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なぜ日本の自動運転技術は勝てない?

中国で「無人タクシー」が日常風景へ。

牧野武文

2020年8月9日


中国は今まさに自動運転車の大量導入前夜にあり、あと10年で100万台の自動タクシーを走らせる計画まで出てきています。

なぜここまで進んだのか?その要因と今後の展望を解説します。


 

✔ 中国の自動運転車は「大量導入前夜」
今回は、中国で進む自動運転の現状についてご紹介します。

日本でもサービスを展開する滴滴出向(ディディチューシン)が、上海でロボタクシーの試験営業を始めました。すでに、長沙市などで百度がロボタクシーの試験営業を始めていますが、滴滴出向は同時に「2030年までに100万台のロボタクシー」を全国に投入すると宣言しています。

百度(バイドゥ)は、モニターによる試験営業の段階を終え、“dutaxi”という専用アプリを使えば、誰でも利用できる「全面開放」を行なっています。

滴滴が参入したことで、百度のロボタクシーにも動きがあることでしょう。

一気に、本格導入前夜のような盛り上がりになってきました。

この他、百度の自動運転プラットフォーム「アポロ」を利用した8人乗りのバスはすでに公園や雄安新区などでシャトルバス、巡回バスとして利用されています。

また、長沙市ではバス路線に10台のロボバスを投入して、乗客を乗せて走っています。

また、宅配便などを配送する無人配送車は、すでに各都市の固定路線を中心に運用が始まっています。

つまり、そろそろ「実証実験」の段階を終え、実戦投入のフェーズに入ろうとしているのです。

メディアの報道によると、各領域での自動運転の導入はこの1~2年で大きく進み、5年以内には大量投入が始まると専門家は見ているようです。

今回は、中国の自動運転がどのくらいの段階にまできているのかをご紹介します。

 2030年までに100万台の「ロボタクシー」投入へ

中国が、自動運転車大量投入の前夜を迎えています。滴滴出行は、上海でロボタクシーの試験営業を始めました。エリア内では、運転手は操作せず、すべてを自動運転するというものです。

上海の嘉定区の10km四方ぐらいのエリア限定で、事前予約をしたモニターを1日に30組程度乗せています。現在は、ほとんどがメディア関係者で、なかなか予約が取れないそうです。

このエリアは、上海の虹橋空港の北側で、F1が開催される上海国際サーキットのあるエリアです。

東京近辺でいえば、幕張メッセ地区のような地域です。

もちろん、始めたばかりですから、メディアはいろいろとおもしろおかしく報道しています。

ロボタクシーといっても無人ではなく、運転席には運転安全員が、助手席にはエンジニアが同乗しています。自動運転が難しい状況では、運転安全員が手動運転を行いますし、常にエンジニアがシステムのモニターを行なっています。

メディアでは、出発に戸惑って数分間止まったままだったとか、自動運転車は遠回りをしてでも右折ばかりするなどと報道されています。中国は右側通行なので、右折は簡単ですが、左折は対向車に注意しなければならず難易度が高い運転になります。そこで、システムはミスを起こしづらい右折を優先してルートを決めているのではないかというのです。

あるいは、脇道から侵入しようとする車を見つけると停止してしまいお見合い状態になるとか、速度の遅いオート三輪があっても抜かそうとせずに、後ろを徐行しながら走るとか、さまざまな「まだ運転がこなれていない」状況であることは確かなようです。

とは言え、この試験区域には、地下鉄の駅もあり、ホテルなどもあります。走るのは専用道路ではなく一般道で、上海中心地ほど交通量は多くなくても、一般車両が走っている地域です。

滴滴出行は、このロボタクシー投入に強気で、2030年までに100万台のロボタクシーを投入すると宣言しています。

 すでに映画を観ながら運転可能?

また、百度(バイドゥ)は、長沙市・滄州市ですでにロボタクシーの試験営業を昨年9月から始めています。長沙市では45台のロボタクシーを投入するという大掛かりな試験営業で、段階を経て、そのまま正式営業に入ることを前提とした試験です。

当初は、滴滴と同じように長沙市民限定で事前予約してもらうことで乗車できるというやり方でしたが、現在は全面開放され、専用の“dutaxi”というアプリから、誰でも空きがあれば乗ることができるようになっています。

先に自動運転の開発を始めていた百度としては、今回の滴滴の上海での試験営業に大きな刺激を受けたことは間違いありません。近々、百度側にも大きな動きか発表があると考えるのが自然です。

