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温暖化で溶ける氷、蘇る病原体?

2020.09.09 

 

 新型コロナウイルスの出現で世界はパンデミックに陥っているが、研究者たちは、今後も人類の脅威となる感染症はコロナ以後も出てくると見ている。

その原因になると危惧されているのが、気温上昇による氷や永久凍土の溶解で大気中に放出される病原体だ。

地球温暖化で、新型コロナに続く第2のパンデミックが起こるのだろうか。



 眠る病原体 太古の氷から未知のものも発見

 スイス放送協会の国際ユニットSWIは、新型コロナのパンデミックの明らかな教訓の一つは、テクノロジーや医学が進歩しても、未知の病原体に対し人類は脆弱だという事実だとする。

世界は新型コロナウイルスの起源を探そうとしているが、研究者たちは、新たな脅威の可能性は動物や研究室ではなく、氷の下にあるのかもしれないと警告しているという。

 1月初めに、1万5000年前からあるとされる中国チベット高原北西部の氷河から採取された氷床コア(研究目的で氷河などの深層から取り出した氷のサンプル)から33種類のウイルスが確認され、そのうち22種類は未知のウイルスだったと報告する論文が発表された。

フランスの環境ウイルス学の研究者のChantal Abergel氏は、そもそも地球上のすべてのウイルスを採取することは困難とし、未知のウイルスが発見されても驚きではないと述べている(ウェブ誌『VICE』)。

 この論文の著者たちは、こういった氷河から古代のウイルスを発見することは、人為的な気候変動の影響で不可能になるかもしれないと述べる。

気温上昇で世界中の氷河が減少し、その中に長らく囚われていた細菌やウイルスが放出されるからだという。

これは地球の過去の気候システムを解明するという観点では、氷河の中にある役立つデータが減少することにつながる。

しかし最悪の場合、人に有害な病原体が大気中に放出されてしまうこともあるとしている(同上)。

 

覚醒した菌 シベリアでアウトブレイク

 氷河以外に危惧されているのが、永久凍土の減少だ。氷や永久凍土の中に囚われている微生物が空気中に放出されて活性化し、思わぬ結果を招く可能性もあるとSWIは指摘している。

 実は2016年にシベリアのヤマル半島で炭疽菌の集団感染が起き、2000頭のトナカイが死に、96人が入院する惨事が起きた。この地方ではトナカイの生肉を食べる習慣があるが、感染した生肉を食べた12歳の少年が死亡している。

その年はシベリアに気温35度という熱波が到来。永久凍土が解け、75年前に感染したトナカイの死体の中で生き延びていた炭疽菌の胞子が大気中に放出されたことが、感染の原因だと研究者は結論付けた(SWI、テレグラフ紙)。

 ロシアの生物学者、ボリス・ケルシェンゴルツ氏によれば、炭疽菌の胞子は永久凍土の中でも2500年は生き延びるという。

過去に極北の住民は、貴重な薪を動物の死骸を処理するために使いたがらず、永久凍土を掘って「家畜墓地」として埋めてきた。遊牧民ならそのまま放置して「呪われた土地」として近寄るのを避けたという。

現代ではそういった場所へ一般人が入ることはできず、場所自体も秘密にされている。

永久凍土が解ければ、そこを流れる水などにより、炭疽菌の胞子が運ばれて犠牲者を出すのではないかと懸念されている(テレグラフ紙)。

 

怖がらせ過ぎ? 自然界での蘇生は困難

 もっとも、こういった恐ろしい「ゾンビ病原体」の話は、少し怪しいのではないかと、米公共ラジオ網NPRの科学デスク、マイクリーン・デュークレフ氏は述べる。

 炭疽菌の場合は、千年以上にわたって世界中でしばしば土壌から「湧き上がって」おり、低温時に地中に冬眠し、春になると息を吹き返すということは知られてきたため、事情は違うとする。

 北極圏は炭疽菌より危険な病原体でいっぱいだという情報が出ており、永久凍土の中には、数万人の死体が眠っているとされる。その中には天然痘、スペイン風邪などによる犠牲者もいる。

こういった危険なウイルスが「穏やかな解凍」に耐え、新たなアウトブレイクを起こすのだろうか。

デュークレフ氏は、ペンシルバニア大学の古生物病理学者、マイケル・ツィマーマン氏にこの疑問をぶつけている。

 ツィマーマン氏は、永久凍土の中から発掘された、肺炎で死亡したミイラの肺組織から細菌を採取。培養を試みたがまったくなにも育たなかったという。肺炎を起こす細菌は、冷たい土の中ではなく温かい人の体の中で生きるのであり、数百年凍っていた微生物が蘇生することはないと結論している。

 ウイルスの場合も同様だ。

1951年にジョアン・ハルティンという当時大学院生だった研究者が、アラスカから1918年にスペイン風邪で死亡した人の肺からウイルスを取り出し培養を試みたが、やはりウイルスは死んでおり成功しなかったという。その後1990年代にはロシアで永久凍土に埋まっていた死体から天然痘ウイルスを採取して培養を試みたが、失敗におわったという(NPR)。

 SWIによれば、2005年にNASAの科学者たちが、アラスカの氷から採取した3万2000年前の細菌の「蘇生」に、十数年後にはシベリアのツンドラ地帯の氷から採取した3万年前の巨大ウイルスの活性化に成功したということだ。

しかしデュークレフ氏は、病原体が蘇生することがあるとしても、研究者が研究室で最大の努力をした場合で、自然の環境では可能性は極小のように思えるとしている(NPR)。

 

それでもパンデミックは起こる 病原体は温暖化で快適

 バクテリアのなかには、長期の低温にも耐え、タイミングさえ合えば人に感染するものもあると、ニュー・リパブリック誌は解説する。

 シール・フィンガーと呼ばれる、アザラシを扱う人の指に感染するバクテリアがそうだが、人から人への感染はなく、普通の抗生物質で治るということだ。

アウトブレイクを抑えるのに比較的簡単な方法はワクチンで、天然痘も炭疽菌もワクチンは存在している。

早期に診断できれば、コミュニティでの予防措置も取れ、ワクチンの供給も行えるとしており、既知の病原体に関しては、そう大きな心配はいらないのかもしれない。

 未知のものについても、スイスの研究者、ビート・フレイ氏は、氷の中の病原体が直接人にうつることはなさそうだとしている。融雪水を飲んだ動物に感染する可能性はあるが、架空のシナリオであり、ほぼ起こらないだろうとしている(SWI)。

 ニュー・リパブリック誌は、温暖化により古い病気が復活するのではなく、むしろ病原体が繁栄を維持するのに、よりよい環境が作られているといえると指摘する。

氷の下から出て来るか否かにかかわらず、パンデミックには今後常に警戒せよという考えだ。

同誌は、人類は新型コロナから多くを学んだとし、病原体をよりありふれたものにする地球温暖化と戦うことから、病院、研究室そしてコミュニティを守ることまで、次のパンデミックに向け、備えをするべきだとしている。




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