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人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実

アリの社会でも経済学の理論が見出せる 

Frontline Press

2020年12月18日

 虫眼鏡で小さなアリを覗いてみると、そこでは人間社会と同じことが繰り広げられていた――。30年以上、アリの生態や行動を研究してきた琉球大学農学部の辻和希(つじ・かずき)教授の研究はそんな意外なことを教えてくれる。

辻氏は「最も基礎的な研究が最も応用に役立つ」を信念として、アリを観察し続けてきた。その目に、私たちが織りなす人間社会はどう映っているのか。夢の実現や社会の改革に向けて地道な努力を重ねる研究者たちを紹介する「ニッポンのすごい研究者」。


*アリも協力したり、反発したりする

――研究のきっかけは何だったのでしょうか。

子どものころから昆虫が好きでした。春休み、夏休み、冬休み。そういう中で「スキーができるから私は冬休みが好き」という子どももたくさんいたと思うんですけど、私は断然、昆虫でした。昆虫がたくさんいる夏休みが好きでしてね。夏休みに家族で旅行に行くと、私だけ放っておかれて、ずっと昆虫採集している。そういう生活を送っていました。

普通の虫好きの子どもと同じようにチョウチョやトンボ、カブトムシを追いかけ回していたんですが、母が言うには、物心つくかつかないかの1歳ぐらいのときに、よく軒先でアリの行列をじっと眺めていたらしい。

本格的にアリを研究対象にするのは修士課程に入ってからなんです。でも、本当は1歳のときからすでに魅せられていたのかもしれません。

アリを研究対象に選んだのは、実はそこまで深い熱意があったからではないんです。指導教官の勧めでした。「女王アリがいないアリがいるらしい。面白いから、その生態を研究してみたら」と。

それで、アミメアリ(東南アジアから東アジアに広く生息する小型のアリ)を研究対象に選びました。

いざ研究を始めてみると、その面白さにのめり込んでしまって……。

アリと人間は当然違いますけど、社会を構成するという点は共通しています。

人と人の間で集団の力学が働くのと同じように、アリも協力したり、反発し合ったりと集団の力学が働いている。それが研究でわかるんです。

生物が集団でいるとどういうことが起こるのか。それを知ることができる点に引き込まれました。

 

――アリの集団の中で起きている興味深い事例があるそうですね。

2013年に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン版)に掲載された論文にまとめました。その内容は「働かないアリは働きアリよりも長生き」というものです。

アミメアリを使って実験したところ、働きアリの労働に「ただ乗り」して、労働せずに産卵ばかりするアリが交じっていることを発見しました。

観察していると、働きアリは働かないアリの分まで労働するため早死にする。

働かないアリは多くの子を産みますが、産まれてきたアリも遺伝的に働かないので、働かないアリのコロニーは次世代の個体を残せなくなるんです。

行動経済学で言われてきた「力を合わせれば大きな成果が得られるが、他者の働きに期待して怠ける者がいれば協力が成り立たなくなる」という「公共財ゲーム」のジレンマを、アリ社会の中にも見出せました。

 

*裏切り者がいないかを監視し、厳しく罰する

ほかにも「裏切り者がいないか監視し、見つけたら厳しく罰する」という習性も見つかっています。

一般に、幼虫を育てたり、エサを捕ったりするのが働きアリの仕事で、産卵を担当するのは女王アリです。

こうした役割分担を守らずに、産卵する働きアリもいます。

アリ社会では「産卵=働かないこと」を意味するので、産卵する働きアリが出現すると、他の働きアリが産卵を妨害したり、卵を破壊したりします。

どうです? 人間社会を彷彿とさせるでしょう?

