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「コロナ後の日本経済」見極めに欠かせない視点

大和総研・熊谷氏に今後の見通しを聞いた

山田 徹也 : 東洋経済 記者 

2020年07月03日

新型コロナウイルスは、金融政策や財政政策など、既存の経済政策のあり方についてさまざまな疑問を投げかけた。

経済の構造も、コロナ後は格差が広がり、非接触型(リモート型)のビジネスモデルが生まれ、働き方も大きく変わることが予想されている。

コロナ後の経済・社会の構造変化を予想し、今の苦境から抜け出す青写真をどう描くべきなのか。

近著『ポストコロナの経済学』でコロナ後の経済や政策のあり方を描いた大和総研専務取締役で

チーフエコノミストの熊谷亮丸氏に聞いた。



 景気回復がずれ込むシナリオが浮上

――実体経済の数字の割に、株価、とくにアメリカ株の上昇は顕著です。この乖離をどうみるべきですか。

中央銀行の金融緩和によってお金がジャブジャブになり、アセットバブルエコノミーとなっている。

ただ、実体経済と金融市場の乖離が続くのは難しい。IMFも先日、実体経済と金融市場の乖離について警告を発した。

(株価の割高・割安を測る指標の1つである)シラーPERの長期推移をみると、いったん25を割って落ち着いたかに見えたが、足元は29まできている。25を超えると相当割高で、説明できないところまで株高が進んでいる。

 

――今後の経済見通しについては、U字型の回復パターンやL字型の見通しまで、さまざまな予想があります。

最終的には感染症の動向次第だが、①6月前後で終わるシナリオ、②2021年に回復がずれ込むシナリオ、③金融危機を併発するシナリオがありうる。

国際機関は①を前提としているが、実際には②の可能性が出てきた

今のところ金融システムは極端にいたんでいないが、過去の事例をみると、平時の、金融システムがそれほど悪くなっていない時期から、(金融機関に)公的資金を入れる準備をしておくことが重要だ。

 

――過去の経済危機の例をみると、経済ショック後に成長トレンドは下方に屈曲することが多いようです。

今回も、潜在成長率はたぶんそういうことになると思う。

前述の②長期化シナリオでは、2020年度の実質成長率はマイナス9.4%、③はマイナス16.3%で、金融危機が起きると、(その差である)6.9%ポイントほど成長率が落ちる計算だ。

これはかなりの落ち幅で、過剰債務や過剰設備を抱えた新興国ブラジルロシア、トルコ、南アフリカなどが厳しい。

とくに、ブラジルやトルコにはスペインの金融機関が相当貸し込んでいて、中南米などからスペインに飛び火し、欧州の金融危機に波及するリスクがある。

(経済が長期停滞に陥らないようにするには)日本も含め、どれだけポストコロナ社会に適合する経済・社会システムを作れるかどうかで大きく変わってくる。

新たな仕組みが作れれば、そこから技術革新が起きたり、労働生産性が上がるかもしれない。

ただ、そこにも格差が出て、例えば、お金がある人たちだけがリアルな買い物やリアルな旅行ができ、ほかの人たちはみんなバーチャルで済ませる。そういう世界がおそらくやってくる。

 

コロナでは外需も内需も総崩れ

――リーマンショックのような金融危機型の経済ショックだと、経済政策の処方箋は比較的はっきりしていました。

しかし、今回の危機ではどのような経済政策が有効なのか、よくわかりません。

リーマン時は、景気悪化のスピードがゆっくりしていた。

しかし、今回はスピードが速く、運輸や観光、外食産業は瞬時に悪化した。

リーマン時に悪化したのは輸出設備投資を中心とした企業部門だったが、今回は外出自粛で消費が落ち込み、海外経済の悪化によって輸出も直撃した。外需も内需も、企業部門も家計部門も総崩れだったのが今回だ。

かろうじて金融システムがそれほどいたんでいないのがいい点だが、政策対応の余地が少なくなっている点が問題だ。

コロナ危機はマクロ経済政策が効きにくいタイプの不況だ。

それに加えて、リーマン後の大盤振る舞いの経済政策によって、各国の財政状況は軒並み悪くなっている。

金融政策もアメリカの金利はゼロ近くになっており、政策の発動余地が残されていない。

今では随分と変化しているが、日本でも感染症の専門家だけが入り、政策を提言していた。

そうすると、とにかく経済を止めろという話になり、そうなると感染症の死者は減っても、経済苦による死者は増えることになる。感染症の死者と経済苦による死者がトータルでみたときに、どうすれば最小化できるのか。そういう発想が希薄だった。

