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「生前贈与」が使えない!これが相続の新常識


 

「毎年110万円まで税金ゼロ」は無意味になる

大野 和幸 : 東洋経済 記者

2021年07月26日

もう生前贈与は使えないか━━。

2020年12月10日、自民・公明両党で発表された「税制改正大綱」。

その18ページにある「相続税・贈与税のあり方」には、富裕層なら誰もが気になる一文が続けて掲載されていた。

「諸外国では、一定期間の贈与や相続を累積して課税すること等により、(中略)意図的な税負担の回避も防止されるような工夫が講じられている」

「今後、こうした諸外国の制度を参考にしつつ、相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する観点から、(中略)格差の固定化の防止等に留意しつつ、資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討を進める」

 一見、何を意味しているのか、外から見るとわかりづらい。

だが、財務省はもとより、族議員、税理士をはじめ、税の関係者たちは、すぐさま反応した。

 

* 相続・贈与税を一体化する意味とは

上記の一文を平たく説明すればこうだ。

日本でも海外のように、相続税と贈与税を一体化することで、贈与税を実質的に廃止する。

財産を子に渡すのが親の生前か死後かで、資産のある者が得をするようなことがあってはならない。

”格差をなくす”という大義の下、「生前贈与」という今までの節税策は使えなくなる

日本が急速に超高齢化社会に向かう中、相続の仕組みなどの入門から、よくある相続トラブルとその解消法、今でも使える節税策、さらに最新路線価で試算した3大都市圏の相続税額MAPなどを取り上げた。

その中で、今後の相続のあり方にも大きな影響を与えるであろう、税制改正の展望にも触れている。

その前に、どんな場合に相続や贈与が行われるのか、簡単に説明しておきたい。

相続とは親が死亡したときに発生する。例えば、父親が死亡し、母親と子2人(長男・次男)が財産を受け継ぐとしよう。

この場合、父親が被相続人で、母と子2が相続人である。

もし父親の遺言書がなければ、民法で決まった遺産の法定相続割合は、母が2分の1、子がそれぞれ4分の1ずつである。

ただ、所得を得たときに所得税がかかるのと同じように、資産を取得したときにも相続税や贈与税などの資産課税がある。

相続税では税金のかからない基礎控除があり、これは「3000万円+600万円×法定相続人数」で表される。

今回のケースだと、母子で3人だから、基礎控除は「3000万円+600万円×3人」=4800万円までは税金がかからない。

つまり、もらった遺産の4800万円を越えた額から、相続税がかかることになる。 

遺産には現預金はもちろん、株や債券、土地建物などの不動産、貴金属、自動車なども含む。

ちなみに相続税を支払った課税割合を見ると、2019年、全国では8.3%だったが、東京都に限ると16.3%だった。 

地価が相対的に高い都の場合、ざっと6人に1人が該当者だということだ。


* 資産課税も国際標準にそろえる必要

だから資産を持つ富裕層ほど、自分がまだ生きているうちに生前贈与を行い、相続される財産をできるだけ少なくしようとする。もちろん、贈与にも贈与税がかかるが、こちらにも非課税措置があるからだ。

贈与税には、暦年課税と相続時精算課税があり、暦年贈与を選択すると、贈与する相手1人につき毎年110万円までは非課税。

だから、贈与者(例えば祖父母や親)からすれば、できる限り多くの受贈者(例えば子や孫)に対し、できる限り長く何年にもわたって贈ったほうが、得なのである。

ほかにも、生前贈与で活用される節税策として、住宅取得資金は1000万円(耐震・省エネ住宅なら1500万円)教育資金は1500万円結婚・子育て資金は1000万円まで、その目的に使われることを条件に贈与されても非課税となる。

いずれも時限的な制度で、住宅は2021年12月末、教育や結婚・子育ては2023年3月末までなので、気を付けたい。

ところが冒頭でも言ったように、これらの節税策に対し、今後メスが入りそうな流れだ。

「『格差の固定化の防止』はわが党が以前からずっと主張し続けてきたこと」と力説するのは、西田実仁・公明党税制調査会長。公明党と言えば、先の消費税率10%引き上げのとき、同時に軽減税率を自民党にのませたほど、逆進性や痛税感の緩和については思い入れが深い。

まして現状は新型コロナウイルス禍で、貧富の差、不公平感が否応なしに高まっている。

今度は資産家層や高所得者層が標的となるが、「格差是正」が大義となれば、政府・自民党も表立って反対しづらい。

実際に海外に目を向けると、欧米では相続税と贈与税は一体化され、税負担は一定、資産移転の時期には中立となっている。

アメリカでは遺産税(相続税)と贈与税が、ドイツやフランスでも相続税と贈与税が統合されており、生前贈与が有利となる日本のような仕組みはない。

甘利明・自民党税制調査会長は「資産課税は時間をかけて国際標準にそろえる必要がある」と認める。 

実はこれからメスが入りそうなのは生前贈与だけではない。

前述した、教育資金や結婚・子育て資金の一括贈与に対する非課税枠は、昨年末の税制改正大綱で延長が決まったが、後者については大綱で「制度の廃止も含め、改めて検討する」と謳われている。

結婚・子育てで贈与されても「しょせんはファミリー内の資金移転であり、富裕層の節税策にすぎない」(与党幹部)とみられているからだ。

そして最終的に目指すのは、株式の配当や譲渡益にかかる、金融所得課税の引き上げに違いない。

現在は税率20%だが、これを例えば25%に引き上げたいというもの。 

給与所得に対する税率は45%(年間所得4000万円以上)なのに、なぜ配当金やキャピタルゲインで儲けたら20%で済むのか、という議論は以前からあった。


* 生前贈与をしておくなら今年のうちか

ただし、これは株式市場に対するショックを考えると、相当にハードルが高い。安倍晋三前政権時代、財務省の主税局が何度も官邸に素案を持っていったが、株価暴落を恐れる当時の菅義偉官房長官(現首相)にたびたびハネ返された、という経緯がある。まして現在はコロナ禍を受け、内閣支持率が低下している真っ最中。秋には総選挙と自民党総裁選も控える。

菅首相が金融所得課税まで簡単にのむとは思えない。

いずれにしろ資産家に対する逆風は厳しくなっていく一方だろう。

2021年末の税制改正大綱に沿って、相続税・贈与税の一体化が改正法案に盛り込まれれば、年明けの通常国会で審議され、早くて2022年度中の成立・施行もありうる。

大手税理士法人レガシィの天野隆代表は「生前贈与をやるなら今年中だ」と言い切った。

格差是正に向けて走り出す政策。”持てる者”は今から準備しておいたほうがよさそうだ。  

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