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コロナ禍で露呈「トヨタ生産方式」の決定的な弱点


利益を出すために無駄を省きすぎた末路

The New York Times 

2021年06月09日

新型コロナウイルス発生初期のアメリカ・テキサス州にあるスーパーの在庫棚の様子。多くのビジネスはコロナ禍で深刻な物不足に陥った(写真:Nitashia Johnson/The New York Times)

現代世界の成り立ちを語るとき、産業効率に飛躍的な進歩をもたらした大先生としてトヨタ自動車の名前は外せない。                  この日本の自動車メーカーは、部品を必要なときに必要なだけ工場に届けることで在庫を極限までそぎ落とす「ジャスト・イン・タイム(JIT)」生産方式の先駆者だ。

半世紀以上にわたり、このアプローチは世界中の企業を魅了してきた。その影響力は自動車業界の枠をはるかに超える。ファッション、食品加工、製薬など、さまざまな業種の企業が機動性を保つためにJITを取り入れ、市場の変化への対応とコスト削減を両立させてきた。

本家本元の自動車業界が「ガス欠」

ところがコロナ禍による経済の混乱で、在庫を持たない経営のメリットに疑念が生じている。                                一部の業界はJITを徹底するあまり混乱に打たれ弱くなったのではないか」との懸念にあらためて火が ついたのだ。パンデミックが工場の操業を妨げ、世界の物流を混乱に陥れたことで、世界各国は電子機器から木材、衣料品に至る広範な物不足に悩まされている。

激しく揺れ動く世界経済にJITは追いつけていない。JITへの過度な依存は、同生産方式を生み出した自動車業界に最も顕著に表れている。自動車メーカーは、主にアジアで生産されている半導体不足に苦しめられている。半導体は自動車生産に欠かすことのできない重要部品だ。その半導体が十分に手に入らなくなったことから、自動車の組立ラインはインド、アメリカ、ブラジルなど、さまざまな地域で停止を余儀なくされている。

物不足が広範囲にわたって持続している現状から見えてくるのは、いかにJITの発想が商業活動を支配するようになったか、だ。ナイキなどのアパレルブランドが小売店に対し店頭在庫を積み増しさせるのに苦労しているのは、ある意味でJITの影響だ。建設会社が塗料やシーリング材の調達に難儀する一因もJITにある。                                                  パンデミックの初期段階では個人用保護具が悲惨なまでに不足し、最前線で働く医療従事者が半ば「丸腰」となったが、こうした事態を招いた主因もJITにあった。

JITはビジネス界においては、まさに革命といっても過言ではない。在庫をスリムに保つことで、大手小売店は売り場スペースを一段と有効活用し、さらに幅広い種類の商品を陳列できるようになった。                                             無駄のないリーンな生産方式のおかげで、企業はコストの大幅削減と同時に新製品への迅速な切り替えが可能となった。

こうした強みは企業に付加価値をもたらし、イノベーションを促し、商売を加速させた。それゆえコロナ危機が沈静化した後も、JITが長期にわたって力を持ち続けるのは間違いない。  JITによって浮かせたコストで企業は配当や自社株買いを行い、株主に報いてもきた。

利益拡大に前のめりすぎた?

それでも、今回の物不足をきっかけに、次のような疑問が浮かび上がっている。 「一部企業は在庫削減による利益拡大に前のめりとなりすぎたのではないか、そのせいで想定できた事態への備えを怠る結果となったのではないか」という疑問だ。    マサチューセッツ大学の経済学者ウィリアム・ラゾニックは「必要な投資が行われなかった」と話す。           世界経済を襲う物不足は、もちろん在庫の引き締めだけに起因するわけではない。新型コロナウイルスの感染拡大で港湾労働者やトラック運転手が以前のように働けなくなり、アジアの工場で生産され、北アメリカやヨーロッパに海上輸送される製品の荷下ろしや流通が滞った。製材所の操業もパンデミックで停滞し、木材不足からアメリカの住宅建設が進まなくなった。メキシコ湾の石油化学工場が大寒波で停止したことも、主要製品の供給不足につながった。

こうした状況がとりわけ痛手となった企業には、コロナ危機となる以前から、そぎ落とした在庫で切り盛りしていたところが少なくない。

さらに、多くの企業はJITの徹底と同時に、中国、インドといった低賃金国のサプライヤー(調達先)への依存度を深め、国際輸送の混乱が直撃する構図となっていた。                                                                                今年3月にはスエズ運河で大型コンテナ船が座礁し、ヨーロッパとアジアを結ぶ主要な水路が封鎖される事態となったが、このように歯車がちょっと狂っただけで被害が増幅するメカニズムだ。

「人々は(無駄を徹底して削る)この種のリーン思考を取り入れ、それをサプライチェーンに適用したが、これは低コストで信頼性の高い輸送が利用できることが大前提になっていた」とハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で国際貿易を専門とするウィリー・C・シーは語る。「そして、このシステムはいくつかのショックに見舞われている」。

ペンシルベニア州コンショホッケンでは、アンドリュー・ロマノが文字どおり船の到着を待ちわびていた。               ロマノは全世界から化学製品を調達し、塗料やインクなどを製造する工場に販売するバンホーン・メッツ・アンド・カンパニーの販売担当バイスプレジデントだが、同社は建材メーカーに販売する特殊用途の樹脂を十分に確保できていなかった。その樹脂を供給しているアメリカのサプライヤーも、中国の石油化学工場から、ある素材が調達できずにいた。      ロマノの得意先である塗料メーカーは、完成品の出荷に必要な金属缶が十分に手に入らないことから、化学薬品の発注を手控えていた。「すべてが連鎖している。もうしっちゃかめっちゃかだ」とロマノは言う。                              もっとも、JITとグローバルなサプライチェーン(供給網)に過度に依存するリスクはコロナ禍となる前からすでに明らかになっていた。専門家らはその帰結について何十年と警鐘を鳴らし続けてきた。                                           例えば、1999年に台湾を揺るがした地震では、半導体工場がストップした。                                                   2011年に日本に甚大な被害を及ぼした地震と津波でも、工場の停止や物流の停滞から自動車部品や半導体が足りなくなった。さらに同年にタイで発生した洪水でも、コンピューターに使うハードディスクドライブ(HDD)の生産が急落した。こうした災害が起こるたびに、「企業は在庫を積み増し、サプライヤーを多様化する必要がある」との議論がかまびすしくなった。

それでも企業はリスク承知で突き進む

しかし、多国籍企業はこうした事態となっても、それまでの手法を改めることなく突き進んだ。

これまでJITを売り込んできたコンサルタントは現在、「サプライチェーン・レジリエンス」の伝道者となっている。

サプライチェーン・レジリエンスとは、強靱で復元力の強い調達網を意味する近頃はやりのバズワードだ。

結局のところ、JITはこれまで企業に利益をもたらし続けてきた。こうした単純な理由から、企業のJIT依存は今後も続いていくに違いない。 

「まさに『企業が経営の重要な判断基準として低コストの追求をやめるのかどうか』という点が問題になっているわけだが、企業行動が変わるとも思えない」とHBSのシーは話す。

「消費者は危機的な状況にでもならない限り、レジリエンスにお金を払ったりはしないものだ」。 

=敬称略= 

(執筆:Peter S. Goodman記者、Niraj Chokshi記者)

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