日本社会は同調圧力が強く、(補正予算のように)対症療法の痛み止めのような経済政策ばかりだ。

誰も反対しない政策だが、そればかりやっていたら金は湯水のようにかかり、いずれ財政破綻のリスクが出てくる。

 

――1人10万円の給付金を全国民に配ることになりました。

べき論でいうと、所得制限をつけて、かつ迅速に給付するのがいいが、そこはスピードとのトレードオフになる。(当初の給付案として出た)制限をつけて30万円を給付するのは、対象が狭すぎる。

本来いちばんよかったのは、所得でいうと800万円くらいまでを境に給付に制限をかけることだった。

今回は緊急避難的にスピードを重視した。その点では致し方ない。 

 

1989年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。同行調査部などを経て、2007年大和総研入社。2010年同社チーフエコノミスト。2020年より大和総研専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト(撮影:今井康一)

――コロナ後は経済や企業経営のみならず、経済政策の発想や手法も

       変わるのでしょうか。

基本的な考え方はそれほど決定的には変わらない気がする。

ただ、コロナで日本の(経済政策の)足らざるところはたくさん見えてきた。

国民の所得をリアルタイムで把握し、社会保障と税が情報として連動し、一体的な政策が行えるようなインフラをきちんと整備すべきだった。

 

これからは財政政策と金融政策の融合という問題も出てくる。

中央銀行が事実上、財政赤字を補填し、いずれハイパーインフレなどを招く危険性がある。本来、民主主義の原理原則からいうと、選挙で選ばれているわけでもない中央銀行が民間の資源配分を決めるのはおかしい。

財政政策と金融政策の境界線はどこなのか。

それをしっかり特定しておかないと、今後非常に大きな問題になってくる。


* 財政破綻は「悪魔の証明」に近い

――振り返ると、ITバブルの崩壊からリーマンショック、そしてコロナ危機と、ほぼ10年ごとに大きな危機が発生しています。

        本来あるべき金融政策、財政政策の姿に本当に戻れるのでしょうか。

たしかに、今の時点で財政再建は望みがたい。

いつ財政破綻するかという議論はある種の神学論争だ。社会科学は実験ができず、これは一種の悪魔の証明になる。

しかし、証明できないからといって、財政破綻のリスクを冒していいということにはならない。

OECD諸国の1人当たりGDP成長率と公的債務残高対GDP比の関係をみると、(経済成長に)最適な債務水準はGDP比で103%くらいだ。これを超えると、将来不安が出て、消費が落ちるなどのマイナス影響が出てくる。

社会保障支出と国民負担率の関係を見ても、日本は「中福祉低負担」と言われていたが、このままいくと「高福祉低負担」の国になる。受益と負担のバランスがとれなくなり、子や孫の世代につけを回していく形になる。

横軸に政府債務残高の名目GDP比、縦軸に長短スプレッド(長期金利と短期金利の差)をとると、日本はOECD諸国の傾向線から完全に外れている。

なぜ、日本がこのような異常値になるかというと、国債を日銀がほとんど買っているから。経常収支が黒字で、外国人があまり国債を保有していないので、日本人が日本政府を信頼する限りにおいては、すぐに国債暴落にならない。

今までの日本の経済・金融環境は、金余りで、経常収支が黒字なので、円高デフレとなり、低金利環境が続いていた。

低金利ゆえに財政赤字に歯止めがかかり、ISバランスから経常黒字が続いていた。

一種の「ゆで蛙構造」だったが、それが将来は、貯蓄が取り崩されて資金不足になり、経常収支の黒字が減少し、円安やインフレが起き、長期金利が上昇し、財政赤字が拡大する可能性がある。

 

――これは経済にはよい均衡と悪い均衡があるという、一種の複数均衡ですね。何がきっかけになって、現在の均衡から将来の、

        悪い均衡へジャンプするのでしょうか。

やはり経常収支の悪化だ。1930年代のイギリスや1970年代のアメリカのように、経常黒字が大きく減少したり、赤字に転落すると、長短金利のスプレッドが大きく開き、国債が売り込まれる。

こうした事態を視野に入れ、先手を打って財政規律を守っておかなければならない。

日本の場合、おそらく経常赤字にまでは至らないだろうが、黒字が大幅に減少すると、すべてが連動しているので、日本人が日本政府を信頼していればよいという状況が大きく変わる。

マーケットの信頼は一瞬で崩れる。それがいつ崩れるのかわからないが、未来永劫続くものではないことは確かだ。

なるべく先回りをしておき、市場が大きく叛乱するのを事前に押さえ込むことが重要だ。

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