おがわの音♪ 第1130版の配信★


ワクチン個別接種「キャンセル多発」診療所の難題

 予約を取りつつも別の手段を試していち早くワクチン接種がかなった場合、当然ながらキャンセルが発生する。日本のあちこちで起きているであろう問題だ

(写真Kiyoshi Ota/Bloomberg)

大規模や職域の陰に隠れて見えてない混乱の実態

鈴木 理香子 : フリーライター

2021年07月01日

  医療従事者への先行接種を皮切りに、国内でコロナワクチン接種が始まって4カ月半。

医療機関や公民館、体育館での集団接種や、自衛隊による大規模接種なども始まり、ワクチンを打てる機会が大幅に増えた。



 * 診療所の個別接種で生じた混乱

そんななか、個別接種を始めた診療所では予約とキャンセルの対応で、混乱も生じているところも出てきているようだ。

「昨日、電話してきた患者さんは、『先生のところでワクチンを打ちたかったけれど、近所のクリニックのほうが早い日程だったから、そっちにしました』と言って、当院の予約をキャンセルされましてね」

と言って戸惑いを見せるのは、わだ内科クリニック院長(東京都練馬区)で内科医の和田眞紀夫さんだ。

同院では6月からコロナワクチンの個別接種を実施している。

「接種の選択肢が増えたことは、非常に喜ばしいことなのですが……」と話す。

和田さんの診療所のある練馬区では、5月22日から集団接種が、6月1日から個別接種が始まっている。

国の方針通り、まずは75歳以上の高齢者に接種券(クーポン券)が配られ、続いて65歳~74歳、さらに基礎疾患がある人、60歳~64歳、区内の保育所の職員など……という順番で配布される。

75歳以上の高齢者の予約開始日は5月17日。これは集団接種でも、個別接種でも一緒だ。わだ内科クリニックでもこの日に予約を始めた。ちなみに東京都練馬区の個別接種は、電話か診療所の窓口に直接申し込むことになっている(集団接種は、インターネットか電話)。

「練馬区より先に個別接種の予約を始めた地域では、この個別接種の予約でかなりの混乱が起こっていました」

和田さんが隣の区にある知人の診療所に様子を聞いたところ、予約開始日には早朝の5時台から列ができはじめ、7時には80人を超える高齢者が予約のために並んだ。

まさに屋外とはいえ過密状態だ。それと並行して30件を超える電話予約の対応に追われたという。

「当院はそういう混乱を避けたいと考え、事前になるべく予約開始初日の朝に集中しないように周知しました。そのおかげで比較的スムーズに初日の予約が終わりました。それでも、その日の午前中だけで66人の予約の受け付けを済ませましたが」

練馬区の個別接種には「かかりつけの患者のみ受け付ける」診療所と、「誰でも接種が可能な」診療所の2種類にわかれていて、わだ内科クリニックは前者のかかりつけの患者のみ対応する。

その理由は、高血圧や糖尿病など従来の診療のほか、昨年の夏から発熱外来を開設し、PCR検査を実施しているためだ。

「今週も10人にPCR検査を行って、2人の陽性者が見つかっています。発熱外来と一般外来、そしてワクチン接種を同じ診療所で行うためには、時間的、空間的な動線を明確にわける必要があります」

いまは平日の11時半~12時半の診療時間にワクチン接種時間を設け、その時間帯の外来は原則休みにしている。

それ以外の診療時間は通常の外来とし、コロナ感染疑いの人たちが来院する発熱外来は完全予約制だ。

そもそも、発熱外来を実施する診療所でワクチン接種をするのは望ましくないと考える和田医師。

一般の方がワクチン接種のためだけ大勢、来院するのはリスクが高いためだ。

ただ、日ごろ診ている基礎疾患がある患者への接種は主治医として責任を持って行うと、かかりつけの患者に接種を限定したという。

「そこは診療所ごとに役割が違っていいと思っています。当院では予約を受け付けるのは1日6人、多くて12人ですが、逆に発熱外来を設けていない診療所では、1日に30人とか、36人とか、多くの方に接種してほしい」

 

