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三菱地所がマンション「自主管理」を推す理由


管理のデジタル化で業界の課題を克服できるか

一井 純 : 東洋経済 記者 

2020年07月07日

イノベリオスが開発中のマンション管理アプリ「KURASEL(クラセル)」の画面

(記者撮影)

「管理会社に任せず、自分たちで管理する『自主管理』という選択肢を提案します」 

 

7月1日、イノベリオスの安藤康司取締役は、マンション管理業務のアプリ開発を発表した会見でこう宣言した。イノベリオスは、この6月に大手マンション管理会社の三菱地所コミュニティから分割されて誕生した会社だ。

自主管理とは住民自身がマンションを管理することであり、マンション管理会社の仕事が奪われることを意味する。自らの存在意義を否定しかねない発言の真意は何なのか。



*年間200万円のコスト削減

イノベリオスが進めるのは、アプリを活用したマンション管理だ。

マンション住民はイノベリオスが開発するアプリ「KURASELクラセル)」上で、管理費の徴収や会計業務、マンション清掃や警備業務などの発注・支払い、駐車場利用の登録など日常の管理業務を行う。

通常、こうした管理業務は「フロント」と呼ばれる管理会社社員がサポ―トを行うが、これをアプリで代替する。

アプリの利用料金は1組合あたり月額35000円からと有料だが、管理会社への委託と比べて年間200万円ものコスト削減効果が見込めるという。

アプリ開発の背景には、管理員や清掃員の深刻な人手不足がある。

時給を引き上げなければ人が集まらない状況だが、マンション住民は原価上昇分を管理費(管理委託費)に転嫁することをよしとせず、管理会社の採算はどんどん悪化していく傾向にある。

イノベリオスの長谷川良裕代表取締役は、「適正な維持管理ができず、“管理不全マンション”が増加する懸念がある」と、アプリ開発を進めた理由を語る。

採算が取れなくなったマンションからは、管理会社が撤退することもある。

業界紙であるマンション管理新聞が昨年に行った調査によれば、管理会社の7割以上が「採算の取れないマンションについては契約解除を申し入れることがある」と答えた。

こういった状況を受け、イノベリオスはアプリを導入することで管理コストを削減し、適正な管理の継続を促す。

管理不全を解消するために、「自主管理」という大胆な提案を行った三菱地所。

だが、マンション管理へのアプリ導入は、住民だけでなく管理会社自身も恩恵にあずかる。

イノベリオスによれば、マンション管理会社の業務は大きく3つに分かれる。

管理組合の中心を担う理事会の運営サポート会計業務、そして建物の清掃修繕だ。

KURASEL」はこのうち理事会運営と会計業務を代替し、清掃や修繕は引き続き管理会社が担う

これは管理会社にとって2つの点で朗報だ。

1つは、管理会社自身の人手不足が解消されること。

フロント(管理会社の社員)は一人あたり10棟前後のマンションを担当するが、住民からのクレームを受けるなどストレスが溜まりやすく、仕事の定着率は高くない。

現地に行くことも少なくないフロントにとって、営業エリアから離れた場所に立つマンションへの出張も負担だ。

アプリの導入によって対面業務が減れば、フロントの負担軽減につながる。

 

*日常の管理業務で利益が出ない

 もう一つは、不採算部門である日常の管理業務を切り離せることだ。

人件費をはじめとする原価が高騰する一方、管理委託費の値上げは滞る。

不採算マンションの中には、管理委託費の値上げを住民が渋った結果管理会社が撤退し、後継の管理会社を見つけることに苦労している物件もある。

管理業務の採算が良くない一方で、マンションの工事は管理会社にとっての収益源だ。

とりわけ十数年に一度訪れる大規模修繕工事には時に億単位の費用がかかるため、貴重な収益機会となる。

ある中堅マンションデベロッパー系列の管理会社は、「日常の管理業務では利益はあまりないその代わり、大規模修繕工事を受注した利益で埋め合わせる」と打ち明ける。

管理組合がアプリを導入しても修繕工事は引き続き外注することになるため、収益源を確保しつつ不採算部門の切り離しが可能になる。むろん、アプリの導入によって管理組合の課題がすべて解決されるわけではない。

管理費の請求がアプリ上でできるとはいえ、滞納した管理費の督促には、最終的には個別訪問をせざるを得ないからだ。

また管理組合総会の手続きはアプリ上ではできず、出欠票や議決権行使書の回収は引き続き人力で行う

こうした労力を嫌った管理組合役員のなり手不足は、アプリだけでは解決できない。

イノベリオス側も、すべて自主管理に移行するのではなく、「マンション管理士が管理会社とは違った目線でサポートするなど、方策を考えている」(安藤取締役)とする。

 

*デットストック化した物件を取り込む

とはいえ、マンション管理業のあり方には一石を投じそうだ。

KURASELが照準を定めるのは、おおよそ総戸数70戸以下の小中規模で築年数が経過したマンション。

さらに、「国内10万2000ほどある管理組合のうち、現在自主管理を行っているのはだいたい1割。まずはその1割に(KURASELを)使ってもらいたい」(安藤取締役)。2024年度までに全国3000組合での導入を目指す。

 

維持管理は社会的な課題に 

マンションストック戸数の推移

自主管理といっても、住民有志が熱心に管理をしている物件だけではない。

管理委託費をめぐって折り合いが付かず管理会社が撤退した結果、自主管理に追い込まれた物件もある。管理会社が一度はさじを投げた管理不全マンションでも、アプリの導入なら採算ラインに乗る。デッドストック化したマンションを、再び市場に取り込む余地が生まれる。


コロナ禍では、管理員や清掃員といった感染リスクの高い職種の採用が一層困難になる。

マンション管理で最大手の日本ハウズイングは、マンションやビルの管理員・清掃員など約1万人を対象に1人あたり最大3万円の特別手当を支給する。

 人手確保や定着に向けた人件費の引き上げが待ったなしの状況では、管理会社自体の業務効率化も急がれる。

アプリの導入は住民だけでなく管理会社自身をも救うことになるが、普及させるためには住民にどこまでメリットを訴求できるかがカギを握る。  

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