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東レ、帝人「航空機大不況」でも暗くない理由

ボーイングなどの航空機の新規需要の回復には、まだまだ時間がかかりそうだ(撮影:尾形文繁)

コロナ直撃が大きな痛手、他用途に活路見出す

奥田 貫 : 東洋経済 記者

2021年01月28日

新型コロナウイルスの影響を受け、航空業界は2021年も低迷しそうだ。

このことが、航空機向けに炭素繊維複合材を提供する東レや帝人にとっても懸念材料になっている。

高い技術力や製造ノウハウが必要な炭素繊維は、日本の素材メーカーが世界をリードしている。東レ、帝人が世界1位と2位で、三菱ケミカルも上位に食い込む。特に東レは世界シェア約5割のガリバーだ。

中でも柱の炭素繊維複合材で、東レや帝人の近年の成長を牽引してきたのが航空機向けだ。

炭素繊維複合材とは、樹脂(プラスチック)に炭素繊維を混ぜて強度を高めた素材である。

東レは炭素繊維複合材の用途別の売上高を公開しているが、コロナの影響がまだなかった2019年3月期(2018年度)の炭素繊維複合材の売上高2159億円のうち約45%にあたる969億円を、航空機向けが大半の「航空宇宙」用途が占めた。 

成長率も非常に高い。東レの「航空宇宙」用途の2014年3月期の売上高は572億円だったので、2019年3月期の売上高はそこから約1.7倍に拡大したことになる。


*航空宇宙が炭素繊維複合材を牽引

追い風となってきたのが、脱炭素の流れだ。航空業界では使用燃料を減らしてCO2(二酸化炭素)の排出量を抑えようと、機体の軽量化を進めている。うってつけの素材として採用が増えているのが、この炭素繊維複合材というわけだ。重量は鉄と比べ4分の1だが、強度は10倍に上る。


 *航空機の注文キャンセルが相次ぐ

だが、コロナで状況は一変した。海外観光や海外出張は自粛だけでなく各国政府の出入国制限もあり、国内外の大手航空会社にとってドル箱である国際線の利用が2020年以降は激減。そのあおりで、航空機メーカーへの航空機の注文キャンセルが相次ぐ。これに伴い、航空機向け炭素繊維複合材の需要も減少している。

東レはアメリカの航空機大手ボーイング向け、帝人は欧州の航空機大手エアバス向けの部材提供をメインとするが、いずれも非常に厳しい状況にある。

ボーイングは米中貿易摩擦の影響を受けていたところに、コロナが追い打ちをかけた。主力の中型旅客機「787」は2019年半ばには月産14機だったが、現在はその半分以下の月産6機で、2021年半ばには月産5機に引き下げる予定だ。

東レは、この787の主翼や胴体など機体の主要部分に炭素繊維複合材を独占供給しており、減産は大きな痛手になっている。

東レの2020年4~9月期の「航空宇宙」用途は前年同期比40%減の335億円と激減している。

エアバスもコロナの流行前は月産約60機だった「A320」は月産40機に、大型機「A350」は月産9.5機から月産5機に引き下げている。

帝人は炭素繊維複合材の業績数字は非公表だが、同社広報によると2020年4~9月期の航空機向けの販売量は、前年同期比で約6割減という。

気になる今後の見通しだが、まず航空業界全体の回復ペース自体が鈍そうだ。

IATA(国際航空運送協会)が2020年10月に発表した予想では、2021年の航空業界全体の売上高はコロナ影響を受ける前の2019年比で46%減と厳しさが続く。

イギリスの医療調査会社エアフィニティーは2020年12月、各国で国民の大半がワクチンを接種して集団免疫を獲得する時期を予測し、発表している。それによるとアメリカで2021年4月、イギリスが7月、EUが9月、南米が2022年3月、日本が4月、中国が10月、インドが2023年2月で、ロシアはより遅くなる見通しだ。

国際線の本格回復は、少なくとも主要国での集団免疫が確立して以降になりそうだ。さらに、今年に入ってからはワクチンの普及の遅れの懸念が強まっており、予測よりも後ろ倒しになるおそれがある。そのうえ、回復の遅い航空業界の中でも、素材メーカーの業績回復の順番はかなり後ろのほうになりそうだ。

