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自民党総裁選のキーマンが激白「有事への覚悟」

石破氏は、新型コロナ対策について「補償とセットにして休業などを強制する形はありうると思う」と述べた(撮影:尾形文繁)

石破氏が語り尽くした「コロナ、アフガン、中国」

西村 豪太:週刊東洋経済編集長 /福田 恵介:東洋経済 解説部コラムニスト

2021.09.03

菅義偉首相の突然の退陣表明で、自民党総裁選の局面は一変した。

その台風の目である石破茂・元自民党幹事長を直撃。

政府の新型コロナ対策への本音から最新の安全保障観、さらにはベストセラー『人新世の「資本論」』に対する関心にまで話は及んだ。(インタビューは8月30日)

いしば・しげる/1957年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。

旧三井銀行を経て1986年に衆議院議員に初当選。2002年に防衛庁長官、07年に防衛相を歴任した自民党屈指の安全保障通。鉄道ファンとして知られる(撮影:尾形文繁)



 ――各種世論調査で、次の首相としての期待感が示されています。

石破が首相になると、今までうやむやになっていた不祥事を再調査したり検証したり、ということになるだろうと思ってか、それだけは許さないという動きがある。そういうものに抗するのに、私も疲れてきた。

 

――自民党総裁選に出馬する条件は何でしょうか。

私自身はずっと、自民党の今の体質を変えないと国民と乖離し続ける、ということを訴えてきた。

昨年の総裁選は、私自身は政策的にも討論もいちばん納得のいく訴えができた。でも、それが共感されなかった。

党の体質そのものが変えられなければ意味がない。

 

――今回は、国会議員だけでなく全国の党員も投票を行うフルスペックの総裁選ということで、党員票に期待できるのでは。

党員票といっても、建設や医療といった組織・団体票が半分ほどあり、昨年の総裁選でも、予算要望に合わせていろいろな働きかけが行われていた。だから党員投票を「地方票」と言うのは、実態とは少し違う。

 

――もう少し世論が喚起される必要があると?

世論というより筋論ではないか。

「菅義偉首相では総選挙を戦えないから顔を変える」とか言っている人がいるようだが、そんな恥ずかしい話はない。

衆議院議員の任期は10月21日まであるのだから、臨時国会を開いて新型コロナウイルス対策関連の法律と予算を成立させた後に国民に信を問うために解散、となるのが筋だと思う。だから、私が出るとか出ないとかは申し上げない。

 

――新型コロナ対策は一種の安全保障の問題と思います。

       感染拡大を防ぐためには私権の制限が必要で、憲法にも書き込むべきという議論がありますね。

私はそこには否定的だ。憲法上は、現在でも公共の福祉に反しない限り私権の制限はできるはずだ。

現行法でもできることはいっぱいある。国家の独立が脅かされるような事態なら私権の制限は当然だと思うが、そうではないのに憲法にまで踏み込むことには賛成しない

コロナ対策に関しては自粛のお願いではなく、補償とセットにして休業などを強制する形はありうると思う。

国民に負担をお願いする以上、明確化すべきだ。

人口当たり最大の病床数を持つ日本でなぜ医療の逼迫が起きるのか。

それは平時と有事を切り替えるシステムが存在しないためだ。

多数を占める民間病院は経営を考えねばならず、新型コロナで満床になっても、それが収まってガラガラになれば行き詰まる。だから民間病院は受け入れない。

風評被害対策や病院改装費の負担も含めて、どこまで国が責任を持つべきか。

当面の措置については首相が日本医師会長と話し合うべきだ。

 

――政府の新型コロナ対策の意思決定を見ていて、問題だと思うところは。

例えば日米開戦の際、政府でも陸軍でも海軍でも首脳部は対米戦争には勝てないと分かっていた。

しかし「米国と戦争できないなら予算を削る」と言われることをいとい、結局、個の利益が公の利益に優先した。

いまも公の利益より優先されている個の利益はあちこちにあるのではないか。

公益があるのにハイリスクで需要が必ずしも見込めない巨額の投資には税金を使うことを考えるべきだろう。

私は新型コロナの次のウイルスの流行に備えて、有事の際の医療体制を整備するべきだと思っている。

(昨年初めの)マスク不足が象徴しているように、経済において商品価値を高めることのみをよしとし続ければ、国民の生存や幸福に必要な公共財はどんどん欠乏していく。結局、新型コロナでいちばん被害を受けたのは一般国民だ。