このロボタクシーは「L4」自動運転と呼ばれます。

自動運転にはレベル0からレベル5までの区分がされています。

レベル0:すべて人が操作する
レベル1:ペダル操作、ハンドル操作のいずれかを自動化。オートブレーキ、車線維持など
レベル2:ペダル操作、ハンドル操作の両方を自動化。高速道路でのオートクルージングなど
レベル3:一定の条件下ですべての運転を自動化。ただし、システムが状況により、人側に運転操作を戻す。一般には高速道路や郊外バイパスなどでの自動運転
レベル4一定条件下ですべての運転を自動化。ただし、人が運転に介入できる
レベル5:人が介入しない。完全自動運転

このうち、レベル3以上が「自動運転」と呼ばれます。

このレベルの違いは、運転者の側から見ると、理解しやすくなります。

レベル3では、システムがいつ手動運転を要求するかわかりません。運転手はいつでも手動運転ができる状態であることが必須になります。そのため、運転者は、自分が運転するのと同じように状況を把握しなければならず、スマホ操作や映画鑑賞、居眠りはできません。

「あれ?日本では『L3』の自動運転が解禁になり、運転中にスマホを見てもいいと報道されているけど?」と思われた方もいるかもしれません。

改正道路交通法で、L3自動運転が認められましたが、自動運転可能な条件は「高速道路で同一車線を時速60km以下の低速走行している」場合です。この場合は、スマホを見たり、テレビを見たりしてもかまいません。しかし、高速道路を60kmで走るというのは、周りの車にすれば迷惑にもなりかねない走行で、あまり現実的ではありません。もちろん、それ以上の速度での自動運転をしてもかまいませんが、その場合は、「運転者が自動運転装置を使って、運転を行っている」扱いになるので、通常の運転と同じようにスマホを見たりすると違反になります。

まずは、リスクの少ないところから、自動運転を解禁していくということなのだと思います。

 「無人運転」実現へ王手

レベル4でも運転者は乗車しなければなりません。

一定条件下では、運転者は安全監視も操作も必要なく、寝ていてもかまいませんが、条件下を外れると、人が運転しなければならなくなるからです。

例えば、一定条件が「高速道路の走行」でしたら、高速道路を降りたら手動運転する必要がありますし、一定条件が「基準を満たした道路の走行」でしたら、生活道路に入る時には手動運転する必要があります。ただし、このレベル4で、無人運転を実現する方法がないわけではありません。

それはバスなどの固定路線を走る車両です。あらかじめ固定路線の道路環境を整備して、自動運転の条件を外れないようにしてやれば、手動運転の必要がなくなるので、運転者が乗車する必要がなくなります。5G通信を活かして、リモートで走行状況を監視し、緊急時にはリモートによる停止、リモートによる操作を可能にすることで、無人運転を実現しようという試みも行われています。

レベル5では、すべての状況で自動運転となるので、運転者は必要なく、中でスマホを使ったり、眠ったり、好きにすごせることになります。

中国は今、この「L4」自動運転をさまざまな分野で実現しようという段階にきています。

 なぜ中国の自動運転は進んでいるのか?

中国の自動運転が進んだのは、もちろん人工知能などを含めた技術水準が上がったこともありますが、地方政府が積極的に試験区域を提供していることも大きく貢献しています。

むしろ、北京、上海、長沙、重慶などでは、積極的に自動運転の試験エリアを開放し、「世界で初めて完全自動運転車が走る都市」にする競争を行っているほどです。

中国の都市が、自動運転に積極的になったのは、百度のロビン・リーが2017年に起こしたある事件が大きなきっかけになっています。

中国検索大手の百度は、2015年から自動運転の研究開発を進めてきました。その年の12月には、北京で試験走行を行い、翌2016年9月では、米国カリフォルニア州で試験走行を行なっています。

そして、2017年4月に、この開発計画を「アポロ計画」と名付け、自動運転に特化をした人工知能プラットフォームを開発し、オープン化することを宣言しました。

どの企業であっても、得られた知見を共有する条件で、このアポロを無償で使うことができるというものです。

フォード、ダイムラーといった自動車関連企業、マイクロソフト、インテル、NVIDIAなどが参加表明をし、米国グーグル傘下のウェイモーとともに、百度は自動運転の中心的プレイヤーになりました。

 自動運転車の未来を切り拓いた衝撃映像

そして、2017年7月5日、北京国家会議センターで開催された百度AI開発者会議で、衝撃的な映像が公開されたのです。
   ※参考:https://v.qq.com/x/page/y0522p47agn.html

その映像は、百度の自動運転車が、北京の第5環状線を、一般車両に混ざりながら走行するというものでした。ロビン・リーCEOが助手席に座り、百度の自動運転技術について説明をし、さらには運転手がハンドルに手を触れていない映像が映し出されました。

