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移動スーパー「とくし丸」が脚光を浴びる理由

外出自粛で増える「買い物困難者」を救えるのか

遠山 綾乃 : 東洋経済 記者

2020年08月16日


冷蔵庫付きの軽トラックに積み込まれているのは、トイレットペーパーなどの日用品から精肉などの生鮮食品、さらには土用の丑の日のうなぎといった季節商品までと幅広い。

商品数は400品目1200点。取り扱われているのは、近隣にあるスーパーの商品と同じものだ。新型コロナによる外出自粛の広まりを背景に、移動スーパー「とくし丸」が人気を集めている。顧客の中心は、体力面や交通事情から買い物に行くのが困難な70~90代の人々。週に2回決まったコースを軽トラックで巡回し、固定客の自宅などを訪問する。 


コロナ禍で売り上げを維持

とくし丸の1日当たり平均売上高(日販)は約10万円5月の緊急事態宣言発令中に比べると金額は若干落ちたが、コロナ前の約9万円を今なお上回る。とくし丸の新宮歩社長は「以前は無理をして買い物に行っていた人も混み合うスーパーに行っていいのかと悩んだり、かつては毎週子どもに買い物を頼んでいた人も、外出を自粛する必要がある中で買い物を頼むわけにもいかずに困ったりしている。

こうした顧客はコロナ後も減らない」と語る。徳島市に本社を置くとくし丸は、食品宅配を行う「オイシックスなどを運営するオイシックス・ラ・大地の子会社だ。とくし丸の前社長で現在は取締役ファウンダーを務める住友達也氏が、自身の母親が買い物に行けずに困っている姿を見て2012年に創業した。2016年5月にオイシックス・ラ・大地の子会社となった。

事業の仕組みはこうだ。まず、とくし丸は各地域の食品スーパーやGMS(総合スーパー)と契約し、移動スーパーのノウハウやブランドなどを提供する。スーパーは、車両1台につき契約金50万円と月3万円のロイヤリティーを支払う。商品を届けるのは個人事業主である「販売パートナー」だ。販売パートナーが車両を購入し、スーパーと販売委託契約を結ぶ。とくし丸は顧客開拓や売れ筋商品の情報提供などで販売パートナーをサポートする。

とくし丸での販売価格は、スーパーの店頭より1品あたり10円上乗せされている利便性を享受する代わりに支払う手数料といっていい。提携スーパーと販売パートナーは商品の粗利益と手数料を分け合う

販売ドライバーの年収は平均500万円

販売パートナーは、早いときは朝7時からスーパーで商品を積み込み、17時頃まで巡回販売して18時ごろにスーパーへ戻る。販売パートナーは販売を代行している形のため、売れ残った商品は返品でき、それらの商品はスーパーが値下げなどをして店頭で販売する

とくし丸によると、燃料代などを差し引く前の販売ドライバーの平均年収は500万円程度。ドライバー間での年収差は小さいという。とくし丸は2020年7月末時点で全国のスーパー132社と提携し、沖縄県以外の46都道府県で575台の車両が稼働している。ただ、5月に沖縄県の地元スーパー・リウボウストアと提携し、47都道府県での事業展開達成は秒読み段階にある。提携スーパーの顔ぶれは人口が減少している地方のスーパーだけでなく、街中に店舗が多い首都圏地盤のイトーヨーカドーや丸正なども含まれている。

東京都の多摩地区を地盤とするいなげやは、2017年10月にとくし丸事業を開始。現在9台を運行しており、2年後には15台にまで増やす方針だ。

同社ではカタログをもとに電話注文を受けて商品を配達する事業を以前行っていたものの、配送委託料の負担が重く黒字化を見込めないため2016年に撤退していた。その後、移動スーパーのノウハウを持つとくし丸と手を組むのが最善と判断し、契約を結んだ。いなげやのとくし丸事業の日販は、2020年1月時点で9.5万円だったが、コロナ後の5月には約12万円まで増加。8月に入ってからも約11万円を維持している。