 

『人新世の「資本論」』から多分に影響を受けた

――経済に関しては1人当たりGDP(国内総生産) の増加を目標にすべきだと主張してきました。

今はそれでも足りないのではないか、と思っている。

コロナはお金持ちをもっとお金持ちにしただけだった。

それを踏まえればGDPそのものよりも、国民一人ひとりの幸せが実現されているかのほうが大事かもしれないと、考えを進めつつある。

最近はやりの斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』から多分に影響を受けた。

資本主義自体が格差や環境破壊を生み、人間の生活の質を結果的に下げてしまっているのであれば、今までの経済成長の概念で一人ひとりの幸せを実現することはできない。「コモン」(公共財)に着目した変革を考えていきたい。

 

――長く日本の安全保障政策に関与してきました。アフガニスタンからの米軍撤退をどうみていますか。

関わった1人としてはアフガニスタンの現状にむなしさを感じるが、政治家として、得られた教訓をどう今後に生かすかを考えねばならない。

テロとの戦いは同時多発テロから始まったが、私は1990年のイラクによるクウェート侵攻、いわゆる湾岸危機まで戻って考えるべきだと思う。そもそもは、米ソ冷戦構造の終焉が引き起こしたことだからだ。

冷戦期は米ソの勢力が拮抗し、地域紛争の火種は表面化しなかった。

冷戦構造が崩壊し、一気に顕在化した最初の紛争が湾岸戦争だ。

 

――9.11、同時多発テロはクウェート侵攻からほぼ10年後です。

9.11後の対応で、日本は再び国際社会において何をすべきか突きつけられた。

当時、私は自民党政務調査会の副会長で安全保障を担当した。

「周辺事態法」(周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律)で多国籍軍への支援をという意見が当時は強かった。

しかし私は、いかに「周辺事態」が地理的な概念ではないとはいえ、同法をアフガニスタンに適用するのは無理があると考えた。

そこで憲法上も可能な対応として考えたのが「テロ特措法」(テロ対策特別措置法)だ。

内容は自衛隊によるインド洋における多国籍軍への補給任務とした。

アルカイダのようなテロ組織に武器や弾薬、燃料などが海路で届くことがあってはならず、それを監視する艦船が補給のために現場を離れずにすむよう、日本の補給艦が洋上給油を担うのが最も国際社会のニーズに合致した。

日本による補給は非常に重要な任務だったし、高い能力を持つ自衛隊だからこそ成し遂げられたと思っている。

 

米国の高官に思わず聞き返した

――続いて2003年にイラク戦争が始まります。

アフガニスタンもイラクも経緯は似ている。

米国は戦闘に勝つところまで行っても、その先の占領統治や復興で精緻さを欠くところがある。

私は「イラク特措法」(イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法)を審議していたとき、防衛庁長官を拝命していたが、当時、米国務省と国防総省の高官が防衛庁に来て「イラクは日本占領統治のようにやれば、必ずうまくいく」と、自信たっぷりに言われ、思わず「大丈夫か」と聞き返したのを覚えている。

日本には天皇陛下がおられたが、イラクにはそのような存在はない。

当時の日本は国土が焦土化し、広島と長崎に原爆も落とされ、「戦争はこりごりだ」と国民誰もが思っていたが、イラク戦争では米軍の攻撃は大半がピンポイント攻撃で、イラク軍もかなり温存されていた。

焦土化もされず、国民も疲弊していない。当時の日本とは状況はまったく違った。

 

――戦争の始め方にも問題があった、と。

アルカイダによる同時多発テロは戦争ではなく、犯罪だ。

法理論的に言えば、国または国に準ずる組織による組織的・計画的な武力の行使ではない。

では、なぜ米国は個別的自衛権を使い、NATO(北大西洋条約機構)は集団的自衛権でこれに対応したのか。

法理論的には問題があった。だからこそ、今後のテロとの戦争は、国際法や戦術面、統治方法などあらゆる視点からよく過去の事例を検証し、次に同じような事態が来たときにはより混乱のない対応ができるようにすべきではないだろうか。

