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日本経済には36兆円もの「埋蔵金」が眠っている

「アフターコロナ」はやっぱり大きなチャンスだ

 2021年04月24日

双日総合研究所チーフエコノミスト 吉崎 達彦 

このところ全国的に好天の日が多いが、気分はさえない。大阪府は政府に対して、緊急事態宣言の発令を要請した。

やっぱり「マンボウ」こと蔓延防止等重点措置では効果がなかったらしく、つくづく「変異株」は油断がならない。

3月21日に1都3県で緊急事態宣言が明けたときはホッとしたものだが、東京都なども含めてまた「元の木阿弥」となるらしい。

5月の大型連休を前に、ついため息が漏れるところである。

 

* コロナで政策の成否が「丸見え」の状態に

それにしてもこんなに変化が激しいのでは、政府や自治体の対応は大変だ。

ほとんど週単位のデータの変化に反応しなければならない。

最近は新型コロナウイルスが地域経済に与える影響を可視化する材料として、内閣府が V-RESAS  (動画リンク)という便利なサイトを運営している。

☞ V-RESASは、新型コロナウイルス感染症 [COVID-19] が、地域経済に与える影響の把握及び地域再活性化施策の検討におけるデータの活用を目的とした見える化を行っているサイトです。地方創生の様々な取組を情報面から支援するために、内閣府地方創生推進室と内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が提供しています。 

 

この情報開示を見ると、全国の経済活動がいかに激しく変化しているか、そして地域差がいかに大きいかがよくわかる。

政府や自治体は、こうしたデータの変化を見て機敏に手を打っていく必要がある。

しかるに、分析結果などを基にした「データドリブン」の政策運営は、この国ではほとんど体験がないのである。

強いて言えば、戦争をやっているときの政府は、こんな感じなのではないだろうか。

もっとも、これは滅多にないチャンスだという見方もできる。

経済政策なんぞは、普通は四半期や月次のデータで事足りる。

戦争や感染症などがない場合、経済はそんなに急変することはない。

だから「今年1-3月期GDP 1次速報値は、5月18日に公表の予定です」などと悠長なことを言っていても許される。

いや、エコノミストとしては、できればもっと早く発表してほしいんですけれどもね。

ちなみに先進国の中でも、日本のGDP統計の公表はもっとも遅いほうである。

ところが今はコロナがあるために、政策は短期決戦で決断しなければならず、それもすぐに結果が出てしまう。

ファンファーレの数分後には勝敗が決する競馬のように、自分が下した判断が正しかったか間違っていたか、すぐに明らかになってしまうのだ。政府としてはまことにつらいところで、政策の成否が国民から丸見えになってしまうのである。

一時はコロナ対策が称賛されていたドイツのアンゲラ・メルケル首相の人気が今はガタ落ちで、9月の総選挙後は緑の党がドイツの第1党になるかもしれない、などと言われている。コロナは政治家や政党を使い捨てにしてしまうのだ。

その一方で、今は「データドリブン政治」を鍛える絶好の機会という見方もできる。

こんなに短期で政治の結果が出ることは滅多にないからだ。

今であれば官邸にデータ分析のAI機能を設置して、政策の立案、実行、評価を短時間に行い、それをフィードバックするという実験が可能になる。これから先の1~2年は、コロナのお陰で「データドリブン政治」を試すチャンスということになる。

正確に言えば、当面は試行錯誤が多くなるはずなので、「データドリブン」の実験はコロナ対策では成果を発揮できないかもしれない。しかし政府がリアルタイムでデータ使用の成功と失敗体験を積み重ねていくと、のちのち強力な武器となるはずだ。

それこそ「絶対に選挙に負けない政治」が可能になるかもしれないのである。

 

* 「分配」で国民の所得はどうなったのか?

さて、データを上手に使うと言っても、エコノミストが使えるのは今まで通り、非常に遅いペースで伝えられる既存の経済統計しかない。それでも若干の進化はあるもので、昨年から内閣府は家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報を公表するようになった 。これは画期的なことではないかと思う。

GDP(国内総生産)は、国内で生み出される付加価値の総量なので、これは国内総所得(分配)や国内総支出(需要)と事後的には等しくなる。これを「三面等価の原則」と呼ぶわけであるが、日本で公表されるGDPは、家計消費や設備投資、政府支出に輸出入といった「支出」面の統計がもっぱらであった。

しかし「生産」や「分配」面も知りたいではないか、特に「分配」で国民の所得がどんな風になっているかは、経済政策を考えるうえで重要ではないか、との要望は以前からあった。