個人宅での需要だけでなく、買い物が気晴らしになるのではと考える老人ホームからの問い合わせも増えている。いなげやで同事業を担当するグループ事業戦略部の湊公一氏は、「顧客からはとくし丸がないと困る、ずっと続けてほしいという声があがっている」と語る。

とくし丸がスーパーのブランド向上に

スーパーにとっても、とくし丸を通じて新たな発見がある。

世帯人数の少ないシニアに向けて少量の商品を開発する必要性を説く声が業界内では多かった。だが、いなげやによると、スーパーから持ち帰ることができないために大容量品を買わないだけであり、自宅近くで商品を購入できるのなら、1リットルのしょうゆも購入されるという。こうしたシニア層のニーズは、実店舗での品ぞろえにも生かされている。湊氏は「とくし丸はいなげやのシェアやブランドイメージを上げる手段とくし丸を通じていなげやを知ってもらい、実店舗を使ってもらいたい」と話す。

では、自前で移動スーパー事業を営む企業はなぜ少ないのか。とくし丸事業でスーパーが得る利益率は3~7%と、営業利益率1%程度が普通のスーパーにとって収益性が高い。

全国スーパーマーケット協会によると、2019年のスーパーの客単価は平日で1884円、土日祝で2148円。これに対し、客数や台数、日販をもとにとくし丸の客単価を計算すると、約2150円になる。

スーパー側から見ると、利益率が高いとくし丸事業で、実店舗と重複しない顧客層から実店舗と同程度の客単価を獲得できていることになる。

とくし丸の新宮社長は、「スーパーはとくし丸と提携することで時間と精度を買っていると説明する。

時間とは事業を確立するまでに要する時間、精度とは売れる商品をきちんと並べる正確性を指す。

また、スーパーがノウハウなしに自前で販売パートナーの指導を行うには、高い能力を持つ人材を充てる必要があるが、そのような人材を確保できるとは限らない。その点については、スーパーが失敗なく展開できるように「(とくし丸の仕組みを)チューニングしている」(新宮社長)。なお、とくし丸と提携したスーパーが契約を解消すると、その後の3年間、類似の移動スーパー事業ができないよう契約上の縛りもかけている

とくし丸では本部やスーパーの担当者、販売パートナーが閲覧できる掲示板があり、「とくし丸で買い物をする高齢者には土用の丑の日のうなぎはほぼ国産品しか売れない」といったデータが共有されている。こうしたデータを活用することで、開始当初から的確な品ぞろえが可能になる。 

移動するスーパー

とくし丸の売上高や利益は非公表で、利益はほぼゼロだという。

顧客数は概算で8万人程度。新宮社長は「80万人まで広がる」と期待をかける。いなげやの湊氏も「現在の中心顧客は団塊世代だが、(人口の多い)団塊ジュニア世代が70歳になるのが2040年ごろ。あと20~30年は市場が伸び続ける」と予測する。今後ネットを使える高齢者が増えるにつれてネットスーパーが競合となりうるが、新宮社長は「スーパー側からすると、とくし丸もネットスーパーも、自社の商品を積み込み、客に届けるという点で似ている。とくし丸がネットスーパー業務にも対応できるようになりたい」と、現在のビジネスモデルから仕組みを変えていく構えをみせる。

親会社であるオイシックス・ラ・大地は、とくし丸のビジネスをプラットフォームとして確立させたうえで、オイシックスやオイシックスの出資先の商品や食品をとくし丸や提携スーパーで販売することを検討している。

オイシックスはとくし丸の運行車両数1000台の早期達成を目指しており、5000台まで行けば買い物が困難な利用者はゼロに近付くと見ている。消費者の一層の支持を得るためには、車両台数の増加だけでなく、さらにサービスを高めていく「次の戦略」が必要になりそうだ。

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ゾンビ企業延命でいいのか

 新型コロナの感染防止と経済活動の両立は、どの国にとっても難しい課題である。日本経済は4~5月に底を打った可能性が高いものの、回復ペースは緩やかというのは、衆目の一致したところだろう。

 政府は緊急事態宣言を再び出すことには慎重で、史上最大級の経済対策で経済活動を支える方向に軸足を置く。



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