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日本の「交通革命」、欧州のMaaSにはほど遠い

コロナ禍でテレワークやマイカー通勤が浸透

森口 将之 : モビリティジャーナリスト 

2020年07月02日


新型コロナを機に都市部ではテレワークが浸透。通勤のあり方も変わろうとしている(筆者撮影)

新型コロナウイルスは、私たちの生活に不可欠だった「移動」そのものを控えなければいけないという難問を突きつけた。しばらくはウィズコロナの生活が続くことになる。

 

5月25日に国の緊急事態宣言が全面的に解除されたのに続き、6月19日には移動自粛も全面解除となり、国内に限れば自由な往来が可能になった。

しかしいくつかの理由から、移動が完全に元に戻ることはないと予想している。


* 都市部ではテレワークが進んだ

1つは大都市を中心に急速に普及したテレワークだ。東京では大企業だけでなく中小企業でも導入が進んでいる

6月に東京商工会議所が発表した数字によると、東京の中小企業のテレワーク実施率は3月の26%から倍以上増えた67.3%にもなっている。

しかも日本生産性本部の5月の調査によれば、テレワークで働いた人の6割近くが、収束後もこの働き方を続けたいという。

緊急事態宣言が終了したことで以前の勤務スタイルに戻す会社もある。

しかし一方で、テレワークを前提としてオフィスの縮小や廃止に踏み切った会社も多い

経費節減にもつながるので当然だろう。

例えば、菓子大手のカルビーは本社や営業拠点の社員約800人を対象に、原則在宅勤務などのテレワークとし、フレックス勤務のコアタイムを廃止するといった新しい働き方を7月1日から始めた。結果的に30%前後の出社率を目安とするという。

通勤定期代の支給を止め、出社日数に応じた交通費を通勤手当とする

このほか、業務に支障がないと会社が認めれば、単身赴任も解除する。

大都市に対して地方では工場などの職場が多いこともあり、テレワークは進んでいないが、もともと普及が進んでいたマイカー移動が感染予防に有効という意見が多く出ており、事業者側がこれまで以上にマイカー通勤を促す動きもある。

観光需要について海外では、スイス政府など多くの組織や団体が、完全に回復するのは 2022年という数字を出している

治療薬やワクチンの供給が始まったとしても、マインド面で旅行を控えておこうという人が残るためだろう。

また国内旅行でいえば地方の通勤同様、感染リスクを避けるために公共交通の利用を控え、マイカーやレンタカーでの移動を選ぶ人が出てきそうだ。

訪日外国人観光客(インバウンド)については、IATA(国際航空運送協会)が5月、2019年の水準に回復するのは 2024年になるとの見通しを示している。IATAによれば入国時の隔離措置などを敬遠している人が多いという。

いずれにせよ、大都市か地方かによらず、しばらくは公共交通の利用者が回復する見込みは薄い。

とりわけ地方のバスやタクシーは、地域交通だけでは経営が成り立たないことから、インバウンドを含めた観光需要を収益の柱にしていたところが多かった。

しかし日本政府観光局によれば、4月と5月の訪日外客数はいずれも前年同月比マイナス99.9%であり、苦境に陥っている事業者は多い。

日本モビリティ・マネジメント会議は、今回のコロナ禍で公共交通は最低でも総額3.5兆円の減収と試算しており、8月中旬までに事業者半数が倒産の危機と発表している。

 

* 欧米では公的支援も

こうした状況下で、必要とされるのは国の支援だろう。

欧米諸国はいち早く動いており、自動車中心社会とみられがちなアメリカでも4月2日、感染拡大で深刻な影響を受けている公共交通機関に対し、総額250億ドルの緊急支援金を交付するとしている。

日本では4月20日、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」が閣議決定し、地方公共団体が地域に必要な支援をきめ細かく実施できるよう、「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」を創設した。

ただしこの交付金地域経済全般にわたる対策で、交通限定ではない

しかもこれだけでは到底足りないという意見が多く出たことから、6月12日に成立した第2次補正予算では、前述の交付金が2兆円上積みされるとともに、地域の鉄道やバス、離島などへの航路や航空路を対象とした「地域公共交通における感染拡大防止対策」として138億円が盛り込まれた。

こうした交付金や補助金は、地方公共団体が自発的に申請して、初めて受け取れるものである。

筆者が先日記事にした長野県上田市のように積極的に申請を行う自治体もあるが(2020年6月16日付記事「橋崩落の上田電鉄別所線『市民パワー』で復活へ」参照)、地域交通の実情を把握していない自治体では申請が行われず、最悪の結果に行き着くおそれもある。