しかも、その「取り締まり」の度合いが集団の成熟度によって異なるということも突き止めました。

働きアリの数が100匹未満の若い集団の場合、ほとんどの卵が壊されます。

ところが200匹以上の成熟した集団になると、破壊された卵は20%程度でした。

つまり集団がまだ非力な時には規律が優先され「強い取り締まり」が働きますが、集団が成長すると「取り締まり」が緩んで働きアリの利己的行動もそこそこ許容されるのです。

これは「集団vs.集団」と「個体vs.個体」という2つのレベルの競争が同時に働く中で、種全体とかもっと大きなメタ集団のなかでどんな遺伝子の戦略が生き残っていくかを研究した理論で予測したのですが、私たちの実験はその理論を裏付けて実証したわけです。

これらの研究成果は観察だけでは達成できません。「動的ゲーム理論」という複雑な数式を使う数理モデルで分析して、結論を導き出しています。

 

*アリの社会でも「国際分業論」が成り立つ?

――今はどんな研究をされているのですか。

現代の人間社会で一般的になった「グローバル経済」がアリの社会でも起きているのではないか。

今はそれをテーマに研究しています。国際分業によって生産性を最大化させる、国際経済学の「国際分業論」。

それが成り立つかどうか、アリの巣を使って検証しているんです。

 

 

経済学はマクロになればなるほど、そのモデルが正しいか否かについて、実際の社会で実験して確かめることができません。国際分業する国と分業しない国を、条件や背景を一定にしながら、何年も両方の国の経済状況を観察することは難しいですよね?

でも、アリならできるんです。

経済学モデルの通りにアリに行動させたときに、効用が高まるか、つまりアリの個体数が増えるかということを観察していくことで、そのモデルが正しいかがわかります。

もしモデルと違う結果が出たら、モデルの仮定が間違っていたのではないかということも指摘できる。

実は、ヒアリやアルゼンチンアリの世界では、巣同士で分業が強く働いているであろうされています。

彼らには侵略性もある。こうしたメカニズムを解き明かすことにつながるのではないかと考えています。


――近年はそのヒアリやアルゼンチンアリなどが人体に影響を与えたり、在来種を駆逐したりしています。

  外来アリにどう対応したらいいのでしょうか。アリの専門家としてできることは何ですか。

ヒアリやアルゼンチンアリのように、人の生命や生態系に影響を及ぼす恐れがある特定外来生物に指定されているアリに関しては、日本に定着した場合の影響力が大きいので、殺虫剤を使って防除するというのは一つの手だと思います。もちろん、それで十分なはずはありません。

先ほど説明した分業モデルの実証を通して「なぜ在来アリを駆逐するほど侵略性が高いのか」の基礎研究を深めていくつもりです。

外来アリは日本でも社会問題になってきたので、頑張って社会貢献したいと思います。

でも同時に、「これまでないがしろにされてきた基礎的な研究を継続していたからこそ、こういった対策が取れるんですよ」という点も示せたら、と思っています。

社会に対する寄与をあえて意識せず、研究者それぞれがそれぞれのテーマを掘り下げていく。

その掘り下げた研究成果が結果的に社会への寄与につながっていくんじゃないか。私はそう信じています。

 

*人間とアリと微生物の共通点

基礎的研究を通して、アリの集団には「働かないアリ」「裏切り者」がいることがわかりました。

「裏切り者」が進化することで、社会の共同を破壊する現象が起こっていることも明らかにすることができました。

こういう「ペイオフ構造」を有するゲームが自然界で成り立っているのは、既知の生物では人間とアリと微生物だけなんです。

ただ、裏切り者が進化していく裏側では、共同するアリが集団の中にすごくたくさんいるのもまた事実です。

局所的には裏切り者のアリが共同するアリの働きを食い物にしていますけど、おおむね集団の秩序は維持されているわけです。

人間の社会も同じだと思います。

いつの時代も利己的な振る舞いをする人や団体がいて、利己的な行動は広がりやすいという特徴を持っている。

それでも私たちの社会の共同性は維持されている。それがなぜかということを知りたくて、私はアリの研究を続けているわけなんです。

 

取材:当銘寿夫=フロントラインプレス(Frontline Press)所属

 

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