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テスラに日本企業がついていけない決定的理由

日本の製造業が持つ高い技術力だけではテスラに対抗できない(撮影:尾形 文繁)

パナソニックもテスラも知る男が語り尽くした

印南 志帆 : 東洋経済 記者

2020年10月08日

電動化や自動運転の技術で自動車業界の先端を走るアメリカ・テスラ。

その独自性の1つが、もともとノートパソコンなどIT機器用に用いられていたリチウムイオン電池を車両の底に数千本敷き詰めるという設計。この電池を供給しているのがパナソニックだ(中国市場専用モデルを除く)。

2010年、当時は新興ベンチャーにすぎなかったテスラとパナソニックの協業を後押ししたのが、元パナソニック副社長の山田喜彦氏。2017年にはテスラに移籍し、テスラとパナソニックが共同で運営する北米ギガファクトリーのバイスプレジデントとして工場の立ち上げを指揮した(2019年7月に退職)。

 テスラもパナソニックも知る男が語る、電池の未来とは。


 *「テスラに対する大方の予想は見事に外れた」

――パナソニックがテスラに出資したのは2010年のこと。当時のテスラはまだ新興のベンチャー企業でした。 

当時、テスラが成功するとは誰も思っていなかった。もちろん今もテスラに半信半疑の人はいるが、当時は10人中10人が「うまくいくはずがない」と答えたことだろう。

それでもパナソニックがテスラと組んだのは、同社のような成長のポテンシャルがある企業と組むという外的刺激によって、パナソニックを成長させようと考えたからだ。

自動車業界が100年に1度の大変革期を迎える中で、核となるのは CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)時代に向けた事業構造の確立だ。

その最先端を走るテスラの実像と、CASE対応を模索するトヨタ自動車をはじめ日本勢の生き残り策を追っている。 

結果的に、テスラに対する大方の予想は見事に外れた。

ギガファクトリーは立ち上げから2年で軌道に乗り、EV(電気自動車)の販売台数は2019年に37万台弱まで拡大した。

途中、テスラがモデル3の量産に苦しむなどのスケジュール遅延はあったが、イーロン・マスクCEOが2006年に掲げたテスラの経営目標「マスタープラン」は、今見てもまったくブレていない。

 

――テスラの凄さとは? 

イーロンという個人のカリスマ性もあるとは思うが、会社のミッションが明確で皆が一丸となって目標に向かっている点だろう。

私がテスラで働いた期間は本当に面白く、退屈しない2年間だった。経営者として勉強させてもらうことがたくさんあった。

2017年1月に稼働したギガファクトリーはパナソニックとテスラの共同運営。パナソニックはこれまでテスラ事業の赤字に悩まされてきた(写真:テスラ提供)

とくに感心させられたのが、予算の配分方法。

会社が成長するためにはお金が必要だが、テスラは限りある予算を何に費やすのか、時間軸に応じてフレキシブルに変えることができる。

それでいて、経営の軸はブレない。

イノベーションが起こるのは、まさにこういう場所からだと痛感した。

ただし、社員はすさまじい集中力で本当によく働くから、この状態を維持したまま何年も働ける人は少ないだろう。


*「今の日本の大企業はスピードについていけない」

――型破りなテスラと、典型的な日本の大企業であるパナソニックは10年にわたって協業関係を続けてきました。

  その中では、テスラの生産スケジュールやマスクCEOの言動をめぐってパナソニックが振り回される局面もありました。 

パナソニックに限ったことではないが、今の日本の大企業は、テスラのような企業のスピードについていけない。

課題は、意思決定に慎重すぎる点にある。

日本の製造業には高い技術力があった。半導体も液晶もリチウムイオン電池も、すべて日本が技術的に先行していた。

こうした設備産業の場合、市場が拡大期に入ると生産増強が必要だが、日本企業は目先のPL(損益計算書)を心配し、設備投資に慎重になる。

そのうち、海外勢がエイヤで思い切った投資をする。中国勢は、政府による補助金もある。そして、いつの間にか生産量で抜かれている。

その結果、投資した工場をフル稼働するだけの需要が得られず赤字になって、日本勢は敗北する。その繰り返しだ。

 

――車載用の電池も同じ道をたどる、と? 

