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「変化にうまく順応できる人」が経ているプロセス

時代が劇的に変化する中、「かつて成功していた方法や価値観」を手放すにはどうしたらいいのか?

組織の変化にはリーダー自身が変わる必要ある

ジェレミー・ハンター : クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカー・スクール准教授

2021年07月07日

昨今、戦後構築された組織・社会のシステムの課題がコロナ禍をきっかけに顕在化し、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」、あるいは「CX(コーポレートトランスフォーメーション)」の必要性の議論が盛んに行われている。

変化が激しい現代において「かつては、うまく機能していたやりかたが、もう通用しなくなってきている」と薄々気付いているものの、自己否定となることへの恐れや、新しいやり方・価値観が見えないことへの不安などが邪魔をして、具体的な行動へ踏み出せないーー。こうした悩みを抱える管理職や経営者は多いのではないだろうか。



 「毎日出社し、同じ場所で過ごす時間こそがチームワークを産むためには不可欠だ」といった価値観は、組織1人ひとりの個人の中に根付いてしまっている。

こうした中、DXやCXを成功させるには、それを推進する立場にあるリーダー自らが、自身の内面を意図的に変化させること、すなわち「Self Transformation(SX)」が不可欠である。

これには一定の型があり、その型を理解し、繰り返し練習することで誰でも身につけることができる。

 

まずは自分をマネジメントせよ

私はピーター・ドラッカーが創設した経営大学院(MBA)ドラッカー・スクールにて、ビジネスリーダー向けにセルフマネジメントを20年間、約1000人に教えてきた。そして、実際に目の前で学生たちの変化を遂げる姿を目撃してきた。

自分をマネジメントできなければ他者をマネジメントすることはできない」とは、ドラッカーの有名な言葉だ。

私はこの考えに基づき、部下や組織をどう変えるかという組織のマネジメントではなく、自分自身をどう変えるかというセルフマネジメントの手法を研究・開発し、指導を行ってきた。

本稿では、その中で明らかになってきた、自身の内面を変化させるプロセスの型と、その訓練方法を紹介したい。

まず、変化のプロセスは、「チェンジ(change)」と「トランジション(transition)」の2つに分けることができる。

チェンジは外的な環境変化、トランジションは内面の変化だ。チェンジはある時点に起きるが、トランジションは時間をかけて時には逆戻りもしながら進む。

トランジションは、チェンジによって自分自身の外で起きた環境の変化を吸収して慣れるためにアイデンティティや可能性、自分が信じていることを自分の内面で動かす(シフトさせる)ことに近い。 

もっとも、チェンジが起きたからといって自動的にトランジションが起きるわけではない。そこでまず、自分に起きたチェンジと、これから始めようとする自分のトランジションを分けて考えることが出発点となる(図1参照)。

そして、マネジメントする対象は、このトランジションということとなる。

では、このトランジションをどのように進めていけばいいのか。

これは以下の3つのプロセスをたどることがわかってきている。

チェンジによって最初に進む状態を「Ending Zone」(終わりの受け入れゾーン)と呼んでいる。友人や家族の死、災害、病気、離婚、失業、そして今回のコロナ禍も典型的な外的な変化、チェンジだ。

前向きな、卒業、出産、昇進などもチェンジといえ、ここからも自らの変化は迫られる。 このゾーンはチェンジが起きたこと、自分自身にとって何か形を変えることを頭ではわかりながらも、まだそれを受け入れられない状態だ。

コロナ禍というチェンジに対して、今このゾーンにいる方も多いのではないだろうか。


各ゾーンを一直線に進む人はいない

次のゾーンを「Letting Go & Exploring Zone」(古いものを手放し、新しいものを探索するゾーン)と呼んでいる。

このゾーンでは、何かが終わったことは認識しつつも、次にどうすればいいのかまだわからない。

まるで道に迷ったゾンビのようにウロウロしたり、無気力で方向感覚を失ったりしたような気分になり、それまでの自分のようではない感覚になることも多い。まだ完全に形成された自分でもない。

 そして、最後に迎えるのが「New Beginning Zone」(新しいものが始まるゾーン)だ。

前のゾーンでウロウロとしながら、最終的に、何かがピタッとくる。絶望は一気に活気へととって代わる。

新しい感覚にはまだ確信は持てないが、何かしらの充実感や楽しい気分になるのではないかと感じるようになる。

そして、新たな道を歩むことを示す確信となる出来事がしばしば起きたりするのもこのゾーンの特徴だ。 

大事なポイントは、各ゾーンをきれいに一直線に進む人はほとんどいないということだ。

図2のように、次のゾーンへ抜けたと思ったら突然現れ、重りのようにかつての自分へ引き戻す。 

「古い仕事への価値観を手放して新しい価値観で判断できるようになったと思っていたら、ある時に不意に古い価値観のもとで対応してしまっていた……」といったことは誰にでも起こることだ。

人は過去の慣れ親しんだやり方のほうが楽でストレスが少ないため、元に戻る引力が働きやすいためだ。 

そんなことを繰り返しながら時には数年かけてNew Beginning Zoneへのプロセスをたどる。

だから似たようなところをウロウロしている自分を意思が弱いなどと悲観的に捉える必要は一切ない。

そして、人は複数のテーマでこのトランジションを同時に進行しながら生きている。 

こうして変化をプロセスに分けて理解することのメリットは、今自分がどのプロセスにいるのかがわかれば、それぞれのゾーンごとに必要な行動を取ることができることだ。それぞれのゾーンから次に進むために必要なことを具体例とともに紹介する。

