おがわの音♪ 第1173版の配信★


日本人は国際的に低い給料の本質をわかってない

アベノミクスにより世界5位から30位に転落した

野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授

2021年10月03日

日本の賃金は、OECDの中で最下位グループにある。アメリカの約半分で、韓国より低い。同様の傾向がビッグマック指数でも見られる。( ☞ おがわの音♪ 729版 )

ところが、アベノミクス以前、日本の賃金は世界第5位だった。その後、日本で技術革新が進まず、実質賃金が上がらなかった。そして円安になったために、現在のような事態になったのだ。円安で賃金の購買力を低下させ、それによって株価を引き上げたことが、アベノミクスの本質だ。 

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。



* 日本の賃金はアメリカの約半分で、韓国より低い

OECDが加盟諸国の年間平均賃金額のデータを公表している。

2020年について実際のデータを見ると、つぎのとおりだ。

日本は3万8515ドルだ。他方でアメリカは6万9391ドル。したがって、日本の賃金はアメリカの55.5%でしかない。

ヨーロッパ諸国を見ると、ドイツが5万3745ドル、フランスが4万5581ドル、イギリスが4万7147ドルだ。

韓国の賃金は4万1960ドルであり、日本の値はこれよりも低い。

2020年において日本より賃金が低い国は、旧社会主義国と、ギリシャ、イタリア、スペイン、メキシコ、チリぐらいしかない。

日本は、賃金水準で、いまやOECDの中で最下位グループに入っていることがわかる。

だから、日本人は、日本で得た賃金を外国で使っても、あまり大したものが買えない。

こうした状況に対処しようと思えば、アメリカや英独仏、あるいは韓国などに出稼ぎに行き、日本より高い賃金を得ることだ。

日本人が老後生活を送るためには、海外出稼ぎを真剣に考えなければならない時代になってきた。 

「ビッグマック指数」というものが算出されている。

これは、イギリスのエコノミスト誌が公表しているデータで、各国のビッグマックの価格を比較したものだ。

2021年のデータを見ると、つぎのとおりだ。

日本のビックマックは390円で、これを為替レートで換算すると3.55ドルになる。

他方で、アメリカのビックマックは5.65ドルである。

したがって、日本のビックマックはその62.8%ということになる。

上で見たように、OECDの数字では、日本の賃金はアメリカの賃金の55.5%だった。

ビッグマックの価格の違いも、賃金格差のデータとほぼ同じだ。

またユーロ圏のビックマックはドルに換算して5.02ドル、イギリスのビックマックが4.5ドルである。これも、賃金格差とほぼ同じ傾向だ。 

さらに、韓国のビックマックは4.0ドルであり、これは日本の3.5ドルより高い値になっている。これも賃金の場合と同じだ。


* ビッグマックの価格は日本が最低  LINK  日本人が大好きな「安すぎる外食」が国を滅ぼす

ビッグマック価格が日本より低い国は少ない。これも賃金の場合と同じだ。

このように、賃金で見てもビックマック価格で見ても、日本と外国の格差は同じような傾向になっている。

これは、ビッグマック指数がある時点での賃金の国際比較をするのに使えることを意味する。

これは、別に不思議なことではないし、偶然でもない。

ビッグマックの価格と賃金の比率がどこの国でも大体同じような値であれば、賃金における日本と外国の比率と、ビックマック価格における比率は、ほぼ同じようなものになるはずだからだ。

もう少し詳しく言うと、つぎのとおりだ。

OECDの数字は、2020年を基準とした実質賃金を、2020年を基準とした購買力平価でドル表示したものだ。

したがって、物価の変動を除去した実質賃金であり、また為替レート変動の影響を除去したものになっている。

どちらも2020年を基準としているので、2020年については、名目賃金を実際の為替レートで換算した額に等しくなっている。

日本人の賃金が国際的に低いという状態は、昔からそうだったのだろうか?

アベノミクスが始まる前の2010年がどうだったかを、ビックマックの2010年の価格(ドル換算値)で見ると、つぎのとおりだ。

日本は3.91ドルで、アメリカの3.71ドルやイギリスの3.63ドルより高かった。

日本より高かったのは、スイス、ブラジル、ユーロ圏、カナダだけだった。

韓国は3.03ドルで、日本より低かった。

この時には日本のビッグマック価格がこれだけ高かったのに、いまは低くなってしまったわけだ。 

つまり、日本人は、国際的に見て、アベノミクスの期間に急速に貧しくなってしまったことになる。

 

* 日本の実質賃金は伸びなかった

なぜ日本は急速に貧しくなったのだろうか?

