は、スポーツ医局のアソシエイトディレクター。

スポーツ医局の方向性とビジョンを決め、医局で働くスタッフを統括しています。

同時に現役のアスレチックトレーナーでもあり、これまで20年にわたり、長距離ランナー、バスケットボール、ゴルフ、野球など数多くの選手をサポートし、現在は水泳チームを専属で担当しています。

スタンフォードは世界の頭脳が集まるエリート大学。

日本の方々はよくこのように言われますが、それはあくまでスタンフォードの一面にすぎず、実際は「文武両道の大学」。

スポーツでも名門とされています。

最近の例を見るだけでも、この夏に開催された東京オリンピックにはスタンフォード大学から合計53名の選手を送り出し、私が担当している競泳では9名が参加、2つの金、7つの銀、3つの銅メダルを獲得しました。

また、オリンピック2大会で計5個の金メダルを獲得した女子水泳のケイティ・レデッキー選手や、アフリカ系アメリカ人女子水泳選手として史上初の金メダリストとなったシモーン・マニュエル選手など、プロスポーツの世界でも、多くのスタンフォード大卒業生が目覚ましい活躍を見せています。

スポーツ医局において大切なのは、「疲れが最小限になるように予防すること」「試合中に最高のパフォーマンスを発揮できるようにすること」、そして「試合後の回復を最大限にすること」です。

疲労は確実に、そして驚くほどパフォーマンスを下げる難敵です。

その実態を、私は何度となく目にしてきました。そのため、アスレチックトレーナーはさまざまなメンテナンスのアプローチを試みるのですが、共通して用いるのが「腹圧呼吸」です。

腹圧呼吸とは、息を吸うときも吐くときも、お腹の中の圧力を高めてお腹周りを「固く」する呼吸法で、お腹をふくらませたまま(腹圧をかけたまま)息を吐くのが特徴です。

ちょっと疲れているという選手も、慢性的な痛みがある選手も、ケガでリハビリ中の選手も、必ず腹圧呼吸を行いながらメンテナンスします。「体内の圧力を高める」腹圧呼吸を実践することで、次のような効果が期待できます。

・腹圧が高まることで、体幹と脊柱が安定した正しい姿勢になる

 ・無理な動きがなくなり、パフォーマンスレベルが上がる

 ・リラックス状態をつくる「副交感神経」がきちんと働く

このような好循環を生み出し、疲労を含めたあらゆるダメージに強い体をつくる方法が、腹圧呼吸というわけです。

*「息の吐き方」でコンディションが変わる

呼吸法の基本は、息を「しっかり吐ききること」です。

自律神経は、息を吸うときには交感神経が優位になり、息を吐くときには副交感神経が優位になります。

この「呼吸性洞性不整脈」と呼ばれる現象は、心拍の揺らぎ(心拍変動)の一因です。

息を吸って心拍が上がっても、きちんと吐いて心拍が落ち着く、これが繰り返されるならば問題はありません。

しかし、さまざまなストレス要因にさらされ、つねに緊張を強いられがちな私たちは、交感神経が優位に傾きがちです。

いつも呼吸が浅く速く、「吸う」ほうが多いため、無自覚のうちに「しっかり息を吐く」ということがおざなりになっています。つまり、現代社会に生きる私たちのライフスタイルでは、知らず知らずのうちに、副交感神経が優位になるチャンスが少なくなっているのです。

物事の移り変わりが非常に速く、ますます競争が激しくなっているのが現代です。

よく「息をつく間もないほど忙しい」なんて言いますが、まさにそのとおりですね。

ともすれば息を吸うばかりで、ハーッと息を吐いて落ち着くチャンスが少ない。

息を吸うと交感神経が優位になって心拍が上がるので、「息をつく間もないほど忙しい」というのは、「心拍が落ち着く間がない」ということでもあります。

無意識の呼吸だけでは、副交感神経が優位になりづらい。そんな私たちには、「意識の力」が必要です。

体にいいことを、意識して習慣化するということです。

ですから、副交感神経を優位にするチャンスを増やす「腹圧呼吸」を、ぜひ今後の新習慣としてください。

現代人はつねに緊張を強いられる状態であり、交感神経が優位になりっぱなし。自律神経がバランスよく働くことが重要とはいえ、ストレスまみれの現代人の実情に鑑みれば、やはり副交感神経を優位にするような対策が必要でしょう。

そこでぜひ知っておいていただきたいのが、「迷走神経」です。おそらく多くの人にとって聞き慣れない言葉だと思いますが、この迷走神経こそが現代人の健康のカギを握っているといっても過言ではありません。

迷走神経は、脳の「延髄」というところから始まり、目元、耳元、首元を通ってすべての内臓に枝分かれしている神経です。

脳からの指令を内臓に伝え、内臓の状態を脳に伝えるという具合に、脳と内臓の双方向的なコミュニケーションを司っています。

リラックス状態をつくる副交感神経は、実は迷走神経の支配下にあります。

迷走神経が活性化されると、副交感神経が優位になり、生活に落ち着きと静けさがもたらされるということです。

迷走神経は英語で「ベガス・ナーブ(Vagus nerve)」、そこから転じて、迷走神経の活性度を「ベーガル・トーン(Vagal tone)」といいます。迷走神経は、いわば副交感神経の「元締め」のようなもの。

