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「新型コロナ起源」バイデン報告書で判明したこと

アメリカ政府は新型コロナウイルス起源についての評価報告書を公表しましたが、その結果は……(写真:Ting Shen/Bloomberg)

原因究明へ、米中の協力姿勢こそが今必要だ

高橋 浩祐 : 国際ジャーナリスト

2021年09月02日

世界全体ですでに2億1700万人が感染し、450万人もの命を奪ってきた新型コロナウイルス。

「100年に1度の危機」というパンデミックが人々の社会生活を壊し、世界経済を混乱に陥らせている。

しかし、その起源は今もわかっていない。


コロナウイルス起源についての3つのポイント

アメリカ政府の18の情報機関を統括する国家情報長官室は8月27日、新型コロナウイルス起源についての評価報告書を公表した。結果は、ウイルスの起源をめぐり、十分な証拠が得られずに決定的な結論を出せなかった。

まず報告書の主なポイントをみてみたい。

①アメリカ情報コミュニティー(=アメリカ情報機関の総体を指す)は最も可能性の高いウイルスの起源説として、最初に動物から人に感染した自然発生なのか、あるいは中国の武漢ウイルス研究所からの事故による流出なのか、見解が2つに分かれた。

具体的には、4つの情報機関と国家情報会議(NIC)は確信度は低いながらも動物からの自然発生と考えている。その一方、1つの情報機関は中程度の確信度を持ちながら研究所からの流出と考えている。ニューヨーク・タイムズ紙は27日、この研究所流出説を支持している唯一の情報機関がアメリカ連邦捜査局(FBI)だと報じた。

また、報告書はほかの3つの情報機関が証拠不十分で自然発生説あるいは研究所流出説のいずれにも意見を集約できなかったと述べた。CNNは27日、このうちの1つがアメリカ中央情報局(CIA)であると報じた。

②すべての情報機関が意見の一致をみた数少ない結論としては、ウイルスは2019年12月に中国武漢市で最初のクラスターが発生したが、その前の遅くとも同年11月までに最初の小規模な曝露(ばくろ)を通じて人間に感染していたこと。さらに、ウイルスが中国によって生物兵器として開発されたものではないとの見方でも一致した。

2019年12月の武漢でのクラスター発生前に人間への感染がすでに発生していたとの見方は、後述するWHO調査チームとの報告書とも一致する。

ほとんどの情報機関が確信度は低いながらもウイルスがおそらく遺伝子操作(機能獲得研究)がされなかったと評価した。

これらの3つのポイントは、トランプ政権時の高官の見解とは大きく異なる。トランプ前大統領やポンペオ前国務長官は武漢の研究所からウイルスが流出した証拠があると強く主張していたからだ。また、ポンペオ氏や同氏が率いていた国務省高官の一部は当時、ウイルスは中国政府のマニピュレーション(操作)の産物であり、生物兵器であることさえほのめかしてきた。このことはトランプ政権終了間際の今年1月15日に国務省が公表した武漢ウイルス研究所の活動についての「ファクトシート」でも示唆されている。

しかし、トランプ大統領が「武漢研究所がウイルス発生源である証拠を見た」と豪語したのに対し、国家情報長官室は2020年4月、「新型コロナウイルスは人工でなく、遺伝子操作でもないという科学的コンセンサスに同意する」「感染した動物との接触が発生源なのか、あるいは武漢研究所での事故によるものなのかを判断するため、さらに調査を続ける」との異例の声明を発表していた。

今回のバイデン政権下での追加調査はそもそも、研究所からの流出疑惑を追及するウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道などを受け、世論に押されたバイデン大統領が5月26日に情報機関に90日間の追加調査を直々に命じたことから始まった。しかし、国家情報長官室は今回の報告書でも、1年半以上前のトランプ政権下で発表した声明とほぼ同じことを一貫して述べていると言える。

それにしても、情報機関をコロナ起源解明のために駆り出すことは当初から無理や限界があっただろう。情報機関は情報の収集や分析に長けているだろうが、微生物学者や分子生物学者、感染症学者など科学者に比べて当然ながら専門的な科学知識に欠けている。まして中国語のウイルス関連の医学情報を隅から隅まで解読し、解明していくのは困難極まりないだろう。

科学者の間では自然発生説が有力

では、その道のプロである科学者たちはコロナ起源をどのようにみているのか。

ウイルス発生源を調べるべく、今年1月14日から2月10日まで武漢市に派遣された世界保健機関(WHO)調査団は3月末、「最も可能性が高いのはもともとウイルスを持っていた動物から中間宿主の別の動物経由。武漢研究所での事故による流出の可能性は極めて低い」とする調査結果を発表した。注目の最初の感染発生時期については、武漢で感染爆発が起きた2019年12月中旬より数カ月前と推察した。