それを見るために、OECDの年間平均賃金額データで2010年の値を見ると、つぎのとおりだ。

日本の値は3万8085ドルで、アメリカの6万1048ドルよりかなり低い。

またイギリスの4万6863ドル、ドイツの4万7054ドル、フランスの4万4325ドルなどに比べても低い。また韓国の値は3万6140ドルであり、日本と大差がない。

このように、2010年においては、OECDの数字とビッグマック指数がかなり異なる状況を表している。

こうなる理由は、つぎのとおりだ。

上で述べたように、OECDの数字は、2020年を基準とする購買力平価によって各国を比較している。

ところが、2010年は円高だった。

しかし、2020年基準購買力平価では、2020年と同じ購買力にするように為替レートを調整するので、2010年の現実の為替レートよりは円安のレートで比較しているのだ。

したがって、日本の賃金は、国際比較で低く評価されることになる。

このようなデータを算出しているのはなぜか?

それは、為替レート変動の影響を取り除いて、その国の実質賃金が時間的にどのように変化したかを見るためだ。

2020年購買力平価で計算した数字を時系列的に見れば、各国通貨表示で見た実質賃金の推移を表わしていることになる。

そこで、年間平均賃金額について、2000年に対する2020年の比率を見ると、つぎのとおりだ。

韓国は1.45倍と非常に高い値だ。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスは、1.2倍程度だ。

ところが、日本は1.02でしかない。つまり、この20年間に、実質賃金がほとんど上昇しなかったのだ。

実質賃金が上がらず、かつ円安になったために、ビッグマック指数で見た日本の地位が低下したのだ。

 

* アベノミクスの本質:労働者を貧しくして株価上昇

日本の賃金が国際的に見て大幅に低い状況は、本来は不均状態とはいえない。

なぜなら、もしマーケットが正常に機能していれば、日本製品の価格が安いのだから、日本の輸出が増え、円高になるはずだからだ。この調整過程は、現在の上記の不均衡がなくなるまで続くはずだ。

しかし、円高になると、輸出の有利性は減殺される。本来は、円高を支えるために、企業が技術革新を行い、生産性を引き上げねばならない。

それが大変なので、円安を求めたのである。

手術をせずに、痛み止めの麻薬に頼ったようなものだ。

このため、日本の実質賃金は上昇しなかったのだ。

物価が上がらないのが問題なのではなく、実質賃金が上がらなかったことが問題なのだ。

賃金が上がらず、しかも円安になったために、日本の労働者は国際的に見て貧しくなった。

日本の企業が目覚ましい技術革新もなしに利益を上げられ、株価が上がったのは、日本の労働者を貧しくしたからだ。

これこそが、アベノミクスの本質だ。 

Copyright©Toyo Keizai Inc.All Rights Reserved.


まるで 岸田 “第5次安倍” 内閣

世論無視で麻生・安倍の色くっきり、衆院選で国民の審判下る

斎藤満

2021年10月5日

自民党総裁選で圧倒的な差をつけて勝利した岸田文雄氏。安倍・麻生vs二階・菅の代理戦争で、安倍氏側が圧勝したという結果です。さっそく党内・閣僚人事を発表した岸田首相ですが、安倍・麻生色の強い「第5次安倍内閣化」が見られます。

 

*「人の話をよく聞く」性格が災いした岸田人事

実際、決選投票では高市票が岸田候補に流れたわけで、岸田総裁は安倍・麻生陣営には相応の「論功行賞」を示す必要があります。それが早速、党三役人事に反映されました。岸田氏は選挙中、自分のセールスポイントとして、「人の話をよく聞くことだ」と言っていました。問題は「誰の話をよく聞くのか」です。

今回の党3役人事では、麻生大臣とよく相談したと言います。そこには当然、安倍氏の意向も強く反映されます。岸田氏のこの「人の話をよく聞く」性格を最初に反映したのが、この人事といえます。

幹事長に麻生派で安倍氏にも近い甘利氏、総務会長に安倍氏が所属する細田派で福田元総理の長男で当選3回の福田達夫氏、政調会長に無派閥ながら安倍氏が推す高市氏の配置となりました。

さらに官房長官に、松野元文部科学大臣が就任しました。彼は安倍氏が所属する細田派の議員で、しかも安倍総理(当時)が「もり・かけ」で攻められているときに、文部科学大臣として、安倍総理を守った張本人です。