その分配面の統計を、昨年から試験的に内閣府が公表するようになった。

その結果、コロナ下の家計貯蓄率が異常な動きを示していることが判明したのである。

以下の数字をご覧あれ。なぜ世間が大騒ぎしないのか、たぶん気づいている人が少ないからじゃないだろうか。

 

* コロナ感染拡大で家計部門には「相当な蓄え」

2019年

 1- 3月  1.2%

 4- 6月  1.5%

 7- 9月  1.2%

 10-12月  4.5%

2020年

 1- 3月     5.7%

 4- 6月   21.8%

 7- 9月   11.3%

 10-12月  6.1%

 

日本は貯蓄率が高い国、と言われたのは昔のこと。近年はだいたい3%以下、ときにはマイナスで推移している。

2019年の10-12月期が4.5%と高めになったのは、折からの消費税増税で個人消費が委縮したからだろう。

しかし2020年の貯蓄率は、コロナ感染の拡大によってさらに跳ね上がる

特に昨年4-6月期は20%を超えている

初めての緊急事態宣言で皆が家に閉じこもっていた時期に、個人消費が冷え込んだことは想像にかたくない。

ここから何が分かるかと言うと、現在の家計部門には相当なキャッシュが蓄えられているということだ。

まず、2020年(暦年)には282.5兆円の雇用者報酬(賃金)が支払われている。

前年の実績は286.9兆円なので、コロナによる支払い減少は思ったほど大きくなかった

これに「営業余剰・混合利得」や「財産所得」などを合算する。さらに「所得・富等に課される経常税」や「純社会負担」などを引くのであるが、これらの数字は2019年実績とほとんど変わっていない

1カ所だけ「その他の経常移転」という項目があり、ここだけは前年の▲1.9兆円からいきなり12.0兆円プラスと大きく変化している。察するところ、この正体は昨年行われた「1人10万円の給付金」であろう。

これらを合算すると、2020年の可処分所得は316.2兆円となる。

前年より11兆円も増えているのは、給付金の額とほぼ見合っている

一方で、このうち家計最終消費支出に回ったのは、前年比18兆円も少ない280.5兆円であり、結果として通年で35.8兆円の貯蓄が残った計算となる。年間の貯蓄率は11.3%(前年は2.3%)であった。

個々の家計が貯蓄に励むのは、普通は何か目的があってのことであろう。

しかるに昨年、家計部門に残った約36兆円(その3分の1は給付金の効果)は、「意図せざる貯蓄」とみることができる。

つまり日本経済には、巨大な「ペントアップ(積み上がった)需要のマグマ」が蓄えられていることになる。

アフターコロナの時代が到来した場合、この貯蓄はこれまで我慢していた消費、外食やエンタメや観光など、「対面のサービス業」にどっと向かうのではないだろうか。

 

* 「36兆円の貯蓄」は日本経済にとって隠れたチャンス

実を言うと「日常の消費が減った分だけ貯蓄が増える」というのは海外でも起きている現象である。

ところが、アメリカなどはもともと消費性向が高いので、旺盛な「巣ごもり消費」が世界的なコンテナ不足を招いている、という話は以前にご紹介した通り(3月13日付「ばらまきバイデン政権の裏で起きる意外なこと」) 。

給付金の一部が、「ロビンフッダー」と呼ばれる素人の株式投資に化けている、というのもつとに有名だ。

また、世界的にはコロナ下で不動産投資も活発化している。

都心から郊外に移動する人が増えていて、多くの都市で郊外の地価が上昇するという現象がみられる。

外出が減って家で過ごす時間が延びたし、在宅勤務が増えて出勤の頻度も減っているのだから、これは自然な動きと考えられよう。

日本の場合も、昨年7月以降は東京23区の人口は減少に転じている。

その分は多摩地区や神奈川、千葉、埼玉県などに流れていて、この流れは当分、続きそうである。

しかるに少子と高齢化のせいもあってか、不動産価格が上昇しているという話はあまり聞こえてこない。

日本の場合は巣ごもり消費と言っても、せいぜい「ふるさと納税」が増えるとか、クラウドファンディングが予想外に集まるといった程度で、とにかく消費は凍りついてしまっている。しかるにお金がないわけではないのである。

コロナの呪縛が解き放たれた後には、相当な消費ブームがあってもおかしくない。

とりあえず昨年の「意図せざる36兆円の貯蓄」を、どうすれば消費に向かわせることができるのか。

日本経済には大きなチャンスが隠れていると言っておこう。

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