進化する「ムービー検索」で世界激変、報道もECも主役は15秒動画に
中国人はもうネットを読まない。
牧野武文
2021年4月6日
中国ではニュースを知りたい時も、テキストの記事を読むより「ショートムービー」を見ることを好む人が増えています。インターネットの中心的コンテンツが、テキストと写真の時代が終わり、ショートムービーになるのではないかと思えるほど広がり始めています。TikTokを開発したバイトダンスが、ショートムービー用の検索エンジンの開発を宣言するなど、中国のテック業界は、テキストベースのインターネットからショートムービーベースのインターネットへと大改造する動きが始まっています。この動きは日本にも上陸しつつあります。
* 時代はテキストからショートムービーに
中国で起こりつつあるインターネットの大きな変化についてご紹介します。
15秒のショートムービー共有プラットフォーム「TikTok」のことはどなたもご存知かと思います。
このTikTokは、開発したのが北京のバイトダンスであり、中国では抖音(ドウイン)という名称であることもご存知だと思います。
このショートムービーという発想は、一種の発明でした。
ライバルに「快手」(クワイショウ)が登場したばかりでなく、テンセントのWeChatも視頻号(チャネルズ)というTikTokそっくりの機能を追加しました。YouTubeまでYouTubeショートというサービスを始めています。
抖音は若い女性のダンス映像でヒットをしたとよく言われ、それはその通りなのですが、今ではニュース映像や科学知識の解説映像、商品紹介映像、寸劇コント、日常の報告映像などあらゆる映像が投稿されるようになっています。
ジャンルの幅はYouTubeと変わらなくなっていて、そのほとんどが15秒から1分程度のショートムービーなのです。
ニュースを知りたい時も、テキストの記事を読むより、ショートムービーを見ることを好む人が増えています。
商品紹介もテキストと写真の説明より、ショートムービーの方がわかりやすい。
そういうことから、インターネットの中心的コンテンツが、テキストと写真の時代が終わり、ショートムービーになるのではないかと思えるほど広がり始めています。
それは単なる一時期の流行ではないようです。
バイトダンスが、ショートムービー用の検索エンジンの開発を宣言するなど、中国のテック業界は、テキストベースのインターネットからショートムービーベースのインターネットへと大改造する動きが始まっています。
今回は、今、中国で起こりつつある、インターネットの大変化についてご紹介します。
* インターネットに3度目の大変革?
インターネットは、そのあり方が大きく変わるかもしれません。
インターネットの重要な変化は、過去2回ありました。
1回目は、1989年の商用利用の開始です。
これでECを前提にしたウェブブラウザー「Mosaic」が登場して、ウェブ時代が始まります。
次の変化が2007年のiPhoneの登場です。
これでインターネットのメインストリームは、ウェブからモバイルウェブやアプリに移りました。
そして、今、ウェブからコンテンツ、より正確に言うと、テキストからショートムービーに移り始める可能性が出てきました。
そのきっかけになったのが、2021年2月17日に、バイトダンスの張楠(ジャン・ナン)CEOの、ニュースキュレーションアプリ「今日頭条」での発言です。
この発言に、中国のエンジニアたちは注目をしています。
それは、バイトダンスがショートムービー用の検索エンジンの開発を始めるというものです。
張楠CEOは、こう語りました。
「この数年、社会の表現、創作の多くがムービーになりました。情報に直接アクセスする方法としての検索もムービー対応が進んでいます。2018年5月に、抖音(ドウイン、中国版TikTok)に最初の検索機能をリリースしました。
現在、抖音の検索機能の月間アクティブユーザー数(MAU)はすでに5.5億人を超えています。
多くの方が、知りたいことがある時には、抖音を開き、ムービーを検索するようになっているのです。
私はかつて、抖音を人類文明のムービー百科全書にしたいと言ったことがあります。
ムービー検索は、この百科全書の索引であり、答えを探したり、新たな知識への入口となるものです。
もちろん、ムービー検索を開発するのは簡単なことではありません。これからの1年、抖音は検索エンジンの開発に全力を投入します。ムービー検索に興味のある研究開発、プロダクトマネージャー、運営の方が参加してくれることを歓迎します!また、みなさんも抖音の検索機能を使ってみて、たくさんのご意見をください!」
バイトダンスのエンジニアはもちろん、他社のエンジニアもこの発言に反応しています。
「バイトダンスがいよいよ動くのか」という反応です。
* AIに任せれば偏向報道はなくなる?