閣僚人事でも、事前に麻生財務大臣に退陣してもらうために、彼を党副総裁に就任させ、財務大臣を麻生氏の義理の弟、鈴木俊一氏にするとの条件闘争をしたと言います。実質的に、財務省は麻生大臣の院政が敷かれることになります。まさに実質第5次安倍内閣を思わせる陣容となりました。このままでは岸田政権が政策を決める場は、永田町・国会議事堂ではなく、渋谷区富ヶ谷(安倍私邸)と松濤(麻生私邸)となり、官僚は渋谷通いを余儀なくされます。

 

*世論と乖離。議員票で選ばれた岸田首相

事前の世論調査では、次の総理にふさわしい人物として挙がったのは石破元幹事長、河野行革大臣、小泉環境大臣なとで、まさに「小石河」軍団がリードしていました。

そして総裁選挙でも、党員票はこの世論調査に近いと言われ、実際に1回目の投票で河野氏が45%近い支持を得ました。

ところが決選投票で圧倒的に重みをもつ議員票では、第1回の投票時点で河野候補は86票しか得られず、高市氏の114票の後塵を拝し、3位に落ちました。

そして決選投票では、この議員票がモノを言い、岸田氏が圧勝となりました。

ここに「世論」と「自民党内の世論」との乖離が際立って大きくなりました。これは過去の総裁選でも見られた、自民党特有の現象です。

 

* 自民党で支配力を保持する安倍陣営

この自民党内世論を形成しているのが、今では安倍・麻生陣営のAAコンビの絶大な影響力です。

安倍前総理の影響力は、高市氏支援だけにとどまらず、岸田氏の選挙公約も大きく修正させる力を発揮しています。

当初、「もり・かけ」などでの情報公開を進めると言っていたものを、すぐに引っ込めました。安倍陣営ににらまれた結果の修正と言われます。

河野候補も、石破元幹事長、小泉環境大臣の支援を得たことが、却って「反安倍」色を強め、AAラインによる「小石河」連合潰しを煽る羽目となりました。

河野候補自身、原発問題などで歯切れの悪い妥協策を出さざるを得ないなど、ある程度安倍陣営に配慮もしたのですが、結局、安倍・麻生陣営に潰されました。

それだけ国民世論と「自民党内世論」を形成する安倍・麻生陣営との乖離が大きいということになります。

 

*衆議院選挙に安倍色は不利

そして、岸田内閣の力が最初に問われる場となるのが、次の衆議院選挙です。これは総裁選挙と異なり、党内力学ではなく、国民世論がモノを言います。

その点、党内に世論の評価が高い石破氏や河野氏、小泉氏を抱え、河野氏を党の広報担当にあてましたが、岸田政権が彼らを冷遇し、人事面で安倍・麻生陣営を前面に出した政権であることを示してしまいました。

これは岸田政権に「新しい血」を期待した国民には失望を買う要因で、政治を私物化し、悪事をことごとく隠ぺいした安倍政権の影が、岸田政権の裏に映っています。

これは選挙にはマイナス要因になります。実際、このところの地方での補選や横浜市長選挙では与党が推す候補がことごとく敗北しています。

野党は国民に人気の河野政権にならなかったことに勇気づけられ、小沢一郎氏と共産党の志位委員長とが選挙のための連携を進めています。

「自民党を変える」「新しい自民党に生まれ変わる」と言った岸田氏の意向とは裏腹に、トリプルA色の濃い、実質安倍政権の様になってしまった岸田政権には、国民は厳しい評価を下す可能性が高くなりました。このままでは、与党は60議席以上減らすとの分析も見られます。

 

* 岸田政権独自の経済対策を打てるか

こうした下馬評を覆すためには、早急に岸田政権による独自の経済政策を打ち出すことです。

高市政調会長の下でアベノミクスの延長策を打ち出すだけでは、得点にはなりません。当初の意向通り、「分配なくして成長なし」を打ち出せるかどうかが、1つのポイントになります。

消費者をないがしろにして企業本位の政策を9年も続けてきたツケが、日本経済の凋落をもたらしたことは明白です。

問題は、どうやって労働者の分配を高め、所得を増やすかです。

岸田氏が「令和の所得倍増」と言っても、この30年間、日本の所得は増えていないという異常な状況を打開するには、それなりの変革が必要です。

 

*「脱安倍」「国民目線」の政策が必須

新自由主義に否定的な経団連の十倉会長と連携し、企業が人件費への配分を高めるか、税制で中低所得者に所得を再分配する仕組みを作るしかありません。

これなら野党も協力できます。

こうした岸田色を出せないまま、第5次安倍内閣路線を続ければ、衆院選は乗り越えても来年の参議院選挙は持ちません。政権を維持するためにも、「脱安倍」「国民目線」の政策を打ち出す必要があります。



メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。