 私は20歳から17年間にも及ぶ腎臓病との闘病生活を、37歳の時に受けた腎臓移植手術によって終えることができた。

この移植手術の成功は私にとっては外的な変化であり、大きなチェンジであった。

そして、手術後には輝かしい未来が訪れると考えていたが、実は私に訪れたのは深い混乱と鬱状態だった。

Ending Zoneから抜けるために必要なことは、かつてはうまく機能しており、自分の多くを占めていた価値観やアイデンティティ、信念、恨みなどがもはや自分が望む結果を生まないということを認識し、受け入れることだ。


 終わりを受け入れる上で有効な行動

私は17年もの死と向かい合わせの闘病生活によって、自分は身体が弱く、老後まで生きられず結婚もできないという思い込みに支配されていて、健康で活力のあるこれからの新しい自分の人生をすぐに受け入れることができなかったのである。

 身体が弱い時代が終わったということを受け入れるために、まずは手術前に飲んでいた薬をすべて捨てることにした。

また、できていなかった父との和解や、お世話になった人への感謝の手紙などを書いた。

 終わりを受け入れるうえで有効な行動の1つがこの”儀式”だ。

私の講義でも、かつてうまくいっていたが、今は手放したい価値観を象徴する具体的なものを選んでもらい、それをみんなの前でゴミ箱に捨てるという儀式を行っている。

 新卒から長年勤め上げた会社を早期退職した生徒の1人は、この儀式で会社員時代に大事にしてきた書類をすべて捨てた。

こうした儀式は現代では軽視されがちだが、伝統的な式典やお祭りなどでは、人々のトランジションをサポートするためにも行われていたと私は考えている。

 しかし、終わりを受け入れることは、価値観を手放すことのスタート地点に過ぎない。

長年共に歩んできた価値観は自分の隅々まで染み込んでいるため、簡単には手放せないことが多い。

それを行うのが次のLetting Go & Exploring Zoneとなる。

 「手放すこと」を理解する

「かつてはうまくいっていた価値観」を手放し、次のゾーン、New Beginning Zoneへ向かうために有効な行動は2つだ。

1つはそもそも「手放す」ことの理解から始まる。

私たちは、日々の暮らしの中で得ている情報を自分なりのフィルターを通して処理し、認識・判断し、行動を選んでいる。

そして、価値観や信念、アインデンティティーなどはこのフィルターとしても機能している。

よって、「かつてはうまくいっていた価値観を手放す」とは、このフィルターを使わないようにするということでもある。

私たちの脳の知覚能力には限界があるため、パターン化できるものは、フィルターを通じて情報を得て、判断し、行動するという一連のプロセスを無意識にできるようになっている。しかも、大事な価値観であるほどその一連のプロセスは無意識にできるようになっている。

例えば、「口臭に気をつける」という価値観のもと、歯磨きを無意識にできる人は多い。

この機能は私たちが生きていくうえで欠かせないが、手放すうえでは障害となる。

では、「意識的にこのフィルターを使わずに情報を得て行動を選べるようになる」ためにはどうしたらいいか。

それは、情報を取り入れるときに、自分自身の感情や身体感覚・思考を通じて情報を正確に把握するスキルを持つことだ。

このスキルは昨今、マインドフルネスとも呼ばれている。

このスキルが高まると、無意識に蓄積してきた古いフィルターに基づく情報への固執を緩和できるようになる。

このスキルは誰でも練習を繰り返し続けることで手に入れることができる。

関心を持った方は、拙著『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』に詳しく紹介をしているのでご覧いただきたい。

もう1つ有効な行動は、意図的に、新しい人間関係や新しい場所、新しい考え方などを試してみることだ。

それはまるで新しい服を試着して、鏡を見て「これは私に合うかどうか?」と繰り返すようなものだ。

自分が大事にしてきた考えを手放そうとすると、時として、「この考えを手放したら私は私でいられるのか?」と感じる。

多くの人にとってそれは恐怖だ。その恐怖と向き合うための有効な方法が、手放すことで空いてしまったスペースを徐々に新しい考えで埋めていくことだ。

 新しい始まりを見つけるための「ルール」

私の場合、「自分は身体が弱く長くは生きることができない」という価値観に基づいた行動を手放すことに関しては、手術の10年以上前からマインドフルネスの研究を行っていたことが大きな力となった。

そしてこの実体験こそが、トランジションにマインドフルネスが有効なスキルであるということに気付いたきっかけでもあった。

同時に、新しい始まりを見つけるために、私は自分にルールを作った。

「あらゆる誘いを断らない」「行ったことのない場所に行く」「方法を知らないことを学ぶ」というものだ。

実際、陶芸を習ったり、行ったことのないマリブでアーティストの友人のパーティーに参加したりしもした。

この探検の先は、多くの場合行き止まりだったが、つねに何か新しいことを学ぶことができ、その中で改めて、私は教えることがとても好きだということを再確認できた。結果、新しいスタートを迎えることにつながった。

ここまで説明してきたトランジションのプロセスを「理解する」ことと、「できる」ことは違う。

できるようになるためには繰り返しの練習が重要となる。

もっとも私は過去20年間、この練習を繰り返し行う学生たちの変化を目の当たりにし、人間の可能性については楽観的に考えるようになった。トランジションのスキルを高めるための練習でも、仲間とともに続けることが有効だ。

(翻訳構成:猪尾 愛隆)

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