バイトダンスはTikTokが有名になりすぎましたが、その前のプロダクト「今日頭条」が中国で大成功をして、成長の礎を築きました。
今日頭条は、読みたいと思っているニュースがどんどん配信されるニュースキュレーションアプリですが、どのニュースを配信するかというキュレーション作業に人は介在していません。すべて人工知能が決めています。
ニュース記事の内容を分析し、利用者がどのような傾向のニュースを読むのかを機械学習し、配信するニュース記事を決めています。このアルゴリズムを開発するときも、ジャーナリズムの専門家はひとりもいませんでした。すべて、ジャーナリズムには素人のAIエンジニアが開発しました。
それが、「読みたいニュースが無限に出てくる」ニュースアプリとして、多くの人に歓迎されたのです。
これは大きな転換でした。
ジャーナリズムの専門家であるジャーナリストやエディターが配信するニュースを決めていたら、どうやっても、その人の個性や考え方が反映され、ニュース内容に偏りが生まれてしまいます。場合によっては、偏向メディアとして非難されることもあれば、その偏向ぶりがメディアの個性として受け入れられることもあります。
一方で、今日頭条は、利用者に偏向します。
その人が国際政治のニュースばかりを読む人であれば、国際政治のニュースが大量に配信され、その人が芸能人のスキャンダル記事ばかりを読む人であれば、芸能週刊誌のような記事ばかりが配信されるようになります。
今日頭条というメディアに個性はなく、無色透明で、使う本人の個性が色濃く反映されるのです。
メディアとは、本来「情報伝達の媒体」という意味ですが、影響力を持つようになると、媒体が意見を主張するようになりました。
意見を表明することはかまいません。しかし、偏向がないはずの事実報道の形式を装い、特定の意見に世論を誘導しようとするのは許されないことです。そのため、新聞メディアは、事実報道である記事と、意見表明である社説を分離しています。
しかし、それでも、人間が書き、人間が選ぶため、どうしても事実報道も偏向してしまうのです。
今日頭条は、記事内容までは無理でも、どのニュースを配信するか=編集をメディア本来の形に戻しました。
* 開発が進むムービー検索。「見たい動画」が無限に出てくる
抖音も基本的に同じ人工知能アルゴリズムが使われています。
これにより、「見たいムービーが無限に出てくる」状態となり、抖音は中国で、その国際版であるTikTokは世界中で受け入れられました。
抖音の現在の検索機能は特筆するようなところはありません。
ハッシュタグのテキストが検索できることと、後はムービーをアップロードする時に、ムービーの中に写っている物体認識を行なっているので、ムービーに登場する物体の名称で検索できているようです。
この辺りの仕組みは非公開であるため、わからないところが多いですが、犬や車という名詞で検索をすると、ちゃんと犬や車のムービーが検索結果として表示されます。
張楠CEOが呼びかけたムービー検索エンジンは、このレベルのものではないことは明らかです。
では、どのようなものなのかと言われると想像もつきません。
ムービーや音楽もそうですが、そのコンテンツに付属したハッシュタグやタイトル、キャプションなどのテキストを検索することはできますが、ムービーそのものを検索する方法はまだ確立されていません。
バイトダンスは、ここに挑戦しようとしていると見るのが一般的で、だからこそ、中国のエンジニアたちは注目をしているのです。
* ムービー検索は世界をどう変えるか
では、なぜ、ムービーを直接検索できる検索エンジンが必要なのでしょうか。
それは、インターネットの中心コンテンツがテキストからショートムービーに移り始めているからです。
古い時代の百科事典は、テキストベースのウィキペディアでしたが、今後、新しい時代の百科事典は、張楠CEOが言うように、抖音などのショートムービープラットフォームになる可能性があります。
それは、あまりにもショートムービーを過大評価しすぎなのでは?と感じられる方もいらっしゃるかと思います。