またこうした交付金や補助金は、未来永劫に続くものではない。

つまり交通事業者は交付金や補助金で苦境を凌ぎつつ、移動の変化に見合ったサービスに組み替えて行くことが求められる。

大都市の鉄道については、テレワーク普及による利用者数減少に合わせた、効率的な運行を目指すことになろう。

その場合、首都圏は京阪神、京阪神は中京や札幌や福岡など、輸送規模の小さい都市圏の対応が参考になると考えている。

利用者数に対してインフラに余裕がある状況なので、有料座席指定車両の組み込みがしやすくなるなど、これまで困難だったサービスの実現も可能になろう。

一方以前から経営合理化を徹底しており、必要に応じて補助金も受けていた地方の交通事業者は、マイカー移動への流出もあって限界的状況にあると想像する。

上下分離方式を導入すれば、上側にあたる交通事業者の負担が軽くなり、下側を単一組織とすれば交付金や補助金の手続きが楽になるだろう(2020年5月14日付記事「鉄道『上下分離方式』はコロナ禍の苦境を救う」参照)。

 

* 流行語「MaaS」の今後は?

もう1つ、「MaaS(Mobility as a Service=サービスとしての移動)」も重要なツールになると筆者は考えている。

昨年、MaaSは流行語のような立ち位置にあった。

経済メディアには「MaaS関連銘柄はこれだ」などといった文言が踊り、買い材料に乏しい小規模な上場企業がこの4文字に言及さえすれば、期待先行で株価が上がるなどという例が見られた。

しかしコロナ禍で移動そのものが激減すると、MaaSの話題も潮が引くように聞かれなくなった。

でもそれは悪いことではない。浮ついた気持ちで参入した人々が姿を消したからだ。

MaaSにおいては新型コロナウイルスがマスクの役目を果たし、本気で都市や地方のモビリティをよくしたいと考える事業者が残った。

事実、3月25日には東京メトロが「my! 東京MaaS」の開始、5月20日にはJR東日本が「MaaS・Suica推進本部」の新設を発表するなど、最近は大手交通事業者の動きが目立っている。 

小田急電鉄はMaaSアプリ「EMot(エモット)」の実証実験をしている(筆者撮影)

小田急電鉄はMaaSアプリ「EMot(エモット)」の実証実験を12月末まで延長する。

コロナ禍でのMaaSの役割は、ソフトウェアだからこそできる、乗りたくなる仕組みの構築だと考えている。

大都市では、感染防止の観点から利用が増えている自転車などのパーソナルモビリティとの連携が大切になりそうだ。雨の日は鉄道に切り替えたりする人々を着実に取り込むためである。また経路検索時に駅や列車の混雑状況案内を連携させれば、状況に応じて移動手段を変えたりできる。こうしたサービスも利用促進につながるはずだ。

ただし日本の大都市は複数の交通事業者が競合する状態で、東京23区では鉄道事業者だけでも10以上に分かれる。 

MaaSにしても個々の事業者の周辺のモビリティの統合に留まっており、市内の鉄道、バス、タクシー、自転車シェアリングなどあらゆる交通をシームレスにつないだフィンランドの首都ヘルシンキの「Whim」の足元にも及ばない。 


理想は欧米の多くの都市が実践している1都市1事業者への統合であり、現状維持の中でデジタル化したモビリティサービスを導入し、それをMaaSと呼び続けるのであれば、利用者や都市環境のことを第一に考えた真のMaaSは永遠に手にできないのではないかと思えてくる。

一方、地方はマイカー移動になびいた地域住民を公共交通に呼び戻すのに効果があると思っている。

そもそもMaaSはマイカー並みのシームレスな移動を提供することで、公共交通の利用率を高め、環境問題や都市問題を解消するために生まれたからだ。

地方は鉄道やバスの事業者数が少ないので、統合は楽である。地域の商店や飲食店なども取り込むことができれば、大都市から移住してきた人も満足できるサービスが実現できる。損得勘定を抜きで考えれば、MaaSは地方に向いているのである。 

さらに大都市を含めて、MaaS導入によって移動データの取得が可能になることにも注目したい。

もちろん個人情報には留意する必要はあるが、「ウィズコロナ」や「アフターコロナ」の移動計画が立てやすくなるというメリットがある。

 

* デジタル対応はやはり鈍い

課題がないわけではない。1つはこの国のデジタル対応の鈍さだ。日本はデジタルに人も金もかけたがらない。

その結果、使い勝手から安全性まで不完全なシステムが構築され、トラブルが発生したりハッカーの侵入を受けたりしている、という指摘もある。しかもこの国は、現状を変えたくないという保守的な風潮が根強い。

たとえば働き方では、昨年の上陸時も、計画運休が発表されていたにもかかわらず、多くの通勤者が運転再開を待って長蛇の列を作るなど、会社に行くことが仕事と考える人が多く見られた。

今回テレワークが広がったのは感染という身の危険があったからであり、このような重大な変化がない限り社会を変えるのは難しい。

逆に言えば、今の日本はMaaSのようなデジタルテクノロジーは、改革の余地が十分に残されていることになる。

テレワークの一段の浸透など、きっかけさえあれば、公共交通の経営改革を前進させる助けになるのではないかと考える。  

 

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