国内外の航空会社はコロナの影響を受け、巨額赤字に沈む。

各社は資金繰りに苦慮し、金融機関からの融資の拡大や政府からの資金援助などに奔走する一方、発注済みの航空機の受領時期を遅らせている。支払時期を先延ばしする目的のほか、保有機数を抑制することで整備点検の費用を抑えるためだ。

新機の需要が本格的に生まれるのは、国際線を含む航空利用の回復によって航空大手各社の財務状況がある程度回復し、受領待ちの完成機がはけてからになる。

具体的な新機需要発注の回復時期について、民間航空機の調査や研究を行う日本航空機開発協会は「航空会社の営業損益が黒字化するレベルまで旅客需要が回復した時期からさらに1年後」とみている。東レや帝人の航空機向け炭素繊維複合材の回復も、かなり先まで待たなければならない。

そもそも、コロナが収束したとしても航空業界を取り巻く状況はコロナ以前の世界とは異なる。

コロナで必要に迫られて普及したリモート会議は出張費が削減できるメリットが大きく、このまま定着しそうだ。

出張需要の一部はコロナ後も戻らない可能性があり、航空機需要に当然影響する。

 

*他用途向けに活路

とはいえ東レ、帝人とも航空機向けの成長戦略に大きな変更はないようだ。

機体の軽量化ニーズはコロナ影響で消えるものではないためだ。東レの岡本昌彦取締役(財務担当)は「炭素繊維複合材料の航空宇宙用途の需要は、中長期的には拡大するとみている」と自信を見せる。

コロナ影響がやむまでは逆風下にある炭素繊維事業で、東レや帝人が注力するのが他用途向けだ。

帝人の園部芳久CFO(最高財務責任者)は「炭素繊維の用途を航空機向けから風力発電向けなどに振り向けて需要減に対応する」と話す。

風力発電用のブレード(回転羽根)向け炭素繊維複合材は、世界的な環境対応の高まりを受け、コロナ禍においても両社とも堅調という。耐久性など高い品質が求められる航空機向けと比べると利益率は高くないが、需要は安定的に拡大している。

帝人の医療向け炭素繊維は、コロナ影響で逆に拡大している。軽くて丈夫でX線透過性などの特性を持つことからレントゲン機器や人工呼吸器に利用されているが、ヨーロッパで特に需要が高まっているという。帝人は2020年6月にドイツ子会社の生産力を40%強化するなどして、一層の取り込みを図る。

 

*市場拡大が見込まれる「空飛ぶクルマ」

先を見据えた種まきも進む。注目度が高いのが、人や荷物を載せて、ドローンのように空中を移動する「空飛ぶクルマ」向けだ。世界中で開発競争が過熱しているが、軽量化などの必要性から炭素繊維複合材の引き合いは強い。

東レは2020年7月、「空飛ぶクルマ」を開発するドイツのリリウム社に炭素繊維複合材料を供給する契約を締結。胴体や主翼などに利用される。同社は2025年の商業運航を目指している。

空飛ぶ車は実証実験を経て各国の航空規制等をクリアする必要があるため、市場が本格的に拡大するまでには少し時間がかかりそうだ。ただ、アメリカのモルガンスタンレーが空飛ぶ車を軸としたUAM(都市航空交通システム)の2040年の市場規模を1兆4620億ドル(約150兆円)と推定しており、魅力は大きい。帝人も商機をうかがっている。

その他、日本や欧米、中国政府の自動車の電動化政策も受け、まだボリュームの小さい電気自動車や燃料電池車向けの今後の拡大にも大きな期待がかかる。

他用途向けの拡大は事業の裾野を広げるだけでなく、ほかにも意味を持つ。

航空機向けはもともと、景気影響を特に受けやすい分野だ。

例えばリーマン・ショックで航空業界が打撃を受けた後の2010年3月期、東レの炭素繊維複合材の「航空・宇宙」向けの売上高は前年同期比29%減の224億円に落ち込んだ。

また、世界的なパンデミックが起きた場合の甚大な影響は、今回のコロナが示しているとおりだ。

コロナの影響が大きい間に他用途向けを拡大し航空機向けの依存率を引き下げられれば、事業の安定性を高めることにもつながる。当面の苦境は、コロナを奇貨として、どのようにピンチをプラスに変えられるかが問われる大事な時間にもなる。

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