しかし、あらゆる指標が、テキストの終焉を指し示し、次世代はショートムービーになることを示唆しています。
インターネットは、商用化、モバイル化の次の革命的な変化として、ショートムービー化が起こる可能性は高いと思います。
と、私個人が主張するだけでは説得力がありませんので、どのような指標がショートムービー化を指し示しているのかをご紹介します。今回は、インターネットのショートムービー化についてご紹介します。
* インターネットのショートムービー化
抖音がEC部門を本格化させています。
以前から、抖音の中でライブコマースを中心としたECは行われていましたが、2020年6月にはEC部門を設立し、11月には独身の日セールを行い187億元(約3000億円)を売り上げました。さらに、12月にはEC部門を拡充し、本地直営営業センターを設立、すでに1万名以上のスタッフが働いているといいます。
結局、2020年のEC流通総額は5000億元(約8.3兆円)になったというから驚きです。
これは日本のアマゾンの約3倍にあたります。抖音のようなショートムービープラットフォームで、そんなにたくさんの商品が売れるというのはにわかには信じがたい話です。
しかし、利用者規模を考えれば納得がいきます。
抖音のMAUは5.5億人です。
一方、日本のアマゾンのMAU(2020年4月)は、調査会社ニールセンの推定によると0.52億人となっています。
抖音はほぼ10倍の利用者数で、売上は3倍と考えると、納得のいく数字になります。
実際に、抖音を使って、商品を検索してみると、「なるほどこれは買ってしまうな」と納得してしまうところが多々あります。抖音には、ショートムービーとライブ配信の2つがあって、それぞれ商品で検索をすると、商品説明のショートムービー、配信中のライブコマースが見つかります。
ライブコマースについては、当メルマガのバックナンバー「vol.029:店舗、ECに続く第3の販売チャンネル「ライブEC」」でもご紹介したように、スマホのライブ配信システムを使って、日本のテレビショッピングやリモートの実演販売をする感覚です。実演者がみなそれぞれに芸達者であるため、思わず衝動買いをしてしまいますし、ライブコマースの配信は無数にあるため、次から次へと見ていくと、賑やかな商店街を歩いているような気分にさせられます。
一方、商品ショートムービーの方は、商品名で検索をすると見つかるもので、商品の説明ムービーだったり、あるいはライブコマースの一部を切り取ったものです。これがものすごくわかりやすいのです。
例えば、「こするだけでこんなにきれいになります」という清掃用品や、「こんなにたくさん入って整理整頓ができます」という収納用品をイメージしてください。
これを日本のアマゾンで買おうとすると、商品ページを見て、説明を読み、電子チラシのような画像を見て、あとはレビューを見て判断することになります。
しかし、抖音では、15秒から30秒のムービーで、どんな商品なのかがすぐにわかります。
商品を売るために製作されているムービーなので、誇大表現になっているところはあるとしても、購入意欲をそそります。
ムービーをタップすると、商品ページに飛び、サイズなどの詳細情報が表示され、いちばん下の購入ボタンをタップすれば、決済が行われ購入することができます。
つまり、商品の説明は、テキストと画像よりも、ショートムービーの方がはるかにわかりやすく、訴求力が高いのです。
洋服を買うときも、スタイルのいいモデルさんが着ている静止画よりも、普通の販売スタッフが着ている動画の方が、実際に着てみた時のシルエットや素材の質感までわかります。
* インターネットの入り口は検索ではなく「コンテンツ」に
TikTokが生まれた中国では、コンテンツ志向が鮮明になってきています。
私たちがインターネットを使うのは、インターネットを使うことが目的ではなく、その向こう側にあるコンテンツを使いたいからです。