その迷走神経の活性度を上げること、つまりベーガル・トーンを上げることが、副交感神経を優位にする有効な戦略になるというわけです。

交感神経が心身を緊張・興奮状態にする「アクセル役」だとしたら、迷走神経は心身を緩和・鎮静状態にする「ブレーキ役」といってもいいでしょう。迷走神経が活性化すると、相対的に交感神経の活性が落ち、血管の拡張、血圧の低下、心拍の鎮静化、ストレス反応や炎症反応の緩和、痛みの軽減、睡眠の質の向上、消化・吸収の改善、免疫力アップなどが起こります。

放っておくと交感神経優位に傾きがちな現代人が、なぜ迷走神経の活性度を意識的に高めたほうがいいのか、おわかりいただけたのではないかと思います。

迷走神経は副交感神経を支配しているため、迷走神経の活性度も「心拍変動」から窺い知ることができます。

心拍変動の数値が自分のベースラインを下回ったら、交感神経が優位になりすぎているサイン。

と同時に、迷走神経の活性度が低く、副交感神経があまり働いていないサインとも見なせるというわけです。

そして、このベーガル・トーンを上げる方法の筆頭が、「呼吸」なのです。

呼吸は自律神経と強く関連しているため、べーガル・トーンを上げるような呼吸法を取り入れることで、副交感神経がきちんと働く体にしていけるのです。

ここまで、呼吸法に関する基礎知識を入れていただいたところで、スタンフォード大学で用いられ、べーガル・トーンを効果的に上げる「腹圧呼吸」の実践法を見ていきましょう。

必ず意識したいのは、「お腹をふくらませたまま(腹圧をかけたまま)息を吐くこと」

次の2点の要領で行ないます。  

1  息を吸うときは鼻から吸い、お腹をふくらませるように(風船のように)する

    こと。息を吸っている後半には、胸も上がってきます。吸う時間の目安4秒間

2  息を吐くときは、無理なくゆっくりと、お腹に圧がかかっているのを感じながら

     吐いていきます。吐いている途中で多少、お腹がへこんできて、開いていた肋骨が

    お腹の内側に向かって閉じていきます。 吐く時間の目安6秒間


息を吐くときは、口から吐いてもいいのですが、鼻から吐いたほうが、吐く速度をコントロールしやすいのでおすすめです。

4秒吸って、6秒吐くという秒数設定は、「ちゃんと吐く練習」をするため。

日ごろ「吸う」ばかりになりがちな現代人は、やはり吐く秒数を長くしたほうがいいのです。

もう1つ、迷走神経の働きを高め、心身を深いリラックスさせるエクササイズを紹介しておきましょう。

私は毎晩、就寝時に行なっていますが、たいていは、このエクササイズだけですんなり入眠できます。

 日中、仕事や家事の合間の休憩時間に行なうのもおすすめです。 

1 仰向けになり、両手を組んで後頭部(少し高め)に当てる。

25秒かけて鼻から息を吸う。両腕で包み込むようにして頭をしっかり

      ホールドし、息を吐きながら、軽く矢印のほうに引っ張る  

35秒かけて鼻から息を吸う。息を吐きながら両ひじを開き、軽く肩甲骨を

       背中の中心に寄せるようにする。

 ※  頭は上げずに、両手の上でリラックスしたまま、

          首が伸びるのを感じられたら◎ 

4 3の体勢をキープしながら5秒かけて鼻から息を吸い、5秒ほどかけて息を吐く

      これを2分間繰り返す


  長時間、座りっぱなしで、体を動かさずにいる人は特に、背筋が縮みがちです。

背筋が縮まると胸郭も狭くなり、呼吸がしにくくなります。

ここで紹介するエクササイズは、ひじと手首で床を押しながら背中を丸め、背中が丸まったときに肩甲骨が大きく左右に開く形になるように行なう呼吸です。

 エクササイズの直後には、さっそく背筋がスッと伸び、視線が少し高くなったように感じられるでしょう。

胸郭が自然と広がり、呼吸がしやすくなります

また、日ごろ縮こまりがちな首筋が伸びることで、首や肩のこりなども改善するはずです。

1 四つん這いになって両ひじを90度に曲げ、顔を下に向ける。

      両ひざを90度に保ち、股関節の真下にくるように(下向きの「コ」の字に

      なるように)して、両足の指を床に立ててつく。

25秒かけて鼻から息を吸い、手首と両ひじ、両ひざで床を押すように

      意識しながら、背中を丸めるようにする。

 ※背中のみぞおちの後ろあたりに意識をおく。

3 背中を丸めたら、股関節とひざの角度を保ったままで、息を吐きながら

      上半身を少しお尻のほうに移動させる。

 ※腕は前方へ、肩は後方へ行くイメージで。

        首は亀のように前方に突き出し、背中の伸びを意識する。

4 3の体勢をキープしたまま、5秒かけて鼻から息を吸い、5秒かけて吐く

      これを6 回繰り返す

 ※エクササイズを終えて、立ったときに背が高くなったように感じれば◎


 腹圧呼吸にはお金も道具もいっさい不要で、必要なのは「1日5分程度の時間」を「毎日、続けること」だけ。

それでいてべーガル・トーンを上げる効果は絶大です。

いつ行なってもいいのですが、おすすめの時間帯は、長い会議や仕事が一段落した後、そして寝る前です。

これらのタイミングにこの呼吸法を行なうことでストレスがいったんリセットされれば、もうひとがんばりもできますし、夜は健やかな入眠が促されます。 

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