* ワクチン接種は6人分がひとまとまり

なお、練馬区が個別接種で使用するワクチンは、ファイザー社製のコミナティ

診療所は2週間に1回、必要なバイアル数(1バイアル6人分)を練馬区の担当部署に発注し、その翌週にシリンジや注射針とともに届く。

当初、ファイザー社製のワクチンはマイナス60~90℃で保管する必要があるとされていたが、現在はマイナス15~25℃での保管でよくなった

診療所にある一般的な医療用の冷蔵庫の冷凍室が使えるようになったため、保管に関する障壁もクリアになった。

残っている課題は、予約がキャンセルになることで生じるワクチン破棄だ。

コロナワクチンの場合、1バイアルで6人の接種分が確保できる。見方を変えると、もし6人集まらなければ、残りは破棄しなければならないということだ。

同院では現時点で、75歳以上の高齢者だけで7月16日まで予約が埋まっているが、これも確約ではない。

実際、「ほかの診療所のほうが早かったから、そちらで打つ」「集団接種会場に変えた」などの理由で、バラバラとキャンセルが入ってきている。その数はすでに20~30件ほど。

ワクチン接種のスケジュール表が歯抜け状態になりつつある状況に、「思っているよりもはるかにキャンセルが多い」と和田さんは驚く。

 

* キャンセルを埋めるスタッフの対応は手作業

幸い、75歳以上の高齢者への接種券の配布に続き、65~74歳の高齢者への配布が始まった。

新しい予約が入ってきているため予約は何とか埋まっているが、今後、キャンセルが増えれば、診療所のスタッフが予約希望者に連絡をし、接種を前倒しにできるか聞くという、穴埋め作業をしなければならない。もちろんこれらは手作業となる。

体調不良などで当日キャンセルされるケースもあるでしょう。集団接種や大規模接種なら接種人数が多いので対応できても、接種人数が少ない個別接種ではどうしても廃棄分が増えてしまう。3人しか集まらなければ、半分は捨ててしまうことになるからです。そうならないよう努力しますし、今は廃棄することなく接種を終えていますが、正直、時間の問題だと思います」

近隣の医療機関と連携して、「お互い3人ずつなので、6人にしましょう」というわけにもいかないそうだ。理論上は可能だが、協力金が発生する事業だけに、普段まったく連絡を取っていない診療所と今から連携をとるのは難しい。

では事情をくんでワクチンを廃棄してもいいかというと、当然ながら練馬区からの通達では破棄しないことを前提にしている。実際、通達にはワクチンをムダにしない取り組みの具体策として、「接種の待機者(早急な接種を希望する者、翌日以降の予約者)に連絡し接種する」、「やむを得ずワクチンが余ってしまった場合、優先接種区分にかかわらず、付き添いで希望する方などに接種する」といった方法が紹介されている。

「これらはいずれも診療所へのお願いベースであり、根本的な廃棄回避策にはなっていません。医療機関間の連携にしても、廃棄回避の取り組みにしても、ワクチンの個別接種が決まった時点で考えなければならない問題だった。結局、行き当たりばったりのワクチン政策、現場に丸投げということです」

 

* ワクチン廃棄量を減らす「リザーブワン」とは?

そんななか、和田医師が期待するのが、練馬区が独自に考案したワクチン廃棄量を減らす取り組み「リザーブワン」だ。

通常、ファイザー社製のワクチンは1バイアルから6人分を確保するが、実は若干の接種液が残っている。

この残留分をデッドスペースのない特殊なシリンジを使うと、2バイアルで1人分を新たに確保できる

つまり、2バイアルで13人分接種できる仕組みだ。

通常は2シリンジ分で12人の予約を入れるが、リザーブワン方式を用いると13人までの予約が可能になる。

1人キャンセルが出ても、もともと12人分用であるため、破棄にはあたらないというわけだ。

「涙ぐましい取り組みともいえますが、体調不良などでの急なキャンセルに対応できるので、個別接種を実践する側としてはありがたいです」

練馬区では、従来の集団接種や個別接種に加え、新たに石神井スポーツセンターなどに区が主催する大規模接種会場を設置する予定だ。1日最大で1000人の接種が可能で、モデルナ社製のCOVID-19ワクチンモデルナ筋注を使用するとのこと。報道によると、個別接種と合わせて区民の65%が10月中旬までに接種を終えられる見通しだ。

「職域接種も始まりましたから、ますます個別接種を希望する人は減ってくるかもしれませんね。ただ、集団接種は持病のない比較的若い人に向いている接種法で、基礎疾患などがある方は、やはり健康状態をよく知るかかりつけの医師に接種してもらったほうがよいと思います」

集団接種や大規模接種の陰に隠れて、あまり見えていなかった個別接種の混乱。

練馬区には診療所が約300件あり、このうち160件を超える医療機関が個別接種を受け付けている。

和田医師は「練馬区に限らず、どこの地域の診療所も抱えている問題はおそらく一緒ではないでしょうか。個別接種の重要性を鑑みて、“破棄はけしからん”といった状況は改善してほしい」と訴える。 

Copyright©Toyo Keizai Inc.All Rights Reserved.


デジタル時代のノート



メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。