おがわの音♪ 第1115版の配信★


現場知らない「コロナ専門家」への違和感の正体

埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭教授とコロナ医療チーム(筆者撮影、プライバシー保護のため画像を一部加工)

200人超のコロナ患者治療した感染症医の疑問

岩澤 倫彦 : ジャーナリスト

2021年03月27日

政府は、新規感染者数や病床の逼迫状況が解除の目安を下回ったとして、首都圏の緊急事態宣言を3月21日に解除した。

だが、感染者数は下げ止まり、すでにリバウンドというべき状況が起きている。

この1年間、迷走を続けてきた日本政府の新型コロナ対策。数百億円が無駄になったアベノマスク、機能していなかった接触確認アプリCOCOA、タイミングの悪いGoToトラベルなど、国民には不信感が募るばかりだ。 

一方、一部メディアが未承認の治療薬を“奇跡の薬” と称して取り上げ、これをすぐに使用すべきと主張する専門家もいる。また、著名な外科医が独自のコロナ対策案を菅義偉首相に提言、メディアが大きく取り上げた。



 コロナの治療をしていない専門家たちの動きに、埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭教授は違和感を抱いていた。

「第4波は来る、と考えてコロナ対策を立て直すべきです。しかし、いま注目されているコロナの情報や対策案は、治療現場との乖離があります」

コロナ治療をめぐるギャップとは一体どういうことなのか、コロナ治療の第一人者である岡秀昭教授が語った。

 

* 200人超の患者を診てきたコロナの治療現場

埼玉県川越市に位置する、埼玉医科大学総合医療センター。

3年前、感染症指導医の岡秀昭教授が1人で総合診療内科を立ち上げ、現在は9人の医師が所属する。このメンバーを中心にほかの診療科医師の応援も得ながら、コロナ専用のICU(集中治療室)4床、軽症・中等症の23床で、重症患者を中心に200人を超えるコロナ患者を治療してきたという。

「第3波のピーク時は、ICUの4床は常に埋まり、中等症患者のベッドも使って最大7人の重症患者を受け入れていました。人工呼吸器やエクモ(体外式膜型人工肺)を装着するので、24時間体制の管理です。患者は麻酔で眠っているので、オムツ交換や、床ずれを防ぐための体位交換、痰の吸引などもしなければなりません。

コロナのICUに必要な医師や看護師などのスタッフは、1日のべ約30人。治療期間が約2カ月の長丁場になるケースも多い。対応人数を超えた重症患者を診る状態が、昨年12月から今年2月末頃まで続きました」

岡教授は日本感染症学会の指導医として、医師向けの新型コロナ感染症の治療マニュアルを出すなど、この分野では知る人ぞ知る存在だ。また、病院長補佐として埼玉医科大学総合医療センターのコロナ対策を担当している。 

コロナ重症患者の肺のCT画像。

囲んだ部分がすりガラス状になっている

コロナの重症患者には、特異的な症状があると岡教授は指摘する。

「胸部CT画像を撮影すると、肺の内側にすりガラス模様に似た白い影が確認できます。この状態になると、呼吸機能が大きく低下しているので、相当な息苦しさを感じるのが普通です。新型コロナの場合、こうなっても患者本人がまったく気づかないことが多い。ハッピーハイポキシア(幸せな低酸素症)と呼んでいますが、人工呼吸器が必要な重症患者でさえ自覚症状がないので判断が遅れがちになり、かえって危険なのです」


* 誤った知識を広めるメディアと専門家

白鴎大学教育学部の岡田晴恵教授といえば、テレビの新型コロナ解説ですっかりお馴染みになった“専門家”。

その岡田教授が前述のハッピーハイポキシアに関連して、次のように解説している。

 『肺でのガス交換ができ難くなると、酸素が充分に取り込めなくなるため、二酸化炭素がたまると肺が酸性化します。

酸性化した環境において、新型コロナウイルスを含むコロナウイルスは増殖しやすくなる性質があり、感染者の病態が急速に悪化することになります』(教育家庭新聞 2月15日号より抜粋)

 

 この解説について、岡教授基本的な点で違っていると指摘する。

 肺炎が悪化した場合、酸素は下がっても二酸化炭素は簡単に増えません。呼吸停止など相当に肺炎が悪化した状況では二酸化炭素が溜まり、〝肺ではなく、血液が酸性に傾く〟ことはありますが、体内環境を維持する働きによって酸性化をとめます。 また、新型コロナの肺炎が急激に悪化するのは、サイトカインストームという免疫の暴走によるものであり、ウイルスの増殖とは別のメカニズムです。こういうことは診療経験がある医師に取材するべきで、適切な専門家を選べないメディアにも責任があると思います」