イギリス科学誌『ネイチャー』に掲載された6月8日付の新型コロナウイルス研究所流出説:科学者が知っていることと知らないこと」と題された記事によると、ほとんどの科学者は新型コロナウイルスが自然を起源とし、動物から人間に感染したとみている。

多くの感染症専門家は、最もありうるシナリオはウイルスが自然に進化し、コウモリから直接人間に、あるいは中間宿主の動物を通じて広がったとの見方で一致している。エイズウイルス(HIV)やインフルエンザ流行、エボラ出血熱、さらにはコロナウイルスの1種であり、2002年から流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)と2012年から流行した中東呼吸器症候群(MERS)といった新興感染病はすべて自然発生した。

さらに言えば、こうしたウイルスの起源を究明することは決して簡単なことではないだろう。MERSは、コウモリ由来のウイルスがヒトコブラクダを介して人間に感染すると判明するまでに1年以上がかかった。SARSウイルスは、コウモリからハクビシンかその仲間を介して人間に感染したと考えられている。

新型コロナウイルスの自然発生説が科学者の間で有力な一方で、多くの科学者が引き続き、武漢研究所から流出した可能性を除外せずに、さらなる調査を求めているのは、ひとえに流出説を否定するだけの証拠がないからにほかならない。また、自然発生説を証明できる証拠が出てくれば、流出説も結果的に立ち消えになるだろう。

コロナ発生源をめぐって火花を散らす米中

アメリカは今や新型コロナウイルス感染者が約4000万人、死者が65万人にそれぞれ達し、世界最悪の感染大国となっている。このため、ウイルスの起源解明と感染拡大の責任の所在が常に国内外で政治問題化してきた。とくに感染対策で失敗し、政権の座を追われたといって過言でないトランプ前大統領は在任中、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」や、中国武術のカンフーとインフルエンザを掛け合わせて「カンフル」と呼ぶなど、中国を「スケープゴート」として政治利用し、中国に非難の矛先を向けてきた。

これに対し、中国は今も舌鋒鋭く反発をますます強めている。中国外務省の傅聡軍縮局長は8月25日に記者会見し、アメリカがウイルスの起源調査を政治問題化していると非難した。そして、WHOと中国が共同調査で武漢ウイルス研究所からの流出の可能性が極めて低いと結論を出したことを指摘し、「もし流出説を排除することができない場合は、公平公正の精神に基づいて、次の調査はアメリカ国内で行わなければならない」と述べた。

中国はアメリカの武漢研究所流出説に対抗して、アメリカ・メリーランド州にある陸軍の医学研究施設「フォート・デトリック」などからウイルスが漏れた可能性があるとしてWHOに調査を要求している。中国メディアはオンライン署名を開始し、すでに2500万人を超える署名を集めている。

また、馬朝旭外務副大臣は8月13日、世界70カ国以上が最近、WHO事務局長にコロナ起源の政治問題化に反対する書面を共同で提出したと発表。世界100以上の国と地域の300以上の政党、社会組織、シンクタンクがWHO事務局に「共同声明」を提出し、新型コロナウイルス起源の追跡を客観的かつ公正に実施するように求めたと述べた。

WHOやアメリカが中国での追加調査を求め、西側諸国からの風当たりが強まる中、中国も必死に情報戦を展開しているのだ。米軍施設の調査も外交的な対抗手段として主張し、あえてアメリカ起源説を打ち出しているとみられる。

また、アメリカが「中国は感染最初期の生データを提出すべきだ」と主張していることについては、中国は2019年12月に武漢や周辺で当時確認された174件の症例についてのデータをWHO調査団に提出したと主張。ただし、そのうちの臨床上のデータは患者のプライバシーの守秘義務を侵害し、中国の法律にも違反するため、提供をためらっている。

米中は無用な政治的対立を避け、力を合わせるべき

米中が火花を散らす中、新型コロナウイルスの発生源ははたして突き止められるのだろうか。救いなのは、中国側も「われわれは引き続きWHOといった国際機関と協力し、ウイルス起源の研究をともに進めていく」(傅聡軍縮局長)と明言していることだ。地球上で450万人以上の犠牲者を出し、人類の健康と暮らしにかつてないほど大きな影響を与えているパンデミックの再発を防ぐには、科学的な見地からウイルスの起源を解明することが必要不可欠だ。また、さらに広い視野から感染症の脅威を考えるならば、野生動物の取引や熱帯雨林の破壊、荒地開拓がウイルスや細菌を元の住処から追い出し、人間社会に広めている事実を忘れてはならない。

米中は無用な政治的対立を極力避け、人類最大の天敵となっている感染症の退治に向けてもっと力を合わせるべきだろう。 

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