間違いなく、すでに電池も同じ構図に陥っている。非常に残念なことだが……。

 

テスラ車の車両の底には、7000本もの電池が敷き詰められている(写真はモデルSのバッテリー。雨堤徹氏提供)

もちろん、これは今初めてわかったことではなく、だからこそ(パナソニックが)高い成長ポテンシャルを持つテスラと手を組むことで、その運命を変えようと思った。 

 

ただ、今の日本企業では、よほどのカリスマ経営者がいるか、創業者が経営に関わっている企業でない限り、彼らについていくのは容易ではない。

テスラの場合、北米のギガファクトリーはこれから軌道に乗っていくが、上海、ベルリン、テキサスとテスラの拠点はどんどん増えていくのだから。


――北米のギガファクトリーに対するパナソニックの投資額は2000億円程度といわれています。

  パナソニックは、今後もテスラの需要に応じて投資をしていく方針を示していますが、工場ができるたびにこの規模の投資をするのは現実的ではありません。

もちろん、新工場ができるたびにサプライヤーが巨額投資をするのはありえない話。だがもっとクリエイティブなやり方はある。 例えばテスラは、1つの工場を作ったら、2度と同じ価格で工場を作らない。

1~2割減ではなく、もっと劇的なコストダウンをする。新しく工場やラインを作る際に、何か新しいアイデアを入れないと、イーロンの決裁はおりない。

だから、上海のギガファクトリーのコストは、北米よりずっと下がっているはずだ。こうしたクリエイティブなコストダウンを、走りながら考えて実行する。 

対して、日本企業の場合は「前回はこれだけかかりました。なので、次の予算はこれくらいです」というやりかた。ある意味で、前例主義だ。しかも、じっくりと慎重に考えてからではないと投資に踏み切らない。

頭のいい人が多いから、リスクが見えすぎてしまうのだろう。慎重なのはけっして悪いことではない。ただ、その結果、日本の製造業が敗北してきたのは事実だ。

 

*EV用電池は充放電回数や寿命を重視する方向に

――今後、日本の電池メーカーが付加価値を出して生き残る道はないのですか。 

それができるか否かは、また別の話。

これまでEV用の電池に求められてきたのは、車の航続距離を延ばすためにエネルギー密度を高めること

だからテスラは、当時世界でいちばん高密度だったパナソニックの電池を採用した。 

ある程度航続距離が延びてきた今は、コストの安さ、エネルギー密度の高さは大前提として、何回充放電ができ、どれくらい電池が持つのかを重視する方向に軸足が移っている。

電池メーカーは、こうした世の中の動きにいかに対応していくかが問われている。 

すでに韓国勢は、電池の持ちを重視する路線に活路を見いだしており、中国勢も一生懸命追随している。

このニーズに対応するか否かが、電池業界において今後の大きな分かれ目になるのではないか。 

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2020.10.12

日本経済のコロナ克服がV字でもK字でもなく「k字回復」になるワケ 

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、大きな影響を受けたとされる日本経済。最近では回復傾向が見られるとの声も聞かれるようになりましたが、それは本当なのでしょうか?

エコノミストとして40年の経験をもつ斎藤満さんは、景気のV字回復は難しいと指摘。その理由を日本経済が持つ3つの特色から解説。

 

*コロナ禍からの回復、3つの特色

コロナ禍で急落した日本経済も、足元では多くの回復指標が見られます。そのなかに少なくとも3つの特色がみられます。

1つ目は回復テンポが速い一方で水準がまだ低く、回復感が乏しいこと。

2つ目に回復に明暗が分かれますが、「暗」に比べて「明」が少ないこと、3つ目に雇用面での回復が遅く、消費マインドを圧迫していることです。

 

*特色①「方向と水準のギャップ」

日本経済は昨年10月の消費税引き上げによって大きく落ち込み、その傷がいえる間もなく、今度は新型コロナの感染拡大、各種自粛行動によってさらに大きく落ち込みました。それだけに、経済再開や政府の「Go To」など各種キャンペーンによって「急回復」を示す指標が少なくありません。

例えば、鉱工業生産は3月から5月にかけて急落した後、8月までの3か月で12.7%も増加を見せました。

これだけ見ると、あたかも「V字回復」です。しかし、8月の水準はコロナ前の今年2月に比べて10.9%、前年同月に比べると13.3%下回っています。

方向としては急回復に見えますが、水準的にはまだまだ低水準にとどまっています。

家計消費もコロナ禍の3月から5月にかけて10%以上落ち込みましたが、6月には10万円の特別給付金支給もあって前月比13%増と、これまた「V字回復」をみせました。

ところが、7月にはまた6.5%減少し、結局コロナ前の2月より5%、1年前に比べると7.6%低い水準にあり、消費者のマインドは冷え込んだままです。

 

