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固定資産税を払う人がたまげる鑑定の仰天裏側

毎年やってくるこの税金の知られざる裏側とは?(東洋経済オンライン編集部撮影)

業界団体に「丸投げ」の「経過措置」が20年超続く

松浦 新 : 朝日新聞記者

2021年02月28日

 家を買って家賃負担がなくなったと思ったら、もれなくかかる固定資産税。

意外に高くてマイホームの幻想に気づかされる。3年に1度評価替えがあり、今年はその年にあたる。税を集める市町村の税務課が、全国約40万地点の評価を不動産鑑定士に発注する。

その発注状況を調べると、業界団体と随意契約する馴れ合いのような実態がわかってきた。



自らも市町村の鑑定評価の仕事をして、「でたらめな契約に愛想が尽きた」という茨城県の不動産鑑定士、永井義久さんの協力で調べた。茨城県の44市町村のうち、31市町村は随意契約で発注先を決めている。

言うまでもなく、随意契約とは、複数の参加者が価格を競う競争入札によらず、適当と思われる相手を選んで結ぶ契約方式。

反対が競争入札だ。そして、30市町村は業界団体である茨城県不動産鑑定士協会に「丸投げ」をして、傘下の鑑定士間の調整だけでなく、報酬の支払いまで任せている

 

*不動産鑑定士に3年に1度の「1000万円ボーナス」

その契約額は、随意契約をしている31市町村の平均で1地点当たりについて5万4686円(消費税込み、以下同)。

競争入札をしている13市町村の平均は3万6594円と、3分の2で済んでいる。

競争入札での契約にも幅があり、最も高い神栖市は6万1457円。

最も低いかすみがうら市は1万6774円と、随意契約で最も高い鹿嶋市の6万7740円の4分の1以下だ。 

茨城県不動産鑑定士協会が水戸市に出した見積書。この金額で随意契約が結ばれた(筆者撮影)

茨城県内だけでも1万3000地点以上の鑑定評価をして、約6億4000万円を使った。同県鑑定士協会の会員は約60人なので、単純計算で1人1000万円

「3年に1度のボーナス」と言われるゆえんだ。

 一方、例えば随意契約の約9000地点を競争入札の平均額で契約したとしたら、約1億6000万円が節約できる計算となる。

随意契約の場合でも、市町村は契約の前に見積書を取る。


永井さんが、この見積書についても情報公開請求したところ、11市町が1地点当たりの鑑定報酬について、不動産鑑定業者の見積書を公開した。これを見ると、複数の鑑定業者が作った見積書が市町村ごとに同額か近い金額でそろっている。

 水戸市は8人が5万9000円(消費税抜き、以下同)、4人が5万9500円で出したが、このうち2業者が那珂市には4万8500円で出した。那珂市は提出した4業者が同額だった。 

同じ不動産鑑定士が随意契約の水戸市と鉾田市に出した見積書。市別ではほかの鑑定士とほぼ同額だが違う市を比べると、1万円の差がある。入札ではさらに低く契約した(筆者撮影)

別の水戸市の業者は鉾田市には4万9000円の見積書を出した。

5業者が4万9000~4万9500円で出したのに合わせてのことか。

ところが、この水戸市の業者は、競争入札の笠間市では約2万9000円で落札した。

   これでは、自分が適正と考える価格ではなく、市町村ごとの相場に合わせてそれぞれが業者間でまるで申し合わせたように金額を決めているようにも見えなくない。

この業者は「それぞれの時期の忙しさなどに応じて合理的に積算した結果だ」などと説明した。


*見積書の金額も中身も不思議なほど一緒 

常陸太田市は4人が4万8000円で、1人が5万円だった。

 

同額の4人が、市と随意契約した鑑定士協会のもとで仕事をした。 

常陸太田市に出された5人の不動産鑑定士の積算書のうち、仕事をした4人は細目まで同じで、それぞれにかける時間も全く同じになるという内容だった(筆者撮影)

 

見積書にはその価格を出した積算もついているが、4人は「取引事例の収集・整理」といった細目まで同じ積算表を使い、それぞれにかける時間も同じで、時給1500円だという点まで一緒だった。

先述の4業者が同額の那珂市には、鑑定士協会も「事務費」の見積書を出している。

それは、県内9670地点を担当する前提で、市町村を越えた評価額のバランス調整などの名目で開く会議にかかる経費、評価システムの経費、事務局経費などとして総額3500万円がかかるとしている。

その結果、1地点当たりを3600円と割り出して、鑑定士への報酬4万8500円と合わせた5万2100円を1地点当たりの合計額として見積もりした。


茨城県不動産鑑定士協会が那珂市に提出した「協会経費」の明細の一部。協会と契約しない市町村では支払われない「幹事」などへの支出も含まれている(筆者撮影)