 

岡田教授は医学博士の肩書きを持つが、医師ではない。国立感染研究所に所属していた感染免疫学や公衆衛生学の研究者だ。

だが、ワイドショーやニュース番組では専門分野から外れて、未承認の治療薬について繰り返し言及、一般の人に大きな影響を与えている。 

『緊急承認で政治的に、50歳以上とか基礎疾患を持っているとか、そういう方に、限定で結構だと思うのです。アビガンを処方する、イベルメクチンを使えるようにする、(中略)早期に治療を開始すること、それができないものであろうかと。病院に入っていらっしゃる方はすべからくアビガンを飲んでいる方が多いと思います』(2021/1/24放送  BS朝日日曜・スクープ HPより抜粋・要約)

 

アビガンイベルメクチンは、有効性が証明されていない未承認薬だが、岡田教授は以前にも別の番組で、「アビガンを医療従事者に持たせて症状が出たらすみやかに飲んで重症化を阻止するべき」と発言している。 

現在、アビガンとイベルメクチンは、国内外で有効性を確認する臨床試験が進行中だ。

未承認薬について岡教授は警鐘を鳴らす。

 「アビガンが効く、というイメージが先行していますが、現時点では臨床試験で有効性は証明されていません。

しかも重大な副作用の催奇形性があり、薬剤は精液にも移行するので、女性だけでなく男性にも注意が必要な薬です。

断っておきますが、入院しているコロナ患者が全員アビガンを服用している事実はなく、使用するケースは限定的です。 

最近、イベルメクチンも話題になっていますが、この薬もほとんど使用していません。これにも理由があります。 

イベルメクチンの海外で行われた臨床試験の論文は、エビデンスレベルが低いものばかりで、ほかの治療薬を併用していたり、サンプルサイズ(対象の患者数)が小さかったり、投与量がバラバラであったりなど、まだ結果を鵜呑みにできない状況です。最新の比較的規模が大きい臨床試験では有効性が証明されませんでしたし、日本はもちろん、アメリカの主要なガイドラインでもまだ推奨されていません 

3月22日、EMA(欧州医薬品庁)は、イベルメクチンの新型コロナ治療での使用は、副作用の懸念を理由に臨床試験以外は支持しないと公表しています。つまり現時点でイベルメクチンは効くのか、効かないのか、ハッキリしていないのです。

 臨床医が未承認で有効性が確認されていない薬を使用するのは、重症でほかに選択肢がないケースであり、その場合でも病院の倫理委員会から審査を受けます。 

これまで私たちは、有効性が証明されているステロイドを中心に、レムデシビル、トシリズマブ(米国のガイドラインで推奨)を使用して、多くの重症患者を救命してきました。

 コロナの治療にまったく関与していない、医師ではない方が、安易に未承認薬を勧めるようなコメントは悪影響が大きいので、現場としては避けてほしいのです。同時に専門性を理解していない、メディアの側にも責任があると感じています」

 

* 未承認の治療薬を自己判断で服用するのは危険

東洋経済オンラインで、筆者は3月12日配信記事「イベルメクチンに超期待する人が知らない真実」において、コロナ治療薬の最新事情を紹介しているが、期待されていた薬が実際に患者に使ってみると有効性が証明されなかったケースは多い。

未承認の治療薬を個人輸入して、自己判断で服用するのは極めて危険な行為なのだ。 

「民間病院が商売としてコロナをやりたいと思うぐらいのインセンティブ(診療報酬)をつければ、日本の医療体制はまたたく間に強化される」

 

今年1月、菅義偉首相を公邸に訪ねて、このような独自のコロナ対策を提言した、東京慈恵会医科大学の大木隆生教授(血管外科医)。 大木教授はSNSや動画サイトなどで、「新型コロナは風邪のちょっと悪いヤツ」、「医療崩壊は一部の病院や限られた診療科のみ」と主張している。 

大木教授の主張に対して、岡教授は別の考えを示した。 

「大半の病院がコロナ患者の受け入れができない理由は、経営面だけではないと思います。

感染症専門医やICN(感染管理認定看護師)がおらず、感染予防やコロナの診療に自信がない、という側面もあるでしょう。仮にクラスターが起きてしまうと、全診療がストップして経営的にさらなるダメージを受けます。