*特色②「明暗のうち明が少ない」

2つ目は、コロナ禍の明暗が大きく分かれたのですが、「明」組より「暗」組が多いことです。

新型コロナの感染拡大で、働き方も含めて人々の行動が大きく変わり、外出を控える巣籠型消費が増える一方、接客業では営業自粛も求められ、大きな打撃を受けました。

この明暗の状況を日銀短観などでみると、大幅悪化した業種が多い一方で、潤った「明」の業種が少ないことがわかりました。

例えば、日銀短観(9月調査)の大企業での業況判断DI(「良い」とする企業割合から「悪い」とする企業の割合を引いたもの)を見てみます。

まず「明」とみられる業種は、情報サービスがプラス22、通信が21、建設21、小売り18など、主に非製造の「巣籠向き」のサービス提供業種です。

製造業の中では食品製造がマイナス2と、比較的堅調な部類に入りました。

一方、マイナス幅が大きく「暗」に分類される業種としては、宿泊飲食サービス(マイナス87)、対個人サービス(マイナス65)、自動車(マイナス61)、木材木製品(マイナス59)、鉄鋼(マイナス55)、生産用機械(マイナス43)などとなっています。

こちらは接客型サービス業と製造業の多くが入っています。

このように、非製造業では在宅で利用できる通信関連サービスや、生活に必要な物資の買い入れに使うスーパーやファーマなどの小売が比較的良好な反面、外出自粛やインバウンドの消滅などの影響を受けた宿泊、飲食、対個人サービスなどが厳しく、大きく明暗が分かれました。

そして製造業では食品製造、衛生用品関連を除くと、自動車関連を中心に多くの業種が苦戦を余儀なくされています。

 

*特色③「雇用の回復に遅れ」

そして3つ目は、生産や消費と異なり、雇用の回復が遅れていることです。

雇用関連指標を見る限り、急悪化の後急回復を見せる米国と異なり、引き続き悪化方向にあります。

8月の完全失業率は3.0%と米国に比べるとまだ低水準を維持していますが、昨年平均の2.4%からは明らかに上昇しています。

そして有効求人倍率は1.04倍で、前月の1.08倍、1年前の1.59倍から急速に悪化しています。

日本では米国のように一気に失業が発生する事態は回避されていますが、企業はここまで雇用調整助成金や持続化給付金などの支援で息をついている面があります。

その間にコロナの感染が収束し、需要が回復して従来のビジネスに戻れればよいのですが、コロナの収束にまだめどはたっていません。

ワクチン、特効薬の開発、承認も遅れています。

雇用調整助成金は12月末まで延長されましたが、それでも時限性があります。

持続化給付金も来年1月15日までの申請となっています。こちらは不正受給の問題も出てきているため、制度の延長がなされるかどうか不明です。

そして「Go To」キャンペーンの拡大で、苦境にあった観光関連、宿泊、飲食店の需要喚起をしていますが、キャンペーンが終了した後の不安は払しょくできません。

このため、企業の求人もこのところ減っています。

厚労省の「一般職業紹介」の8月分を見ると、月間の有効求職者が前年比12.1%増と、仕事を求める人が増えている反面、有効求人は25.6%減となっています。

新規の求人を見てみると、宿泊飲食サービスで49.1%減、生活関連娯楽サービスで41.0%減、製造業で38.3%減と、新規の求人が急減しています。

企業規模では従業員500人未満の中堅中小での減少が目立ちます。

こうした状況を反映してか、内閣府の「消費動向調査」でも消費者態度指数が「良し悪し」の分岐点50を大きく下回るものの、9月には32.7まで戻してきているのに対し、「雇用環境」については依然として26.0という低水準にとどまっています。

消費者にとって、雇用不安が消費の足かせになっている姿が見えます。

 

*「米国はK字、日本はk字型」

コロナ禍で経済が急落した後、回復パターンに明暗が分かれる点は主要国に共通のようです。

米国でも空運やレジャー関連は低調で、依然として厳しい状況にある一方、ネットフリックスやアマゾンなどは順調に上向き、この景気パターンを大文字のKになぞらえる見方があります。

日本ではこの上向き組が少なく弱いため、むしろ小文字のkの形になります。

コロナとの共生が長期戦になるとの覚悟で、新しい市場を作り、日本でも大文字のKの形にできれば、全体の水準引き上げにもつながります。

 

 

斎藤満(さいとうみつる)

1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。



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