北京第5環状線は、北京市を取り巻く環状道路の内、外側に位置するもので、以前は高速道路でした。

そのため、走行車両は多くなく、道路環境も整備されています。それでも、一般車両の中を走る自動運転車の姿は、当時は衝撃的で、会場にいたエンジニアたちは熱狂とも言える反応を示したのです。

ところが、映像を見た北京青年報の記者があることに気がつきました。

ロビン・リーの乗った自動運転車が、車線変更禁止区間で車線変更を行なっていたのです。

これは中国の道交法では200元の罰金と2点の減点となる違反です。

それだけではありません。

自動運転車のナンバーは映像が不鮮明ではっきりとは読み取れないものの、江蘇ナンバーで末尾がEであることが読み取れます。北京市では、渋滞緩和と排ガス削減のために、平日の午前7時から午後8時まで、第五環状線以内の区域での走行を、曜日ごとにナンバーの末尾で制限をしていました。

映像が紹介される時に、ロビン・リーは「7月4日に撮影したもの」と紹介していましたが、この日は末尾が0と英文字ナンバーの車は走行ができない日でした。これも100元の罰金となります。

北京青年報の記者は、北京市の交通管理部門に問い合わせを行いました。

すると、管理部門では、その事態をすでに把握済みで、捜査に入っているというのです。

しかも、問題はそれだけではありませんでした。そもそも自動運転で走行すること自体が、現行法では違反となるというのです。

百度は2015年から、第5環状線などで自動運転走行試験を行なっていると発表しているが、それが事実とすれば問題であり、関係部門と法解釈について協議を行なっていると回答したのです。

つまり、百度は交通管理部門と協議することなく、勝手に自動運転試験走行を行なっていたようなのです。

しかし、これが中国の自動運転を大きく推進するきっかけになりました。

北京市の交通管理局と百度の協議が何度も行われ、交通違反問題については、ロビン・リーCEOが指示をして運転していたので、実質的な運転者に相当するとして、ロビン・リー個人が罰金を支払い、減点を受けることで決着しました。

それだけではありません。その年の12月には、北京市交通委員会が「北京市自動運転車両試験を促進するための指導意見」「北京市自動車両道路試験管理実施細則」の2つの文書を公開し、北京市内で自動運転のテスト走行が可能になったのです。

 北京が「世界で最初に自動運転車が走る都市」へ

面白いのは、その実現方法です。交通委員会はテスト走行可能な道路を指定しました。

そのほとんどは、環状バイパスと車幅の広い幹線道路です。バイパスの出入ランプなどは適用外となるので、その場所を通過するには、自動運転をオフにして手動運転しなければなりません。

そして、自動運転車を免許試験場に持ち込んで、通常の運転免許試験とほぼ同じ内容の試験を行い、合格した車両に自動運転車ナンバーを交付しました。また、このナンバーは有効期限が30日間で、更新をするには北京市が指定する専門委員会の認証を受ける必要があります。

また、自動運転をする場合でも、免許を取得してから3年以上、過去に薬物や飲酒運転の処罰歴がない試験運転者が運転席に乗車することを義務付けました。

万が一事故が起きた場合でも、それが自動運転中のものであっても、この試験運転者の責任になると定められました。試験運転者は、自動運転中に危険を感じた場合は、すみやかに手動運転に切り替えて、危険を回避しなければなりません。

さらに、走行試験を行う企業は、補償額が500万元以上の自動車保険に加入することも義務付けました。

つまり、百度の事件から、わずか半年で、試験走行する環境を整え、「世界で最初に自動運転車が走る都市」を目指すことを打ち出したのです。

「北京市自動運転車両道路試験報告2019年」(北京智能車聯産業創新センター)によると、自動運転のテスト走行が可能な一般道は、151路線、503.68kmになっています。

2019年までで、77台の車両が合計104.02万kmの走行試験を行いました。この中で最も多いのは百度で、52台の車両が89.39万kmの走行試験を行なっています。

現在のところ、事故の報告はありません。公道走行試験では、少しでも異常があったり、渋滞などで道路状況が通常とは異なる場合、早めに試験を中止して手動運転に切り替えるからです。

一方で、北京市には自動運転車の閉鎖された走行コースも用意されていて、こちらでは一般車に迷惑をかける心配がないため、ぎりぎりの試験走行が行われるため、事故が起きています。

2019年に、閉鎖試験場コースでの走行は13.36万kmに達しました。

16件の事故が起きたので、平均して8350km走行するのに1件の事故が起きたことになります。

その内訳は、縁石、分離帯への接触が8件、信号、標識などへの接触が5件、ダミー人形への接触が2件、ダミー車両への接触が1件となっています。運転席や助手席に乗車している試験員にケガが起きるような事故は起きていません。

このような成果が、ロボタクシーの試験営業に結びついています。




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