患者さんが亡くなれば、病院の存続に関わってしまう。ただ、金を出せば民間病院もコロナを診る、という単純な話ではないのではないでしょうか。

 第2波のコロナ患者は、若い人で軽症が多かったので〝風邪のちょっと悪いヤツ”と思ったのかもしれません。

しかし、第3波は中高年世代から上の重症患者が多く、酸素吸入や人工呼吸器が必要な状態の患者が入院の多くを占めました。これまでのインフルエンザや風邪では、肺炎患者が押し寄せる事態にはなりませんでした。

百聞は一見に如かず。実際にコロナの重症患者を診ると考え方が変わるでしょう」

 

* 本当の医療崩壊とは何か

医療崩壊の定義について、大木教授は「コロナ対応の診療科が疲弊しているか否かではなく、救える命が救えなくなったか(どうか)」と主張している。

これに対して岡教授は──

 「自分の解釈に都合がいいように、医療崩壊の定義を作るのは詭弁ではないでしょうか。

現場で起きている事実を直視することが大切です。第3波では、重症患者の搬送先が見つからないケースが報告されていますが、これは実際に起きた医療崩壊ではないでしょうか。 

それに感染症科や呼吸器内科、集中治療科などがコロナ対応をしているからこそ、外科などの他科が通常診療を継続できるのです。ピーク時には、私もほかの診療科に応援を頼んだこともありますが、彼らにも本来の診療があるので、決して簡単なことではありません。同じ医師であっても、コロナの患者を診ていないとわからないことがあるのです」

 

補足すると、東京慈恵会医科大学附属病院は、大木教授の発言は個人的見解であり本学の総意ではないと表明している。

また、大木教授は同病院の対コロナ院長特別補佐という立場だったが、3月になってその職は解かれた 

宮城県では3月中旬以降に新規感染者数が過去最高を更新している。

原因として有力視されているのが、2月23日に再開した、GoToイート。岡教授は感染対策の見直しが必要だと指摘する。

 「1年前、私を含めて感染症の専門家は手指消毒などの『接触感染』対策を強調しすぎていました。

もちろん手指消毒は必要なのですが、現在では『飛沫感染』が中心だとわかっていますので、会話、くしゃみ、咳などで飛ぶ微量な唾液にとくに注意しなければなりません。 

1メートル以上の距離を取り、不織布マスクをしっかり着用すれば、十分に予防できる。ただし、飛沫を通してしまうウレタンや布マスクに予防効果は劣ると推定されています。

フェイスシールドだけやマウスシールドはあまり意味がないので、不織布マスクを可能な限り選択すべきです。 

飲食店で注意が必要なのは、マスクを外して密接し、『飛沫感染』に無防備になるからです。

会話をしない、距離をとるなど対策を徹底しないと再び感染が起きると肝に銘じるべきです」

 

* 人工呼吸器に対する「誤解」

コロナ治療の「切り札」として報道されていたのが、人工呼吸器やエクモ(体外式膜型人工肺)である。

前述の外科医・大木隆生教授らは、人工呼吸器やエクモが使われるICU(集中治療室)を、人工呼吸器を扱える外科医も動員してフル稼働すべきと主張しているが、そこに大きな誤解があると岡教授は言う。 

人工呼吸器をつけた重症患者(写真:岡教授提供)

「実は人工呼吸器とエクモが、コロナを治すわけではありません。患者の回復力と薬で治るための時間を稼ぐための、生命維持装置なのです。 

それに、肺が健康な状態で手術を受ける患者と、呼吸不全になっている重篤な状態のコロナ患者とでは、医師にとって人工呼吸器の管理に要求される知識、内容が違います。例えると、普通自動車の運転と、大型ダンプカーの運転くらいの違いでしょうか。  

重症化すればコロナによる肺炎の治療をしなければなりません。

ステロイド剤やリウマチの治療薬の使用など、専門性の高い治療薬を使うため知識と経験が要求されます。加えて徹底的な感染予防策を続けながらの治療です。感染症や集中治療の専門家が司令塔としていないと、重症者の救命を目指す質の高い診療は難しいでしょう」


取材に訪れた3月中旬、埼玉医科大学総合医療センターの新型コロナのワクチン接種が行われていた。

接種会場の入り口で、まず眼についたのはAED(心停止の際に電気ショックを行う医療機器)。

アナフィラキシーショックに備えて用意されたらしい。

 岡教授は左腕のアンダーシャツを肩までまくり上げて、イスに座った。注射針が、柔道で鍛えた筋肉質の上腕部に刺された。深さ約2センチ。ワクチンの接種はあっけなく終わった。 

