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中国の勤勉な労働者たちに感染が広がった真因

アリババ本社もある浙江省は武漢と深い関係 

浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト 

2020年07月19日


数々の著名な企業を輩出している、中国・浙江省。同地はコロナ感染者が中国国内で4番目に多いとされています。その裏側には、武漢と浙江省の歴史的な繋がりが関係しているようです。

浦上早苗著『新型コロナVS中国14億人』 から、背景事情をひもときます。

「コロナを世界にばらまいた元凶」として批判を浴びる中国だが、14億人もの中国人がどのようにこの未知なるウイルスと対峙したか、その実態は日本ではほとんど知られていない。中国が感染抑制のために講じた対策は、とんでもなくスケールの大きいものだった。

「マスクを外すとドローンが警告」「GPSで感染リスクを追跡」「5Gで感染者を遠隔診療」「病院ではロボットが看護師に」そして「ウイルスを故意に拡散したら死刑」…技術と強権と監視を駆使した、異形の大国の異形のコロナ対策ドキュメント。

 


  日本は2月13日、新型コロナの拡大を防止するため、中国・湖北省に続き、浙江省に滞在歴のある外国人などの入国も禁止した。浙江省の感染者数は5月13日発表時点で1268人。 

湖北省、広東省、河南省に次いで中国で4番目に多い(中国だけで感染拡大していた頃、筆者は1つの省で1000人以上感染者が出ていることにおののいたが、今となってみれば、1000人でよく抑えられたとも思うようになった)。

多くの日本人にとって、中国の商業都市としては上海、製造業とITのハブである深圳、首都の北京までしか思い浮かばないかもしれない。だが、浙江省は中国では「商業大省」として知られており、アリババのジャック・マー氏を筆頭に数々の著名起業家を輩出している。アリババが本社を置く杭州市のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未公開企業)は、深圳市より多い(2017年時点)。

浙江省で新型コロナが蔓延した理由について、中国メディアや有識者は「勤勉で開拓精神あふれる浙江商人の機動力が逆作用した」と分析している。北京市の幹部がかつて、「なぜジャック・マーのような起業家は北京ではなく浙江省から現れたのか」と嘆息したという話がある。その言葉に、浙江省の特性だけでなく、新型コロナが他都市より拡大した理由が凝縮されている。

 

*勤勉さと開拓者精神を併せ持つ浙江省

浙江省は沿岸の大都市だが、改革開放後の1980年代に上海、広東省のようには海外からの投資を得られなかった。

だが、与えられなかったが故に、勤勉さと開拓者精神を併せ持つ起業家が多数生まれ、民営企業が勃興・成長したと言われる。

マー氏は大学教師をしていた1994年に翻訳会社を設立したが、事業がうまくいかない時期は、ギフトや生花の卸売りをして経営を維持した。

マー氏自身も週末になると、同じ浙江省にある中国最大の日用品取引市場「義烏」に足を運び、商品を仕入れていたという。

アリババを設立したときは、中小企業の経営者をターゲットに定め、「すべての商人に使ってもらうインターネットサービス」を目標に掲げた。

ターゲットが大企業でも消費者でもなく中小企業だったのは、マー氏の中の浙江省DNAが影響したのだろう。

その浙江省の商人文化の象徴的な都市が温州市だ。

同市では2月16日時点で新型コロナの感染者が500人を超え、その数は湖北省以外では最多となった。

日本の外務省は14日、温州市について感染症危険情報で渡航中止を勧告する「レベル3」に引き上げた。

温州市の感染蔓延は、同地のビジネス構造と大きく関係している。かつて農村だった温州。

1980年代に農民が家庭で日用品や軽工業品を生産し始め、さらにはそれを売るために中国の他の都市や海外に出ていくようになった。生産・流通の両方の機能を持つ彼らは行った先々で温州商会と呼ばれる強いネットワークを形成し、ビジネスを拡大して富を形成した。温州商人が目を付けた開拓地の1つが、武漢だ。沿岸都市より成長が遅れていたため土地や人件費が安く、一方人口は多い。例えば武漢温州商会の羅雲遠会長は1980年代、16歳のときに武漢から温州に移住した。

 

*武漢と深い関わりがある温州商人たち

露天の物売りや工場作業員などで生計を立て、独立。

温州で生産した電器・電工材料や服飾製品を武漢で販売し、次第に事業規模を拡大していった。

彼は今、武漢でスーパーチェーンを経営し、工業団地にも出資する著名経営者だ。

武漢経済と温州のつながりは深く、中国メディアによると18万人の温州商人が武漢で商売を営み、また、温州の企業にも湖北省出身者が33万人いるという。

春節時期には武漢で働く温州の人々が一気に故郷に戻る。地元メディアによると、武漢が1月23日に封鎖される前はもちろん、封鎖後も湖北省から温州市への移動は途切れず、同市の副市長は「温州の新型コロナ発症者と武漢から温州への帰省者の数は正比例している」と述べた。

浙江省で1200人以上が新型コロナに感染したのは、ジャック・マー氏に象徴される商人たちの開拓者精神、その結果としての武漢との濃厚な関係、さらにもう一点が指摘されている。

温州商人を代表とする浙江省の商人たちは、普段は外地を飛び回っている分、年に1度の春節は何としても帰省しようと考える傾向が強いという。その強い望郷の念が、ウイルスを浙江省にさらに流入させることにもなったと考えられている。

武漢市では、新型コロナの危険性が公になる直前の1月18日に4万世帯以上が参加して開かれた地域住民の大宴会が感染拡大に拍車をかけたとみられているが、同時期に武漢市から帰省した人々が、親戚や友人との宴会を通じて、感染を飛び火させた。

浙江省でも、武漢帰りの人が参加した飲み会やイベントがクラスターの起点となった。

それは歓送迎会シーズンに、海外帰国者が感染を広げた日本の光景と重なる。

 

*テクノロジーで感染爆発を抑え込む

ただ、実は浙江省は患者が1200人以上いるにもかかわらず、公式発表の死者は1人にとどまっている。

1月末から2月初めには武漢からの流入で多数の感染者が出たものの、2月中旬に入ると感染者は激減し早期に抑え込みの効果が表れたのは、「健康コード」に代表されるテクノロジーの活用も関係しているだろう。

また、温州市は高速道路の料金所を封鎖したほか、生活必需品の買い出しのための外出は、2日に1度、各世帯1人に制限するなど、市民の生活の利便性より感染拡大防止を優先した。

流通が命の商人都市にとって、人や物の流れを止める痛みは甚大だが、新型コロナの傷口をそれ以上広げないために強硬手段に出たのも、商人都市らしい判断だったと言える。

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