コンテンツとは、テキスト記事もあればショートムービーもあれば、音楽もあり、ECやタクシー配車などの具体的なサービスもあります。
1989年にインターネットの商用化がスタートしてしばらくは、インターネットは「情報の大海」とも呼ばれ、新たな知識と出会う場所でした。インターネットを使うことは「ネットサーフィン」とも呼ばれました。
この時代は、検索エンジンがインターネットの入り口でした。何か知りたいことがあると、検索をしてみる。そして情報を知るという使い方です。この要求に応えるように検索エンジンを主力事業にしたグーグルが急成長をしました。
しかし、インターネットは、次第にネットの向こう側にあるコンテンツやサービスにアクセスするツールになっていきました。ECや動画配信、音楽配信などです。こうなると、検索エンジンから入って、それからコンテンツやサービスにたどり着くよりも、最初からアプリやウェブにアクセスした方が早くなります。
例えば、ある芸能人の映像を見たいというときは、グーグルでその人の名前を検索するより、最初からYouTubeにアクセスして、その芸能人の名前を検索します。
つまり、検索エンジンから入るのではなく、先に目的のコンテンツやサービスにアクセスして、それから検索をするようになっているのです。
「コンテンツ生態検索趨勢研究報告」(極光)では、検索エンジンに限らず、コンテンツアプリ、サービスアプリの中でどのような内容を検索しているかのアンケート調査を行っています。
すると、第1位にきたのは生活関連の問題、疑問で、以下、知識、商品、ニュースと続きます。
多くの方がこの結果には納得されるのではないでしょうか。
では、このような内容をどこで検索しているかです。
それは、もはや検索エンジンではないのです。
検索エンジン(検索アプリ)を使った検索は、全体のわずか22.6%で、多くはショートムービープラットフォームやSNS、ECアプリ、ニュースアプリなどを先に開いて、それから検索をかけているのです。
インターネットの入り口が、検索から各コンテンツに移行をしたことが、検索広告大手の百度の業績悪化につながっています。百度は、2019年には赤字寸前になるという危機を迎えました。
その後、以前から転換を進めていた自動運転などの人工知能関連事業が利益が出せるようになり、2020年は持ち直しましたが、もし、百度が旧態依然として検索広告にしがみついていたとしたら、会社はなくなっていたかもしれません。
百度の創業者、李彦宏(リー・イエンホン、ロビン・リー)は、2015年の時点ですでにインタビューでこう発言しています。
「多くの企業が独自のアプリの開発を行なっていることはわかっている。もう検索エンジンに頼らなくてもよくなり、企業はアプリを通じて消費者に対して適切な情報提供をすることができるようになる。
消費者が、スマホ時代になって、検索エンジンに時間を使わなくなっている。それは私たちにとって大きな問題だ。
消費者がサービスを求める時は、まずアプリを利用するだろう。
検索エンジンは情報しか提供できず、サービスは提供できないからだ――
最近では、タオバオなど他のECでも、商品紹介ページにショートムービーを掲載する例が増えています。
ショートムービーは、張楠CEOが言うように、百科事典としても有効です。
例えば、クランクという機構があります。
自動車エンジンのピストンの直線的な往復運動を回転運動に変換する仕組みです。
紙の百科事典を見たら、図は出ているものの、どういうものなのか理解するのに時間がかかると思います。
しかし、これをムービーで見たら瞬時に理解ができます。
もちろん、仕組みの詳細や歴史的な経緯、どのような産業応用がされているかなどはテキストで読むしかありませんが、先にムービーを見て、仕組みを理解してから読めば、理解度も格段にあがります。
つまり、多くのもので、先にムービーを見て、基本的なことを直感的に理解し、それからテキストを読んだ方が理解が早いのです。
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