「言われているほど、痛くなかったです。インフルエンザのワクチンと変わらないですね」 

接種直後は、にこやかに話していた岡教授だが、数時間経つと少しだるさを感じてきたという。翌日に筋肉痛もあったそうだが、接種から3日後にはすべて回復して、仕事には差し障りなかったようだ。

どのようなワクチンも一定の副反応がある。それでも冷静に判断すると、患者と日々接する医療者にとってはリスクよりもベネフィットのほうが大きい。 

首都圏の緊急事態宣言解除にあわせ、政府は今後の対策として、「ワクチン接種の推進」「医療提供体制の充実」など、5本柱を掲げている。ただし、今年6月までに全国民分のワクチンを確保する計画だったが、現在は白紙の状態になっている。

 先月、筆者はコロナに感染してホテルで療養生活を送った。その間、せきや咽頭痛などの症状に苦しんだが、医師の診察は受けられず不安を覚えた。

 

* 重症化する初期の急変を見逃すな

実際に自宅やホテルで療養中の軽症患者が、急変して亡くなったケースが相次いだ。 

ただし、現時点では軽症患者の重症化を防ぐコロナの治療薬は日本で承認されていない。

前述のとおり、アビガンやイベルメクチンなどの候補はあっても、明確な有効性が確認されていないからである。

 だからといって、何も打つ手がないわけではない。岡教授は現実的な解決策を提示した。

 「新型コロナは発症から1週間ほどで、急激に悪化するケースがありますが、この変化をいち早くキャッチできれば、命を救う可能性が高まるはずです。

現在は保健所の職員や看護師が、自宅やホテルの軽症患者に電話で体調確認をしていますが、微妙な変化を見極めるのは難しい。呼吸機能が低下しても、自覚できないのがコロナだからです。

 この軽症患者フォローを、かかりつけの開業医の先生たちが担当してもらえると、早期発見が可能になる。

つらい症状があれば、緩和するような処方もできるでしょう。

的確に診断し、重症化をしっかり見抜いて病院へ紹介する仕事は、かかりつけ医の大切な業務ではないでしょうか」

 

一方、開業医が中心となっている東京都医師会は、3月の定例記者会見で第4波に備える対策として、驚くべきプランを公表した。未承認薬のイベルメクチンを、PCR検査陽性となった自宅療養の軽症患者に投与、重症化を予防するというのだという。

 

これに対して岡教授は── 

「治療薬がないから診られない、というのはおかしい。厳しいことを言わせていただくと、今でも医師の中には風邪に抗生物質を出している先生が少なくありません。これは大部分が適切とは言えない処方で問題になっていますが、何か薬を出さないと治療にならないという固定観念に囚われているからでしょう。

同じく、効果があるかわからないアビガンやイベルメクチンが処方できれば解決する問題ではありません 

そもそも8割は軽症で自然に治る感染症ですので、軽症患者への投薬は慎重であるべきです。

仮に副作用がなくても広く処方されると、イベルメクチンが有効な寄生虫治療に足りなくなる事態にもなりかねません。 

重症化した場合、コロナの治療薬は、ステロイド剤のデキサメタゾンとレムデシビルが、すでに承認されています

現代医療の基本であるEBM(evidence based medicine:科学的根拠に基づく医療)では、質の高い臨床試験の結果が出てから使用するか判断するべき。もっと冷静に対応してほしいですね」 

 

強い感染力が世界中で問題となっているコロナの変異株が、日本国内でも拡大していることが確認された。

これについて、どのように向き合うべきなのか、岡教授に尋ねると、苦笑いしながらこう答えた。

 

* 変異株も基本的な対応は変わらない

「最近、あるニュース番組が変異株について取材に来ましたが、それでは面白くないので企画にならないと、ボツになったようです。 私の答えは、コロナの変異株の調査や研究は大切ですが、基本的な対応はあまり変わらないということ。

これまでの感染対策を忠実に実行することが大切であり、ワクチンは極力接種するべきでしょう。

治療も今のところ変わりはありません。

 新型コロナでは、感染症の専門医が不足していることが明確になりました

実は医学部で感染症科の講座がないところもあるのです。専門医を育てるには約6年間必要になるので、長期的な改善策の1つとして必ず取り組んでほしい」 

Copyright©Toyo Keizai Inc.All Rights Reserved.




メール・BLOG の転送厳禁です!!  よろしくお願いします。