 

――8月のカブール陥落後、自衛隊機が派遣されましたが、救出できたのは日本人1人、現地人14人のみでした。

今回の自衛隊機派遣も、決断があと1、2日早かったら結果は違っていたかもしれない。

391人を救出した韓国との差は、危機意識の違いと平時からの備えの有無だろう。

朝鮮半島や台湾での有事に、邦人救出というオペレーションをいかに実行するかが問われる。

今回も、米軍撤退が明らかになった時点で、その後の推移は予想できたはず。

でも、結果はこうだった。

法的な不備というよりは、オペレーションの決断の時期と平素からの準備が問題だったのだと考えている。

 

日本政府は韓国や台湾との対話を急げ

――カブールの日本大使館員は英国の飛行機で出国しました。逆のケースは日本にはできないでしょう。

       となると、「同盟国として日本は頼りになるのか」と不信を抱かれませんか。

私は、韓国でこのような事態が起きた場合を最も危惧している。

いちばん近いのは日本だから、効率的にピストン輸送ができるはず。

でも韓国には、日本の自衛隊の航空機や艦船が来ることに心理的な抵抗がある。

有事の際でも、日本側が「日本人だけでなく他国人も輸送します」と言わないと、韓国政府の受け入れは難しいだろう。

事前に交渉しておくべきだ。

台湾有事もしかり。台湾の場合は、まず国交がない。

また有事になり、中国が制空権を取ってしまえば、そもそも自衛隊機を飛ばせるのかという問題も出てくる。

ありとあらゆるケーススタディをやっておかないといけない。

 

――政府内でそういったシミュレーションはなされたことがないのですか。

内部ではされていると信じるが、韓国や台湾の当局と対話できているか。

アフガニスタンでの教訓を踏まえ、政府として対話を急ぐべきだ。

 

――今後、米国は内向きになって海外でのプレゼンスを維持することに関心を失っていくのでは。

アフガニスタンで、米国がこれ以上の関与をやめるのはある意味合理的だと思う。

ガニ大統領は、国民に支持基盤を持たない人だった。米国が打ち立てた政権というのは、往々にして持続性を持たないことがある。かつての南ベトナム政権もそうだった。

日本も自戒せねばならないのは、米国議会上院の1948年「バンデンバーグ決議」についてだ。

これは「自分の国の防衛を自分でやらない国を米国は助けない」という決議だ。

日米間の安全保障体制は条約本体と地位協定に加え、米大統領と議会との関係を規定した戦争権限法とこのバンデンバーグ決議を含めたセットで考えないといけない。「米国は必ず日本を助けてくれる」は自助努力が前提、ということだ。

 

――中国が経済面ではパートナーである日本は米中対立のもとで難しい立場です。

漢民族ではなく「中華民族」という概念を持ちだして「中国の夢」を実現するという姿勢と、軍の膨張に対してわれわれはもっと認識をすべきだ。

中華人民共和国憲法は前文で「台湾の統一は中国国民の神聖な責務である」とうたっている。

習近平国家出席が、権力闘争が激しい中国で絶大な権限を握り続けていられる理由として、「台湾統一を俺がやる」と言ったのではないかと私は考えている。

軍産複合体の資金は軍に回り、人民解放軍は共産党の軍隊であって国民の軍隊ではない。

そして、中国の勢力によって国境は変動するという「戦略的国境」の発想。中国の本質はこういうものだろうと思っている。

一方の米国は、「自由」を信奉するイデオロギー国家だ。

そして国民の4割が毎週教会に行き、8割が神を信じているという宗教国家でもある。

さらに移民の国であるがゆえに「合衆国市民」という概念を中心とするという意味では民族主義国家だ。

そんな米国が、中国と対立するのは一面においては必然だろう。

日本は、米国のイデオロギー的な面と中国が持つおそろしさを厳しく認識すべきだと思う。

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