 この事務費には、それぞれの市町村の仕事を請け負う鑑定士のとりまとめ役の「幹事」に「1人8万円」、県内を4つに分けたブロックごとの幹事に「1人5万円」を払うことも盛り込まれている。

しかし、市町村幹事の経験がある永井さんはこの「手当て」をもらった記憶がなく、同県のほかの複数の幹事経験者ももらったことがないと話している。 

先述の積算書を比較すると、報酬の妥当性に対する疑問はさらに広がる。

報酬単価や作業時間に大きな開きがあるためだ。 

鑑定士協会は日立市、つくば市など7市村に日当4万500円とする「業務歩掛等計算書」を提出した。1地点の評価にかかる時間は5~6時間程度と見積もっている。

一方、ひたちなか市と常陸太田市に対して鑑定業者が提出した積算では、時給1500円で30時間余りかかるとされた。1日7時間だと4日余りになる。時給が倍の3000円で出ている那珂市には、ほぼ半分の16時間余りでできるとする積算が出た。

報酬単価が低いと長時間かかり、単価が高いと比較的短時間で済むという。

その結果、1日当たりの報酬で4倍近い開きがあり、1地点を評価するのにかかるとする時間は6倍の開きがでている。


*1地点に4日余り、178地点を評価

茨城県不動産鑑定士協会の会員は約60人なので、単純平均で1人当たり200カ所以上を評価する。

これに1地点4日もかけたら2年以上かかることになる。

時給1600円で1地点に4日余りかけるとする積算書が出ている北茨城市では2人の鑑定士は1地点5万4890円で計187地点を評価した。担当者は「他市町村との比較をしたことがなく気づかなかったが、かかる時間の違いは大きすぎる。1日でできるのであれば金額も下がる。次回に向けて精査したい」などと話した。 

固定資産税の土地評価は、不動産鑑定士が評価する「標準宅地」をもとに、全国の大方の道路に「固定資産税路線価」をつけ、その路線価をもとにそれぞれの宅地などの評価を出す気が遠くなるような作業だ。

そのため、昨年1月1日時点の公示地価をもとに、いったん評価して、その後、地価が下がった場合はそれを反映させる形で今年の評価変えに対応している。 

この作業とは別に、不動産鑑定士は、国土交通省が発注する公示地価国税庁が発注する相続税路線価の評価にも携わる。

固定資産税のための土地評価は、公示地価7割をめどに、相続税路線価8割をめどに計算すると決まっている。

 

鑑定士にとって最も重要で、基本になるのは、なんといっても所管官庁の国交省発注する公示地価だ。

3つの公的地価は1月1日時点なので、公示地価で調べた土地の取引事例などは流用される。

いまは、取引事例を入れて、評価地点の条件を入れれば自動的に評価額を算出するパソコンソフトもある

永井鑑定士は「市町村間のバランスといいますが、公示地価は会議を重ねて決めているので、そことの調整で決まる固定資産税の評価に大げさな会議は必要ありません」と指摘する。

 茨城県不動産鑑定士協会には昨年12月1日、ファクスで市町村との契約などについて取材依頼を送った。

県協会からは2月8日に「固定資産税の地点が多数ある等の事情を踏まえて、市町村から一定の事務作業等に関するご依頼を受けており、その費用をいただいております。個々の市町村との契約内容やそれに関連した事項等につきましては、回答を差し控えさせていただきます」との回答が来た。日本不動産鑑定士協会連合会にも昨年中に送ったが回答はなかった。

 

*「当分の間」といいながら20年以上が経過

もともと、固定資産税の評価に鑑定評価が入ったのは、1994年の評価替えの際、「公示地価の7割」が導入されたことがきっかけだった。それまでは市町村の税務課職員が算出していたが、公示地価の2割程度に抑えられていた

これは実質的な大増税なので、信頼性確保のために鑑定士が大量動員されたのだ。

当初は混乱もあったので、自治省(現総務省)は協会が市町村と契約し、調整役をする方式を導入した。

2000年の評価替えでこの方式は廃止されたが、契約方法は自治体の判断とされたので、その後も多くの市町村が続けている。

 総務省が定める「固定資産評価基準」は、「経過措置」として、鑑定評価を利用することを定めている。

「当分の間」といいながら、すでに20年以上が経過した。

 

政府の規制改革推進会議の専門委員も務める慶応大法科大学院の石岡克俊教授は「国に対する自治体の自立性という問題はあるかもしれないが、同じ公示地価を基準として算定されているのに、行政の縦割りのために2重、3重に税金が使われているのは非効率だ」と指摘している。

 ことは税金を集めるための税金の使い途の問題だ。

役割を終えた経過措置はさっさと見直して、3つの公的地価は一元的に運用してもらいたい。  

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